日本人の好きな食べ物に蕎麦がある。
私自身好物である。
特にざる蕎麦には目が無い。
山葵をサメ皮で摩り下ろし、蕎麦に直接乗せる。
今日は自前の本かえしのたれで頂くのである。
後は繰り返し口に運べば至福の時が訪れる。
・・・ ・・・ ・・・
生家がそば屋ということも有り、毎日食べていたが飽きることは無かった。
また他所に出かけた時も蕎麦を食べる毎日だった。
そんな私が自慢出来る蕎麦打ち名人がいる。
那須高原の友人であるが、彼は蕎麦の実から自分で栽培する。
趣味の一つだと言うが、どうしてどうしてグランプリものである。
また手打ちうどんは温かいキノコ汁でご馳走になった事が有るが、
クリタケも庭で採れる自然栽培であった。
見事である。
店を持つことが有れば、是非ともお品書きを画かせて頂きたい。
・・・ ・・・ ・・・
話は変わるが、カレーを出す蕎麦屋があるのが、私は不思議だった。
鰹だしの香り漂う店内に一気にエスニックが顔を出す。
誰が始めたものか不思議であった。
そして私は遭遇してしまう。
謎の物体、蕎麦屋のカレーライスに・・・
海沿いの友人宅に初めてお邪魔した時だった。
「よーし、着いたぞ」4時間は有に掛ったであろうか、見慣れない景色が目前に広がった。
「おー!海だ、海、ヤッホ―」「ヤッホー!」 「ヤッホー!」
こだまなど帰って来るわけがない。全くバカである。このメンバーで初日の出を新潟に見に行き、海に向かって一列に並んでいたら、後ろから太陽が出た。当たり前の事が解らないのである。
私たち4人は彼の両親に会うのも初めてだった。
「いらっしゃい、よく来たねー」人の良さそうな母親である。
「どんも、どんも」父親もまずまずである。麦わら帽子がよく似合う。
「こんにちはー」私たちは青年らしく挨拶をした。
「遠いところをようこそねー、お腹すいたっぺよ」確かに腹はペコペコであった。それというのもここに至るまで、店らしい建物を見かげ無かったからである。
「ハイ」私たちは青年らしく返事をした。
「ほほほ、カレーでも取ってやっぺ」今から鰈ではあるまいと頭をかすめたが・・・
「カレーといっても魚の鰈じゃなかっぺ」と言われ、同類の親近感を覚えるのであった。
「もしもし、蕎麦の田中屋さん・・ ・・そう、カレーライス4人分とお好み南蛮2人分ね」
蕎麦屋じゃないか、と思ったが、口に出さずに黙っていると
「ここのカラーライスは評判なんだと、わだしらはお好み焼きだがね」・・・
蕎麦でいいのに・・・しかも食べたこと無いのか、ここの人は。
ややしばらく世間話をしているとそれは登場した。
目の前に「どんぞ」と出されたカレーライスは生まれて初めて見る物体だった。
簡単に説明するたと、通常カレーと呼ばれるものが透明で有った。やや黄色みは帯びてているが下のライスが透けて見えるのだ。私はその部分にスプーンを当ててみた。
プルルーン。。。震えるのである。ライスをすくおうとすると透明の物体がプルルーン。。。となる???
「お、スライムだ!」誰かが言った。私もその通りだと思った。しかし考えた。せっかく出前を取ってくれたのに文句を言える立場では無い。私たちには30年早い。そう思い、一口食べようとした。
「あ、あ、あ、・・・」カレーの部分がプルルーン。。。と全部取れたではないか。冷めて固まってきたのである。それは食品サンプルか凝固剤を入れた廃油の様である。私は端から食べていった。まるで味が無い。つらい、この感触で味のないのはつらい、もし味が有っても、つらいと思う。しかし、完食した。完全勝利である。
「あ、お前食べたんか!オレ腹いっぱいだからあげるわ」・・・なに!
「あ、おれもあげる!お前腹空いてるのか」・・・よせ!
「そうか、そうか、じゃ、これも」・・・て、よせ!、ヤメロ!、オニ!・・・
全員が私の皿にスライムを乗せるのである。
おじさんとおばさんは「若い人は良いねー」などと言って、ニコニコして笑っている。
何時か30年も経ったらこの出来事を公表しようと思い、現在書いているが、未だ持ってあのカレーの正体が掴めない。こうして考えてみると、解らない?又は思い出せない食材がたくさんある。だから一度人間をやると辞められないと改めて思うのだった。 龍
