昨日のポッシブルは衝撃だったけど、改めて考えるキッカケになりました

 

 

 

「HAPPYちゃんのいう『重大発表』って、イベントだろうな」くらいに思ってたら、想像の斜め上どころじゃなくて、おもわず「え゛?」って声が出た

 

 

 

さすがに「え゛」ってなるよ!滝汗

 

 

 

<追記>ご本人が公表してたので書きますが、子宮頸がんになったとのこと

 

 

 

笑いごとじゃない。けど、HAPPYちゃんが言うと深刻さとは別の視点ができる。だからこんなブログに書けるんだよね

 

 

 

 

自分の体験や感覚だけが真実

 

 

HAPPYちゃんの病気に対する考え方を聞いてると、「さすがに詭弁では…」「ポジティブすぎるのでは…」と一瞬よぎったんだけど、やっぱ違う

 

 

 

HAPPYちゃんが身体から受け取ってるメッセージが”それ”なのだから、真実なんだろう

 

 

 

世間一般の価値観や、西洋or東洋医学の知見、一般的なスピリチュアルも関係ない

 

 

 

一般論は、「多くの人に当てはまる」という予測に過ぎなくて、個々の事象は個々のもの

 

 

 

この世で自分以外の誰一人経験したことがないことでも、信じられないことでも、あり得るかもしれない

 

 

 

HAPPYちゃんは、アマゾンの聖者に「あんたの身体、ギャラクシーボディにしておいたよ」と言われたそうな

 

 

 

なんだよそのファンタジックなボディは(笑)と思いつつ…まあヨソの星の人とか高次の存在なら、その臓器は不要なのかもなー

 

なんて、妙に納得してる自分もいた

 

 

 

無理やりポジティブ変換するつもりはないのだけど、そういう可能性があってもいいよね

 

 

 

昨日の配信を聞きながら、そんなことを考えてました

 

 

 

でも、「いやいや、さすがに今回の話は受け入れられないよ」って人もいるだろうし、「食事療法で治る」と言う人もいるみたい

 

 

 

ひとつの事象に対して、みんな違うことを感じてる

 

 

 

これが「ひとり一宇宙」ってやつなんだろうね

 

 

 

わたしも基本的には東洋医学を支持してて、ほとんどの病気は普段の生活や思考の習慣が生み出したものだと思ってる

 

 

 

気づきを与えてくれるのが病気だから、改めていくことで身体という現実が変化を見せてくれるんだと。

 

 

 

でもきっと、別のルールが働く場合もある

 

 

 

わたしの周りには、子どもの時に亡くなった人、若くしてガンや大病で亡くなった人もいる

 

 

 

彼らが生活習慣や思考のせいで病気になったとは、さすがに思わない

 

 

 

スピリチュアルでは、早く亡くなった人を「最初からそういう予定だった」と言ったりする。一理あるだろうけど、すべてがそうだとも思わない

 

 

 

いつだって真実を体験するのは本人だけ。周囲の人間は都合よく解釈するだけなんだよね

 

 

 

 

 

病院に行くのを辞めた理由

 

 

久しぶりに思い出したんだけど、わたしも似た経験があった

 

 

 

10年くらい前、健康診断でカゲが見つかった

 

 

 

普段から健康診断が苦手だし、結果もそんな気にしてなかったのに、なんだか”ふと”気が向いてオプション検診を受けてみたの

 

 

 

気分転換の検診だったのに、精密検査に行くように言われ、怖くてしかたなかった

 

 

 

検査の結果、「今回は一応大丈夫だけど、要経過観察なのでまた来てください」とのこと

 

 

 

でも、根拠なく「わたしは大丈夫」って確信した

 

 

 

当時行った病院は有名なところだったんだけど、待合室が哀しい雰囲気に包まれているのを感じ、「わたしは来ない方がいい」と思った

 

 

 

その後、誰に相談することもなく「もう病院行かない」って決めて普通に生活してる

 

 

 

数年してから「こんなことあったんだよねー」というと「大丈夫なの?」ってびっくりされるけど、わたしが淡々としすぎてるからか、それ以上何も言われない

 

さっき久しぶりに思い出したくらいだし

 

 

 

無理して自分に言い聞かせたわけじゃない。迷いがなかったのは、身体の声だったからだろう

 

 

 

今振り返ると、わたしが生み出したカゲは、当時のわたしの間違った観念が原因

 

 

 

だから同じ理由で再発はしないだろう

 

 

 

あくまでこれは、わたしのケース

 

 

 

人に相談してたら、間違いなく「病院いけ」って怒られてたよね。笑

 

 

 

これは当時のわたしの判断なので、誰にもオススメしないし、いまのわたしが同じ行動をするってわけでもない

 

 

 

 

本当に貫ける?

 

 

「身体が神」ってのは知ってた。この世界を生み出した神であり自然の一部が身体だもんね

 

 

 

今回のHAPPYちゃんの話を聞いて、「意味づけ」というのは頭(エゴ)でするものじゃないんだな、と知った

 

 

 

最初からすべての事象に意味はあるといえばある。それを素直に受け取るかどうかだけ。別に理解しなくてもいいし、他人に理解されなくてもいい

 

 

万が一、自分の選択が死につながってしまったら、「あの人は間違っていた」と言われるかもしれない。それもまた自由

 

 

 

「わたしは間違っていたかもしれない」と思うのかもしれない。それもまた経験

 

 

 

今回は生死にかかわる話だったから深く考えたけれど、普段からやってること

 

 

 

「今日のゴハンを決める」ようなことも、今回のような話も、すべて身体の欲することを選んで、その結果を受け入れるという点では同じ道の上にある(遠いけど)

 

 

 

「ゴハンなら選べるかもしれないけど、命にかかわることでも、あなたは選べる?受け入れられる?」ってことを突きつけられた気がする

 

 

 

いまのわたしが、HAPPYちゃんの立場になったらどうだろう? きっと、体験の内容や感じ方は変わってくるだろう

 

 

 

何にしろ、いつなんどきもパニックにならず平常心でいられる自分でいたい。どんな時でも味わっていられる自分でいたい

 

鍛錬しなきゃね

 

 

 

いいきっかけをもらって感謝乙女のトキメキ

 

 

 

 

【追記】A子のはなし

 

 

今朝(13日)の配信を聞いてまたびっくり

 

 

 

またも似た経験を思い出したので、こっそり追記

 

 

 

わたしではなく、古い友人A子

 

 

 

※詳しい話を半日ほど公開していましたが、思うところがあって消しました。これ読んでいいねくれた方がいたらすみませんが、ご了承ください※

 

 

 

どんな話だったかというと

 

 

A子が病気になった際、入院時の日付と病室の番号、そして当時ガラケーだったわたしに届いた第一報のメールの番号が全て同じ数字だった

 

 

そのA子の入院から完治エピソードがあり得ないことの連続で、偶然とは思えなかった

 

 

 

A子はHAPPYちゃんみたいな覚者でもないし意識が高いわけでもなく、むしろ逆?笑

 

 

なんか不思議な人なの

 

 

もしやこの人、ギャラクシーヒューマン?と思った話でした