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LIFE MOVIE 世界に一つだけの「私という映画」の作り方

人生を楽しむコアを外さない自由な生き方

 

 

どうも〜

 

 

 

ライフコーチの黒岩です♫

 

 

 

 

あなたは今、

やめたいことがありますか?

 

 

 

先日の体験セッションでのこと。

 

「彼氏への嫉妬をやめたい」

 

というテーマを持ってこられた女性がいました。

 

簡単に説明すると、

 

四六時中彼氏の動向が気になるらしく

離れていれば常に何をしているか聞き、

一緒にいれば携帯の中までチェックしてしまう。

本当はやめたいんだけど我慢できなくて

ついやってしまうんです。

 

ということでした。

 

 

 

 

こういった

 

「やめたいことがやめられない」

 

っていうテーマを

扱うことってよくあるんですね。

 

 

で、

その時はこんな感じで返しました。

 

 

 

 

 

 

「やめなくていいんじゃない?」

 

 

 

 

 

 

「えっ!?( ̄□ ̄;)」

 

 

って顔されますよそりゃ(笑)

 

 

 

 

って言うのもね、

 

やめたいって思えば思うほど

逆に思考はそのことに支配されて

 

考える度にストレスを感じたり

余計にやめられなくなったりしますよね?

 

それじゃあ毎日楽しくない。

 

だから、

 

 

「やめなくていいんじゃない?」

 

なんです(笑)

 

 

 

 

ちゃんと解説するんでしばしお待ちを♬

 

 

 

 

 

やめたいことをやめるには

大きく二つの方法があると思うんですが、

 

 

一つ目は、

 

・徹底して管理すること

 

 

二つ目は、

 

・必要じゃなくなるということ

 

 

一つ目はなんとなくわかりますよね?

管理する、もしくは管理されることで

結構な確率でやめることはできます。

管理の間ってことが条件なんですが、

一番手っ取り早い方法かもしれませんね。

ここでは詳しい解説は控えさせてもらいます。

 

 

二つ目が重要なんですが

例えば、

 

結婚して子供が生まれると

長年やめたいと思っても

やめられなかった喫煙を

いとも簡単にやめられる人がいます。

 

 

 

どうしてだと思います??

 

 

 

これはやめたいと思ったというよりも

家族の幸せや子供の成長

(私から私たちの幸せに変わる)

を考えた時に、

喫煙が必要なものじゃなくなった

という感覚だと思うんです。

 

 

自分だけだと漠然としていた未来が

家族という私たちの未来に変わることで、

何が必要で何が不要か

はっきりとイメージするようになる。

 

当然我慢することはあるにしても

それ以上に作っていきたい未来があるから

気にしなくなることができるんですね。

 

 

 

 

 

先ほどの女性の話に戻りましょう。

 

 

具体的にどうして嫉妬をやめたいのか

嫉妬をやめることでどうなりたいのか

その目的を傾聴していくと

 

彼女からこんな言葉が出てきました。

 

「実は職場の人間関係がうまくいってないんです」

「せめて彼氏だけでもコントロールしようとしているのかも」

「人から信頼される人間になりたい」

 

 

 

つまりね、

 

【彼氏への嫉妬をやめたい】

 

ではなくて

 

【人間関係を改善して人から信頼されたい】

 

が本当のテーマだったわけです。

 

 

コーチングをやっていると

様々なテーマについてお話を伺うんですが、

実際クライアントも何で悩んでいるのか

よくわかってないことって多々あるんです。

 

 

今回もそのケースで、

一つのことにフォーカスしすぎて

全体が見えなくなってたんですね。

 

 

やめたいことをやめる方法で話を進めれば、

 

「どうしたらやめられるか」

という方法論の話に終始して

あれこれ試してみるしかないんですが、

 

もっと大きな視点で

本当はどうなりたいのか」で話を進めれば、

 

望む方向にそのやめたいことが必要じゃなくなる

という新しい視点を持つことができるんです。

 

「やめたい」は裏返せば「やめたくない」

をどこかに含んでいるから

心に無理をさせるやり方ですが、

 

「必要じゃない」は

もっと心に余裕を持つことができて、

気にしなくなる方向へ進んでいけます。

 

 

何かを変えたいとかやめたいと思う時は

自分をもっと大きな視点から見てあげること。

 

表面的な「点」で対処するのではなく、

問題をもっと包括的に考えて

その根本(本当はどうなりたいのか)にまで遡って

対処すること

 

が重要です。

 

 

 

 

 

 

その女性のクライアントさんから

一昨日メールをもらったのですが、

 

 

 

「彼氏が逆に心配しちゃってる」

 

 

 

らしいです(笑)

 

 

 

 

嬉しいことですねv(^-^)v

 

 

 

 

 それではまた〜♬

 

(花園神社、酉の市での一枚)

 

 

 

今日は久しぶりの雪ですね〜

 

 

皆さんは今日が雪と知って

どう思いましたか?

 

 

 

 

 

 

 

昨晩、

友人からこんなLINEが入ってきました。

 

 

 

「明日は雪降るみたいだけど

ますます会社に行きたくないな〜(>_<)」

 

 

 

で、僕はこう返しました。

 

 

 

「寒くはなるけど、

久々の雪景色も綺麗かもよ(^ ^)」

 

 

 

 

でもね、

本心は友人にこう思ってました。

 

 

 

「明日はいい日にならないな」

 

 

って(笑)

 

 

 

 

 

いつからでしょうかね。

 

雪=厄介なもの

 

って思い始めたのは。

 

 

子供の時はむしろ

朝起きて雪が積もってたら

テンションMAXで学校に行ってましたよね。

 

 

別にね、

 

「今日は雪だ!わ〜い!」

 

って無理やりポジティブになれと

言ってるわけではないんです。

 

 

逆にそれをやっちゃうと

ずっと雪に思考が捕われることになって、

ポジティブに思おうとする度に

余計なエネルギーを使ってしまうんです。

 

 

ちなみに僕はどう思ったか。

 

 

「明日は雪か。寒くなるな。厚着しよ。」

 

 

でした(笑)

 

 

文章で見ると心ないように思えますけど、

これで実は心を整えているんです。

 

 

どういうことかって、

 

明日は雪って知った時点で

 

寒くなって嫌だな〜

電車が心配だな〜

会社行きたくないな〜

 

って意味づけしたくなりますよね。

 

その瞬間に、

そうやって意味づけして

心に波を立たせようとしている

自分に気付くんです。

 

そもそも

雪が降るっていう事実があるだけで

雪に関しては

良いも悪いもないですよね。

 

自分が勝手に意味づけしちゃうから

雪が降る日に肩を落とすことになるんです。

 

だから、

雪が降る

寒くなる

厚着しよう

それで終わり。

 

 

これってね

禅の考え方に通ずるものがあって

僕が考えているストーリー思考にも

似ていると思うんです。

 

 

 

僕ら一人一人が

人生という映画の主人公で

しかも監督としての役回りもあるとすれば、

 

さっきの考え方でいくと

主人公の自分が

「明日は雪だ、嫌だな〜」

 

って思った瞬間に

その後の展開がクソつまらなくなるでしょ。

 

だから

監督としての自分がそれに気づいて、

雪というものに余計な意味づけを

させないようにするんです。

 

「雪が降ってもやるべきことをしよう」

 

ってね。

 

 

禅の思考もこれと一緒で、

 

 

余計なことは考えないで

(もし考えようとしているなら

その自分にも気づいてあげて)

シンプルに今を生きること

 

 

 

 

 

人生の質を上げて

楽しく生きていくには

 

今をどう過ごすか

 

が非常に大切なんです。

 

 

余計な意味づけは

やがて時間が経てば「決めつけ」に変わって、

僕たちの心を蝕んでいきます。

 

 

そこにあるのは事実だけ。

 

 

何をすればいいのかが大事で、

そこに捕らわれて一喜一憂しないこと。

 

あるがままを受け入れることで、

自分のすべきことが見えてくるはずです。

 

 

こうやっていつでも

自分の内側に心を向けていけば

 

自ずと日々のパフォーマンスが上がって

人生の質も高まっていく

 

僕はそう思います(^ ^)

 

 

 

とは言え

 

 

 

みなさん風邪は引かないようにね♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昔から語り継がれる精神論の一つに

 

 

 

「根性論」

 

 

 

というものがありますよね。

 

 

 

僕の周りにも

根性論の伝道師とも言えるような友達が

結構たくさんいたりします(笑)

 

 

彼ら曰く、

全てのできない理由は根性が足りないから

というものらしいです。

 

 

僕は負けず嫌いなので、

思えばこれまでの人生の中には

この伝道師たちとの戦いのストーリーが

数多くありました。

 

 

「気合が入ってない」

 

 

って言葉を何回聞いたかわかりません(笑)

 

 

親父

先生

コーチ

友人

 

 

 

できなかった要因を

根性論で指摘されるならまだしも、

 

 

「酒が飲めない奴は気合が足りん」

 

まで言われて、

 

何度も一気飲みを強要してくる輩も

中にはいました(笑)

(かなり飲めるようにはなったのですが。)

 

 

これは完全に僕の好みなんですが、

ハートでぶつかってくれる

熱い伝道師は嫌いじゃないんです。

 

例えば、

昔気質な先生とか。

 

今になって

彼らは言葉が足りなかっただけだと思うんです。

 

どんな困難にもめげずに乗り越えて欲しい

っていう熱い気持ちを、

 

「気合を入れろ」

 

って言葉でしかうまく表現できなかったんだと。

 

 

ただね、

 

根性論の良い側面があるのも事実だと思うんです。

 

 

実際に

伝道師たちに鍛えられて

僕自身かなり度胸はついたと思いますし、

 

なよなよしていた友達が

伝道師たちとの戦いによって

みんなを牽引するリーダーになったりするのも

見てきました。

 

僕みたいな経験をする必要はないんですが、

 

こういう時代を生きていた人と

今の情報とモノに溢れた時代を生きている人の間に

分かり合えないような溝があるのは少し寂しい。

 

根性論も時代に合わせて

進化する必要があるってことですよね。

 

 

ぶっきらぼうなおじさんの根性論は

確かに時代を生き抜くパワーがあった。

 

だからと言って、

何でもかんでも根性論で片付けて

360度から負荷をかけると

 

ヒビが入って脆くなるか

崩壊して戻ってこれなくなるか

硬くなりすぎて頑固な人間になるか

はたまた覚醒するか

 

つまり、

 

どうなるかはお楽しみ♡

 

ってそれじゃ嫌ですよね(笑)

 

 

 

大事なことは、

 

 

 

 

 

「どの方向にどんな負荷をかけるか」

 

 

 

 

 

自分の向かいたい方向に

向かっていくために必要なだけの

根性という負荷をかければ良いんです。

 

他のことには根性なんていらないんです。

 

余計なエネルギーは使わなくていいんです。

 

ただ、

やりたいことだけには

内からも外からも常に負荷をかけてあげる。

 

そうすれば、

他のことはできなかったとしても

やりたいことでその道を極めることができる、

もしくは極めるだけの根性を培えると思うんです。

 

スポーツ選手がそうですよね。

 

目指したい方向があって、

そのために必要な根性という精神力を日々養っています。

 

でもそれ以外のことでは案外臆病だったり、

興味のないことには精神力の欠片も

発揮できなかったりする。

 

それでいいと思うんです。

 

やりたくもないことに

無駄に根性使ってやり遂げる時代は

もう終わったと思うんです。

 

 

 

そう、だから

 

これからはこれでいきましょうか♫

 

 

 

 

 

 

新・根性論は

 

 

 

 

 

 

「望む方向だけにフルパワー全開」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後だけギャグっぽくなっちゃった(笑)

 

 

 

お・わ・り

 

(高田馬場、10℃ cafeより)