テーリーガーター (2)
テーリーガーター - 尼僧の告白 (岩波文庫・中村元訳)は、パーリ聖典・経蔵の第五のKhuddaka-nikaya(小部)と名づけられている聖典集成のうちの第九の聖典です。
ところで、「テーリーガーター」とは、「テーリー」=尼なる長老、「ガーター」=詩という意味です。
今日は、この聖典の中の次の3つの詩をご紹介します。
特に注目していただきたいところは赤字部分で、阿含経のみに記されているシャカの成仏法・七科三十七道品を実践していることがわかります。
「七科三十七道品」(しちかさんじゅうしちどうほん)あるいは「三十七菩提分法」(さんじゅうしちぼだいぶんぽう)は後のアビダルマ論師によって名づけられました。
さとりにいたる七科目・三十七種類の修行法ということです。
(1)四念住法(しねんじゅうほう)
(2)四神足法(しじんそくほう)
(3)四正断法(ししょうだんほう)
(4)五根法(ごこんほう)
(5)五力法(ごりきほう)
(6)七覚支法(しちかくしほう)
(7)八正道法(はっしょうどうほう)(八聖道とも書く)
後に創作された大乗経典に基づく大乗仏教から小乗と蔑称された阿含経は、中国・唐の天台大師・智顗の五時教判によって最も低い教えであるというレッテルを貼られ、中国仏教をそのまま輸入している日本では最近まで阿含経を知る人がほとんどいなかったのです。
仏教学が進んだ現代では小乗という言い方は正され、根本仏教とか原始仏教又は初期仏教と呼ばれています。
さらに最近では阿含経のみが釈迦の言行を記録する唯一の経典であると認識されています。
もうずいぶん前から世界的にはシャカを研究する際のテキスト(文献)としてはアーガマ(阿含経)のみを対象としています。
なお、一般の人が疑問に思うことをいくつかご紹介しておきます。
(1)上座部仏教(根本仏教)を信仰している東南アジアは発展途上国が多いが?
(2)根本仏教(釈迦仏教)は出家仏教では?
(3)根本仏教は自分の悟りのみを追及し、他者の救済がないのでは?
(4)なぜインドで次々と大乗経典が創作されたのか?
(5)後期大乗仏教・密教の金剛界・三十七尊と阿含経の成仏法・三十七菩提分法はなぜ同じ数字なのか?
(6)なぜインドで仏教は衰退したのか?
(特別質問)弘法大師・空海は阿含経をどう見ていたのか?
これらについては次回お話したいと思います。
以下、テーリーガーター - 尼僧の告白 (岩波文庫・中村元訳)より ※青字は私の補足
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ディーラー尼は、しっかりとした徳性をたもって、[五つの]すぐれたはたらきを修養した。※五根法
悪魔とその軍勢とに打ち克って、最後の身体をたもて。
他のディーラー尼
これらの、さとりを得るのに役立つ七つのことがらは、安らぎに達するための道である。※七覚支法
わたしは、それらをすべて、ブッダの説き示されたとおりに修めました。
願いもとめたわたくしは、<空であると観ずる瞑想(禅定)>と<無想であると観ずる瞑想>とを得たのです。
わたしは、ブッダの実の娘として、つねに安らぎを楽しんでおります。
天界と人間界のもろもろの欲望を、すべて断ちました。迷いの生存を繰り返すことは、消滅しました。
いまや迷いの生存を再び受けることはないのです。
他のウッタマー尼
四度も五度も、わたしは、精舎からぬけ出しました。-- 心の平静を得ず、心を制することができなかったので。
わたしは、或る尼僧に近づいて、恭しく敬礼して、尋ねました。
その尼さまは、次の教えを説き示してくださいました。--[六つの感官と認識対象とを合わせた十二の]領域と、
[十二の領域に六つの認識作用を合わせた十八の]要素と、最高の目的に達するための四つの尊い真理と、
[五つの]すぐれたはたらきと、 ※五根法
[五つの]力と、 ※五力法
[七つの]<さとりを得るためのてだて>と、 ※七覚支法
八つの実践法よりなる道(八正道)とである。※八正道
わたしは尼さまのことばを聞いて、その教示を実行し、
夜の初更に、前世のことを思い起こしました。
夜の中更に、すぐれた眼(天眼)を浄めました。
夜の後更に、[無明の]暗黒の塊まりを破り砕きました。
そうして、わたしは喜びと安楽感で身を満たして住まっておりました。
第七日目に、わたしは[無明の]暗黒の塊まりを破り砕いて、両足を伸ばしました。
ヴィジャヤー尼