Sat 170930 終着駅で思ふこと/ザボン売り/15年ぶりの歓喜/GO GLOBAL
「思えば遠くに来たもんだ」という感慨は、中年のオジサマに独特のものかもしれない。いや、実際には大して遠くまで来たわけではない。これからもっともっと遠くまでいかなきゃいけない。しかしやっぱり、思えばずいぶん遠くまで来てしまったのである。
ワタクシは東北の端っこで生まれ育ったから、九州に最西端まで旅をすると、思えばも思わなければもなしに、とにかく「ずいぶん遠くまできたな」の感が深い。
日の出も遅いが、特に日の入りが遅い。ちっとも日が沈まなくて、秋10月の赤い夕陽が、6時を過ぎてもまだ水平線よりずっと高い位置にユラユラしていると、「思えば遠くへ来たもんだ」のヒトコトが、不意に口を着いて出てくるのである。
長崎でも佐世保でも、少なくともここはしっかり日本であって、普段の今井君から見れば、そんなに遠くなんかないのである。つい2週間前にはベトナムのメコン川をウロウロしていたし、2ヶ月前にはノルウェーのフィヨルドで震えていた。
それどころではなくて、1月にはモロッコ、4月にはキューバ、地球の裏側までしょっちゅう旅をして、スペイン語やらフランス語やらアラビア語やらの真っただ中を、ユラユラ&フラフラ、あてもなく歩き回っているのである。
それでも、九州の西の果てでローカル線に揺られていると、メキシコやモロッコよりもずっと「遠くまできたもんだ」の感慨が深い。長崎駅のホームに立って、「終着駅の長崎です」というアナウンスを耳にすると、感慨の深さに思わず涙が浮かぶほどである。
![キハ](https://stat.ameba.jp/user_images/20171024/04/imai-hiroshi/fa/3b/j/o0400030014055127035.jpg?caw=800)
(長崎駅に停車中の大村線「シーサイドライナー」佐世保行き)
長崎駅には、むかしむかし「ザボン売り」の人がいた。大っきなカゴに大っきなザボンを何個も積み、駅弁売りのオジサンに混じって「ザボン、いらんかね?」「ザボン、いらんかね?」と、明るい声で列車の窓を覗き込んだ。
鹿児島本線・山陽本線・東海道本線、長崎や佐世保から東京まで一昼夜をかけてひた走る「さくら」「西海」の乗客は、何が何でもまず弁当を購入、お茶に日本酒の4合瓶も買い込んで一安心したあとは、「おみやげにザボン」という選択肢もあった。
もちろん当時の列車は食堂車も連結していた。マコトにいい時代で、食堂車で「ちゃんぽん」や「皿うどん」やらを味わうことだってできた。何しろまるまる一昼夜の長旅だ。食堂車で皿うどん、お酒もたくさんきこしめして座席に戻っても、まだ博多とか小倉とか、旅は始まったばかりだった。
そういう時代なら、「思えば遠くへ来たもんだ」感覚も強烈だったはず。大村線を走る暖色のキハなんかに出会えば、そのことだけでもう涙が目に溢れたに違いない。
なお、「ザボンとは何ぞや?」と言う諸君は、このブログでザボン関係の記事を参照。つい最近ベトナムで今井君が味わったザボンについては「Wed 170913 帰国報告その2(速攻ホーチミン2)」参照。長崎で購入してニャゴロワを驚かせたザボンについては、「Thu 140306 記録魔であること」参照。どちらでも、ドギモを抜くザボンの画像が見られる。
後から思い出したのであるが、「Mon 140303 巣鴨でお仕事 ザボンがオウチに到着 ザボンとニャゴの確執」にもザボン vs ニャゴロワのことがマコトに詳細に記してある。是非あわせてお読みいただきたい。
![終着駅](https://stat.ameba.jp/user_images/20171024/04/imai-hiroshi/57/a3/j/o0400030014055127036.jpg?caw=800)
(長崎は、終着駅である)
「ここが終着、その先はもう海」という感激には、ワタクシはもうすっかり慣れっこである。秋田県なら男鹿。北海道なら増毛や根室。門司港もそうだ。フランスの「エグ・モルト」や、トルコの「シルケジ」、ヴェネツィアの「サンタ・ルチア」にも、同様の終着駅感覚が溢れている。
さすがに21世紀も17年目、長崎駅にオバサマやオネーサマのザボン売りは皆無であって、そういう存在が消滅してからすでに半世紀以上が経過している。
もちろんかく言うワタクシだって、ザボンを売り歩くヒトビトの勇姿を目撃したわけではない。昭和30年代の記録フィルムやニュース映画、あるいは小畑実「長崎のザボン売り」をYouTubeで眺めて、かろうじて知っているだけである。
20世紀から21世紀へ、時間的にも「思えば遠くへ来たもんだ」なのであって、そういう感慨を胸に心もポカポカ、大村湾を行く列車の車窓をうっとり眺めていれば、希望の党がモロモロ崩れていくありさまを見せつけられても、「まあいろんなことがありますよ」と慰めてあげたくなるのであった。
しかし諸君、若い諸君はそんなホノボノ系でいてもらっては困る。変な意識高い系になる必要はないにしても、バリバリ勉強して、バリバリ海外に雄飛して、「思えば」「遠くに来たもんだ」系統のうっとり気分は、40年後50年後の楽しみにとっておきたまえ。
![車内風景](https://stat.ameba.jp/user_images/20171024/04/imai-hiroshi/73/97/j/o0400030014055127037.jpg?caw=800)
(懐かしいキハの車内風景)
受験生諸君、どうだい、とりあえずキチンと受験勉強して、東大にでも行かないかね? 東大は今、ちょうど駒場際の真っ最中。しかし何より東大生を燃え立たせたのは、野球部15年ぶりの勝ち点である。今日の写真4枚目に「15年越しの歓喜」を伝える東京大学新聞の1面を掲載しておく。
思えば、前回の勝ち点は2002年のものである。ブログ読者諸君は、生まれていたか生まれていなかったか、記憶だってギリギリのところかもしれんね。サッカーワールドカップ日韓共催の年である。川口に秋田、森島に中田、中山に稲本、小野に明神に小笠原。そんな時代だった。
今井君は、代ゼミの6年目。苦しくも楽しい代ゼミ8年間を、「そろそろ切り上げようかな?」と考えはじめていた頃のことである。いやはや、あまりに大昔だ。
あれから一度も勝ち点をあげられなかった東京大学野球部。確かに周囲は甲子園のヒーローが「これでもか」と駆け巡る神宮の世界。一方の東大は、今年のレギュラーにも浪人経験者が7人もいる状況だ。
マバラな応援席から聞こえてくるのは、
「T・O・K・Y・O、とーーだい!!」
「T・O・K・Y・O、とーーだい!!」
の声。孤独な戦いの中、宮台君の好投に好調な打線がこたえ、何と2試合で17得点。東京大学新聞の記者のペンも、熱く燃えているようだ。
![東大新聞](https://stat.ameba.jp/user_images/20171024/04/imai-hiroshi/79/bb/j/o0400030014055127038.jpg?caw=800)
(15年ぶりの勝ち点を伝える東京大学新聞)
東大新聞はさらに、今回の選挙に関するマスメディアの「偏向報道」についても、真剣に言及している。学部生中心の新聞スタッフとしても、やっぱり同じ新聞を名乗るヒトビトの状況について、少なからず気にかけていたようである。
今や東大は、留学にも燃えている。今日の写真5枚目は「GO GLOBAL」というタイトルの留学ガイド。正式には「東大から世界へ」「留学 国際交流ガイドブック 2017」。おお、この地味な感じ、いいじゃないか。
もちろん、冊子表紙のヒコーキのデザインはどうかと思いますよ。ヒコーキの垂直尾翼に、イチョウの葉っぱの東大マーク。海外留学だから ☞ ヒコーキというあまりに素直でストレートな発想が、確かに余りスマートとは言えません。しかしそれでもめげずにバリバリ海外に雄飛する東大生、スバラシーじゃないか。
![GO](https://stat.ameba.jp/user_images/20171024/04/imai-hiroshi/2b/4e/j/o0400030014055127039.jpg?caw=800)
(GO GLOBAL。諸君、どんどん海外へ出ようじゃないか)
もちろん、別に東大である必要はない。早稲田でも慶応でも、京大に阪大、北大に九州大に名古屋大、受験生諸君が第一志望と考える多くの大学で、同じように海外への留学を支援しているに違いない。諸君、バリバリ海外へ飛びたまえ。
われわれの世代は、西日を浴び海岸線を地道にひた走るキハの中で「遠くへ来たな」とうっとり感慨に浸るのが好きだった。今井君はその種の感慨を少しだけ海外に延長して、ノルウェーのベルゲン、ポルトガルのカスカイス、オランダのグロニンゲンまで拡大してみただけだ。
諸君はその行動範囲を、もっともっと広げたまえよ。あくまで「旅」に過ぎないが、こんな中年の今井君だって、ここから先の予定では、チュニス・アレクサンドリア・テヘラン・カイロ・リマ・サンディエゴ、なんぼでも大胆に旅を続ける。
日本国内で縮こまっている必要なんか、これっぽっちもない。アジアからギュッと自分を絞り出して、チューブの先っちょにハミ出ちゃったオロナインみたいに、頼りなく愚かしく、しかし恐れることなく、大胆に行動を積み重ねようじゃないか。
1E(Cd) Eschenbach:MOZART/DIE KLAVIERSONATEN③
2E(Cd) Eschenbach:MOZART/DIE KLAVIERSONATEN⑤
3E(Cd) Akiko Suwanai:SIBERIUS & WALTON/VIOLIN CONCERTOS
6D(DMv) THE BOURNE LEGACY
106 Stay10 170816 170825 Oslo/Bergen
total m270 y1917 d21865
ワタクシは東北の端っこで生まれ育ったから、九州に最西端まで旅をすると、思えばも思わなければもなしに、とにかく「ずいぶん遠くまできたな」の感が深い。
日の出も遅いが、特に日の入りが遅い。ちっとも日が沈まなくて、秋10月の赤い夕陽が、6時を過ぎてもまだ水平線よりずっと高い位置にユラユラしていると、「思えば遠くへ来たもんだ」のヒトコトが、不意に口を着いて出てくるのである。
長崎でも佐世保でも、少なくともここはしっかり日本であって、普段の今井君から見れば、そんなに遠くなんかないのである。つい2週間前にはベトナムのメコン川をウロウロしていたし、2ヶ月前にはノルウェーのフィヨルドで震えていた。
それどころではなくて、1月にはモロッコ、4月にはキューバ、地球の裏側までしょっちゅう旅をして、スペイン語やらフランス語やらアラビア語やらの真っただ中を、ユラユラ&フラフラ、あてもなく歩き回っているのである。
それでも、九州の西の果てでローカル線に揺られていると、メキシコやモロッコよりもずっと「遠くまできたもんだ」の感慨が深い。長崎駅のホームに立って、「終着駅の長崎です」というアナウンスを耳にすると、感慨の深さに思わず涙が浮かぶほどである。
![キハ](https://stat.ameba.jp/user_images/20171024/04/imai-hiroshi/fa/3b/j/o0400030014055127035.jpg?caw=800)
(長崎駅に停車中の大村線「シーサイドライナー」佐世保行き)
長崎駅には、むかしむかし「ザボン売り」の人がいた。大っきなカゴに大っきなザボンを何個も積み、駅弁売りのオジサンに混じって「ザボン、いらんかね?」「ザボン、いらんかね?」と、明るい声で列車の窓を覗き込んだ。
鹿児島本線・山陽本線・東海道本線、長崎や佐世保から東京まで一昼夜をかけてひた走る「さくら」「西海」の乗客は、何が何でもまず弁当を購入、お茶に日本酒の4合瓶も買い込んで一安心したあとは、「おみやげにザボン」という選択肢もあった。
もちろん当時の列車は食堂車も連結していた。マコトにいい時代で、食堂車で「ちゃんぽん」や「皿うどん」やらを味わうことだってできた。何しろまるまる一昼夜の長旅だ。食堂車で皿うどん、お酒もたくさんきこしめして座席に戻っても、まだ博多とか小倉とか、旅は始まったばかりだった。
そういう時代なら、「思えば遠くへ来たもんだ」感覚も強烈だったはず。大村線を走る暖色のキハなんかに出会えば、そのことだけでもう涙が目に溢れたに違いない。
なお、「ザボンとは何ぞや?」と言う諸君は、このブログでザボン関係の記事を参照。つい最近ベトナムで今井君が味わったザボンについては「Wed 170913 帰国報告その2(速攻ホーチミン2)」参照。長崎で購入してニャゴロワを驚かせたザボンについては、「Thu 140306 記録魔であること」参照。どちらでも、ドギモを抜くザボンの画像が見られる。
後から思い出したのであるが、「Mon 140303 巣鴨でお仕事 ザボンがオウチに到着 ザボンとニャゴの確執」にもザボン vs ニャゴロワのことがマコトに詳細に記してある。是非あわせてお読みいただきたい。
![終着駅](https://stat.ameba.jp/user_images/20171024/04/imai-hiroshi/57/a3/j/o0400030014055127036.jpg?caw=800)
(長崎は、終着駅である)
「ここが終着、その先はもう海」という感激には、ワタクシはもうすっかり慣れっこである。秋田県なら男鹿。北海道なら増毛や根室。門司港もそうだ。フランスの「エグ・モルト」や、トルコの「シルケジ」、ヴェネツィアの「サンタ・ルチア」にも、同様の終着駅感覚が溢れている。
さすがに21世紀も17年目、長崎駅にオバサマやオネーサマのザボン売りは皆無であって、そういう存在が消滅してからすでに半世紀以上が経過している。
もちろんかく言うワタクシだって、ザボンを売り歩くヒトビトの勇姿を目撃したわけではない。昭和30年代の記録フィルムやニュース映画、あるいは小畑実「長崎のザボン売り」をYouTubeで眺めて、かろうじて知っているだけである。
20世紀から21世紀へ、時間的にも「思えば遠くへ来たもんだ」なのであって、そういう感慨を胸に心もポカポカ、大村湾を行く列車の車窓をうっとり眺めていれば、希望の党がモロモロ崩れていくありさまを見せつけられても、「まあいろんなことがありますよ」と慰めてあげたくなるのであった。
しかし諸君、若い諸君はそんなホノボノ系でいてもらっては困る。変な意識高い系になる必要はないにしても、バリバリ勉強して、バリバリ海外に雄飛して、「思えば」「遠くに来たもんだ」系統のうっとり気分は、40年後50年後の楽しみにとっておきたまえ。
![車内風景](https://stat.ameba.jp/user_images/20171024/04/imai-hiroshi/73/97/j/o0400030014055127037.jpg?caw=800)
(懐かしいキハの車内風景)
受験生諸君、どうだい、とりあえずキチンと受験勉強して、東大にでも行かないかね? 東大は今、ちょうど駒場際の真っ最中。しかし何より東大生を燃え立たせたのは、野球部15年ぶりの勝ち点である。今日の写真4枚目に「15年越しの歓喜」を伝える東京大学新聞の1面を掲載しておく。
思えば、前回の勝ち点は2002年のものである。ブログ読者諸君は、生まれていたか生まれていなかったか、記憶だってギリギリのところかもしれんね。サッカーワールドカップ日韓共催の年である。川口に秋田、森島に中田、中山に稲本、小野に明神に小笠原。そんな時代だった。
今井君は、代ゼミの6年目。苦しくも楽しい代ゼミ8年間を、「そろそろ切り上げようかな?」と考えはじめていた頃のことである。いやはや、あまりに大昔だ。
あれから一度も勝ち点をあげられなかった東京大学野球部。確かに周囲は甲子園のヒーローが「これでもか」と駆け巡る神宮の世界。一方の東大は、今年のレギュラーにも浪人経験者が7人もいる状況だ。
マバラな応援席から聞こえてくるのは、
「T・O・K・Y・O、とーーだい!!」
「T・O・K・Y・O、とーーだい!!」
の声。孤独な戦いの中、宮台君の好投に好調な打線がこたえ、何と2試合で17得点。東京大学新聞の記者のペンも、熱く燃えているようだ。
![東大新聞](https://stat.ameba.jp/user_images/20171024/04/imai-hiroshi/79/bb/j/o0400030014055127038.jpg?caw=800)
(15年ぶりの勝ち点を伝える東京大学新聞)
東大新聞はさらに、今回の選挙に関するマスメディアの「偏向報道」についても、真剣に言及している。学部生中心の新聞スタッフとしても、やっぱり同じ新聞を名乗るヒトビトの状況について、少なからず気にかけていたようである。
今や東大は、留学にも燃えている。今日の写真5枚目は「GO GLOBAL」というタイトルの留学ガイド。正式には「東大から世界へ」「留学 国際交流ガイドブック 2017」。おお、この地味な感じ、いいじゃないか。
もちろん、冊子表紙のヒコーキのデザインはどうかと思いますよ。ヒコーキの垂直尾翼に、イチョウの葉っぱの東大マーク。海外留学だから ☞ ヒコーキというあまりに素直でストレートな発想が、確かに余りスマートとは言えません。しかしそれでもめげずにバリバリ海外に雄飛する東大生、スバラシーじゃないか。
![GO](https://stat.ameba.jp/user_images/20171024/04/imai-hiroshi/2b/4e/j/o0400030014055127039.jpg?caw=800)
(GO GLOBAL。諸君、どんどん海外へ出ようじゃないか)
もちろん、別に東大である必要はない。早稲田でも慶応でも、京大に阪大、北大に九州大に名古屋大、受験生諸君が第一志望と考える多くの大学で、同じように海外への留学を支援しているに違いない。諸君、バリバリ海外へ飛びたまえ。
われわれの世代は、西日を浴び海岸線を地道にひた走るキハの中で「遠くへ来たな」とうっとり感慨に浸るのが好きだった。今井君はその種の感慨を少しだけ海外に延長して、ノルウェーのベルゲン、ポルトガルのカスカイス、オランダのグロニンゲンまで拡大してみただけだ。
諸君はその行動範囲を、もっともっと広げたまえよ。あくまで「旅」に過ぎないが、こんな中年の今井君だって、ここから先の予定では、チュニス・アレクサンドリア・テヘラン・カイロ・リマ・サンディエゴ、なんぼでも大胆に旅を続ける。
日本国内で縮こまっている必要なんか、これっぽっちもない。アジアからギュッと自分を絞り出して、チューブの先っちょにハミ出ちゃったオロナインみたいに、頼りなく愚かしく、しかし恐れることなく、大胆に行動を積み重ねようじゃないか。
1E(Cd) Eschenbach:MOZART/DIE KLAVIERSONATEN③
2E(Cd) Eschenbach:MOZART/DIE KLAVIERSONATEN⑤
3E(Cd) Akiko Suwanai:SIBERIUS & WALTON/VIOLIN CONCERTOS
6D(DMv) THE BOURNE LEGACY
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