一昨日、国土交通省航空局より、新たな航空交通管制の運用についての通知が出された.

所属しているJAPA(日本航空機操縦士協会)のニュースレターで案内された。
 

内容は

「今年1月2日の事故に関連して、1月中旬より航空交通管制において順番を知らせるのを中止していたが、8月より、再び(従来通り)順番を告げる運用に戻す」という主旨だった.

 

そもそも、この「順番を告げない」というのは、とても異例で、事故後、2週間足らずで、この運用に変えたのには、パイロット側から強い反対意見が出ていた.

 

こうなった原因は、あの事故で、管制側が「ナンバーワン」と言ったから、聞き違いをしたからだろうという世論だった.

しかし、この通信に関しては、国土交通省は恣意的に、その前の通信を無視して当時の交信内容を公表しているように見える.

 

事故発生直後の当時、私が集めた資料(米国にある世界の主要空港のATCアーカイブやYoutube等)では、国土交通省が発表している通信の前に、海保機とタワーとの間で通信が行われていた.

しかし、政府からの発表では、その部分が含まれていない.

 

実は、ここにお互いの齟齬が生じる原因の通信があったと私は感じている.

 

 

通常、飛行機は(ランプ= 駐機場で)エンジンを掛け、動けるようになったところから管制とやりとりしながら事を進めてゆく.

1月2日の海保機も、当然の事として、羽田空港内の海上保安庁のランプから滑走路に向けて移動する際、羽田地上管制(Haneda  Ground control)にコンタクトし、誘導路移動の許可を取っている.

そして、誘導路移動中に、Haneda Ground control から、滑走路入り口近くまで来たので、タワーにコンタクトするようにと指示を受け、Haneda  Towerにコンタクトする.

 

 

しかし、海保機から、タワーに最初にコンタクトした時の無線交信が、国土交通省が開示した通信記録には記載されていなかった.

と、いうよりも、(航空無線のやりとりを知っている)航空関係者以外の人達にとっては、その無線交信そのものが、「あたかもなかったかのような」公表の仕方をしている.

(もちろん、マスメディアも、それに飛びついている)

政府より開示されていたのは、海保機→タワーにコンタクトした後の「タワーからの応答部分」から後の交信記録であった.

 

 

私は、当初、政府が公表した、無線交信のやり取り記録を見て、非常に違和感を感じた.

 

何故なら、普通は、

「タワーは自分から航空機に対してコンタクトしたり、呼びかけたりはしない.」

からである.

 

つまり、

 最初は、必ず、航空機側から「この無線周波数で開局しました.よろしくね」という呼びかけをしてから、無線通信が始まる.

 

いわば、これは「挨拶Greeting」である.

そして、双方間での無線通信が設定されたことを確認してから、初めて、要件を伝える.

これは、電波法(及びその施行規則等)で通信の設定、要件の通報等の手順が具体的に決められており、それに従って運用されているからだ.

 

収集した資料の中では、海保機が地上管制→タワーに周波数を切り替えた際、タワーに対して行ったGreetingの通信部分について、政府が開示した交信記録には、記載がされていなかった. なので、政府が開示した記録を見ると、いきなり、タワーから海保機に向けて、ナンバーワンと言って宣言しているかのような印象を受ける.

 

最初のコンタクト(グリーティングの通信)の中で、海保機側から「自分を優先してくれ」という意図に聞こえる「ナンバーワンで運用してくれ」と、タワーに対してリクエストをしている.

そして、それに応える形で、(政府が公開している通信の最初の部分の)タワーから、ナンバーワンという言葉が入った「返事」をしている.

その返事部分からしか、通信を公表していなかった.

 

 

しかしながら、この時点で、海保機が離陸のために向かっていた滑走路34Rには、既にJAL機が着陸進入中であり、さらにその後方 約8マイルにはANA機も着陸進入中であった。

 

無線通信のタイミング的には、海保機がGroundと地上移動(タクシー)の通信をしている間に、タワーとJAL機、ANA機との間での進入管制を行なっており、海保機がTowerに周波数を切り替えた時には、既にこれらの管制のための無線がほぼ完了していた。

 

なので、海保機は、タワーにコンタクトした時点では、誰かが34Rに着陸してくるかについての情報を得る機会がなかった(当然、知っていなかったことになる)。

ただ、海保機がタワー周波数に入ってきた後、2番目に着陸予定のANA機に対して、タワーからANA機に対して「(JAL機の意味)先行機があるので、それを承知していてね」という無線が送信されているので、海保機は、それを傍受していたと考えられる.

 

海保機は、「先行機」が自分の事だと間違って解釈していたように見える.

つまり、まだ、少し距離があるANA機に対して、「先行する出発機」があるので、注意してという事だと勝手に解釈したのではないか?

 

だから、先行機は自機であり、(ANA機が迫っているから)すぐに離陸許可が出るだろうと判断し、Hold short (滑走路手前の停止線で止まれ)の指示を深読みして、滑走路内で待機しようという判断になったのではないだろうか?.

海保機は、タクシー(地上移動)の当初から(急いでいたようで)自分を優先させてくれとリクエストを出していたので、それが通っていると受け取っていた可能性が考えられる.

 

タワーも「(離陸の順番としては)一番目」と返事をしていたので、海保機側は、「滑走路使用の優先順位が自分が一番」だと勘違いしていた。

 

しかし現実は、

その前に優先される着陸機が2機入ってきていたのだった。

 

無線交信の内容から、当時の管制側が想定していた滑走路を使用する順番は、

 1.JAL機の着陸(着陸順番 1)

 2.ANA機の着陸(着陸順番 2)

 3.海保機の離陸(離陸順番 1)

となっていたと(無線通信から)思われる.

 

しかし、海保機は、上の1と2が有るのを知らなかった(少なくとも、1は知らなかった)ようで、自分の順番が(滑走路使用の)1番目だと思い込んでいた.

 

従って、タワーからの「Hold short」(滑走路進入線の手前で停止して待て) という指示を復唱しながらも、(順番が一番なのだから、できるだけ早く出れるようにと)停止せず、滑走路上で停止(これを「Line up」という)し、離陸許可を待っていたと考えると、全ての行動の辻褄が合う.

 

 

海保機の機長は、「離陸許可」もらっていない事を認識していたので、離陸はできないと考えていた.

つまり、離陸のクリアランスを待っていた状態だったのであろう.

 

だから、滑走路上で40秒も(衝突するまで)停止(離陸許可を待っていた)していたものと推察できる.

(海保機の機長としては、自分が1番であり、すぐに出発させてもらえると思っており、指示通り待っていて、すぐに離陸のクリアランスがくるだろうと思っていた)

 

一方、

タワー側からすれば、海保機は滑走路手前の誘導路で待たせてある(Hold short の指示)はずだから、当然、離陸許可は出さないし、JAL機の着陸を待っている状態だった.

だから、海保機は、いつまで経っても(許可がでず)離陸待ち状態となってしまった.

 

ここでの両者の間での認識の齟齬は、

 

海保機側:「自分は優先順位1をリクエストしていた」「1番目と返事をもらっていた」「だから一番目に離陸できる」という認識、

 

タワー側:「離陸の順番では1番にした」「その前に、2機が着陸のためのアプローチ中で、それらが着陸した後に、1番に離陸してもらう」というつもりでいた.

 

ということでは無いだろうか.

 

 

 

日本で飛んでいる時、ATC(航空交通管制やタワー、アプローチなど)を聞いていて(実際に飛んでみて)奇異に感じる事がある.

ATCは基本的には英語での通信のはずなのだが、日本においては、日本語での会話のように、往々にして主語が抜けている表現が多いと感じる事がある.単に、単語を羅列して通信しているように聞こえる時があるという意味です.

 

 

確かに、最初にコールサインをつけるので、多くの通信では、それが主語となる場合は多くある.

しかし、それ以外の会話部分になると、いきなり、単語だけが飛び交っていて、何がなんだかよくわからない(もはや英語ではない)単語の羅列という事が多くあるように聞こえる.

 

 

例えば、

 米国国内などでの英語での通信においては、(突然の)"Number one" などという表現は聞いたことがない.

 必ず、"You are number one"  と主語が付く.

そして、なぜなら、他の飛行機に対しても主語をつけるので、誰が? の部分が、ATCの中で常に明確にされてるからだ.

 

本事案においても、

  タワーは、海保機に対して、

  "You are Number one departure after 2 ships landings"  等と言えば,誤解は生じなかった,

(或いは,誤解していたとしても,自分の理解が間違っていたと気づけた)と感じる.

 

 

 

 

滑走路手前の停止線  (黄色🟨で描かれた2本破線と2本実線)の表示(標識)

 (破線側が滑走路内、実線側が誘導路側を示している)

右側の梯子状のラインは、計器進入(計器飛行)時に邪魔にならないように設定された停止線.

(国土交通省のHPに示されている「滑走路の表示」の文書より引用)

 

 

空を飛んでいる経験者として思うに、

この事故の原因は、「きちんとタワーの指示を守れなかった側にある」と感じる.

しかし、誰も非を認めたくないから、管制の指示が悪いということで、事故後、直ぐに、管制の運用が変えられたように見えた.

そして、その処置は、(特にLINEの)パイロット達から、かなりの不評を買っていた。

 

ちなみに、

 パイロット(機長 或いはPIC)は、離陸などのクリアランス(許可)をもらっていても、離陸の為に滑走路に入る際は、その滑走路に関しての進入機の有無を必ず自分で確認するものだ.それは、ほぼ確実に、必ずやる.自分自身の安全の確保でもあるからだ.

 ローカル空港であれば、トラフィックパタンのファイナルとベースレッグの両方をチェックするし、無線(タワーやアプローチ)も2分以上聴いて、進入機があるかどうかを確かめてからでなければ、普通は滑走路には入らない.

 嘘だと思う方は、Youtubeなどでフライトの様子が流されているビデオをご覧になると良い.パイロットは必ず、左右(通常は左)の進入機を確かめてから、滑走路に入っていることがわかると思う.

 

地上移動(タクシー)する際に,滑走路を横切る(横断する)時も,その手前で一旦停止し,タワー(或いはグランド)の許可(クリアランス)がなければ,滑走路を横切ることはできない.滑走路の管理は,それほどクリアな状態(或いは,滑走路使用は1機だけというルール)を厳格に保持することで,皆が安全の確保に努めているのである.

 

 

順番が、なぜ大事なのか?

航空機を運行するにあたって、自分が、滑走路を何番目に使うのかの情報は、とても重要な情報.

  安全を確保するのにも重要.

  着陸時、自分の前を飛んでいる航空機が、何機・何処に居るかを確認できていなければ衝突しかねない.

  また、大きさ(機種)などで、飛行速度も違ってくるので、セパレーションなどを保つ情報としても大切.

  ジェット機後流を避ける情報としても大切.

  離陸の順番であれば、前をゆく飛行機との距離(セパレーション)が保てるのか?

  先行機はどちら向きに出発するのか?  なども考慮に入れて離陸をするものだ.

  また、離陸・着陸が混合している場合には、自分が離着陸できるセパレーション(時間等)が十分にあるのか?

  早めに滑走路を出なければならないのか? 

 

など色々と考えを巡らせながらパイロットは飛行機を運行している.

このように、順番情報は、安全を確保するための様々な判断をするために役に立っている.

 

この度の通達で、正常に戻るようなので良かったと感じる..

 

 

 

経験:

 2005年頃、米国で技能証明を取って間もない頃、地方の空港で離陸のため、誘導路を移動をしていた際、「Hold short of Rway 18」とタワーからの指示があった.

しかし、初心者であった私は、「Position & hold(滑走路上で待機)」 と間違えて解釈し、滑走路の中で停止してしまった。

タワーからは「Short & Hold って言ったじゃないか、なんで滑走路上に居るんだ!」と注意された.

「すみません、近くの誘導路にすぐに出ます」と返事をしたのだが、タワーからは、すぐに離陸するように指示が来て、その後、直ぐに旋回し、指示された方位に変針した.

本当は、これは始末書ものだったのだが、後日、FAAからは何らかのリポートの提出も求められなかったので、そのままになってしまっている.

 

この失敗をしてから、Hold shortPosition & Hold の聞き間違いをしないように、特に注意をするようになった.

 

インストラクターの説明では,これと同じような間違いをする人が多かったので、

ATCでの言い回しが、

Hold short(停止線手前で止まる)」 

Line up(滑走路に入って待つ)」

に変わった(2010年頃).

 

 

最後に:

 ANAで777の機長やOJB教官をやっている弟と、この事故について話したことがある.

 彼ら(LINEのパイロット)も、この事故の事をとても気にしていて、特に夜間着陸の際、滑走路上の障害物が見えるかどうかを、特に、注意して観察しているという.

つまり、多くの(というより、ほとんどの)LINEパイロットが,夜間,滑走路上の障害物が見えるものだろうかと、目を凝らして確かめているらしい.

 

夜間着陸の際は、滑走路上に障害物(航空機)が居たとしても、今回の海保機クラスの小さ目の航空機だと、見つけることはかなり難しいのではないかというのが、彼の意見だった.

夜間、航空機は、衝突防止灯(ストロボか赤の回転ビーコン)、尾灯(白色灯)を点灯しているのだが、滑走路上の他の灯火類と重なってしまい、見えにくいとの事だった.

また、小型機と違って、大型機はアプローチ速度がが160〜180KTほどなので、時速300km近い速度なので、障害物を発見しても、回避する時間的余裕があまり無い.

 

所で、今回、被害者として報道されているJAL機のコックピットには,3人居たという.

通常だと2人なので、3人居たということは、訓練中か審査中の人が操縦していた可能性がある..

そうすると、後ろ席に控えていた教官・審査官らが(彼らは直接操縦に関わって居ないので、余裕があるから)滑走路を注意してみておけば、Go-around などで、衝突を回避できた可能性もあるかもしれない.というのも彼の意見だった.

4つの目よりも、6つの目の方がより良く見張りができるから、異常事態を見つける頃ができる確率が上がる.

また、無線のやりとりで、海保機とのやりとりを聞いていたら、それがどのタイミングで出発予定なのかの確認くらいしても良さそうだ.

 

いずれにしても、思い込みは、大事故につながる.

パイロットと管制との間は、少しの疑問でもあれば、すぐに確認するくらいの慎重さが必要だという教訓になった.