航海日誌 -147ページ目

バースト…


やって来ましたバーストの季節。
車庫でも道路沿いでも、ちょっと駐車してると
バコーンバコーン…

てなわけないですが、10年位前はよくバーストしてましたねぇ。

石巻や女川でサンマを積んで帰る途中、磐城辺りでドカンバコーンとね。

板バネもガキンバキンとやりまして、タイヤがシャーシにくっついて、タイヤがまたまたバコーンとバースト。

いい加減にして下さいよと、会社の配車係様とか部長様とかに言われましたが、じゃぁバネを増やして再生タイヤを止めてくれよと言い返します。


当時、シャシバネはなんと2枚でしたから、ちょっときついUターンをしようものなら、バッキンバッキンとホーシングが悲鳴をあげ、タイヤは外れんばかりに変形し、ガッコンだのゴゴゴゴォだのと、正体不明の異音で運転手の私はもとより、通行中の歩行者もビビって近寄りません。


大船渡(三陸海岸)でサンマを積んで帰る時なんざ、大船渡線の踏切を渡ったとたんバネが折れちゃいまして亀の子状態。
積んだ工場からまだ1kmも走ってなかったのに…


近年、リキャップとかリトレッドと呼ばれる再生タイヤ。
トレッド面の薄い乗用車タイヤには考えられないけど、飛行機やトラックの後輪にはよく使われてますが、やっぱり新品のようにはいきませんね。

ま、乗用車でもドリフト野郎達には「ウ◯コタイヤ」と呼んで、安全性ゼロ状態を知りつつ、タイヤの再生を繰り返しておりますけどね…


んで、私のバーストは夜1時すぎ、福島行きの首都高速。
まだ30分位しか走っていません。


バコーン
バタバタバタバタ…
(タイヤのちぎれた音)

ヘタレ日記-バースト�1.jpg
ヘタレ日記-バースト�1.jpg


あれまぁ…何だよタイヤの野郎よ~
山はあったのにおかしいなぁ~
きっと、ボルトかなんか拾っていたんでしょうね。


BSタイヤに電話すると、業者は桶川からしか来ないし、まだ自宅にいるので現場到着まで3時間以上かかるとの返事。

本当、使え無い緊急センターだよね。


首都高ダイヤルに連絡してちぎれたタイヤ屑を拾ってもらい、後ろについた公団の車に相談して一般道に下りる事にしました。


タイヤはトレッド面がペロッと剥がれたけど、ショルダーがしっかり(ボロボロだけど)してたので、行ける所まで行く事に決めました。


タイヤがフェンダーを巻き込んでいるので右側ウインカーとストップライトは点きません。

ヘタレ日記-バースト�1.jpg



ヘタレ日記-バースト�1.jpg



宇都宮辺りで明るくなると、追い抜いていく車が「志村~後ろ後ろ~」と、分かる人は分かるような仕草をしてくれます。

何台も何台も…

そのたんびに「ハイハイ、分かってますよ~、後ろでしょ~」とボディランゲージで返します。


しかし6時過ぎ、流石に矢板のTS手前でボコボコいいだしたので、TSで早目の朝食を済ませてから矢板にあるタイヤショップが開くのを待ち、持ち込んで修理完了。


福島のお客様には11時過ぎに着きまして、ここですよ、とタイヤを見せました。

だいたい延着理由の第一位はパンクですからね。
本当なんだとアピールしなきゃいけません。

信用してくれたかどーかは不明でございます。


あんまり重くもなかったのに…防ぎようが無いよなぁ~


前世で何か悪い事したのかなぁ~



ホットな大会…


いつぞやの「展開云々…」のくだりで、「人間と人間だ。そう上手くは行かねーよ」と書きましたが、CMを見たら「そう簡単じゃねーよ」でした。

訂正してお詫びいたします。

『曲げられない女』の荻野早紀じゃないですが、正確に言っておきたいので…


昨日は『インデマンズ大会』にチッコさんが助っ人に呼ばれました。

全チームAランクらしいのですが、試合を見ているとB+っちゅう感じのチームもおいでです。

石川県や大阪からの参加もあって、クラブチーム主催の大会にしては、なかなかの盛況です。

主催者のバックオーライって、よっぽど強いんでしょうね。

私なんか出たら即死かも知れません。

どーりで知らないチームばかりだわ。


コートは12面。

この位の体育館なら10面かなぁ…と思っていましたが、運動量のハンパないAランクチームじゃ、コート間が狭すぎるようです。


もっとも、インディアカ用の構成じゃなく、バドミントン用のそれなので仕方ないですね。

外は梅雨間の涼しい気候ですが、体育館の中は熱気でムンムンでした。


『第13回インデマンズ大会』らしいのですが、48チームを集めるのは大変な御苦労があるんでしょうね。
頭が下がります。


予選5試合、21点3セットマッチ、3セット目は5点
(ノ゚O゚)ノ


決勝は25点の3セット。
3セット目はデュース。

1コート4チームなので、まぁ休みはなかったですね。


決勝はトーナメントなので、終了するまでは9試合ありました。

チッコさん、もつかなぁ~…と思いましたが、なんとか大きなミスも無く、けっこう戦力になっていました。
アサミちゃんという怪物(超カワユス)みたいな(動きハンパない)若い女性に引っ張られて、「チッコさん、いつもは手を抜いてるな…」と感じたしだいです。


決勝の試合が終わったのは19時を少し回っていましたね。
みんなお疲れ様だわ。


若く元気の良いチームばかりでしたが、審判だけはいただけませんね。

誤審はするし(誰でもしますが…)、間違ってもへらへらしてるし、そっぽ向いてるし、野次るし…


交流会を第一に考えているようなので主催者側も強く言え無いのでしょうが、参加する側に問題ありなんでしょうかね。


しかし繰り返しますが、クラブチームで強豪チームをあそこまで集めるのはたいしたもんですなぁ~…


完全に負けております。
( ̄▽ ̄;)


死について…


最近借りた品川のシャーシプールから実入り40Fを引っ掛けて、茨城県坂東市の『首都圏サービス』へ配達。

どこの(ノ゚O゚)ノ…

ただの首都圏サービスって探しようが無いじゃん。

電話番号も書いてないしさ…住所はあります。
当たり前(┬┬_┬┬)

まぁ、明日と明後日もあるみたいです。


それで今、品川の住友Bに並んでおります。
交番手前で折り返して4台目ですから、2時までには返せそうです。


・・・・・・・・・・・

ラジオで『死』について話していました。

日本人のうち二人に一人はであり、三人に一人は癌で死亡するんだと…

私と支部長さんのうち、どちらかが癌だとよ。
もし二人とも癌で、尚且つニシの野郎も癌だったら、その中の一人は確実にで死んじゃいます。


を恐れる理由には大きく分けて二通りあるようです。


①痛みに対する恐怖
私の父も母も癌で亡くしているので分かりますが、かなりの苦痛を伴います。

父が亡くなった昭和41年当時は、痛みに対する緩和措置に重きを置いておらず、時折みせた苦悶の父の様子を目の当たりにして、家族は心を痛めたものでした。

現在のように緩和医療の進んだ環境下であれば、苦痛に耐えるエネルギーを『生』に向ける事が出来、余命期間よりも実際は長生き出来るようです。

通常、医者は短めに告知する傾向にあるようですが…


②自己の喪失
自分が死ぬという事はこの世から失くなるという事。
存在そのものが消えてしまう事への漠然たる恐怖感。

本当は死んだ後など、どうにもならないのに『生』への固執が幻想を生み出す。
現世への執着心が現実の死を忘れさせるのかも知れません。
事実、それで奇跡が起きれば言うこと無しですが…

それを補ってくれるのは、財産や葬儀費用を賄う保険だったりします。

残された家族に負担を掛けたのでは、死んでも死に切れないですもんね。


『あなたはどのような(どのようにして)最期を迎えたいですか』と聞くと、殆どの人が「ピンピンコロリ」が理想だと言うそうです。

これは説明するまでも無く、前の日、或いは直前までピンピンしていたのに翌朝起きてこない。

又は、縁側で日向ぼっこをしていたのに、ちょっと横になるねと言ってそのまま…

これらは①の『苦痛の回避』から来る願望なんでしょう。
理想の臨終かも知れません。

しかし、これには年齢が関係すると、ラジオの学者は続けます。

もう老衰を迎えた老人ならそれも良いでしょう。

でも、青年期、或いは壮年期の大黒柱が翌朝起きて来なかったり、縁側でコロリでは洒落になりません。

下手すれば司法解剖に廻されるやも知れないのです。


そこでお勧めするのが癌での死亡だそうです。

欧米の死因は断トツで心臓麻痺。
その次が癌だそうです。

心臓麻痺は突然の死であり、心の準備も何もあったもんじゃありません。

でも癌なら即死はありませんから、余命が一年もあれば大抵の事は済んでしまうでしょう。

癌による苦痛も、モルヒネ等の投与で完全に過去のものになっています。

どーせ死ぬならの話しですからね。

死ぬ事を奨励するものでは絶対ありませんよ。

学者の言(ゲン)を待たずとも、タブー視されやすいテーマである死や葬儀について、一度家族みんなで話し合うのも必要なのかも知れませんね。