Thu 120510 ダブリンからリバプールへ、お船で旅した顛末(スコットランド周遊記8) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Thu 120510 ダブリンからリバプールへ、お船で旅した顛末(スコットランド周遊記8)

 8月30日、何もかもパッとしなかったダブリンを出て、リバプールに向かう。朝早くウェストベリーホテルをチェックアウトして、ダブリン港に向かい、アイリッシュ海を東向きに横断してリバプールに上陸するという旅程である。
 この旅がまた、いかにもパッとしない。「朝早く起きて」がどのぐらい早いかと言うと「ほぼ夜明け前」というのだから恐れ入る。12月の夜明け前なら午前8時ぐらいだからまだ話も分かるが、8月の夜明け前は午前4時である。
ダブリン港に到着
(朝早いダブリン港に到着)

 午前4時にチェックアウトにきたゲストを、フロントクラークは胡散臭そうに眺める。個人でアイルランドを訪れる日本人観光客という存在自体が、もともと珍しすぎるのだ。オマケに、ヒトなんだかクマなんだかハッキリしないクマである。そんなヤツが夜明け前にホテル脱出を企てるなんて、それだけで何か悪だくみの匂いがしても仕方がない。
 午前4時にチェックアウトしたお客を、ホテルの外で待ち受けるタクシーもいない。ドアマンにお願いして呼んでもらったタクシーの運転手は、最初から不機嫌である。しかも、乗り込んできた東洋のクマが「港へ行け」などと思いがけないことを言う。
 諸君、この場合タクシードライバーは100%「空港へ」の言葉を予想している。空港なら40ユーロから50ユーロの稼ぎ。乗せたのが日本人なら200%空港であるはずで、「Port」とクマ蔵が言ったのは「Airport」の言い間違いに違いない。まあそう判断するのも妥当と言えば妥当である。だって、港までじゃ10ユーロにしかならない。
ダブリン港を出航
(ダブリン港を出航)

 だから、間違いなく「Port」であり「港」であって、クマの乗るのが船であって飛行機ではないと運転手が理解するまで、こっちは我慢強く待たなければならない。Portに行って、Boatに乗る。船で7時間かけて、行き先はアイリッシュ海の向こうのリバプールである。
 確かに21世紀旅行者の行動としては、この旅程は常識はずれである。ダブリンからリバプールまでの移動なら、飛行機でマンチェスター空港に降り、そこから電車に乗ればカンタンだ。飛行機が1時間弱、電車が1時間強、合計2時間ちょっとで移動できる。
 それを船で7時間だなんて。そりゃあんまり非常識でござんしょう。もちろん、風光明媚な海岸線でも見られるというなら話は分かる。光り輝く熱帯の青い海を、クジラやイルカの群れを眺めながら悠々と旅する。その悠然とした船旅は確かに素晴らしいだろう。
 しかし今井君が横断するアイリッシュ海は、まず空が重い鉛色。海はダブリンの灰色から、イングランドに近づくに従って茶色い泥の色へと変化する。西のダブリンから東のリバプールに向かえば、進路方向左手は放射能汚染で悪名高いセラフィールド。世界大戦の時代、ここはドイツ軍のUボートが盛んに出没したことで有名である。
外海に出る
(アイリッシュ海に出る)

 1980年代初頭の西ドイツ映画「Uボート」を知っているだろうか。戦争末期、絶望的な戦いを続けるドイツ軍のUボート。奇跡的にジブラルタル海峡を突破して作戦に成功するものの、艦に大打撃を受けて300mの深海に沈んでいく。
 生還の望みはほぼ断たれるが、艦長の粘り強い努力によってここもまた奇跡的に脱出。帰り着いた港で大歓迎を受けた直後、連合軍の空襲で乗組員全員が悲劇的最後を遂げる。うにゃ、あのUボートが大量に出没した海を横断するわけだ。
だんだん茶色く濁ってくる
(海がだんだん茶色く濁ってくる)

 ダブリンの港に着くと、赤く錆びた大型貨物船ばかりのゴツい風景に中に、ポツンとフェリーが停泊している。港の係員もわざわざリバプールまで船で行こうとする変わり者の表六玉たちに呆れ顔。表六玉の中に日本人が混じっていることに、もっと呆れて信じがたい様子である。
 フェリーの中は、さほど広くない。レストランもロビーもバーもあるが、約200名の乗船者ですでに満員であって、ソファも椅子もとっくに占領されている。こりゃたいへんだ、7時間も船に揺られてマトモに座る場所もないんじゃ、さすがのクマもへたばってしまう。
ますます茶色く濁る
(ますます茶色く濁ってくる)

 「個室のキャビンは空いてませんか?」と係の中年女性に尋ねると、「空いている。17ユーロだ」と素っ気なく笑う。まあ2000円で7時間も個室を占領できれば、損な勘定ではない。すぐそばの売店に「原宿」と漢字で印刷されたパッケージを発見。おそらく化粧品だろうが、マコトに不思議な気持ちでキャビンに入った。
売店の原宿
(売店に並んでいた「原宿」のパッケージ)

 キャビンは6人用だから、そのうち誰か入ってくるだろう。「3~4人の集団だったらイヤだな」「せっかくゆっくり寝ていこうと思ったのに、イヤだな」と、不安な気持ちでベッドに座っているうちに、30分が過ぎた。どうやら、このまま誰も来ないようだ。
 安心したら、あとは何だか異様に眠くなった。疲労が蓄積していたのである。最初のうちこそ、キルデアのスーパーで買ったジャムパンをかじり、景気づけにアイリッシュ・ウィスキーJAMESONをチビチビ飲んだりしていたが、船の大きな揺れに合わせて身体を揺すっているうちに、妙に粘るような、浅いクセにしつこい眠りに落ち込んだ。
リバプールが見えてくる
(リバプールが見えてくる)

 4時間以上は眠っただろうか。頭を中心にグルグル回転するようなイヤな眠りだったが、とにかくずいぶん時間が経過した。甲板に出てみると、ダブリンでは青い空も覗いていたのに、イングランドの空はどんより重く曇っていた。
 水は茶色く濁っている。Uボートが出没するには、ちょっと水が浅過ぎるようである。進行方向左の陸地に、街と工場の姿が続く。セラフィールド付近である。海上にたくさん風力発電用の風車が回っている。他の乗船客も甲板に出て、陸地を指していろいろ囁いている。
リバプール接近
(リバプールが接近する)

 やがてリバプールが接近する。人口45万。マンチェスターとリバプールは、中1の社会の授業中に地図帳で見て以来、今井君の頭にはふたご座のカストルとポルックスみたいに控えめに並ぶ存在である。
 中2の社会では産業革命の話で再び登場。左翼系の先生が産業革命の歪みを語り、その象徴としてマンチェスターの街の汚染と悲惨と不幸の連鎖を語ったものだから、1968年の名曲「Manchester & Liverpool」(Pinky & the Fellas)も、資本主義の悲惨を訴える体制批判のメッセージソングみたいにされてしまった。邦題「マンチェスターとリバプール」。YouTubeで聞いてみてくんなまし。
ますます接近
(ますます接近する)

 こういうわけでクマ蔵どんは、雨の降り出したリバプールの港に、「マンチェスター アンド リバプール」のメロディを口ずさみながら上陸することになった。
 確かに、港の風景は荒んでいる。ダブリンの港と同じように、赤く錆びた貨物船と、陸揚げされたまま長く放置されているらしい大量のコンテナ。鉄骨の群れと、ゴツいトラックと、ゴツいトレーラー。道路もクルマも、みんな黒ずんでいる。
雨のリバプール
(冷たい雨の降るリバプール)

 ここからホテルまでが、まだまだたいへんである。まず、国境を跨いできたのだから、港で入国審査が必要だ。
 約200名の乗船客はほとんどが地元のヒトで、入国審査を受けたのは6~7人に過ぎない。だから入国審査もぎこちない。妙に緊張した入国審査は返って長引いて、自転車をかついで旅行中らしい欧米人男子とともに港の外に出たら、もう誰も残っていなかった。
 16時半、もう今日は港から出る客船もないらしく、港の従業員も帰り支度を始めている。港から街へ出る公共交通機関はありそうにない。少なくとも、路線バスの姿は見えない。
 チケット売り場に残っていた女性従業員に「地下鉄の駅はないか」と尋ねると、ほとんと自嘲気味に「ありますが、徒歩30分はかかります」とのこと。強い雨の中、初めての街の港湾施設の真ん中を30分歩くのは、ほとんど自殺行為である。
リバプール中央駅前
(雨に濡れたリバプール中央駅前)

 これが空港なら、タクシーという魔法のジュータンが列を作って待っていてくれるのだが、タクシーの「タ」の字も見えない。タクシー乗り場というものが存在しないし、「流しのタクシー」も何も、港のあたりを流して乗客が見つかるはずはないのだ。
 ここは文字通り「必死」である。チケット売り場の女性従業員にお願いして、タクシーを1台電話で呼んでもらった。彼女には、そんな仕事を引き受けるイワレは1つもないのだが、さすがに困り果てている東洋のクマに同情したのか、イヤな顔もせずに電話をかけてくれた。うぉ、助かった。神様、ホトケサマである。
 諸君、どんなにお船が好きで、悠々とお船で旅がしたくても、慣れない街の港に降りたら、そこから先がたいへんだ。船の旅はベテランになってからにして、初心者のうちはひたすら飛行機と鉄道に頼ったほうがいい。

1E(Cd) Sarah Vaughan:SARAH VAUGHAN
2E(Cd) José James:BLACKMAGIC
3E(Cd) Billy Wooten:THE WOODEN GLASS Recorded live
4E(Cd) Kenny Wheeler:GNU HIGH
5E(Cd) Jan Garbarek:IN PRAISE OF DREAMS
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