こんにちは、naoです。
プロフィールでも少し触れておりますが、わたしは気功整体やアロマセラピストとしても活動させていただいてます。
アロマテラピーに惹かれたのは香りに秘められた心への作用でした。当時は体こそ不調がでていたものの(症状はプロフィールを読んでね)、体の疲れや強張りの自覚はありませんでした。
当時に戻って自分の体の状態を確認できたらよいな、当時の私に施術をしてあげたかったな、なんて叶わぬ妄想を抱いてみたりもします(笑)
それはさておき。
わたしがアロマテラピーに期待したのは精油成分が心の安定や穏やかさをもたらすのでは?という部分。
仕事やプライベートにおけるストレスが、体が本来持ってる機能を狂わせているのかも…という漠然とした考えがありました。
でも、心が何かしらの不調を抱えてるときって、体も何かしらの影響を受けていることが多いです。私の場合は【冷えによる全身の代謝不良】があったと今では思ってます。
体の巡りがかなり悪く、むくみもかなりありました。そこにストレスも加わったわけです。体の不調が心を蝕むのか、心の不調が体調不良をもたらすのか。たまごが先か、ひよこが先かはさておき。
両面から心身のすこやかさを促すホリスティックなアプローチが必要だと考えてますし、それは本当なのね!ということを体感したわけです。
当時は自分のそんな状況も体の状態もイヤでイヤで。どうしても受け入れられないでいました。
欲しいものが手に入らない苦しさはしんどいけれど、自分の努力でも絶対に補えないモノ(赤ちゃん)を欲しがっていたので絶望に近かったです。
お医者さんにも2年以上通い、できることはしたものの…。芳しい結果は得られず、パートが忙しかったこともあり、欠かさず行っていた通院もやめてしまいました。
自分でも、どうしてそんなに子供を欲しがるのかがわからなかったのですが、世間一般的には結婚したら子供が出来るもの。子供がいてこそ家族として成立して認められる。
そんな錯覚が
「こどもがいない私は何か欠けてる。」
そんな意識をもたらしていたわけです。
それが、仕事の忙しさも手伝い、
ムリして通院しなくてもいいかも。
こどもがいない人生もありかも。
子供が欲しい!でパンパンだった心に、少しスペース(余白)を自らにもたらすことができるようになったことが
「何が何でも赤ちゃんが欲しい」という「自分」からふっと距離を置けられた瞬間でもありました。
そしたら…ですよ。
翌月に妊娠してました。
単なる偶然かも知れないし
世間でよく言われる、「諦めたときに手に入る」とか。意味のこじつけはいくらでもできます。
でも確かに感じるのは、過度な執着を手放した時に、【自ずとやってくるものがある】というもの。
【自ずとやってくるもの】は時として、その時はいい知らせかもしれないし、そうじゃないかも知れない。
かといって、その時は「よし」とされたものが状況の変化とともに「歓迎されないもの」になるかも知れない。(その逆も、もちろんある)
そういうことも含めて、事実は事実と受け止めながら、そこから自分は手持ちのカードで何が出来るのか、どうしていきたいのか。
そんな風に人生を眺めていくことが、自分を信頼し、自然にまかせて生きていくことに繋がるような気がしています。
排尿も排便もいきんでるようで、実は筋肉を緩めることで出せています。
頑なに力を入れたり、頑張ることが、自然の流れを逆に滞らせてしまうこともあるから。
心と体の強張りを深い呼吸とともに、ふっと抜いてあげることで、見えてなかったあなたの中の「自然」に目覚めることができるかもしれません。
ちなみに…
欠けてるものを必死で埋めようとするのが自我の働きでもあります。当時の私は、それを「子供」に当てはめていて、それが手に入ればまるっと人生かおさまると思いこんでいたわけです。
心の仕組みを学んで気づかされるのは、みな何かしらの欠落感・欠如感を抱えていて、それを何かしらのもので埋めることで「自分」を満たし、完全にしたいと願っていること。
手に入らない自分を蔑んだり
幸せそうな誰かを羨んでみたり
顕在意識だけでなく、潜在的に抱えている、私が「問題」だと思い込んでるモノやかたーく握りしめているモノは何なのか?
私はそこを知りたいと思ってセラピーで自己ワークをしながら自らの心も紐解いてるところです♪
わたしの経験がどなたかのお役に立てるとよいな、と願いつつ…。
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