生神2 (グレープアイランド戦乱記6) | 長編物語ブログ

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 うんざりするほど長い物語です。
 でも不思議と中毒性があるかもしれません。
 
 
<チームイミタン>
イラスト担当:t2 文章担当:イミタン

 リエリは泡だった肌をかき抱いた。関所の門を抜けいざ聖都領へと足を伸ばそうとしているとき、まるで後ろ髪を引かれるように、からだじゅうに鳥肌がたった。何事かと後ろを振り向くととそれは強い引力のような力でやってきた。
「もう少し考えた方がよろしいかと、そも魔術と物質は繋がっている、あなたのバカさ加減もここまでくれば天然記念物だわ、どうぞ私はルーシーです。その名をシルマの最期の小鳥さんに刻みつけましょう」
 リエリは震え上がった。漆黒の遺跡から砦までの恐怖が蘇った。あるときは学のなさを罵り、詈雑言で攻められ、あるときは新しい幻影魔法の材料にされた。
 ここまで逃げて来るだけで一体どれほどの苦労だったろう、決して油断をしないルーシーの裏をかくのは、困難を極めた。
「あら? 私がもう少し寝ていればあなた、逃げられたかもしれないわよ」
 リエリは精一杯首を横に振った。そして哀願するように自らの荷物をルーシーに差し出した。
「俺が悪かった……だからもう――」
 と、土下座をしようと膝をおったときだった。
 目の前にいるルーシーの顔が戦慄した。
 リエリの行李の中から暗闇の杖を布越しではなく掴んだ。
 唇はまるで超速早送りのパントマイムのように動いた。
 リエリは思った。ついにあたしはこの魔術師の逆鱗に触れたと。そしてこの場で処刑されるのだと――。
「意志を持って障壁となせ、我旋律を刻む者なり」
 ルーシーの呪文が完成するのと、今し方できた魔法障壁がつんざくような音を立てたのは同時だった。
 リエリは瞬きを繰り返した。一体何が起きたというのだ。目の前にいるルーシーは苦悶の表情で障壁を維持している。凝視すると薄い透明の皮膜で覆われていた。青白い光を放っているので見分けがつく、リエリはその障壁に触れてみた。まるで硬質な金属のように冷たかった。
「今、私の目はこの杖の呪いで見えない。いい? バカ盗賊、冷静になるの、絶対に驚いたりしないで、お願いよ誓って、この小さな障壁は初級の魔術だから精神に敏感なの」
 リエリはゆっくりと振り返った。そしてそれを見たのだ。
 こみ上げてくる恐怖を飲み込むのが精一杯だった。歯は合わさりがたがたと音を立てている。短い髪の毛まで恐怖で逆立っているようだ。
 巨大な鶏がそこにはいて砦の中央からこちらを大きな目で見ていた。
 リエリは何とか恐怖を殺して言った。
「どうして、ゴーストが実体化してやがる、俺はこんな話し聞いたことねぇ、それになんだよあのバツ印は」
 リエリは唇をかみしめた。
「わかることは私たちはこのままでは、死んでしまうってことだけよ」
「魔術で何とかしてくれよ」
 リエリは訴えかけるようにいった。
「無理よ……この杖でだってどれくらい保つか……それより私が呪いに呑まれてしまいそう……ああ……コールド・チル、父さん」
 リエリは息を呑んだ。あのルーシーが呪いに翻弄されている。黒目がきょろきょろと動き回りルーシーは呼吸を荒げていた。
「ちきしょう……」
 リエリがそう鶏を見ていうと、鶏はそれに答えるように前足をもたげ、二人に向かって打ち下ろした。しかし爪は障壁に弾かれた。
 鶏は甲高い声を上げた。それは砦中に響き渡った。
 リエリは巨大な鶏を見上げて考えた。
 こんなはずではなかった。計画通りならば酒場で今頃祝杯でもあげていた頃だ、どうしてあたしがこんな鶏と戦わなければならない。
 リエリは運命の悪戯を呪った。そして現実を直視した。
「魔術師をあたしが信じることになるなんてね、ルーシーあなたのこと、俺信じるぜ」
 リエリがそういうと、ルーシーは苦悶の表情を少しだけ和らげて、
「私だって盗賊を信じないといけない状況がやってくる、そんなこと、ああ寒気がする」
 リエリは拳を握り唇を釣り上げた。
「俺、あのバツ印がいかにもあやしいと思うんだ、あそこを魔法で攻撃することはできるか?」
 ルーシーは眉をひそめた。
「あなたを信じた私がバカだったわ。この杖の呪いあなたも知っているでしょう。これだから盗賊は――」
「わりぃな、やなことはすぐに忘れる主義なんだ」
 リエリはつくつくと笑った。
「あなたが私の目になりなさい。到底ワンドじゃ太刀打ちできない」
 ルーシーはそういって、リエリの反応を予測したのだろう。
「私だっていやよ、盗賊のあなたを信じるなんてね。でも仕方ないでしょう」
 と、続けた。
「自分だけ助かろうってんじゃねぇだろうな」
「それならば、障壁を自分だけに展開してるわよ、バカね」
「それもそうか」
 リエリは鶏を見て両手を広げた。鶏は塁壁を壊していたが、大きな嘴をこちらに向けた。
「どうやら時間はなさそうだぜ、おまえさ物質がどうとかいったよな」
「ルーシー」
 リエリはため息をついた。
「ルーシーは俺を追ってきた、どうして俺の位置がわかった?」
「だから……魔術師は物質と人の繋がりが見えるの」
「それなら話しは早い、おいこのダガー触ってくれ」
 リエリは二本あるうちの一本のダガーの柄頭をリエリの左掌に収めた。ルーシーは意識を集中しそれをしっかりと握った。
「よし、今なら奴の気が逸れてる。一瞬でいい障壁を解いてくれ」
 ルーシーはうなずくと障壁を解いた。
 リエリはダガーを両手に一本ずつ構えて鶏の方へと走っていった。
 ルーシーにはリエリの動きが手に取るようにわかった。それはダガーに透明なマゼンタの糸がルーシーの左手に繋がっているからである。
 リエリは風を押し破り迫ってくる嘴をステップを踏んで右に避けた。そして勢いを殺さずに三回転がり距離を詰めた。
 鶏は前足を横に大きく薙いだ。
 リエリは刹那その場所から消えた。
 そして三モント程離れた距離でまるで土の中から、這い上がるもぐらのようにぬっと現れた。
 鶏は甲高い唸り声を上げて暴れ始めた。捕まらない人間がはがゆいのだろう。
 前足が後ろ足が翼が次々と襲ってきた。
 ルーシーは呪いと過度の集中でマナーリの底がじりじりと見えてきたことを知った。そしてリエリが紙一重で攻撃を避けていく様を視覚化していくと、いつその動きが止まってしまうのだろうかと恐怖に駆られた。
「あたしは希代の盗賊リエリ様さ、こんな化け物に負けねぇよ」
 ルーシーの不安を知ってか知らずかリエリは疾風のごとく駆け抜けてそういった。
 (リエリありがとう、詠唱は終わった。もうあなたのことバカなんていわない)
 耳元でルーシーの声が届いた。
 鶏は二枚の羽根を羽ばたかせた。それは突風のようにリエリを襲った。
 腰にためた力が弱まり、結果重心を崩したそのとき、鶏の前足がリエリの背中に当たった。波のように血が舞った。しかしリエリは倒れなかった。
 身体を反転させると、二刀ダガーを頭の上で交差させ前足の攻撃を削いだ。
 そしてベルトからダガーを取り出すと、投げつけた。
「これでもくらいやがれ!」
 リエリはそう言ってダガーを鶏のバツ印、嘴に向かって投げると力尽きたように倒れた。
 ルーシーはカッと目を見開き、半眼になると、
「平等の物差しはモーク
 悪徳の天秤はハルク
 対をなす
 モークエース
 ハルクサルス
 均衡は止まない時間のよう
 停止 氷結
 我旋律を刻む者なり」
 ルーシーが呪文を唱え終わると、刺さったダガーの位置を中心に吹雪きが巻き起こった。
 それはビュービューとまるで凝縮した豪雪のようだった。
 やがて豪雪はぴたりと止まり、時が止まったように凍りついた。
 巨大鶏は、頭を垂れるようにゆっくりとうつぶせになり固まった。
 ルーシーは水晶の杖を大地に突き立てるようにして、しばらく荒い呼吸を繰り返した。
 そして杖を離すと、慣れない視野を振り払うように頭を振った。
 リエリが瓦礫のちょうど真下に倒れていた。
 そして、鶏の後方には神官着の少女と騎士が倒れていた。
 ルーシーはリエリの下に向かった。
 仰臥したリエリの横顔を見ると笑っていた。そして肩が上下しているのを見て二人とも助かったと安堵した。
「バカ……死んだらどうする」
 ルーシーは口元に笑みを浮かべリエリに重なるように倒れていった。