松本人志には及ばず、『ニセ札』 | 平平凡凡映画評

平平凡凡映画評

映画を観ての感想です。

【タイトル】『ニセ札

【評価】☆☆(☆5つが最高)

【監督・出演】木村祐一

【主演】倍賞美津子

【製作年】2009年


【あらすじ】

 昭和25年、新千円札が発行された間もない頃、山間の小さな村の小学校に勤務するかげ子の下に、かつての教え子が現れニセ札作りに協力してほしいと申し出た。最初は強く断ったかげ子だったが、貧しい村の現状を改めて目にすることで決意を固める。かげ子や村の名士、紙漉き職人や写真屋などが力を合わせてニセ札作りに邁進する。


【感想】

 映画監督の技能とは、はどういうものなのだろう。演出力や映像センス、編集能力やデザイン力といったあたりだろうか。それとも、もっと精神的な部分で決断力や統率力、はたまた気配りや説得力といったものが必要になってくるのだろうか。確かに、これだという技術よりも、もっとトータルなもののように思えてくる。更に言えば、特別な技能を持っていなくても監督業は務まりそうではある。


 この映画の監督はお笑い芸人の木村祐一。北野武を皮切りに、続々とお笑い芸人の映画監督が誕生している。芸人だけに、現場の空気を和ませることに長けているのかもしれないが、それだけで面白い映画が出来上がるわけではない。同じ名を売った芸人といえども、結果として映画の良し悪しは出てきてしまう。差は一体どこから生まれてくるのだろう。


 多分、運の良し悪しと言うのはあるかもしれない。運の良い監督の下には、魅力的な脚本が集まり、腕の確かな職人が揃い、時代の流れを掴み、寛容なスタッフと潤沢な資金がやってくる。良い駒が揃えば、黙っていても好転していく。運の強い監督はいると思う。そして運の悪い監督や、運に見放された監督もいるはず。おそらく、悪い方向に流れ出した映画製作の現場は、正視に堪えない風景に違いない。


 今回の木村祐一は、それなりに幸運に恵まれていたと思う。主演の倍賞美津子や段田安則など、なかなかシブいキャストが集っていた。終戦直後の混乱期、ドサクサに紛れ村を挙げてのニセ札作りというストーリーも面白そうに見えた。マスコミにもそれなりに注目されていたし。まぁ、映画監督を務め、映画を完成させただけでも相当にラッキーなのだろう。


 ただ映画の中身自体は、それほど面白いものではなかった。コメディー3割、人情話し7割といった作りだったが、さほどに笑えず、これといった心温まるポイントもなかった。緩めの間合いも、間延びしているように見えてしまった。木村祐一への注目度はあっても、それだけで面白い流れやリズムが生まれるわけではない。映画には初々しさよりも、稚拙さが目に付いた。ややガッカリな内容だった。