長編物語ブログ -28ページ目

長編物語ブログ

 うんざりするほど長い物語です。
 でも不思議と中毒性があるかもしれません。
 
 
<チームイミタン>
イラスト担当:t2 文章担当:イミタン

「あしながおじさんへ
 椿は月の終わりに近づくとわくわくします。月末ポストに入れた手紙が月の始まりの日に返事になってかえってくるからです。
 もう、こんな手紙のやりとりも三年になるんですね。
 父さんと呼ぶことができない椿のあしながおじさん。今でもあのキーホールダーは大事にしています。椿の宝物です。何かイヤなことがあるとそれを握り勇気をもらうんです。
 お体は大丈夫ですか? 風邪をひいてませんか? もう春です。桜の花びらの間からは陽が差し、どことなく忙しそうに人が歩いています。どうか健康だけは注意してくださいね。
 話は変わりますが、最後の手紙に書いた親友は今、遠い地で日々頑張っています。離れてはいるけれど、いつもつながっています。上手く説明はできないけど椿たち三人は特別です。でもこんな状況を壊す大事件が起きたのです。
 椿はとってもおバカです。やっとできた親友の好きな人のことを恋していたのです。ちなみに椿の好きな人とは今までずっと傍にいて相棒です。ずっと昔から好きだったんだと思います。
 どうして今頃気づいたのか……こんなに苦しいのならいっそこんな気持ち、椿は知らなければよかった。
 親友にも悪いし、相棒としての仲が壊れるかもしれないし、椿はどうしていいのか正直わかりません。それに顔を合わせると話しどころではなく緊張しそうで怖いです。
 おじさんは椿と違って、ギターのように恋もうまく操れるんでしょうか? もしアドバイスがありましたら教えてください。
 おじさんにははっきりいっておいた方がいいと思うので、山中椿が恋をしている人は隆といいます。これだけでおじさんはわかると思います。そうですずっと二人でやってきたバンドのヴォーカルです。
 絶好している時期もありました。でも三ヶ月ほど前に仲直りできたんです。
 椿はもう隆を失いたくありません。
 お願いします。椿を助けると思って良い言葉を与えてください。おじさん」

 どれくらい少女が腕を組んで土手の川縁に立っていたか定かではない。
 少女は一言発して石段に腰掛けている少年を値踏みするように見ただけだった。
 ショートヘアに童顔な顔つき、身長はかなり低く、一見すれば少年に見えなくもない。 瞬きを繰り返し少女の長い睫は揺れた。
「いつまで無視をするつもり? こっちはわざわざあなたを探してここまで来て上げたのよ、何か言いなさいよ」
 少年は眉を潜め迷惑そうに少女を睨んだ。
「どうせあなたも、リズムも知らない、その辺りにいる有象無象の連中と同じでしょう?」
「おまえ何だよ生意気なやつだな、話しかけるな、耳が腐る」
 少年がそう言うと少女は顔を真っ赤にした。
「あ、あなたねぇ、このあたしに向かってそんな口聞くの!」
「ああおまえしかいねぇだろ、チビ」
「チチチ、チビっていったわね!」
 少女は容姿から少年に見えるが、少年の方は少女に見えた。整った顔立ちになで肩、口を尖らせてとても不機嫌そうだ。少年はシッシッと手を払う仕草をした。少女はさらに怒りをあらわにする。
「だいたいな、おまえみたいな高飛車で調子乗ってる奴ほどたいしたことない、背中に背負っているギターも飾りなんだろ?」
 少女は少年をビシッと指差した。
「言ったわねあなた、今に覚えてなさい、後悔しても遅いんだからね」
 少女はそう言うと少年の傍らに腰を下ろした。ギターを前に構えて、そして、目を閉じてギターを弾き始めた。
 少年は目を大きく見開いた。それから少女の方へと身体を向けた。
 少女の演奏に合わせるように歌い出した。
 少女は少年の声がコードに乗ると身体を震わせた。今度は少女が驚く番だったのだ。
 二人のジャムセッションは長い間続いた。やがて音は消えて少年は言った。
「おまえ俺の相棒にしてやるよ名前は?」
「山中椿、そっちは?」
「おれは隆、呼び捨てでいいぞ」
「じゃああたしも呼び捨てで」
 先まで喧嘩していたとは思えない。まるで旧知の仲に即座になったような感じだ。
 二人には言葉など必要なかったのだ。
「おれを尋ねたって言ったよな?」
「ああ、楽器屋の店長が隆のことを言ってたのよ、椿ちゃんみたいにすごい子がいるってね、それでフルハウスっていう喫茶店まで行ってそこのマスターにここの場所を聞いたわけ」
「そうか――おまえ、すごいな」
「そう? あなたも充分すごいわよ……ねぇあなたって、夜が迫ってくることってない?――」
 二人が向き合って、会話をはずませていると土手の小道から大きな声が響いた。
「隆――隆」
 少年は振り返り、手を振る。
「誰?」
「俺の母さんだ」
 砦というにはいささか語弊があった。そびえ立つ円形の塁壁は半壊し、兵士たちのほとんどは死に絶えていた。
 エリックは我が目を疑うようにヤンガスを窺った。するとヤンガスは燃えるような厳しい視線で、広場の中央にどっさりと倒れていた巨大な鶏を睨み付けていた。
 エリックは瞬時に思考を巡らせた。
 ゴーストがどういうわけか実体化をし、この砦を襲った。現に巨大鶏の他にも大小様々なゴーストが何者かに倒されていた。恐らく兵士たちだろう。
 しかしよく、実体化したゴーストを相手にこの数の兵士で立ち向かった。
 希に実体化したゴーストもいるが、歴史の中では神話のように語り継がれている。その内容から推察すると恐ろしく手練れであることは間違いない。
 惜しい人たちを亡くした。こんな状況でも冷静でいられる自分に違和感を覚えたが、それは隣にヤンガスがいるからだろうと、結論づけた。
 一人ならばこの場から早々に逃げ出し震え上がっていただろう。エリックにとってヤンガスとはそれほど心置ける存在なのだ。
「ヤンガス……撲はね理不尽なことがとても嫌いなんだ。だから日々努力して、吟遊詩人にもなった。勉強もした。なぜ頑張れたかってさっ……きっと報われるって信じることができたからんだよ。でもこの砦の人たちは……」
 ヤンガスは拳を握りしめた。エリックは自分の言葉の続きを知って涙を流した。
 一陣の風が吹き、軋んでいた、塁壁の上にあった鐘が地に落ちてくぐもった金属の音が二人の下にやってくると、ヤンガスはゆっくりと瞳を閉じて、優しくエリックの頭に手を置いた。そして歩き出すとエリックも急に走り出していった。
「兄さん! 生きている人がいる!」
 二人は瓦礫の間に入りこんでいた女と、その上に重なるようにしていた女を見下ろした。
 ヤンガスはエリックに向かってこくりとうなずくと、二人を瓦礫の中から外へと引っ張りだして横に並べて寝かせた。
「気を失っているけど、大丈夫だよ兄さん」
 エリックがそういうとヤンガスはエリックの腕の甲を取って、こう書いた。
「まだ生きている人がいるかもしれない」
 エリックはうなずいて、二人は瓦礫の中を慎重に歩き始めた。
 忌々しかったゴーストたちに目もくれずに、生存者を捜した。巨大鶏の横を通り過ぎようとしていたときだった。口を開け、何かを喋ろうとしていた。少女がいた。
 少女は神官着を着て、若い騎士の少し後ろに、うつぶせになるように倒れ、顔だけを上げていた。
 ヤンガスが口元を見て言葉を読み取ると、少女はこういっていた。
「ゴーストの理旋律は未だに繋がっております。騎士様どうかお逃げください」
 ヤンガスは横目に巨大鶏の光のない目を見た。そしてまだ動き出さないと知ると、少女の身体を抱き起こし、エリックの下に、
 エリックは頷いて、少女を受け取った。ヤンガスは若い騎士の下まで行くと身体を抱え上げた。
 そして二人の女の下へと走った。
 ちょうどエリックも少女を寝かし終わっているところだった。
 ヤンガスは荒い呼吸を繰り返し、巨大鶏を窺った。
「騎士様、吟遊詩人様どうか私を見捨てお逃げください。あれはまだ生きております」
 ヤンガスは刹那少女のあどけない横顔を見た。しかし何も語らないまま、巨大鶏を見つめ直した。
「兄さん、言っても無駄だと思うけど一応言わせてもらうよ。逃げよう」
 ヤンガスはエリックを一瞥して、腰に下げているブロードソードを引き抜いた。
「この子はまだ子供だし助けて上げられるけど……他の人たちは無理かもしれない……僕たちが死んじゃったら……」
 ヤンガスは首をまた振った。
「騎士様、私はどうでもよいのです。あなた方だけでもお逃げ――」
 少女が語り終わらないうちに、巨大鶏の目に光りが灯った。ゆっくりと首をもたげ、起き上がろうとしている。
 ヤンガスは歩き始めた。
 エリックは唇をかみしめ、震えを抑えるように両手をしっかりと握ってから、背にあるリュートを抱えた。
「ねぇ、君、撲がこれを弾き始めたら耳をできるだけ強く塞いで、撲の歌を聴かないようにしてほしいんだ」
 少女は顔をあげてぎゅっと表情を搾った。もう彼等を止めることはできない。苦しさが滲みでていた。
「兄さんは守りたい者が少しだけ、わかったのかもしれない」
 エリックはそう言って歩き始めた。
 ヤンガスが巨大鶏と対峙し五モントほど近寄ると、四肢は完全に起き上がっていた。
 ヤンガスの六倍はあろうとかという大きさの鶏、消えていたはずのバツ印は青白く浮かび上がっていた。
 巨大鶏は翼を広げた。それを羽ばたかせると風が起きた。しかしヤンガスはシールドを展開し、足を地に縫い付けるように踏ん張った。
 巨大鶏はヤンガスを睨みつけた。するとヤンガスは目力を込めて睨み返した。
 ヤンガスは大きく口を開いた。そして力の限り、肺が壊れるほど息を吸い込み、吠えた。
「おぉおおおおぉおおおぉお!」
 ヤンガスの声は地響きのように砦を震わせた。
 巨大鶏の動きはぴたりと止まった。
 エリックはその光景を後方から見ていた。確かにヤンガスが吠えたときに空気はマナーリで満ちた。そして理旋律はまるで毛糸の大きな玉のように収束し、鶏に向かって飛んでいった。
 あり得ないことだと思った。ヤンガスは意識し技を習得したわけではない。ただ感情を声に乗せたにすぎない。
「やっぱり兄さんはすごいや」
 エリックはそう言ってリュートを弾き始めた。
 ヤンガスはブロードソードを片手に鶏に踊りかかった。
 右足、左足、この攻撃を交互に繰り返した。
 エリックの旋律は戦うヤンガスと連動するように音を奏でた。
 時折、盾が鈍い音を立てて、その衝撃の度に吹き飛ばされた。しかしヤンガスは決して倒れなかった。
 エリックは心を落ち着かせた。目の前にいるヤンガスも巨大鶏も消え、視界は白一色の世界に、意識を下げていった。白の世界へ。そしてその世界の頂点に自らが完全にいるという事実が現実に勝った瞬間に歌い始めた。
「我、たけき獣を狩る者
 夢想を虐げる者
 呪いを請け負う者
 悪徳をなす者
 後悔する者
 回顧するする者
 声を知る者
 それは音である、それは不快な世界の音である」
 エリックが歌い始めると巨大鶏はまるで、熱湯の中に押し込められたように暴れ始めた。
 ヤンガスは逃げるように巨大鶏の領域から抜け出した。
 エリックが何かをしたということはわかったが、それがどういった仕組みで起きたことかはわからない。
 ヤンガスはエリックの隣でシールドを構えた。するとエリックは片手で、ヤンガスの腕にこう書いた。
「兄さん、奴の五感を絶っているんだ。撲、呪歌と聖歌使えるんだ。ごめんね黙ってて」
 鶏は狂ったように暴れ始めた。
 そしてエリックの歌が終わる頃には衰弱し、力尽きたように塁壁に横たわった。
 エリックは微笑していた。しかしその不気味な笑顔を見て、ヤンガスは恐怖を覚えた。
「だからやだったんだよ、撲の歌う姿を見せるのは、大丈夫撲は、エリックだからね」
 まるでヤンガスを見透かしたようにいった。
 ヤンガスは唾を飲み込みこくりとうなずいた。
「もう大丈夫。鶏は退治したから、生きている人を助けよう」
 エリックがそういって、ヤンガスが振り返ったときだった。
 巨大鶏は最期の力を振り絞り、邪眼を発動した。
 それは眼光から黒い光の線をもたらした。
 それは刹那ヤンガスの胸を刺し貫いていた。
「兄さん!」
 エリックがそういったときは全てが遅かった。
 ヤンガスはゆっくりと地面にくずおれた。
 一部始終を見ていたジルハは、ゆっくりと起き上がった。二人の戦う姿を見て、あの者たちの理旋律の色を知り、この糸を断ち切るということは、シルマ大陸の損失に繋がる。そう思った。
 ジルハはゆっくりと倒れるヤンガスを見ていた。彼の瞳は最期の最期まで後悔というものは浮かんでいなかった。
 この者を何とか助けなくては、
 泣き叫ぶエリックを横目に、ジルハは両膝を折って祈り始めた。しかし祈る神はもう存在しない、この祈りは自分に跳ね返り、命を削ってしまう。
 それでも良い切にそう思った。
「私の命はあなたと繋がっていますでしょうか。
 私の命はあなたと繋がっていますでしょうか。
 もし、ほんの少しで良いのです、そこに繋がりがあるのならば、私の前に現れてください。細くても良いのです……涙は太くかれません。いつまでもいつまでも理旋律を刻みつけよと人々の前に現れるのです。私の中の神よイキガミよ。どうか私に力お与えください」
 ジルハは一心に祈りを捧げた。
 祈りは自らに跳ね返り、苦しみが生まれた。
 しかし決してあきらめなかった。
 しゃらんと音が響いた。ジルハが目を開けると確かにそこには細くて今にも切れそうな糸があった。
「騎士様と私は繋がりました。あなた様に心からの寵愛と、私の命に連動されるあなた様の宿命をお詫びいたします」
 ジルハはヤンガスに向かってそういって、エリックにも頭を下げた。するとヤンガスは、眠りから覚めたように起き上がった。
 ジルハ微笑した。頭を少しほんの少し傾けて、
 そして血を吐いて、倒れていった。
 
 

  

 
 リエリは泡だった肌をかき抱いた。関所の門を抜けいざ聖都領へと足を伸ばそうとしているとき、まるで後ろ髪を引かれるように、からだじゅうに鳥肌がたった。何事かと後ろを振り向くととそれは強い引力のような力でやってきた。
「もう少し考えた方がよろしいかと、そも魔術と物質は繋がっている、あなたのバカさ加減もここまでくれば天然記念物だわ、どうぞ私はルーシーです。その名をシルマの最期の小鳥さんに刻みつけましょう」
 リエリは震え上がった。漆黒の遺跡から砦までの恐怖が蘇った。あるときは学のなさを罵り、詈雑言で攻められ、あるときは新しい幻影魔法の材料にされた。
 ここまで逃げて来るだけで一体どれほどの苦労だったろう、決して油断をしないルーシーの裏をかくのは、困難を極めた。
「あら? 私がもう少し寝ていればあなた、逃げられたかもしれないわよ」
 リエリは精一杯首を横に振った。そして哀願するように自らの荷物をルーシーに差し出した。
「俺が悪かった……だからもう――」
 と、土下座をしようと膝をおったときだった。
 目の前にいるルーシーの顔が戦慄した。
 リエリの行李の中から暗闇の杖を布越しではなく掴んだ。
 唇はまるで超速早送りのパントマイムのように動いた。
 リエリは思った。ついにあたしはこの魔術師の逆鱗に触れたと。そしてこの場で処刑されるのだと――。
「意志を持って障壁となせ、我旋律を刻む者なり」
 ルーシーの呪文が完成するのと、今し方できた魔法障壁がつんざくような音を立てたのは同時だった。
 リエリは瞬きを繰り返した。一体何が起きたというのだ。目の前にいるルーシーは苦悶の表情で障壁を維持している。凝視すると薄い透明の皮膜で覆われていた。青白い光を放っているので見分けがつく、リエリはその障壁に触れてみた。まるで硬質な金属のように冷たかった。
「今、私の目はこの杖の呪いで見えない。いい? バカ盗賊、冷静になるの、絶対に驚いたりしないで、お願いよ誓って、この小さな障壁は初級の魔術だから精神に敏感なの」
 リエリはゆっくりと振り返った。そしてそれを見たのだ。
 こみ上げてくる恐怖を飲み込むのが精一杯だった。歯は合わさりがたがたと音を立てている。短い髪の毛まで恐怖で逆立っているようだ。
 巨大な鶏がそこにはいて砦の中央からこちらを大きな目で見ていた。
 リエリは何とか恐怖を殺して言った。
「どうして、ゴーストが実体化してやがる、俺はこんな話し聞いたことねぇ、それになんだよあのバツ印は」
 リエリは唇をかみしめた。
「わかることは私たちはこのままでは、死んでしまうってことだけよ」
「魔術で何とかしてくれよ」
 リエリは訴えかけるようにいった。
「無理よ……この杖でだってどれくらい保つか……それより私が呪いに呑まれてしまいそう……ああ……コールド・チル、父さん」
 リエリは息を呑んだ。あのルーシーが呪いに翻弄されている。黒目がきょろきょろと動き回りルーシーは呼吸を荒げていた。
「ちきしょう……」
 リエリがそう鶏を見ていうと、鶏はそれに答えるように前足をもたげ、二人に向かって打ち下ろした。しかし爪は障壁に弾かれた。
 鶏は甲高い声を上げた。それは砦中に響き渡った。
 リエリは巨大な鶏を見上げて考えた。
 こんなはずではなかった。計画通りならば酒場で今頃祝杯でもあげていた頃だ、どうしてあたしがこんな鶏と戦わなければならない。
 リエリは運命の悪戯を呪った。そして現実を直視した。
「魔術師をあたしが信じることになるなんてね、ルーシーあなたのこと、俺信じるぜ」
 リエリがそういうと、ルーシーは苦悶の表情を少しだけ和らげて、
「私だって盗賊を信じないといけない状況がやってくる、そんなこと、ああ寒気がする」
 リエリは拳を握り唇を釣り上げた。
「俺、あのバツ印がいかにもあやしいと思うんだ、あそこを魔法で攻撃することはできるか?」
 ルーシーは眉をひそめた。
「あなたを信じた私がバカだったわ。この杖の呪いあなたも知っているでしょう。これだから盗賊は――」
「わりぃな、やなことはすぐに忘れる主義なんだ」
 リエリはつくつくと笑った。
「あなたが私の目になりなさい。到底ワンドじゃ太刀打ちできない」
 ルーシーはそういって、リエリの反応を予測したのだろう。
「私だっていやよ、盗賊のあなたを信じるなんてね。でも仕方ないでしょう」
 と、続けた。
「自分だけ助かろうってんじゃねぇだろうな」
「それならば、障壁を自分だけに展開してるわよ、バカね」
「それもそうか」
 リエリは鶏を見て両手を広げた。鶏は塁壁を壊していたが、大きな嘴をこちらに向けた。
「どうやら時間はなさそうだぜ、おまえさ物質がどうとかいったよな」
「ルーシー」
 リエリはため息をついた。
「ルーシーは俺を追ってきた、どうして俺の位置がわかった?」
「だから……魔術師は物質と人の繋がりが見えるの」
「それなら話しは早い、おいこのダガー触ってくれ」
 リエリは二本あるうちの一本のダガーの柄頭をリエリの左掌に収めた。ルーシーは意識を集中しそれをしっかりと握った。
「よし、今なら奴の気が逸れてる。一瞬でいい障壁を解いてくれ」
 ルーシーはうなずくと障壁を解いた。
 リエリはダガーを両手に一本ずつ構えて鶏の方へと走っていった。
 ルーシーにはリエリの動きが手に取るようにわかった。それはダガーに透明なマゼンタの糸がルーシーの左手に繋がっているからである。
 リエリは風を押し破り迫ってくる嘴をステップを踏んで右に避けた。そして勢いを殺さずに三回転がり距離を詰めた。
 鶏は前足を横に大きく薙いだ。
 リエリは刹那その場所から消えた。
 そして三モント程離れた距離でまるで土の中から、這い上がるもぐらのようにぬっと現れた。
 鶏は甲高い唸り声を上げて暴れ始めた。捕まらない人間がはがゆいのだろう。
 前足が後ろ足が翼が次々と襲ってきた。
 ルーシーは呪いと過度の集中でマナーリの底がじりじりと見えてきたことを知った。そしてリエリが紙一重で攻撃を避けていく様を視覚化していくと、いつその動きが止まってしまうのだろうかと恐怖に駆られた。
「あたしは希代の盗賊リエリ様さ、こんな化け物に負けねぇよ」
 ルーシーの不安を知ってか知らずかリエリは疾風のごとく駆け抜けてそういった。
 (リエリありがとう、詠唱は終わった。もうあなたのことバカなんていわない)
 耳元でルーシーの声が届いた。
 鶏は二枚の羽根を羽ばたかせた。それは突風のようにリエリを襲った。
 腰にためた力が弱まり、結果重心を崩したそのとき、鶏の前足がリエリの背中に当たった。波のように血が舞った。しかしリエリは倒れなかった。
 身体を反転させると、二刀ダガーを頭の上で交差させ前足の攻撃を削いだ。
 そしてベルトからダガーを取り出すと、投げつけた。
「これでもくらいやがれ!」
 リエリはそう言ってダガーを鶏のバツ印、嘴に向かって投げると力尽きたように倒れた。
 ルーシーはカッと目を見開き、半眼になると、
「平等の物差しはモーク
 悪徳の天秤はハルク
 対をなす
 モークエース
 ハルクサルス
 均衡は止まない時間のよう
 停止 氷結
 我旋律を刻む者なり」
 ルーシーが呪文を唱え終わると、刺さったダガーの位置を中心に吹雪きが巻き起こった。
 それはビュービューとまるで凝縮した豪雪のようだった。
 やがて豪雪はぴたりと止まり、時が止まったように凍りついた。
 巨大鶏は、頭を垂れるようにゆっくりとうつぶせになり固まった。
 ルーシーは水晶の杖を大地に突き立てるようにして、しばらく荒い呼吸を繰り返した。
 そして杖を離すと、慣れない視野を振り払うように頭を振った。
 リエリが瓦礫のちょうど真下に倒れていた。
 そして、鶏の後方には神官着の少女と騎士が倒れていた。
 ルーシーはリエリの下に向かった。
 仰臥したリエリの横顔を見ると笑っていた。そして肩が上下しているのを見て二人とも助かったと安堵した。
「バカ……死んだらどうする」
 ルーシーは口元に笑みを浮かべリエリに重なるように倒れていった。