死について…
最近借りた品川のシャーシプールから実入り40Fを引っ掛けて、茨城県坂東市の『首都圏サービス』へ配達。
どこの(ノ゚O゚)ノ…
ただの首都圏サービスって探しようが無いじゃん。
電話番号も書いてないしさ…住所はあります。
当たり前(┬┬_┬┬)
まぁ、明日と明後日もあるみたいです。
それで今、品川の住友Bに並んでおります。
交番手前で折り返して4台目ですから、2時までには返せそうです。
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ラジオで『死』について話していました。
日本人のうち二人に一人は癌であり、三人に一人は癌で死亡するんだと…
私と支部長さんのうち、どちらかが癌だとよ。
もし二人とも癌で、尚且つニシの野郎も癌だったら、その中の一人は確実に癌で死んじゃいます。
死を恐れる理由には大きく分けて二通りあるようです。
①痛みに対する恐怖
私の父も母も癌で亡くしているので分かりますが、かなりの苦痛を伴います。
父が亡くなった昭和41年当時は、痛みに対する緩和措置に重きを置いておらず、時折みせた苦悶の父の様子を目の当たりにして、家族は心を痛めたものでした。
現在のように緩和医療の進んだ環境下であれば、苦痛に耐えるエネルギーを『生』に向ける事が出来、余命期間よりも実際は長生き出来るようです。
通常、医者は短めに告知する傾向にあるようですが…
②自己の喪失
自分が死ぬという事はこの世から失くなるという事。
存在そのものが消えてしまう事への漠然たる恐怖感。
本当は死んだ後など、どうにもならないのに『生』への固執が幻想を生み出す。
現世への執着心が現実の死を忘れさせるのかも知れません。
事実、それで奇跡が起きれば言うこと無しですが…
それを補ってくれるのは、財産や葬儀費用を賄う保険だったりします。
残された家族に負担を掛けたのでは、死んでも死に切れないですもんね。
『あなたはどのような(どのようにして)最期を迎えたいですか』と聞くと、殆どの人が「ピンピンコロリ」が理想だと言うそうです。
これは説明するまでも無く、前の日、或いは直前までピンピンしていたのに翌朝起きてこない。
又は、縁側で日向ぼっこをしていたのに、ちょっと横になるねと言ってそのまま…
これらは①の『苦痛の回避』から来る願望なんでしょう。
理想の臨終かも知れません。
しかし、これには年齢が関係すると、ラジオの学者は続けます。
もう老衰を迎えた老人ならそれも良いでしょう。
でも、青年期、或いは壮年期の大黒柱が翌朝起きて来なかったり、縁側でコロリでは洒落になりません。
下手すれば司法解剖に廻されるやも知れないのです。
そこでお勧めするのが癌での死亡だそうです。
欧米の死因は断トツで心臓麻痺。
その次が癌だそうです。
心臓麻痺は突然の死であり、心の準備も何もあったもんじゃありません。
でも癌なら即死はありませんから、余命が一年もあれば大抵の事は済んでしまうでしょう。
癌による苦痛も、モルヒネ等の投与で完全に過去のものになっています。
どーせ死ぬならの話しですからね。
死ぬ事を奨励するものでは絶対ありませんよ。
学者の言(ゲン)を待たずとも、タブー視されやすいテーマである死や葬儀について、一度家族みんなで話し合うのも必要なのかも知れませんね。