こないだのポッシブル配信は「神経細胞を育てよう」っていう内容でした
神経を育てるというのは誰もがやってる”当たり前”の話なのだけど、現代は退化しやすい環境にあるかも
みんな育ててる
HAPPYちゃんが知り合いに色々と相談される中で、思うことがあったそうです
それは「みんなが問題と思っていることが、HAPPYちゃんにとってはそもそも問題ですらない」ということ
なぜか?
神経細胞が育っているから
「みんなが問題と思っていることをたくさん経験して神経が育ってるから、もう普通に対処できる」ってこと
今回わたしは「めちゃくちゃ普通の話だな」と思って聞いてました
でも、HAPPYちゃんが「これを伝えなきゃ」と思ったということが興味深かった
だって「経験を重ねるうちに、問題だったことが問題じゃなくなる」って、人間にとって当たり前でしょ。動物だってそう
生まれたばかりの赤ちゃんが手足をバタバタするだけだったのが、ハイハイして歩けるようになるのは、運動神経が育つから
言葉を覚えて喋れるようになり、ひらがなやカタカナ、漢字が書けるようになるのは、言語の神経が育つから
友達にオモチャを取られて、最初はケンカになっていたのが、譲り合えるようになるのは、優しさや我慢強さという精神の神経?が育つから
料理好きな人なら
練習するうちに料理の神経が育ち
みんなに喜んでもらうために、コミュニケーションの神経が育ち
ホームパーティーをするために、段取りの神経が育ち
盛りつける器に凝るために、美的センスが育ち
発信するために、文章や写真とかの神経が育ち――
世界を広げるたびに新しい神経が育っていく
環境や興味によって、みんな何かしら神経を育ててる
ね、普通のことでしょ?
しかし止めてしまう
でも、この「神経を育てる」という当たり前のことを、人はいつしか止めてしまう
料理だって、最初は「うまくできるかな」ってドキドキしたり、「喜んでもらえるかな」ってワクワクしてたのに、いつしか作業になって、「明日何しようかな~」とか別のことを考えながらやってたり
毎回新鮮な気分で向き合うこともできれば、止めることもできる
精神的なことも同じ
子どもの頃は思いをストレートにぶつけていたけど、そのうち社会性を身に着けて遠慮するようになる
もちろん、最低限のマナーは大事だけどね
ぶつかることや傷つくことを恐れて、気持ちを抑えすぎると麻痺してくる
いつまでたってもその神経は育たないし、むしろ鈍ってくる
小さいことでも育つ
「言いにくいことも言わなきゃ」となるとしんどいけど、最初は低いハードルでいいんですよね
たとえば、普段は事務的なやり取りしかしない人に、些細な雑談を投げるとか、お菓子をあげるとか
拒否られたら傷つくけど、いろんな人にやってたら「そういうこともあるよね」って思えるようになる。図太い神経が育つ
ほかも全部同じ。使えば育ち、使わないと退化してしまう
運動しなきゃ運動神経が鈍り、五感を使わないなら五感が鈍る。精神的な安全圏の中でしか行動しなければ精神は鈍る
いまは便利な世の中になって、多くの人が一日中快適な温度で過ごせる。蛇口をひねればお湯も出るし、電化製品もそろってる。料理しなくてもお惣菜が売られてる
検索すれば正解らしきものがすぐ見つかり、AIのおかげで”考える”必然性も減ってる。人とコミュニケーション取らずに済むことも増えた
身体も精神も、どこまでも効率化して省略できるようになった
現代はラクに生きられるけど、神経をどんどん退化させる環境でもある
だから今、「その逆をすることが大事だよ」ってことなんだと思います
嫌でも育った時代
もともと人間は、運動能力やタフな精神を持ってるのが普通でした
絶対的な安心安全なんてない
いつ何時、敵や動物に襲われるか分からない。仲間が殺されたり病気になって死ぬことだって、今よりずっと多かっただろうし予測不能
日々生き抜く中での出来事や行動は、イヤでも神経を育てたはず
人類の歴史でいうとそっちの方が長くて、今みたいに便利すぎる時代なんて、ほんの一瞬
身体は現代に合わせてつくられてない
だから現代人が神経を育てるには、自ら環境や精神に負荷をかけるしかないと思うんですね
人間が本来持ってる力を取り戻すには、今できる範囲で少しだけ負荷をかけることじゃないでしょうか
初めての店に行ってみるとか、初めてのヘアカラーにしてみるとか、HAPPYちゃんが言ってたように「いつもと違う道を歩く」とか
冷水シャワーもいいけれど、エアコンの設定温度を0.5度下げるだけでもいいよね
神経を育てるのは自分次第
結局、大事なことって日々の小さな積み重ねでしかない
HAPPYちゃんを通じて、心のことをさんざん学んで、最近身体に戻ってきて、今回はめちゃくちゃ普通のことだった
大事なことは最初から目の前にあった。でも遠回りしたからこそ、理解できたともいえる
あれだけ派手でデカイことばかりやってたHAPPYちゃんも、寿司屋をやって寿司を握り、今度は食事会をしたいと言ってる
イベントのハコがドームになって、次は海外なのかと思えばアトリエになり小さい個室になった。この変遷も面白いですよね
(デカイことも並行してやるみたいだけどね)
「美味しい寿司を提供して味に集中する時間を作りたい!」ってHAPPYちゃんは言ってたけど、わたしは日々それに近いことやってる。好きな料理を集中して作って、家族と「おいしいねー!」って幸せをかんじてます![]()
デッカイことと同じくらい、小さいことだって同じ密度で濃厚な時間と空間を作れる
どこにいても楽しい場所を作るのは自分次第
わたしも、HAPPYちゃんに負けないくらい自分だけのオリジナル神経を育てて、この肉体で体験できる世界を存分に楽しもう
って思いました
