航海日誌 -114ページ目

A級審判研修会…


昨日の成人式は、佐倉の体育館で、A級審判研修会とC級審判認定講習会があった。

外は風も吹き、まさに真冬のただ中にいる感じ。

しかし、体育館の中は…更に寒く冷えていて、風がないだけ
マシかな!?な状態。


A級審判研修会の方々は大半を年配者が占めており、熱気どころか活気や覇気も乏しく(無いわけじゃない)、体育館の中は
キンキン
( ̄▽ ̄;)
と音がするかと思われる程の寒さ。

スケート靴履いたら滑れたんじゃねーかなぁ~…
(゜▽゜)な訳無いよね淲


午前中、C級を受けに来た人達は、会議室で中居認定試験官からのレクチャーを受けて、我々A級の研修者達は、主審、副審、線審と3グループに分けられて、それぞれの認定資格をお持ちの認定員が専門的に特化したレクチャーをする、という形をとった。


私は、なんとレクチャーをする側になっていて、中嶋さんと二人で『線審』を受け持った。
中嶋さんはともかく、私は今朝初めて聞かされたのだ。
こんなサプライズは戴けない。

中嶋さんはれっきとした認定資格を持った認定員だが、私は胆石と腰痛以外、何もお持ちではない。

更に信じがたい事は、A級審判の中で私が一番若年らしいから驚きだ。

これで本日の研修受講者の年齢レベルが、いかに高いかお分かりだろう。


ズラリと並んだ研修生(笑)は、言わずと知れた大先輩方。

どんな人達!?
悪口や誹謗中傷を書く訳じゃないので、実名でも構わないだろう。
問題があればお詫びをするのに否やは無い。


稲坂さん、山口さん、沓内さん、塩脇さん、竹田さん、鈴木さん、森川さん、千葉さん等々、キリが無いが、千葉県で誰もがご存知のネームバリューのある方ばかり。


中嶋さんと私は、逆に私達が試験を受けてるような気持ちがするネ、と意見の一致をみた。


もちろん皆さん主審はおろか線審など、チャッチャラチャーとお出来になる。つか、私は皆さんから教わった側なので、1組の持ち時間の18分は余るくらい、余裕のヨッチャンだった。


皆さん大人なので、私が言う事にツッコミを入れて来るような暴挙も無く、研修会はお昼ご飯を食べて無事終了~あせる


午後は、C級審判試験を受ける方々による
実技試験
(´ω`)
ニャーだ。


また中嶋さんと私は引き続き認定試験官として、実技試験を担当する事になった。

チェックシートに私の名前が印刷されていたので『なっていた』のかも知れないが、お手伝い気分の私の中では、これもまたサプライズだった。


私達の受け持ちは、全受験者32名のうち11名。

お一方をのぞいて皆さん若い方ばかり。

女性も半数近くいらっしゃって、インディアカの将来も明るそうな予感を感じさせてくれた。

それに…
けっこうキャワイかった煇。


私は主審を見て中嶋さんは副審を見てくれた。
実は副審のほうがチェックが細かいので、中嶋さんがそうしてくれたのだろう。

チェック内容はマル秘ヒミツなので明かす事は出来ないが、数十ヵ所にも及ぶチェック項目に、コメントを添えて記入をし、試験終了後に中嶋さんとそれらをまとめて1枚のレポートにする。

その時、コメントを元に
×に分けるのだが、驚く事にが無いのだ。

必ず良し悪しをハッキリとさせなくてはならない。

コメントに『概ね良し』だとか『若干吹笛が弱い』などと書いていたのに、◯か×、ONかOFFなのだ。
キビシー


夕刻の寒々とした体育館の片隅で、私達試験官は「これは…◯、これは…×かなぁ~」と審査結果をまとめて中居さんに渡した。


最終的な合否は認定委員会に委ねられる事になるが、今回は皆さん成績が良いとの情報も聞いているので、より高いB級やA級、国際審判への更なるステップアップを期待している。

昨日は、研修会や認定試験を通して我が身を見つめ直す、とても良い機会を頂いた気がする。

私も更なる高みに…そう、スーパーシニアの世界へとステップアッ…あれ!?まだ無かったっけ!?
じゃあシルバーかな!?



不条理…


大人数のクラブ活動でレギュラーになれない…しかしクラブ活動はやりたい

しかししかしレギュラーになれないと決まってる。
これは難しい問題だ。


全国レベルの野球部。
千葉県のある高校では
特待生が15人程入部する。

彼等は入学式の午後から練習を始め、一般入部者は次の日に入部希望を提出する。

その後、適性検査や書類審査を経て、60人ほど入部を許されてユニフォームや練習着や道具を買わされる。

準備が整うと特待生も含めて全員の挨拶があり、今日は軽く体を動かしなさい、とかなんとか言われて肩慣らしのキャッチボールやランニングをやり、その日は帰される。

しかし特待生達は帰らない。
何故なら全員が宿舎住まいだからだ。

この時点で一週間ほどのタイムラグが出来たけど、一週間が一日であっても…いやタイムラグがなくても、残念ながら彼等はレギュラーになれないのだ。


特待生達は学校法人が威信をかけて各地から集めて来た、いわばエリート集団。

そのエリートを使わない手は無い。
というか使わざるをえない。

その人数は15人。
マネージャーを入れれば他にダグアウトには誰も入れない。

つまりはそういう事。

特待生の誰かが怪我をするか不祥事を起こして消えるまで順番は回って来ない。

それを待てない奴は、怪我をさせるか、またその行為により結果的に不祥事を引き起こして一人、また一人と消していく。。

不祥事になれば野球部全体が駄目になる…!?
いやいや、揉み消すパワーもハンパない世界なので、誰かのシッポ切りの幕引きで終わる。


これらは野球部に限った事ではない。

私の愛したバレーボールも、妻の愛したバスケットも例外ではない。


知ったふうな事を言うなと、お叱りを頂くかもしれないが、ある程度のレベルでスポーツをしていた方達なら納得な部分だと思う。

野球部の話しは実際に木更津にある高校に入学して、失意の末に辞め…ないで、三年間背番号さえ貰えなかった友人をモデルにしている。

ベンチにさえ入れなかった選手の中に、光り輝く逸材がいないとも限らない(練習も見てくれない)のに、監督や野球部部長の裁量で学生時代を不遇に過ごし、あまつさえその後の長い人生にさえ影を落とす、そんな部活動に…意味が無いとまでは言わないけれど…さっさと見切りをつけて、違うスポーツに未来を見出だす方がよっぽど有意義だろう…と思う。


まだまだ言いたい事はあるけれど、またの機会にチョキ

年明け…


ハート私の身体はワインで出来ているの…とのたまった女優!?がいたけど、現在、私の身体はお餅で出来ているのあせると言いたい、いや言ってしまってる。


今月10日に行われるA級審判員の講習会に着ていけるズボンが無い

4日からお餅絶ちをしているが、間に合いそうに無い。

サロペット風のツナギでも着て行こうかなぁ~と、一瞬本気で考えた。


16日は、八千代大会があるけどもメンバーが集まらないし、日頃お世話になっている体育館のワックス掛けになっている。

23日は、クラブ選手権in四街道だけど、メンバーが(またかよ)集まらないし、総務会がはいっている。

30日は、市川信篤大会がある。
これはジャン・レノ氏の参戦で出られることになった。
ひろみちゃんの身体にお餅が残っていなければ良いが…そりゃ私の事だ淲


去年の暮れから今年にかけて、あちこちで冬将軍(言い方が古い…)が猛威をふるっている。


先日、会社事務所に年明けの挨拶をしに行くと…

「ヘタレ君、以前たしかリンゴを積んだ事があったよな」

「はい、青森の弘前ですけど」

「うん、重さはどれくらいだったかな!?

「まぁだいたい13~4トンぐらいですかね」

「じゃああんまり重くないなぁ…冬場もリンゴってあるのかね!?

おやおやぁ~あせる

「はぁ、たしか夏場の一時期を除けば一年中出荷してますよ」

「そーなんだ、なるほどねぇ…ところでヘタレ君は毎年いつ頃タイヤを換えるんだね!?

おやおやぁ~あせる

「ま~だいたい1月半ばから2月初めくらいですかね…」

「そーなんだ、チェーンなんかはいつ頃積むんだ!?

おやおやぁ~あせる

「いや、スクラップを積む時もあるんで、常備してますけど…」

「いや実はな…」

と、やっぱり話しはこう…

港…女…酒場…別れ…とくれば演歌の花道だけど

冬場…青森…リンゴ…チェーン…とくれば
行ってこいやぁビックリマーク
( ̄▽ ̄;)
って事になるんだねこれが…


たしかに以前、週一のペースで弘前まで下道(まだETC無し)で行っていたし、週に二回行った時もあった。
死ぬかと思った。

でもしかしバット…冬場となると話しは違う。

私も運転手の端くれだから、自慢じゃないが12月の青森に行った事はある。


世間がクリスマスで浮かれていた12月25日。
盛岡から津軽街道は走れ無いと聞き、西根から高速を使って大鰐弘前へ。

昼間明るいうちに岩木山の中腹に滑りながらも上り、リンゴじゃなく『種芋』を積んだ。
それも、箱詰めを待ちながら積んだので、なななんと、7時間もかかった覚えがある。

もちろん日は暮れて真っ暗になり、眼下に見える弘前の町並みがキラキラと綺麗だったのも、まるで昨日の事のように思い出す。


「じゃあまた来年もよろしく」と挨拶。

「おぅ、まだちぃで(来て)な」

しかし案の定、7時間の間に降り積もった雪で出られない。

数十センチ積もった雪の中でチェーンをかけるあの苦労は忘れ難く……縁側で孫を膝に乗せて「昔々おじいちゃんはな、青森っていう所で…」みたいな回顧録的な話しをしちゃうくらい大変な作業だった。

なにせ、ギッタンバッタンと前後進したいのだが滑って動かない。

チェーンをかけても出られ無いんだビックリマークとの恐怖は心も折れかかり、こりゃ春まで待つしかねーなと本気で思ったものだ。


と、話しは長くなったけど、以上な理由で冬の青森はハンパないよビックリマークと会社側に伝えたけれど、部長は暫し黙考し、上目遣いに私を見て「2割増しで手を打つか」と明るい表情。

あんたねぇ…この時期に、夏場も秋口にもこの話しは来なかったのに、何故我社にリンゴ集荷の仕事が持ち込まれたのか分からんか!?

みんなどの会社も断った仕事なんですよ部長ビックリマークあせる


月に5本の仕事だぞと言った部長の声は、洞窟の中で聞いてるように虚ろに聞こえた。

今年も厳しいぞ渹