Sat 090502 旭屋書店銀座店が閉店 日動画廊のドアについて 伊東屋渋谷店で万年筆購入 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sat 090502 旭屋書店銀座店が閉店 日動画廊のドアについて 伊東屋渋谷店で万年筆購入

 「豚インフルエンザ」はいつの間にか「新型インフルエンザ」に昇格したようであるが、これからドイツに出かけようと思っている私としては少なからず困っている。フェーズ4が5にかわり、5が6になったりして「不要不急の外出は控えるように」などとオカミのお触れが出れば、呑気にアジア人がフランクフルトだのケルンだのマインツだのをほっつき回っているだけで捕まってしまいそうである。中国ではメキシコからの飛行機の受け入れを拒むとか、インフルエンザと全く関わりのないメキシコ人を強制的に隔離するとか、まあ、いかにもありがちなその類いのことも発生。ドイツなら大丈夫そうだが、何となく旅行に出にくいムードであることも確かである。要するに、マスコミが騒ぎすぎなのだ。自殺者の増加とか、失業の増加とか、もっと大騒ぎすることはいくらでもあると思うが、おかげで「不況だ」「大恐慌だ」「大失業時代だ」というニュースは急激に減少してくれて、そのぶん世の中が明るくなってきたような気はする。変な心配ばかりしていないで、大いに豚肉でも食べに出かけたいところだである。

 

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(すべて自分のもの)


 久しぶりに銀座を歩いて驚いたのは、「旭屋書店銀座店」の閉店である。東芝ビル1階の旭屋書店が、確かに間違いなく閉店してしまっている。閉店は4月25日だったというから、私が気づいたのはまさに閉店直後である。いつかブログで書いた庄司薫の芥川賞受賞作「赤頭巾ちゃん気をつけて」(Thu 080619参照)の最後の場面が、どう考えても旭屋書店銀座店なのだ。つめを剥がした足の親指の上を、猛然と走ってきた5~6才の女の子に踏まれて、激痛に耐えながら、「赤ずきんちゃん」の本を探しているというその女の子に付き合って、「とにかく一番いい赤ずきんちゃん」を1冊選んであげるのが、この店。昭和の中頃には、東京の人なら誰でも知っている書店の名門だったのだ。それが突然閉店してしまう。感慨が大きくないはずはない。


 このあたりは、むかしは「電通通り」と呼んだ。「赤頭巾ちゃん気をつけて」の最終章にも「電通通り」が登場する。何もかもイヤになってダメになりかけた18歳の主人公が、つめを剥がした足に汚い長靴を履いて、数寄屋橋の交差点を右に曲がり、電通通りに沿って旭屋書店の前を通り過ぎたところで少女に足を「地球の中心まで踏み抜かれたように思って」、その痛みの中で「我にかえる」ことになっている。激痛の中で「女性セブン」の看板が目に入り、それを何度読んでも「女性セブン」だった、などというのもあったはずだ。どんな大昔に読んだものでもみんな記憶に残っているのが記憶魔の恐ろしいところで、実際に読んだのは中3の春休みである。


 しかし、それほど遠くない将来、残るのは記憶だけということになりそうだ。実際の旭屋書店銀座店が、まず消えてしまった。電通だって、銀座が本社だった時代があり、それが築地に移り、さらに汐留に移転してしまったからには、「電通通り」という呼び名だってきっと消えてしまうだろう。そういう感傷に浸りつつ電通通りを横切って「日動画廊」と「くまもと館」を覗いてから帰る。「日動画廊」は銀座の画廊の名門中の名門の1つだが、別に絵を買うような贅沢をしなくても、入り口のドアの取っ手を見に行くだけでも価値は十分にある。芸術には違いないのだろうが、「おっぱいバレー」の制作者だって笑い出すに違いない類いの芸術である。写真は掲載しないから、興味があれば是非実際に見に出かけて、そのなかなかの芸術ぶりを鑑賞すべきだ。


 地下鉄銀座線に乗って、渋谷まで戻る。予備校講師がタクシーに乗れば、もちろんタクシー代は自腹である。電通社員みたいに何でもかんでもタクシーに乗ってタクシー券をまき散らすわけにもいかない。しかも日本一古いこの地下鉄は意外に便利で、銀座から渋谷まで20分しかかからない。20年前の銀座線は、駅に近づくたびに車内の照明が一瞬消えるという超時代物だった。映画「つぐない(原題ATONEMENT)」では戦争中のロンドンの地下鉄でそういうシーンが見られるし、田中美佐子のデビュー作「ダイヤモンドは傷つかない」では銀座線の中で実際に照明が点滅するシーンが見られるが、まあそういうのも記憶にだけ留まって、実際には消えていくシーンのうちの1つだろう。

 

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(調理すれば安心。池尻と三宿の中間で)


 銀座線の渋谷駅に到着して、バスで帰ろうと思って階段を下りてみると、目の前に「伊東屋渋谷店」がある。「ある」というより、地下鉄を降りて改札を出ると、気づかないうちに伊東屋渋谷店の中にいるという仕掛けなのである。目の前には、銀座店とは全く違う万年筆売り場があって、思わず引き込まれるようにショーケースを覗いた。


 同じ伊東屋でも、銀座店とは全く違うのである。話しやすい若い店員が1本ずつしっかり説明し、しっかり試し書きをさせてくれる。いかにも「万年筆が好きです」というか、「オタク」なのかもしれない彼に、今ほしいと思っている3種類を告げると、ホントにとろけそうな顔をして「その3本は、どれも素晴らしいペンです」と低く叫んで、こちらの顔をまじまじと見た。「あなたも、ですね?」と目で尋ねてくるような感じである。


 ドイツのものを1本、スイスのものを1本、日本のものを1本、彼といろいろ話しながらじっくり選んで、最後に一番値段の低い国産のペンを購入することに決めた。価格は一番下でも、おそらく品質は最高なのである。求めていた微妙な摩擦感がしっかりと手に伝わってきて、「これしかない」の直観があったし、それを買おうという決断を彼に伝えた瞬間の彼の表情が、またこの上なく嬉しそうに見えた。


 おそらくこれ1本をこれから30年ほど、死ぬまで大事につかうことになるだろうと考えると、何だか際限なく楽しくなった。ただし、試し書きは全部「原壮介」(Fri 090501参照)。連休に入って直後の伊東屋渋谷店に行けば、私が残した「原壮介」が、3種類の万年筆でたくさん書き散らされているのを目撃したかもしれないが、もちろん銀座店と同じように「原壮介」はとっくに捨てられているはずである。
 

 いいものを買ったお祝いに、安いイタリア料理屋に入った。お腹の中にはまだ「ムルギランチ」が残っていたから、注文したのは「ズッパ・ディ・ペッシェ」のみ。それをスプーンですくいながら、ビール1本と1番安い白ワイン1本を30分ほどで飲み干し、降り出した雨の中を意気揚々と引き上げた。

1E(Cd) Holly Cole Trio:BLAME IT ON MY YOUTH
2E(Cd) Earl Klugh:FINGER PAINTINGS
3E(Cd) Brian Bromberg:PORTRAIT OF JAKO
4E(Cd) John Coltrane:IMPRESSION
5E(Cd) John Coltrane:SUN SHIP
6E(Cd) John Coltrane:JUPITER VARIATION
7E(Cd) John Coltrane:AFRICA/BRASS
10D(DvMv) THE FALL OF THE ROMAN EMPIRE
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