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LIFE MOVIE 世界に一つだけの「私という映画」の作り方

人生を楽しむコアを外さない自由な生き方

 

少々偉そうなタイトルですが、

僕は登山の経験は殆どありません(笑)

 

せいぜい高尾山程度のものです(・・;)

 

 

それでも登山家の話を聞いたり

登山家に纏わる本を読むことは大好きで、

そこには人生に繋がる哲学がある

と思っています。

 

 

 

 

最初に登山家の生の話を聞いたのは、

高校二年生の時。

 

 

高校の学園祭の前に

アルピニストの野口健さんが

講演で学校にいらっしゃいました。

 

どの話も興味深かったのですが、

一羽の鳥の話はとても印象的でした。

 

雪山で一羽の鳥が死んでいたんです。

でもそんなの誰も知らないし、気にもとめないんです。

 

過酷な雪山の中では

鳥の死骸なんて気にならない、どうでもいいこと。

偉大な山から見れば一羽の鳥のように

自分も一つの点でしかない存在。

そう考えた瞬間に、

その時自分が抱えていた悩みや問題も

いかにちっぽけなことなんだと思った

 

と話しておられました。

 

 

当時の僕は高校生ならではの

ちっぽけな悩みに頭を抱える毎日。

 

ちっぽけな悩みをどんどん大きくして、

勝手に飲み込まれそうになってる自分が

バカバカしくなったのを覚えています。

 

 

他には

 

どこの山だったか

記憶が定かではないのですが、

登頂して下山しようとする際に

仲間の登山家が発狂して飛び降りた

という話は有名ですね。

 

高校生の時にその話を聞いて、

飛び降りて死んだという事実よりも

 

「あいつはもう終わったんだと思いました」

 

という言葉にとても驚きました。

 

8000メートル級の過酷な山では

登頂して喜んでいる暇などありません。

崖のような急傾斜を

今度は降っていく試練が待ち構えている。

そんな状況では

誰かの死に心が捕らわれてしまえば

次は自分の身が危うくなるというのです。

 

 

今になってその状況を考えると、

 

登山家が山を登っているときは

常に瞑想状態なんだろうと思います。

 

つまり、

心が揺らがず捕らわれていない

マインドフルな状態であるからこそ

「今、この瞬間」に注目し、

何をすべきか考え、行動することができる。

 

感覚を研ぎ澄ませてなければ

死へと自分を追い込む結果になってしまう

と思うのです。

 

 

僕が尊敬する登山家の一人に

日本人唯一の8000m峰全14座登頂者の

竹内洋岳さんという方がいます。

 

一時期はメディアにも頻繁に出ていたので

ご存知の方も多いのではないでしょうか。

 

竹内さんの著書

「標高8000メートルを生き抜く 登山の哲学」で

 

その瞑想状態をこのように語っています。

 

 

高所を登っている間は、身体中の神経に

ヤスリをかけたと思えるくらい、感覚が鋭くなります。

落石や雪崩などのリスクとは、常に隣り合わせです。

危険を回避するためには、

わずかな予兆を自分自身でキャッチしなければならない。

全身の感覚は、自ずと極限まで研ぎ澄まされています。

 

 

頭で考えるのではなく、

もっと動物の本能的な反応が

高所では働くように感じるんだ

と竹内さんはおっしゃっています。

 

それは人間が近づいてきたのを

一瞬で察知する魚のような感覚らしいのです。

 

 

 

この竹内さんの著書は

人生を山に見立てた哲学書のようだ

と僕は勝手に思っているのですが、

 

最後に一つだけ竹内さんの言葉を紹介します。

 

 

 

頂上を目前にしたときは、

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(一部省略)

つらくて、苦しいばっかりで、少しも楽しくなんかない。

そんな苦しい思いをしたくて、

私は山に登っているわけではありません。

苦しいことを含めた長いプロセスを、

いかにおもしろがれるか。

その一つの輪の中で記憶に刻まれた印象のすべてが、

登った者だけが知り得るその山の個性なのです。

 

 

ははーと頭が下がりますよね(笑)

 

 

山を僕らの夢や目標と仮定するならば、

 

そこに向かうまでのプロセスには

辛くて苦しいことも当然あり、

それも含めていかに楽しむことができるか。

私たちが作る一つ一つのストーリーが

自分だけの色を人生にもたらすんだ

 

と勝手に解釈させて頂きました(^ ^)

 

 

 

 

 

それぞれのてっぺんまで登って、

安全に下山してはまた新たな頂きを目指す。

 

 

 

 

 

僕らの人生も

そのように生きたいものですね♫

 

 

 

 

 

それでは今日はこの辺で〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうも〜

 

 

ライフコーチの黒岩です♫

 

 

 

 

 

僕の人生のテーマの一つに

 

 

「マインドフルに生きること」

 

 

というのがあるんですが、

 

皆さんはマインドフルネスって言葉を

聞いたことはありますか?

 

簡単に説明すると、

 

 

「今この瞬間」の自分自身、

そして周りで起きていることに気づき、

現実を受け入れられていること

 

 

その例として、

 

   意味づけしないと人生の質が上がる? 

 

でも少しだけマインドフルな状態をご紹介しました。

(興味があればこちらも読んでみてください↑↑)

 

 

マインドフルな心とは、

 

「揺らがず、捕らわれず

しなやかに流れるような」

 

状態のことを指します。

 

この状態でいることによって

 

いつでも全体を俯瞰しながら

自分や周りの出来事や状態を把握し、

その時一番最適な選択ができるようになります

 

 

場の空気を読むのが

めっちゃ上手い人っていますよね?

 

ただ場の空気だけを読んでいる人は

人のことを気にかけすぎて

自分の気持ちを蔑ろにしがちですが、

 

本当に上手い人は

自分の気持ちにもしっかり気づいて

自分と周りとの間で一番ベストな行動を

取ることができたり、

もしくはみんなが考えもつかないような

アイディアを思いついて、

周囲を仰天させることができると思います。

 

こういう人はマインドフルな状態でしょう。

 

 

僕自身これまでに様々な瞑想法を試し

マインドフルの感覚を磨いてきました。

 

その感覚の理解を深めるのに

とてもわかりやすく楽しく読める本を

今日はご紹介します。

 

 

 

それがこちら↓

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

スタンフォード大学 マインドフルネス教室

スティーブン・マーフィ重松 著

坂井純子 訳

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

スティーブン・マーフィ重松さんは

日本生まれ米国育ち。

 

本の中には

日本や日本文化に関する記述も多くあり、

 

禅、マインドフルネス、フローの良質な関係

を学ぶことができると思います。

 

どうしてもマインドフルな状態に入れない方は、

こういった本で理解を深めてから

瞑想をやってみるのもいいかもしれませんね。

 

 

もし興味があれば読んでみてください(^ ^)

 

 

 

今日はこの辺で♫

 

 

 

 

 

 

「良い思考は良い身体から生まれる」

 

 

 

 

 

 

これ、

僕がコーチングを始める前からも

ずっと大事にしている言葉です。

 

 

今でもそれは変わらなくて、

やっぱり身体が資本なんだ

と思っています。

 

 

なんでこんなことを思い始めたのか、

それは大学進学を機に上京した時まで遡ります。

 

 

当時の僕は

東京でビッグになるんだ!

とTokyoDreamを抱いて

はるばる福岡からやってきたんです(笑)

 

とにかく体力には自信があったので、

最初からアクセル全開。

 

大学と仕事を両立しながら人脈作りに勤しんで

毎日誰かと遅くまで飲んでは熱く語り合って、

睡眠不足と二日酔いのダブルパンチで

また勉強と仕事をする。

 

そんな生活を何年も続けてたんです。

 

最初は全てが順調に思えてました。

 

思ったことをやるだけの

気力と体力もありましたし、

全然疲れなんて感じてなかったですから。

 

若気の至りですかね。

 

自分が最強だと思って、

「もっと健康的な生活をしなさい」

なんてアドバイスに耳も貸さなかった。

 

 

数年後に

 

 

心も身体もボロボロになるとは

夢にも思わなかったです。

 

 

まだまだ二十代前半でしたが、

体力の衰えと人間関係の悩みで

おじいちゃんみたいになってましたよ(笑)

 

 

エネルギーが底をついた感じですかね。

 

 

現状を嘆く気力もなくて

ただひたすら毎日ぼーっとしている。

 

 

「もう終わったな」

 

って正直思いました。

 

 

 

それでもね

応援してくれる家族や仲間がいたから

ここまで復活できたんですが、

 

今日話したいのはその復活劇じゃなくて、

 

 

「どこから崩れていったか」

 

 

ってことなんです。

 

 

 

 

 

最初の変化はそう、

 

 

身体です。

 

 

 

気持ちの部分ではね、

まだまだいけるって思ってたんですけど

 

何年間もの不摂生な生活のせいで

身体が言うこと聞かないんです。

 

背中は猫背で呼吸も浅いし

重荷を乗せたみたいに体が重い。

 

こうなってくると

使う言葉にも変化があって

「面倒臭い」

を毎日連発していました。

 

 

今振り返るとですよ、

 

それだけ無茶してたことの

目的が自分の中にはなくて、

がむしゃらにアクセル全開でいけば

人生はどんどん良くなるだろう

って考えていたと思うんです。

 

でもその目的を探すためのエネルギーを

道半ばで失った。

 

ダメな身体が

ダメな思考を生んで

ダメな習慣にハマっていったわけです。

 

 

「どうしたら人生が終わっていくか」

 

という負のループを

二十代前半で身をもって経験させて頂きました(笑)

 

 

まあこんなことがあって

 

「良い思考は良い身体から生まれる」

 

と思い始めたということなんですね。

 

 

 

 

 

本当に当たり前のことなんですが、

 

 

いい心の状態を保つには

 

「良い身体の状態を保つこと」

 

 

 

 

究極を言えばですよ、

 

良い身体を作り

良い心を保ち

良い思考をすれば

良い行動が生まれて

 

外界に影響されずに

自分の幸せを自分で作ることができる。

 

こんなにシンプルなことだと思うんです。

 

 

でも、

その当たり前のことを

続けられなくなるのは

最初に何かをやろうと決意した時点で、

 

必要なエネルギーを考慮しない

 

いつまでもやる気に満ち溢れている

という幻想を抱く

 

から。

 

 

絶対に失速するときは来ますよね。

 

それでも歩みを止めないで進んでいくには、

そこに向かうだけのエネルギーを

常日頃から養わないといけないんです。

 

 

どんなに性能の良い

「心というモーター」を持っていても、

ガソリンがなかったり

タイヤの空気がなかったり

肝心なボディにガタがくれば走らなくなります。

 

 

僕らもそれは一緒で、

 

「身体が資本」

 

ということを常に頭に入れて

定期的にメンテナンスをしてあげないと。

 

 

 

身体が喜べば

心も必ず喜びます。

 

 

 

 

普段忘れがちな

身体から心へのアプローチ。

 

 

 

 

無理なく続けてみれば

きっとその素晴らしさを実感できると思います(^ ^)

 

 

 

 

 

今日はこの辺で♫