聖地巡礼的なことが大好きなので、ゴーン所縁の場所へはかなり足を運びました。史実がベースだし、先生は日本にも滞在してるので、巡礼のし甲斐もあるというもの。
今回は本編の時系列に沿って展開していきたいと思います。
※史実の取り違え、ゴーンの訳し間違え、諸々の勘違い等あるかもしれません。その点ご留意の上、ご覧下さいませ。
※写真や情報はゴーン初演の2016年~今年2023年にかけてのものなので、現在と異なる場合もあると思われます。
郵征総局(ソウル 最寄駅:3号線 安国駅)
甲申政変の舞台となった場所。開庁の祝賀行事中にこの界隈に火を放ち、クーデターが始まった……というのが史実。
劇中で玉均が模型に火をつけてるので、てっきりあれが郵征総局なのかと思っていたら、セリフでは「昌徳宮 仁政殿の模型」と言ってるようですね。ちょなのおうちに火つけちゃったかー
仁寺洞エリア至近なので、街歩きのついでに行きやすい場所です。



昌徳宮(ソウル 最寄駅:3号線 安国駅)
当時の高宗のおうち。政変時、玉均がちょなを叩き起こし…迎えに行き「身の危険があります。景祐宮に避難してください」と本編でも言ってます。
説明するまでもない、有名観光地。

昌徳宮は過去に一度、駆け足で回っただけなのでろくな写真が無いです。これは正門前。
景祐宮(ソウル 最寄駅:3号線 安国駅)
で、その避難先の景祐宮ですが、安国駅3番出口のすぐ先の角に跡地のプレートがあったようです。今は無いと思われます。
昌徳宮の正門からここまでは、今ならものの2~3分。高宗の生活スペースだった煕政堂から、当時の混乱の中、王族の高宗たちを連れて、どれだけの時間がかかったんでしょうね……
この辺りでかなりの人が殺害されていたようです。高宗、さすがにショックを受けた模様。本編でもスッ転んだり腰抜かしたりしてましたけど、あの辺りのシーンでしょうか。
桂洞宮(ソウル 最寄駅:3号線 安国駅)
そして更に、目と鼻の先の桂洞宮に移ったようです。これは跡地のプレートが残ってました。
現代ビルの真ん前です。

そして最終的に高宗は昌徳宮に戻ります。
玉均が「一緒に仁川に避難しましょう」と言うのに、高宗がごねる…拒否。
「ちょなー!」「おっきゅなぁぁぁーーー!!!」の別れのシーンも昌徳宮だったし、その後総理に捕まったのも昌徳宮だったか……ちゃんと見所調べてじっくり見て回らなきゃ……
玉均の住居跡地(ソウル 最寄駅:3号線 安国駅)
劇中には出てきませんが、立地的に興味深いのでご紹介。正読図書館前の広場の南東端(ソウル教育博物館の裏手といった方が分かりやすいかな)に碑があります。これを探し当てたときはちょっと震えました
昌徳宮から結構近いんですよね。当時、宮廷に入る入口(門)がどこにあって、どう機能していたのか分かりませんが、直線距離だととても近い。ちょなに「おっきゅなー、来てー」と言われればすぐに参上できちゃう距離。
安国駅から坂を上って徒歩10分くらいでしょうか。高台にあるのでちょっと息切れしますが、個人的に気に入っている場所なので、よく訪ねてます。北村散策のついでにどうぞ。


左の茶色い建物がソウル教育博物館ですね。
西村旅館(神戸 JR神戸線 元町駅 他)
ジョンフンがマッサージのバイトしてるの、ここだと思うんですよねー
現行バージョンでは「日本 大阪」としか出てないですが、初演時は「西村旅館」てどこかに書いてあったと思うんです。だからこそ、初演時にわざわざ場所を特定したと思うんですけど……。
旅館は現存していませんが、神戸港の目の前にあり、韓国の太極旗が初めて掲げられた場所でもあるそうです。玉均先生も投宿したことあるらしいですよ。
跡地にカフェありますよ~、と教えていただき、2度ほど立ち寄らせていただきました。
ここから歩いて港に出てみると、距離感掴めますね。途中で陸橋を渡ることになるのですが、初演の一幕ラストって、橋がガーッと上に上がる演出だったので、なんとなくそれを思い出すのです


有楽町(東京 JR線他 有楽町駅)
言わずもがなww
当時の有楽町が歓楽街だったかどうかアヤシイな、とは思ってます。カズエがなんちゃって芸者っぽいので実際は新橋あたりなのかなぁ、とも。
玉均先生の東京での動向についてはあまり調べていません。今後の課題。
(脱線 ハジメくんと栃木県佐野市)
有楽町で先生に突っかかっていく「ハジメ」くん。こちら、須永元(はじめ)さんがモデルのような気がします。先生とも交流があったようで、栃木県佐野市のご自宅に先生を匿ったこともあるそう。
佐野市郷土博物館(佐野駅から西へ徒歩25分)に、チラッッと玉均先生の資料が置いてありました。近くに須永邸跡地もあり。

先生、ここにいたんだー…
妙顕寺(佐野駅から北へ徒歩15分)には先生の筆による扁額もあります。


佐野厄除け大師や、佐野ラーメン食べに行ったついでにどうぞ。
小笠原
さすがに行ったことないw
和田くん、史実では小笠原時代に出会った少年ですね。その後東京に戻って(親の仕事?で小笠原に行ってたらしい)東京で先生と再会したそうです。劇中同様、絆は強かった模様。
韓国のお友達が、日本の国会図書館のアーカイブで和田くんの手記(談話?)を見つけてくれました! なかなか胸アツな内容なので、オススメです。いずれこれも全部読みたいな……
パリ
シャンゼリゼ通りらしいですが、シャンゼリゼ行ったことないw
台本解読しててびっくりしたのが、ジョンフンがフランスの1832年 6月暴動に言及してたことで。レ・ミゼラブルのバリケード界隈のシーンがまさにその6月暴動なんですよね。
というわけで、ジョンフンも見たかもしれないパリの風景でも貼っておきます。2007年頃のデジカメのデータ、ろくなの入ってなかった

サンミッシェル広場とか。

これ、確か、ジャベールが身投げした橋からコンシェルジュリーを撮ったんじゃなかったかな。
6月暴動発言を知ったせいで、玉均やジョンフンたちがレミの学生たち=革命とだぶって見えること多々でした。
東京の船着き場
……だそうです。祭りのシーン。背景は城だし、どこだよ!! 日本人的にはツッコミどころ満載! 城がやたらとデカイですが、あれは江戸城のつもりなんだろうか……いいけど、諸々フィクションだし……
一幕ラスト
史実では中国(上海)行きの船は神戸から出たようです。劇中では東京組に見送られてシームレスに旅立ってますけど。
神戸港のクルーズ船乗りながら「山の形は当時と変わらんだろ。これが先生たちも見た山」とか思ってました。

上海
劇中では船上で撃たれてますが、史実では上海の日系旅館「東和洋行」で暗殺されてます。
跡地の場所は特定できてるけど、もちろん行ったことはない。けど、上海そのものは大昔に行ったことあって、当時の写真がスゴすぎたのでどさくさに紛れてUP。

和平飯店の上層階から撮ってます。手前が外灘。川の向こう側が現在では高層ビルやら東方明珠があるところ。元が紙の写真で黄ばんじゃってるので、ものすごく古そうに見えるww
楊花津(ソウル 最寄駅:2・6号線 合井駅)
漢江のほとり。先生の首が晒された場所。
先生の晒し首の画像は検索すればすぐに出てきます。その背景に映っている崖や川向こうの山の稜線から、場所を特定しました。2号線の鉄橋の真下あたりじゃないかと。
合井駅からは切頭山殉教聖地を目指します。徒歩10分程度。殉教聖地は崖の上にあり、その崖の下です。今は漢江沿いが遊歩道になっており、市民の憩いの場のようです(時期による)自転車がすっ飛ばしてくるので要注意w
先生のご自宅跡とこの場所が、特定に時間のかかった場所ですよ……がんばった……。でもここを訪ねておくと、和田くんの首回収シーンがより染みます……

真冬に撮影。寒い時期の川っぺりで憩う人はいない&先生が暗殺されたのも3月末なので、行くなら寒い時期の方がいいのかも。

高速道路や対岸のビルが邪魔して見えにくいのですが、晒し首画像の背景の山の稜線と一致してると思います。

ちなみにこれが9月の夕暮れ時に撮った写真。夏は草木がぼうぼうで、崖の形が曖昧になります。人は多かったので、散策しやすいというメリットはあるかも。
真浄寺(東京 最寄駅:南北線 本駒込駅)
和田くんが先生をチリーンで呼び出すお寺。「東京 本郷 駒込」と、和田くんが言ってますね。台本には「일본 진정사」とあります。
実際、玉均先生のお墓があります。残念ながら、建立したのは和田くんではありませんが。
アクセスは良いのですが、先生のお墓は細長い敷地内の一番奥にあるので、お邪魔するのに若干の勇気は必要になります。
劇中では鳥居が描かれてますが、神社じゃなくてお寺です!


近代的なお寺です。中に入って真っっ直ぐ行って、突き当りを左じゃなかったかな(2016年に伺ってるのでうろ覚え)

もはやお寺というより住居のお庭のような佇まい。木の生えているところが先生のお墓です。
重明殿(ソウル 最寄駅:1号線・2号線 市庁駅)

史実としては、乙巳条約(第二次日韓協約/外交権が日本に奪われる)が締結された場所(1905年)
ゴーン的には、高宗がハーグに特使を送った場所(1907年)
ジョンフン、ここに来たかなぁ……総理は絶対来てただろうなぁ……
乙巳条約が締結されたシーンの再現で、妙に力の入ったリアルな人形がテーブルを囲んでいます。正面に伊藤博文おる……

日本語にも対応しているパネルで各種説明が読めるのですが、李完用(イ・ワンヨン)て……

これ、イワン総理の元になった人ですか、もしかしてー!! 名前ばかりでなく、地位や暗殺されかけた事実なんかも、もう、間違いなく総理じゃん、元ネタいたんだ……。興味をもってその気になって調べれば容易に辿り着ける元ネタでしたが、この切り口はまったく頭になかったです。空いてたのでたまたまいじってみたパネルに出会いがありました。

人形にもなっておる……総理……
徳寿宮の裏手。入場無料。日本がワルモノなので、若干肩身は狭いです。お子様方の現場学習に利用されてるようで、時間によってはお子たちがわらわら居ます。
景福宮(ソウル 最寄駅:3号線 景福宮駅)
ジョンフンが総理を撃ったの、景福宮の前だそうですよ!ww またド派手な場所で。

慌てて写真だけ撮りに行ったら派手に工事中だった2023年9月。
あの海に私を
空港鉄道乗ってると、仁川近くにだだっ広い干潟があるじゃないですか。最後の先生のソロ聞いてると、どうもあの辺りを思い出してしまう……(※個人の感想です)

雲西に泊まった時に一番近い海を見に行ってみた(物好き)
以上、ゴーン所縁の地のご紹介でした!
が、しかし、とにかくゴーンは史実ベースだし高宗もいるし、本編には出てこない所縁の地も結構ある
というわけで、以下、おまけ。つれづれなるままに。
高宗の道
……なるものが静かに爆誕している。重明殿の裏手。高宗がロシア大使館に避難したときに通った道とのこと。
2019年に一度踏破したけど、人っ子一人いなかったですw 2023年に再訪してみましたが、出入り口のある貞洞公園にもチラッと覗いた高宗の道にも、アメリカ大使館の警備員?がいて、とてもじゃないけど突撃できなかったです。


円丘壇
高宗が祈りをささげた場所だそうです。
ロッテホテルとウェスティンの間にある。

高宗ワッフル
コロナ前は国立古宮博物館のカフェで食べることができた。今はどうなのかな。
コーヒーとかワッフルが大好きだったちょなを偲びましょう。

結構ボリュームある。


雲峴宮
高宗が少年時代を過ごした場所。



ちょなとおっきゅん、幼なじみ設定だったらいいのにね! こんな庭で「お待ちください、ちょなー!」「あははー!遅いぞおっきゅ…(びたんっ←転んだ)」「ちょなぁぁぁ
」なんてやってたりしてね!!と、妙に妄想逞しくなった記憶がある。
奉元寺
玉均たち開化派の師匠的存在だった李東仁僧侶がいた寺。
新村駅あたりからバスを使うのが正攻法だと思うんですが、バス乗りスキルのない頃だったので、梨大からめちゃくちゃ歩いた。後半ほぼ山登りw ゴールデンウィーク頃のとても天気の良い日で、空気感から何から、ものすごく印象に残ってる。気持ちの良い場所だったなー。
蓮の名所だそうなので、その頃にまた行ってたみたいです。



甲申政変揺籃の地……。
先生、ぜったい、ここまで足運んでると思うんだけど、あの山道を踏破したのか。まぁ、ご自宅も高台だしな……
ソウルバージョンはこれくらいでしょうか。
徳寿宮やその中の石造殿は直近で旅メモとして記事にしているので割愛します。エデンの記事の中に書いているという間の悪さ
日本バージョンは過去に記事にしたことがあるのですが、若干黒歴史ゆえネットの大海に沈ませております。
いずれ情報が増えたら、まとめ直したいですね。
先生の生家跡や韓国内でのお墓も行ってみたいのですが、これは地方にあるのでさすがに手が出ません。せめて駅チカならなぁ……
以上、長々とお付き合いありがとうございました!