気軽には行けない街、『ストレイト・アウタ・コンプトン』 | 平平凡凡映画評

平平凡凡映画評

映画を観ての感想です。

【タイトル】『ストレイト・アウタ・コンプトン

【評価】☆☆☆☆(☆5つが最高)

【監督】F・ゲイリー・グレイ

【主演】ジェイソン・ミッチェル

【製作年】2015年


【あらすじ】

 1986年、麻薬の売人をしていたイージー・Eは音楽レーベルを起ち上げ、仲間と共に“N.W.A.”というヒップホップ・グループを作る。彼らは日常で感じる怒りをそのまま音楽にし、地元コンプトンの現実を歌にした。やがてN.W.A.の音楽は大きなうねりとなって、世界に広がっていく。


【感想】

 ヒップホップに疎いので“N.W.A.”と聞いて、プロレスの団体か何かだと思ってしまった。実際は、ヒップホップやラップの流れに大きな影響を与えた伝説的なヒップホップ・グループ。予告編に惹かれて軽い気持ちで観に行ったが、ガツンと重みのある内容にちょっと意表を突かれた。大げさに言えば、歴史の生まれる瞬間を目にしているようだった。


 映画の舞台は、1980年代後半のカリフォルニア州コンプトン。ロス近郊の危険な街で、住人のほとんどは黒人。暴力と麻薬が日常に溢れ、警官からも差別的な扱いを受ける。そんな抑圧的な状況が、攻撃的で怒りに満ちた音楽を生んでいく。生きるために戦う音楽といった感じ。欲望をむき出しにしていながら、それが絵になっている。


 映画は、分かりやすい成功物語としては終わらない。主人公たちが売れに売れた後にも、過酷な戦いが用意されていた。怒りと欲望をエネルギーにして突き進むと、至る所で衝突を引き起こしてしまうようだ。外側からの圧力だけでなく、内側からの崩壊。つい無常という言葉を使いたくなるが、行けるところまで行ってやるというマッチョな思想に自然と引き込まれてしまう。