Thu 081127 通塾に時間をかけるな 中途半端な通塾で時間をムダにするな | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Thu 081127 通塾に時間をかけるな 中途半端な通塾で時間をムダにするな

 超人気実力派大物講師などと呼ばれる何だか激しく物凄い先生方は、大きな予備校でもだいたい本校に集中していて、都心を離れた校舎でお目にかかれることは滅多にない。「いや、そんなことはない、どこの支店(サテライト校舎とか地方校舎とかいろいろな呼び方があるが、要するに支店である)でも同じレベルの講師が教えている」、そういうふうにムキになって主張するのは、返って怪しいのである。夏期講習や冬期講習のパンフレットを取り寄せて、どの大物講師がどの校舎で教えているか、丹念に分析してみれば明白になることだ。超人気大物講師かどうかは、パンフレット内の写真の枚数でだいたい判断できる。あまり人気のない普通の講師は、「講師一覧」のようなページに辛うじて1枚。新人講師になるとここにさえ掲載されていない。看板講師なら、写真は確実に複数枚載っていて、授業のスナップ写真とか、学習アドバイスのページとか、4枚も5枚も出てくるから、誰にでもわかる。こういうことをしておいて、「どの講師も同じ実力です」などとヌケヌケという方がおかしいので、マトモな塾なら「看板講師はこの先生とこの先生です」とウソをつかずにハッキリ示すものである。そういうところ、つまり「正直かどうか」も塾選択の基準にしていい。どこか一カ所でウソをつく塾は、他の場面でも平気でウソをつくからである。塾との付き合いは、長く、また人生に大きな影響を与える。ことあるごとに見え透いたウソが顔を出すようでは、子供の心を捩じ曲げてしまう。

 

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(あくまで、ネコらしく1)


 野球でいえば長島や王や江夏クラスの人気大物講師の授業を受けるには、長い時間をかけて予備校本校に通わなくてはならない。本校は、東京なら山手線の内側に集中しているし、関西なら梅田・難波・京都駅周辺ということになるから、そこへ通学するとなると交通費も時間的負担もバカにならない。しかしそれでも、例えば千葉市やさいたま市から都心の本校に無理を承知で通学する高校生は少なくないし、西宮や高槻から梅田や京都駅前まで通っている子供ならいくらでもいる。そうまでして習いにいかなければならない名物先生がたくさんいるとは思えないが、昔なら中学受験でさえ「どうしても入江塾へ」などというのがあったし、高校受験でも、まだTAPが絶好調だった頃には、片道1時間半かけて埼玉や神奈川から八丁堀本校に通う中学生は珍しくなかった。まして大学受験生が「どうしても伊藤和夫の授業を」「どうしても表三郎の英語を」「片道2時間かけてでも山本義隆の物理を」というぐらいの根性をもって通塾するのは、むしろ楽しいことだったに違いないし、そこまでして受ける授業なら1分1秒がすべて一生ものの血と肉になっていっただろうと思う。
 

 今の受験世代は、そこのところが中途半端になっている。「意地でもあの先生の授業を受けたい」という強い希望があるわけではないのに、中途半端に時間をかけて、中途半端な授業を受けに、中途半端な地方校舎に通学するのである。首都圏なら立川・津田沼・大宮・柏あたりが大予備校のサテライト校舎の乱立地帯。まだ真新しい独立校舎は、看板さえつけかえれば総合病院にでもシティホテルにでも転用できそうな立派なビルである。どうしてもハード面というかハコモノにひかれてしまう高校生が、そういう地方校舎に時間をかけてでも通学したくなる気持ちはわからないでもない。しかし、いったい誰の授業を受けに時間と通学費をかけているのかとなると、実にいい加減なのである。心から尊敬できるどんな講師のどんな授業を受けるために貴重な時間を使ってその塾に通っているのか。それを問われて明確に答えられる高校生はまずいない。要するに建物が立派で、何となく友達も行くから自分も行く、それだけのことである。

 

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(あくまで、ネコらしく2)


 残念ながら、そういう校舎に大物看板講師はなかなか来てくれない。来たとしても週1回、それも実は教務課の職員に説得されてイヤイヤながら応じたという程度に過ぎない。多くの予備校で、看板講師が「明日は … 校だ。あーあ」と溜め息をついていたのを目撃した。講師仲間で「ええーっ、 … 校に行かされるんですか。断ればいいのに」とか「 … 校に週2回も行かされるんだ。オレも、もうクビかなあ」とか「何であなたがそんな校舎に行かされるの?」とか、その校舎の生徒諸君や職員に対して、いや、その地域の住民全体に対しても、失礼きわまりない雑談に興じているのも見てきた。いくら看板講師が出講しても、こういう姿勢と態度で出講されたのではたまらない。授業にもそういう気分は反映されるだろうし、本校での授業と比較して何割か割り引いて考えなければならないはずだ。
 

 だから、著書や参考書を読んで感動し、「どうしても」「何が何でも」「2時間かけてでも」という強固な意志がない限り、中途半端な気持ちで中途半端な校舎に通学するのは、ほぼ完全な時間のムダ、下手をすればカネをとられるだけのミジメな存在になりかねない。シティホテル並みの立派な校舎と設備は、通学している者の授業料からまかなわれている。それなのに授業料に見合う立派な授業が行われているかといえば、甚だ疑問だと言わざるをえない。中途半端な通塾なら、その通塾時間はムダになっているのである。

 

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(あくまで、ネコらしく3)


 「通塾に時間をかけるな」とは、そういうことである。幸いなことに、この10年で塾・予備校の世界には大きな変化があった。私鉄の準急が停車するぐらいの駅前なら、衛星中継やVOD配信の形で本校の看板講師の授業が受けられるようになりつつあるのだ。中途半端にターミナル駅まで出かけて、そこで2流3流の授業を不満タラタラ(実は講師も不満タラタラ)で受けるより、自転車で通える準急停車駅の駅前で看板講師の1流の授業を受け、時間のムダを省いてどんどん成績を伸ばす方がどれほどいいかわからない。「生授業でないと」「一方通行ではダメ」など、いまだに古くさいことを言っているヒトも多いが、そうした前世紀の遺物のような話については、すでにこのブログで書いた(081015081016参照)。


 こういう形式の塾は、準急停車駅から各駅停車駅にまで急速に広がりつつある。自転車で5分、徒歩で15分、浮いた時間で徹底的に復習、単語集も世界史もどんどん、ぐんぐん伸ばせばいいのだ。確かに校舎は駅前の雑居ビルの一室であることがほとんどだが、今ははハードよりソフトで選択するのが常識の時代。有名看板講師の授業を本部校舎で受講しても、どうせ500名も入る教室で黒板も見えず、黒板を見るのにオペラグラスを使い、憧れの先生と直接言葉を交わす機会さえない。VODの画面でさっさと勉強して、さっさと合格して、憧れの先生には合格通知なり学生証なりを持参して、来年の春に挨拶に出かければいいのである。


 なお、このタイプの予備校は、マスコミの皆さんのお気には召さないようで、よく悪口を言われる。特に ... 新聞(仮名)の方々は、もともと「塾のすべてが悪い」という姿勢で凝り固まっているから、「生の授業ではなく、収録した授業を映像で配信する」などというのは許しがたい暴挙に見えるらしい。法科大学院で「LEC大学」というのがあって、映像配信型の授業の割合が多すぎて問題視されていたが、この新聞での扱いは正直「オニの首を取った」という感じだった。


 しかし、モトを正せば映像配信型の授業というのは今から30年以上前、司法試験受験の世界から始まったものである。司法試験までレベルが高くなると、講師の質は合格不合格に決定的な影響を及ぼすから、受講生はほぼ例外なく最高の講師を求めて、いろいろな司法試験予備校を右往左往した。違法なのかもしれないが、授業をカセットテープに録音して、ちょうど売り出されたウォークマンで聞きまくり、カセットテープは友人から友人の手に渡り、そういう勉強の仕方から伊藤真先生のような司法試験のカリスマが生まれたのである。ならば、受講できる時間に制限の出てしまう生授業より、自分の都合のいい時間に、何度でも利用できる収録形式の授業の方が優れているのではないか。そこから発展し、テープに映像がついていた方が便利だろうと考え、ついでにCGつきならもっといいかもしれないとか、いろいろ工夫の限りをつくしたのがビデオやDVDやVODの授業。一番夢中で努力し、一番必死で勉強を重ねた人たちの願いから発展してきたものなのだ。軽率に批判するより、発展の歴史をしっかり見て、ならば授業効果も当然高いはずだと考えるのが正当なのである。

1E(Cd) Dieter Reich:MANIC-“ORGANIC”
2E(Cd) Candy Dulfer:LIVE IN AMSTERDAM
3E(Cd) Patti Austin:JUKEBOX DREAMS
4E(Cd) Richard Tee:THE BOTTOM LINE
5E(Cd) 富田勲の音楽:新日本紀行
6E(Cd) Anastasia:SOUVENIR DE MOSCOW
7E(Cd) Nanae Mimura:UNIVERSE
10D(DvMv) COYOTE UGLY
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