客席も安全な場所ではない、『ファニーゲームU.S.A.』 | 平平凡凡映画評

平平凡凡映画評

映画を観ての感想です。

【タイトル】『ファニーゲームU.S.A.

【評価】☆☆☆(☆5つが最高)

【監督】ミヒャエル・ハネケ

【主演】ナオミ・ワッツ

【製作年】2007年


【あらすじ】

 アンは、夫と息子と共に湖畔にある別荘へやって来た。すると隣りの家からの使いだという青年が卵をもらいに現れる。更にもう一人の若者が加わり、アン一家への嫌がらせを始めた。彼らは礼儀正しい言葉遣いをするが、その奥には残忍な性格が隠されていた。アンは断る術もなく、彼らの始める醜悪なゲームに巻き込まれる。


【感想】

 お客様は神様です、という言葉をふと耳にする。そのままではなくとも、似たような趣旨の言葉は至る所で使われている。今日も、行った先の店の会議室のような部屋から社訓を唱和する声が聞こえてきた。その中には、当然のように客への低姿勢が含まれていた。商売するからには、頭を下げるのは仕方のないことなのだろう。ふんぞり返って成り立つ商売はそうそうない。


 ただ、あまりに客を持ち上げすぎると不幸になるような気がする。客に迎合してばかりいては苦しくなるし、卑屈な態度ばかりとっていればどこかで爆発が起きる。神様もたまには間違いをする。客と接する時には、ある程度心に余裕を持たないといけないのかもしれない。また場合によっては、ガツンと教え諭すことも必要になるのかもしれない。


 映画を観る場合、安心しきって座っていることが多い。主人公は生き残り、悪を懲らしめ、平和を取り戻す。どんな窮地に陥っても偶然は常に正義の味方に微笑むし、子供はどんなことがあっても犠牲にはならない。観客が求める映画を追求していけば、似たり寄ったりの映画が量産されるのも仕方のないような気がしてくる。


 そしてこの映画は、そんな弛緩しきっている観客や映画業界に挑発を繰り返す。普段は殺しをゲームのように楽しんで観ている観客を、不快感の底へと誘っていく。見慣れているいつものサスペンス映画からは徐々に離脱し、1つまた1つと嫌悪感を植え付けていく。そして一線を越えても止まることなく、不愉快な結末へと転がり落ちていく。観客は、どこかの時点で諦めなければならない。


 ネタバレになってしまうが、安易な気持ちで観に行く映画ではないと思う。普通のサスペンス映画とは全く違う性質を持つ。途中、普通のサスペンス映画の方向に戻ったかのような瞬間もあるが、観客をあざ笑うかのような方法で再び不愉快な世界へと突き進む。きっと実際に起こる殺人はこういうものなのだろう。善悪とは無関係に事件は起こり、そして結末は訪れない。まさに禍々しさ満点の映画だった。