いまも安定して読まれる記事…笑い泣き

 

 

ネガティブワードが入ってる方が読まれてしまうのは複雑な気分なのだけど、普通そういうものなんだって。。笑

 

 

 

まあ、細々やってるブログなので人気というほどでもないけど、常に気になる人が一定数いるということ

 

 

 

わたしはネガティブ記事書くときは慎重。実のところ、書けることはあるのだけど、ゴシップとして受け止められるのは本意ではないので自粛してる。笑

(もしくは抽象度上げて書いてる)

 

 

 

でもホメ記事書いてるならその逆の内容も同じくらいなければ、不自然ですよね

 

 

 

実際、こうやって検索して読む人がいるってことは、似た思いを持つ人がいるということ。そういう人に言いたいのは「可視化されてないだけで、あなたと同じことを思ってる人はいるらしいよ」ということ

 

 

 

ということで、こっち系の話はもう何度も書いているのだけど、今回はいつもより突っこんで書いてみます。ゴシップにならない程度にね

 

 

 

ズバリ、HAPPYちゃんは宗教なのか?モメッドは宗教なのか?

 

 

 

イエスかノーでいうなら、イエスだと思う。笑

 

 

 

ただ、別に目くじら立てるほどのことでもないんじゃない?問題はそこじゃないって話

 

 

 

 

「宗教だ」という心理

 

 

何かに対して「宗教くさい」と言う人は、本来の意味での宗教のことを言ってるわけじゃない

 

 

 

神だとか経典がある組織のことじゃない。ただ、そういう構造があるのを感じ取って「宗教」といってる。そしてほとんどは批判的な目線を持ってる

 

 

 

「宗教くさい」と思うポイントは2つ

 

 

 

①教祖的ポジションのトップがいて、あがめる信者的ファンがいる構図

 

②界隈でしか通用しない謎の固有名詞とかワークとかがあって、第3者からすると理解不能

 

 

 

①の要素は現代では結構多い。インフルエンサーとかアイドルとか、一部企業でもあったりする

 

 

 

アルゴリズムのおかげでエコーチェンバーしまくりの昨今。巨大旋風じゃなくても、ごく一部の人にとって熱狂する人(場所)が点在してる

 

 

 

アイドルや企業だったら宗教と揶揄されることは少ない。それは作為的なものだったり、一般大衆に評価されやすい構造だから

 

 

ただ、程度の差があるだけで、心理構造はすべて同じなんですよね

 

 

 

中心にいる人やモノが強い磁場を生み出し、それに引き寄せられてきた人が巻き込まれる。中心に人という磁石があって、引き寄せられる砂鉄がファン

 

 

 

中心の磁力が強いほど求心力も強くなり、一定の磁力を超えるとカルト的といったりする

 

 

 

でもそれは別に悪ではないんだよね

 

 

 

魅力があればそうなっちゃうのは当たり前だから

 

 

 

強い磁場をつくる人が、熱狂信者を生み出すのは、もはや自然法則

 

 

 

この構図を「宗教だ」と表現することは間違ってないけど、批判してもしょうがないというか

 

 

 

だって、ただの性質の違いだもの。地味だから素晴らしいってわけでもないでしょ?どんな性質にもメリットデメリットはつきもの

 

 

 

そして熱狂ファンとアンチの数は常にイコール。それぞれ全体の1~2割。ウザいアンチがいるのは人気者の証

 

中間層が一番多いんだけど、静かだから可視化されにくい

 

 

 

つぎに、

②の「界隈でしか通用しない謎の固有名詞とかワークとかがあって、第3者からすると理解不能」はもっと限定的になってくる

 

 

 

HAPPYちゃんのように生き方の指南をしている人は①②をセットでやっているケースが多い

 

 

 

これは動きとかワークを通してしかできない体感の共有を狙っているから。

 

 

 

でも何かの先生が小さい道場とか教室で身体ワークをしても「宗教」とは言われない。なぜなら①のように熱狂を起こすほどのカリスマ性がない

 

 

 

①②セットでやってると、とたんに多くの人は警戒する。謎の共通言語がある熱狂的ファンの集団を見ると怖い。人は理解できないものに対して警戒心を抱くものです

 

 

 

でもやっぱ体感というのは、意識を変えるのに効果がある。古代から続く祭りやイベント、エンタメは体感を共有して増幅してる

 

 

 

だからワークが悪いわけじゃない。悪があるとしたら、それを使う側の問題

 

 

 

体感の共有は、本人や周囲に良い影響を与えることもできるし、悪い方向に導くこともできる。場をつくる人次第でどちらにも転がせるから、取り扱い注意ではある

 

 

 

わたしは、いま②のワークをやる人たちで、悪事に使う人は減ってると思う。だって、現代は悪を隠し通せない。変なことをやってたらすぐバレて信用を失うもの

 

 

 

基本的に自己責任

 

 

HAPPYちゃんは①②両方を備えてる中で、①がものすごい強いから、熱狂ファンがつくし同時に怪しむ人もたくさんいる

 

 

 

わたしはHAPPYちゃんは純粋な気持ちでやってると思ってるので、この現象自体は別に問題ないと思ってる

 

 

 

ここにお金をつぎ込んで困った人がいても、それは本人の問題

 

 

 

自分の磁場が弱い人は、常に強い磁場の人に引き寄せられるし簡単に外的要因に振り回される

 

 

 

脅されたり拘束されてるのでない限り、すべては自ら判断してやったこと。だからそういう人を見て同情したり、”教祖”のことを批判しても根本解決にはならない

 

 

 

どんなに素晴らしい人だろうが、他人が自分の人生を保証したり責任を取ってくれることはないんだよ。むしろ「あなたの人生に責任取ります」って人の方が危険

 

 

 

 

熱狂を増幅しやすい構造

 

 

熱狂自体はいいんだけど、HAPPYちゃんの活動は特殊で、磁場に引き寄せられやすい構造だなと思う

 

 

 

HAPPYちゃんは特に去年まで抽象度の高い話が多かった。それと同時にビジネスやプロジェクトも回していた。その中間でモメッドというワークも開発した

 

 

 

わたしは抽象度の高い話にだけ興味があったので、それ以外あまり見てなかったのだけど、HAPPYちゃんは抽象度の高い話と低い話を一緒にして話すのね

 

 

 

どこでどんな話が飛び出すか分からないから、マメに配信を聞いてた時期があった。集中しなきゃ理解できないこともあるからちゃんと聞くじゃん?

 

 

 

でも最後まで聞いてみたら、ただの個人的な話だった、ってこともけっこうある

 

 

 

超個人的な感想と真理を混ぜて話すから、こちらとしては興味のないことでもちゃんと聞く。それを続けていると、「あれ?わたしが興味を持たないことは、間違ってるのかな?」と迷うことがあった

 

 

 

もちろん、抽象度に関係なく、HAPPYちゃんの話の全ては繋がってるんだけどね

 

 

 

「真理を知るためには、HAPPYちゃんのことを知らなければいけない」図式って、うまいなーと思う

 

 

 

まず、本人を知れば知るほど好きになる「単純接触効果」がはたらくでしょ

 

 

 

唐突に始まる不定期配信を聞くのも完全に向こうのペース

 

 

 

ご本人の「わたしスゴイよね!?」という言葉に別のファンが「スゴイよ!」というコメントを返すのを何度も見てると、「HAPPYちゃんはスゴイんだ」と思えてくるでしょ。笑

 

 

 

難しい話をするかと思えば、親近感の湧く身近なエピソードを織り交ぜる

 

 

 

沼らせるのがうまいのよ!笑

 

 

 

これを天然でやってるんだよ。それは純粋にスゴイ

 

 

 

「けど、こういうの求めてないのよ、わたしは!笑い泣き」みたいなので混乱してた時期ありました。笑

 

 

 

熱狂インフルエンサーメラメラとして天才的なのは間違いないけど、真理探究の精度と熱狂はイコールじゃない

 

 

 

普通、真理探究や人に気づきを与える系のインフルエンサーって、どちらか一方だけなのね

 

 

 

真理探究や生き方、自己啓発系の人は、自分自身よりも真理とか教義、法則を前に出すことが多い

 

 

 

そうじゃない人は、自分自身を前面に打ち出して、ビジネスとかエンタメに振り切ってる

 

 

 

HAPPYちゃんはその両方をやってる

 

 

 

だからHAPPYちゃんには、わたしみたいな「真理知りたい系」と「エンタメに熱狂したい系」「HAPPYちゃんという人のファン」が混在してる

 

(わたしのタイプは少ない?)

 

 

 

モメッドに関して言うと、良いものなんだと思う。でもそれを真理と同等に語るのは語弊がある。ご本人がそこまで意図してないとしても、誤解しやすい

 

 

 

たとえ話。

至高の料理を作る先生がいるとします

 

 

至高の煮物を作るには「酒1,しょうゆ2,みりん2の割合で、このタイミングで入れて、この温度を保てばよい」みたいな”真理”を伝えると同時に

 

「わたしが至高の調味料を開発したから、これを使えばみんなおいしい煮物が作れます」と調味料を売ってる

 

 

 

この2つは関係あるけど、次元が違う

 

 

 

料理初心者や先生のファン、それから何も考えたくない人は調味料を使えばいい。けど、そうじゃない人もいる

 

 

 

真理を教えてくれる先生だと思っていたら調味料の話になり、調味料を使ったイベントも開催してる…

 

 

 

「この調味料なんで使わないの?すごくいいのに!」「調味料サイコー!」っていうのは、「違くね?」と思っちゃう人もいるんですよ

 

 

 

そういう人は、「え、ムリ」と距離を置いたり、「わたしが間違ってるのかな?」と迷ったり、「じゃあ調味料を使うしかない!」と切り替えたりする

 

 

 

 

もし先生が作為的にやってるならとっくに去ってるんだけど、天然でやってるから迷う

 

 

 

そんな先生からわたしみたいなタイプが学びたいのならどうする?

 

 

 

こうなったら、自分で情報を取捨選択するしかないんだよ

 

 

 

あと、どんな人でも人間なので、間違ったことも言うんだよね

 

 

 

HAPPYちゃんの話を聞いてると、会話してる相手をねじ伏せることがたまにある

 

相手が「いや、そうじゃないんですけど…」といっても、「アンタはそうだよ!」と言われると、「そうなのかな?そうかもしれない…」となってる。笑

 

 

 

客観的に聞いてて「いや違うでしょ」と思うこともある。ただまあ、あのパワーで押し切られたら、納得せざるを得ないよね。笑

 

 

 

だからってHAPPYちゃんがダメというわけではなくて、人の話を聞いて受け入れるか流すかはいつだって本人次第。いちいち目くじら立てることじゃない

 

自分がその立場ならどうするかは考えるけどね

 

 

 

これは、HAPPYちゃんに限らずの話

 

 

 

自分から湧き出てくる意図以外は、全部オマケだし、参考資料に過ぎない

 

 

 

誰かが揶揄する”宗教”にだっていい面もある。みんなが素晴らしいと認めるものにも欠点はある

 

 

 

自分を捨てて相手に依存したときに変なことになる

 

 

 

自分が何を求めてファンをやってるか自覚できてるなら、変なことにはならないんですよね