広島風焼きそばは細モヤシが決め手である。
「太く水分の多いモヤシではイカン、カリッと焼ける細モヤシがベスト」
スーパーで売り場のおばちゃんから聞いた話である。
何故か最後に「ここだけの話し、内緒じゃけーね」とも言われた。
なぜ?と思ったが、値段を見て直ぐに気がついた。
細いモヤシの方が値段が安かったのである。
売上に影響するの・・か?
しかし、私はその日から細モヤシのファンになってしまった。
麺と炒めた時の香ばしさが一段とよ良い。
今日も豚小間と細モヤシで広島風焼きそばを作ってみよう。
そして「オタフクお好みソース」が有れば完ぺきである。
広島風焼きそば
『モヤシは新芽食物全般を示す言葉あり、蕨や筍も一種のモヤシと言える。その他、豆苗、カイワレ大根、ブロッコリー、赤キャベツも発芽した状態とすればモヤシである。このような新芽野菜はスプラウトと呼ばれる・・・』
「モヤシーピアノが弾け―たなら―」
真剣に?気が抜けるフレーズである。
オヤジが帰ってきたのだ・・・
「タケノコも・・・」
耳に入れない様に、やや大きく、もう一度テキストを読み始めた。
「オイ、タツ!大声で何を読んでいるんだ。季節外れのワラビとかタケノコとか」
「うるさいなーモヤシ、いやオヤジ」
「親に向かってモヤシだと!この黒く焼けた肌を見ろってんだい」
両腕を捲り上げてガッツポーズをされてしまった。
その上に「モヤシ小僧はお前だろうスットコドッコイ!」止めである。
確かにオヤジの肌は黒々していた。
それは朝早く近所の山原屋旅館に出掛け、コーヒーをご馳走になり、
板さんと山に入り、山菜やキノコを採りに行く。
釣りの解禁中は専ら渓流の中に姿が見え、神社の朝市に出店したりと、
一日中お天道様と暮らしているのだ。
日照時間の少ない山奥でも日に焼けるのは当然である。
その合間?に自分の店に顔を出す。
「あら、お父ちゃん、おはよう」
調理場の中から出て来たのは母である。
「おっう、今日の収穫だ」
ひとこと言うと背負い籠から採れたてのキノコを床イッパイに山のように広げた。
「おー、スゲー」
思わず声を上げてしまった。
素人の私でさえもその見事さは肌で感じた。
店の開店時間前に全員でキノコを分けるのであるが、壊れ易いキノコは素手の作業になる。
種類、大きさに仕分け、山くずを取り除き、それを直ぐに茹で上げるのである。
茹でたキノコは割れることなく、今日の分以外は塩漬けとなる。
秋の日課の一つであり、我が家(店)の一大イベントなのだが、
虫の苦手な私の遠慮する作業の一つであった。
流石のオヤジも息を切らせていた。
これだけのキノコを採るには相当の崖や谷を上り下りしたに違いないからだ。
しかし、キノコ採りは必ず一人で行く。
たとえ夫婦でも、親兄弟でもシロ(キノコの生える場所)は決して教えない。
車で乗り合いをしても、途中から各自別行動をとるのである。
全く奥が深いと言うべきか・・
そして早生、中、奥のキノコの季節が過ぎると冬がやってくる。
山に住む者にとって生きる大切な仕事である。
「さーてと、オレも仕事を手伝うか」
オヤジが「へ―」という顔をしていた。
私はテキストを閉じ、キノコの仕分けを手伝うことにした。
本の勉強も大切であるが、しかし、体で覚える事はもっと大切な事に気がついた。
モヤシ小僧の私でさえ、いつか自分も、体で覚える仕事が出来ればと深く感銘していた。
10月4日・・オヤジの命日に思い出すことは「シロの場所を聞いとけば良かった」
ただ・・それだけである・・龍
シロはまさしくキノコの城である

