憂さ憂さうさぎ -47ページ目

憂さ憂さうさぎ

世の中は憂さだらけ!
はき出す場所のない憂さを、ここで晴らしてみましょうか。

避難所へ行くと決めて、めちゃくちゃになった家の中から食べ物を探す。

見つけたのは、柿ピーとバナナ。

とりあえずで見つけた食糧と、水と貴重品を鞄につめこむと、厚手の上着

を数枚持って家をでた。家の鍵はかけておく。


避難所へ行く道すがら、窓ガラスや剥がれ落ちた壁の一部が歩道に散乱

している場所を数ヶ所通る。しかし、目に見えて『崩壊している』ような建物

は無かった。あれだけ揺れたのに、地震の被害は少なかったのか?という

考えが頭をよぎる。

どうしてなのか、道路の真ん中に鳩の死骸があって、その周りにまだ新し

い血と鳥の羽根が散らばっていた。

そんな道路を車が何台も通過していく。その車一台一台に一生懸命声を

かけている女性がいた。

その声に耳を傾けると「徐行してください。」というものだった。

地震の後家から出てきた人々が、道を行き来しているのだから、状況的に

徐行するのは当然だと思うのだが、車の運転手は”徐行”を意識しているのか

どうか・・・。

そんな車を見ながら、何故か不思議というか複雑というか、自分でもよく

わからない気持ちになっていた。

大きな通りへ出ると、全ての信号機が消えていて、『街ごと停電している』事

だけは解った。


もうすぐ、避難所だ。

突然の揺れ。家中からガタガタと音が鳴り、あちらこちらで物が落ちる音。

退路を確保するために玄関のドアを開け、ドア枠にしがみついたまま動けない。

揺れが大きすぎて、自分の体を支えるためにはドアの枠にしがみついている

しか方法がないのだ。

 

いつまでたっても収まらない揺れの中、

『建物が崩れても、ここは大丈夫だろうか?』とか

『ああ、後片付けが大変だな・・・』とか、

この時点ではどうでもよいような事までが頭の中をよぎったりする。

狭い玄関の電気の明るさが不安定になり始め、ふっと消えた。停電だ。

 

ずいぶんと長い大揺れが治まり、時々くる余震のさなか、これからどうする

べきなのかを思案する。

あいにくラジオは持っていない。状況が全くわからない。ここのマンションの

住人は、下に集まり始めているようだが、自分も行くべきなのだろうか?

それとも、建物が壊れる事はなさそうだし、ここに残った方が良いのだろうか?

とにかく、正確な情報がほしい。ラジオを持っていない自分が情報を得るため

には、”避難所”か?

どのみちライフラインは途絶えているし、家の中はすっかりめちゃくちゃで、

頻繁に余震がくる中、家に留まるのは厳しいように思えた。

結局自分が出した結論は、『避難所に行く』 だった。




 

東日本大震災で初めて『被災者』という立場になった。

家はあるので、現在俗に言う『自宅難民』だ。

 

自分が置かれている状況は、かなり良い方なのだと思い

ながらも、地震での自分の経験を、いま思い出しながら

書いてみようと思う。