翼を広げると案外天使なんてこんなものか、なんて気持ちになってきた。
調子にのって歌ってみると、変な具合にそれは空中に♪になった。
楽譜なんて全くしらないというのにね。
空に橋なんてなかったのに、♪はふわふわと宙をただよって、私はその上にひょいひょいと乗っていった。
生前の記憶が蘇ったが、それは自分の心の中で殺しているので、今は奴らとの戦いに備えるべく祈るように両手を組んだ。
暗くて見えなかった地上がまるでスポットライトを充てたかのように、輝いた。
これで地上に降りることができる。
私は最後の契約である名前を宙に書いた。
「天音いるか」
とにかくそうして最後の私という人間の灯火は終わりを告げた。
そうここからは思考は天使という軸と統合してゆくのだ。
天音いるかは、歩道橋に降り立つと瞬時に手すりに飛び上がり、駆けだした。
彼女は少し上を見上げて、青信号を確認した。
横断歩道は人でごった変えしていたが、だれも彼女の奇行をとがめるものはなかった。
白いセーラー服を着て、青のリボンに金髪のボブカットはハンチング帽から少しはみ出している。
彼女は手すりを器用に渡り、横断歩道に飛ぶとスクランブル交差点の中央に降り立った。
しかし速度は緩まることなく、着地点で高速回転を繰り返した。
スピンする彼女の瞳は何かを捉えた。
方向を定めると更に加速したが、
40キロという道路標識を見て、舌打ちをした。
それまで無秩序だった彼女の速さはある一定を保った。
上限速が40キロに固定されたのだ。
しかし彼女はニヤリと笑った。
「インテリジェンスブルー」
彼女は甲高く謡った。
すると♪は中空に捲かれた。
彼女はそれに足をかけ、ジャンプした。
「やあ飛ぶねぇえあり得ないね。あたしあれかそんなにネガティブだったか」
彼女はロケットのように宙を飛んだ。
そこで彼女はまた、
「インテリジェンスグリーン」
彼女は空に向かって、謡った。
すると特大の♪がどでんとまるで重量をもっているかのように顕現した。
彼女はその♪を更に蹴った。
彼女は地面と平行に宙を飛んだ。
「これは跳ね返りか、わあ癒されたよ癒されちゃったよ私」
そう言って前方を眺めた。
遙か彼方にあった対象は少しずつ見えてきた。
対象は二人いた。
一人は40キロの看板を抱えたまま走る女子高生と、その隣で並走している、何の特徴もない男子高生だった。
いるかはその女子高生の後頭部めがけで蹴りを放った。
蹴りといえば生やさしい。
「インテリジェンスパープル」
彼女は謡った。
女子高生もいるかに気づいて振り返る。
いるかは謡って♪を作った。
それはリング状に展開され、彼女に高速な縦回転が加わった。
その勢いを殺さず、いるかは女子高生の頭めがけで蹴りを放った。
しかし女子高生はぎりぎりのタイミングで気づいて、身体を反らした。いるかの攻撃は肩に直撃した。
女子高生は前のめりに地面を擦りながら転がったが、受け身を取って、回転すると看板で地面を叩いた。
彼女は一瞬で40キロに加速した。
「天使だけどもう飛べない、可愛そうに」
女子高生はニヤリと笑った。
そして更に
「さてこっちの番ね行くわよ」
と言った。
潮の香りが漂い波止場には泡だった波が立っていた。恭介はドラムステックを二つ握って立っていた。
椿と隆が通じ合っていることは知っていた。
だからこの恋は初めから終わっているかもしれない。恭介が初めて山中椿に恋をしたあの瞬間も椿は隆のことを隆は椿のことを。
しかし男として悔しかった。あきらめるということが悔しかった。自分を止めることがいやだった。(どうして俺はどうして俺は)
恭介が睨むように海を見つめていると、後方から甲高い声がした。
「きょうすけぇ!」
凜は祖父と船で鶴佐に来ていた。港に船を泊めて歩いてきてみれば恭介がいたので、走って後ろから抱きしめ、高い位置にある恭介の顔を覗き込んだ。
「あれ? きょうすけないてる?」
恭介は目下を拭った。涙は流れていなかった。
「凜?」
恭介は振り返り、凜の身体をゆっくりと離した。
「どうしてここに?」
「おじぃちゃんときたの」
そこで祖父に気づいて恭介が頭を下げると、祖父も頭を下げ、歩いていった。
どうやら恭介は祖父に信頼されたようだ。
「いったけど……」
「うん。すぐちかくだからだいじょうぶだよ。いちばのほうにようじなのそれよりきょうすけ! どうしたの」
恭介はしばらく無言で海を眺めた。
「おれ、あきらめたら負けだと思ってる」
凜は恭介の真剣な表情をじっと見つめた。
「どんなことでもそこで終わってしまうんだ。でもどうしようもないことって、どうすればいいのかなって……実らないこととかどうすればいいかなって、祈っても祈っても届かない……俺の伸ばした手が迷惑ならどうすればいい? やっぱり今まであきらめてきたから汚れているのかな。俺だめなのかな」
凜は瞳を閉じた。そして両手で恭介の掌を包んだ。
「きょうすけはすごくあたたかいよ。りんそうおもうもん。きょうすけはこのうみみたいにとてもおおらかだよ。だからねおもいはとどくよ。りんうまくいえないけどね」
(俺は楽になろうとしてたのか……考えろ恭介)
「凜はとても小さな手をしているでも、とても力強い。俺その強さをもらった。ありがとう」
恭介はそう言って凜の頭を撫でた。
凜はにっこりと笑った。そして辺りを見渡し祖父を見つけると走っていった。何度も手を振って、
恭介が港から出て、学校の校門を通り過ぎようとしていると、壁に背をつけて松尾が顎を掻きながらこちらを見ていた。恭介が近寄ると、
「よぉロリコン」
恭介は松尾の頭を遠慮なく平手で叩いた。
「松尾って俺のストーカー?」
「ありえねぇだろ、きもいわ」
松尾は歯を剥き出しにして笑った。
「悪かった松尾」
「何ぃ聞こえねぇ」
恭介は一人で歩き出した。
横断歩道の前に良太が立って恭介たちに向かって手を振っていた。
二人が横断歩道まで行くと良太は笑っていった。
「やっぱり恭ちゃんバンドさぼった」
そうして三人は歩き出した。
椿と隆が通じ合っていることは知っていた。
だからこの恋は初めから終わっているかもしれない。恭介が初めて山中椿に恋をしたあの瞬間も椿は隆のことを隆は椿のことを。
しかし男として悔しかった。あきらめるということが悔しかった。自分を止めることがいやだった。(どうして俺はどうして俺は)
恭介が睨むように海を見つめていると、後方から甲高い声がした。
「きょうすけぇ!」
凜は祖父と船で鶴佐に来ていた。港に船を泊めて歩いてきてみれば恭介がいたので、走って後ろから抱きしめ、高い位置にある恭介の顔を覗き込んだ。
「あれ? きょうすけないてる?」
恭介は目下を拭った。涙は流れていなかった。
「凜?」
恭介は振り返り、凜の身体をゆっくりと離した。
「どうしてここに?」
「おじぃちゃんときたの」
そこで祖父に気づいて恭介が頭を下げると、祖父も頭を下げ、歩いていった。
どうやら恭介は祖父に信頼されたようだ。
「いったけど……」
「うん。すぐちかくだからだいじょうぶだよ。いちばのほうにようじなのそれよりきょうすけ! どうしたの」
恭介はしばらく無言で海を眺めた。
「おれ、あきらめたら負けだと思ってる」
凜は恭介の真剣な表情をじっと見つめた。
「どんなことでもそこで終わってしまうんだ。でもどうしようもないことって、どうすればいいのかなって……実らないこととかどうすればいいかなって、祈っても祈っても届かない……俺の伸ばした手が迷惑ならどうすればいい? やっぱり今まであきらめてきたから汚れているのかな。俺だめなのかな」
凜は瞳を閉じた。そして両手で恭介の掌を包んだ。
「きょうすけはすごくあたたかいよ。りんそうおもうもん。きょうすけはこのうみみたいにとてもおおらかだよ。だからねおもいはとどくよ。りんうまくいえないけどね」
(俺は楽になろうとしてたのか……考えろ恭介)
「凜はとても小さな手をしているでも、とても力強い。俺その強さをもらった。ありがとう」
恭介はそう言って凜の頭を撫でた。
凜はにっこりと笑った。そして辺りを見渡し祖父を見つけると走っていった。何度も手を振って、
恭介が港から出て、学校の校門を通り過ぎようとしていると、壁に背をつけて松尾が顎を掻きながらこちらを見ていた。恭介が近寄ると、
「よぉロリコン」
恭介は松尾の頭を遠慮なく平手で叩いた。
「松尾って俺のストーカー?」
「ありえねぇだろ、きもいわ」
松尾は歯を剥き出しにして笑った。
「悪かった松尾」
「何ぃ聞こえねぇ」
恭介は一人で歩き出した。
横断歩道の前に良太が立って恭介たちに向かって手を振っていた。
二人が横断歩道まで行くと良太は笑っていった。
「やっぱり恭ちゃんバンドさぼった」
そうして三人は歩き出した。
硬貨はダッシュボードの上を跳ね、フロントウィンドウを擦りながら生きの良い魚のように泳いだ。
コインホルダーから25セントが跳ね上がったのだ。
すっきりとした車内だけに、硬貨が転げ落ちるはとても目立つが、男は目もくれずにただ眼前を眺めハンドルを握っていた。
曲がりくねる道を抜けると、ハイウェへと続く直線に車は出た。
男が運転する黒塗りのSUVは更に速度を上げた。
「エリィ……エマ……撲はもう限界だ、今から君たちのもとへ行くからね」
男はそう言って半拍瞳を閉じた。
「Tick Tock」
どこからともなく時計の音は響いた。
その音は男に生まれてから今までの、過去を体現させた。
フロントウィンドウには、赤ん坊の男が母に抱かれ、リアウィンドウには、娘が初めて歩き出した光景が、男は、それら過去の記憶が現実において映し出されたという疑問よりも、記憶が触れるような位置にある多幸感に包まれた。
だがしかし、記憶が新しくなればなるほど、男は焦燥感を抱いた。
何度も見た光景に心が軋み始める。
男はセスナ機の見積もりを見つけると、家のどこかに隠れている妻と娘を捜すのを躊躇った。 しばらく動くことなく、最後の行に目を走らせた。
するとそこにはこう書かれていた。
「エリィとあなたが上手くいかない理由は、あなたが心のどこかで怯えているからよ。でも大丈夫。だって私たちの子だもの」
男は上着を掛けると、テーブルに置いてあったデコレーションされたケーキに指を伸ばした。
クリームを指につけ、口元にそれを塗った。
いかにもつまみ食いをしましたとでもいうように。
「エリィはどこかなぁ」
男は満面の笑みを浮かべ二人を捜し始めた。
二階に登って扉を開けて――。
「この部屋かなぁ……今日はパパの誕生日隠れてないで、出ておいで」
二人は抱き合うように、娘はベットの上で妻はベットの下で。
男はクスクスと笑って、両手をモンスターのように広げ二人を包み込むように抱きしめた。
するとゴロンと妻の頭が揺れ動き、男の方へと倒れ、娘の身体はゆっくりとベットに横たわった。
男のときは止まった。
身動き一つしない中で、黒目が微動し、妻の胸に銃弾が打ち込まれたことを知った。
胸にあったはずの血痕は朱ではなく、黒かった。
丁寧に処理を施し、赤い血を黒く塗り替えたのだ。
正確に心臓の位置が黒く、男がそこを手で撫でた。
唇は男の鼓動を表し高速に震えた。
ゆっくりと妻を娘の隣に寝かせる。
娘も同様に正確に心臓を銃で撃ち抜かれ、血痕は黒く塗り替えられていた。
男は娘の額にかかった髪の毛を払う。
携帯電話を、ポケットから取り、ゆっくりと足を遠ざけるようにし、時刻を確認したとき、
「エリィ、エマ!」
と、慟哭した。
「Tick Tock」
どこからともなく時計の音は響いた。
男はフロントウィンドウに手を伸ばしたが、二人に触ることはできなかった。
記憶の映像は終わることなく繰り返される。
男はアクセルを全開にした。
「Tick Tock」
どこからともなく時計の音は響いた。
直線道路は終わりを告げ、急カーブが見えてきた。
しかし男がアクセルを緩めることはなかった。
時計の音がやみ、男が記憶の映像から目を背けると、道路には一人の少女が立っていた。
急ブレーキを踏み、タイヤは悲鳴を上げた。
車はガードレール一歩手前で止まっていた。
男は頭を振り払い、ドアを開けた。
崖下を見て、車をチェックし、首を傾げた。
そこで、冷静になり考えた。
衝撃は何もなかった。
つまりはどこにもぶつけてないのだ。
男は道路に膝をついた。
「撲は死ぬこともできないのか」
両手をつくと涙が零れた。
「Tick Tock」
どこからともなく時計の音は響いた。
男の肩はトントンと叩かれた。
振り返る。
「パパ男でしょ、すぐそうやって泣くんだから」
そこには娘が立っていた。
「ゴーストには触れない」
娘は泣きながら触れようとしてくる男をたしなめた。
金髪の髪を無造作にし、少しメイクを施しスカートをジーンズに巻き付け、ちょっと不良の娘は、
「あの日の焼き直し、さぁ三つある扉から猫ちゃんを探しに行きましょう」
娘はそう言って、首から下げてある懐中時計を外し、男の首にかけた。
懐中時計は光り輝くと現実に顕現していた。
娘は男が泣き止むまでずっと抱きしめるように、手を添えていた。
コインホルダーから25セントが跳ね上がったのだ。
すっきりとした車内だけに、硬貨が転げ落ちるはとても目立つが、男は目もくれずにただ眼前を眺めハンドルを握っていた。
曲がりくねる道を抜けると、ハイウェへと続く直線に車は出た。
男が運転する黒塗りのSUVは更に速度を上げた。
「エリィ……エマ……撲はもう限界だ、今から君たちのもとへ行くからね」
男はそう言って半拍瞳を閉じた。
「Tick Tock」
どこからともなく時計の音は響いた。
その音は男に生まれてから今までの、過去を体現させた。
フロントウィンドウには、赤ん坊の男が母に抱かれ、リアウィンドウには、娘が初めて歩き出した光景が、男は、それら過去の記憶が現実において映し出されたという疑問よりも、記憶が触れるような位置にある多幸感に包まれた。
だがしかし、記憶が新しくなればなるほど、男は焦燥感を抱いた。
何度も見た光景に心が軋み始める。
男はセスナ機の見積もりを見つけると、家のどこかに隠れている妻と娘を捜すのを躊躇った。 しばらく動くことなく、最後の行に目を走らせた。
するとそこにはこう書かれていた。
「エリィとあなたが上手くいかない理由は、あなたが心のどこかで怯えているからよ。でも大丈夫。だって私たちの子だもの」
男は上着を掛けると、テーブルに置いてあったデコレーションされたケーキに指を伸ばした。
クリームを指につけ、口元にそれを塗った。
いかにもつまみ食いをしましたとでもいうように。
「エリィはどこかなぁ」
男は満面の笑みを浮かべ二人を捜し始めた。
二階に登って扉を開けて――。
「この部屋かなぁ……今日はパパの誕生日隠れてないで、出ておいで」
二人は抱き合うように、娘はベットの上で妻はベットの下で。
男はクスクスと笑って、両手をモンスターのように広げ二人を包み込むように抱きしめた。
するとゴロンと妻の頭が揺れ動き、男の方へと倒れ、娘の身体はゆっくりとベットに横たわった。
男のときは止まった。
身動き一つしない中で、黒目が微動し、妻の胸に銃弾が打ち込まれたことを知った。
胸にあったはずの血痕は朱ではなく、黒かった。
丁寧に処理を施し、赤い血を黒く塗り替えたのだ。
正確に心臓の位置が黒く、男がそこを手で撫でた。
唇は男の鼓動を表し高速に震えた。
ゆっくりと妻を娘の隣に寝かせる。
娘も同様に正確に心臓を銃で撃ち抜かれ、血痕は黒く塗り替えられていた。
男は娘の額にかかった髪の毛を払う。
携帯電話を、ポケットから取り、ゆっくりと足を遠ざけるようにし、時刻を確認したとき、
「エリィ、エマ!」
と、慟哭した。
「Tick Tock」
どこからともなく時計の音は響いた。
男はフロントウィンドウに手を伸ばしたが、二人に触ることはできなかった。
記憶の映像は終わることなく繰り返される。
男はアクセルを全開にした。
「Tick Tock」
どこからともなく時計の音は響いた。
直線道路は終わりを告げ、急カーブが見えてきた。
しかし男がアクセルを緩めることはなかった。
時計の音がやみ、男が記憶の映像から目を背けると、道路には一人の少女が立っていた。
急ブレーキを踏み、タイヤは悲鳴を上げた。
車はガードレール一歩手前で止まっていた。
男は頭を振り払い、ドアを開けた。
崖下を見て、車をチェックし、首を傾げた。
そこで、冷静になり考えた。
衝撃は何もなかった。
つまりはどこにもぶつけてないのだ。
男は道路に膝をついた。
「撲は死ぬこともできないのか」
両手をつくと涙が零れた。
「Tick Tock」
どこからともなく時計の音は響いた。
男の肩はトントンと叩かれた。
振り返る。
「パパ男でしょ、すぐそうやって泣くんだから」
そこには娘が立っていた。
「ゴーストには触れない」
娘は泣きながら触れようとしてくる男をたしなめた。
金髪の髪を無造作にし、少しメイクを施しスカートをジーンズに巻き付け、ちょっと不良の娘は、
「あの日の焼き直し、さぁ三つある扉から猫ちゃんを探しに行きましょう」
娘はそう言って、首から下げてある懐中時計を外し、男の首にかけた。
懐中時計は光り輝くと現実に顕現していた。
娘は男が泣き止むまでずっと抱きしめるように、手を添えていた。