Wed 081015 一方通行をいやがるな キャッチボールの本質を語る
どこかで誰かが「一方通行はいけない」「一方通行ではダメなんだ」と決めてしまったらしくて、どこの塾の先生に聞いても「一方通行ではダメなんだ」「講師と生徒のキャッチボールが大切だ」ということになっている。そういう話をしながら「一方通行」と「キャッチボール」というところを強調するために、その声が裏返ることになっている。塾の先生や経営者が口を揃えておっしゃった結果、大手予備校で300人を1教室に集めてマイクを使った一方通行の授業をすると一斉に非難の声が上がり、ましてDVDとかVODの映像授業などしようものなら「人はテレビの前に座ると眠るものだ」とパンフレットで断言し、蛇蝎のように扱う中小予備校もあるぐらいだ。
しかし、もともと一方通行というのは、複雑な交通事情を緩和し渋滞を避けるために生み出された、きわめて理性的なシステムである。のんきな田園地帯なら別だが、大量のクルマが集中し、放置すれば渋滞で身動きがとれなくなるような地域から渋滞を解消するには、一方通行というのはどうしても欠かせない現代的なシステムなのである。もし今都会の真ん中に立って「一歩通行反対」「はんたあい」とシュプレヒコールをあげれば、それは完全なアナクロニズムであって、万が一「一方通行禁止法案」など可決されようものなら、明日から都会でクルマを走らせることは不可能になる。
話を教育に戻せば、のんきな田園地帯とは小中学校の教育であり、混雑した都会とは大学受験の世界である。小学校や中学校の教育に一方通行を持ち込むのには全く合理性がないが、話が大学受験になれば、むしろ一方通行こそ遥かに効率が高いという場面が多くなってくる。ごく単純に言っても、これほど範囲が広く、これほど科目が多く、これほど多彩な出題形式の存在する場面に「キャッチボール」など持ち込んだら、時間がかかりすぎる、時間が足りない、範囲を終えられない、出題形式に対応できない、つまり「合格できない」という結果になるのは目に見えている。
4~5日前にラジオ講座について書いたが、つい20年ぐらい前までは受験勉強の主役にラジオ講座というものがあったのだ。まだ予備校が都会にしかなかった頃、田舎の高校生の受験勉強は夜11時半から文化放送で始まるたった1時間の「大学受験ラジオ講座」が主役。数学は寺田文行・辻良平・佐藤恒夫、古典は森野宗明、現代文(昔は現代国語と呼んだが)は日沼晃治、英語は西尾孝にJ.B.ハリス、そういう超のつく名物講師がいて、彼らのラジオの声で受験勉強をしたのだ。数学には渡辺次男、通称「なべつぐ」ニックネーム「あすなろ先生」などという先生もいらっしゃった。
ラジオ、というのは圧倒的な一方通行である。テレビ画面すらない音声だけの状況、数学も物理も完全一方通行の世界、それでも大いに楽しく夢中で勉強して、田舎の高校生でもちゃんと旧帝国大学や早稲田慶応に合格していたのである。誰も「一方通行ではダメだ」「キャッチボールがないと成績は上がらない」などとは言わなかった。むしろ、当てたり当てられたりの面倒なキャッチボール授業よりずっと楽しかったし、ずっと効率的に学力がついたものである。
時間が限られていて、短期間のうちに基礎知識を習得しなければならないとき、一方通行は対面通行より遥かに効率的なのである。大学に進んでも、より専門的なゼミや大学院での授業を除けば、概論的な授業はみな大教室での一方通行である。憲法概論や経済学のイロハを1年20回の授業で教えなければならないとき、余計なキャッチボールは教授にとっても無駄な負担になるのだ。もちろん、それでもキャッチボール授業にならざるを得ない教授はいるが、それは受講生が多く集まらない不人気のせいでそうなるので、人気のある教授の概論講義なら、500人入る大教室からも学生が溢れるほどの状況で超一方通行になる。それでも、たった20回の講義で、学生はキチンと概論をマスターするのである。
大学に入学する前段での受験勉強でも、ほぼ同じことが言える。キャッチボールは不人気のせいで余儀なくされることはあっても、どうしても必要なことではない。相手は「もうすぐ大人」の高校生である。いちいちキャッチボールなんかしてあげなくても、授業の中で自分に必要なことは自分でキチンと身につけられる。むしろ、余計なキャッチボールで時間が無駄になることを嫌がる者のほうが多いのである。
話が中学受験や高校受験ならそうはいかないかもしれない。なにせ相手は子供である。1分に一度誰かに指名して対話形式を維持しないと集中力が続かないだろうし、宿題を検査してあげないとやってこないだろうし、ノート検査をしないとノートさえとらないだろう。ノート自体持参していないことがあるから、叱ってあげることも必要だ。
「はーい、この問題、できた人お?」
「あれえ、本田サン。よそ見してちゃ、ダメだぞお」
「宿題、忘れてきた人、いますかあ?」
「はーい、鈴木クン、答えは、何番ですかア?」
「それで合ってると思う人お?」
この類いの会話とキャッチボールで50分経過してしまっても、年齢的に仕方ないと思われる部分もなくはない。
しかし、17歳18歳の青年たちを何十人も集めておいて、これと同じ対話をし始めたら、とても見ていられないバカバカしい光景になるのは誰でもわかることだ。
「はーい、携帯つかっちゃダメですよお」
「ほら、キミ、授業中に枝毛切ってちゃ、ダメでしょ」
「ポッキー食べてないで、授業に集中してねえ」
「ほら、口を閉じろ。中村、前向いてなきゃって、言っただろ」
「佐藤クン。なぜ宿題やってこなかったんだ」
「部活が忙しくて、体育祭の棒倒しもあるし」
「それでもやってこなくちゃダメだろ」
「ええっ? チョー、ムカつかない?」
これでは、受験どころか学級崩壊である。こういう予備校で力がつくとは思えない。
まあ、そこまでひどくはないとしても、大学受験のレベルでのキャッチボールは、正直なところ「キャッチボール」の名に値しないものであることが多い。
「伊藤、この問題の答えは、何番だ?」
「②です」
「ちがうな、正解は③だ、うん。」
「どうして②じゃないんですか?」
「うん、②は、うん。ちょっとおかしいだろ、うん。
②、うん、これはおかしいよな、うん。」
これは、キャッチボールではなくて、「答え合わせ」に過ぎない。どれほど多くの教師が、キャッチボールの名を騙り、単なる答え合わせで時間を無駄にしていることであろう。
最後に、当然キャッチボールをする指導者の資質の問題になる。野球では、素晴らしい指導者とキャッチボールをすればすぐにうまくなるが、ダメな指導者とキャッチボールをしても、うまくならないどころか返ってマトモなボールを投げられなくなってしまう。
話が勉強になっても、キャッチボールで相手を高めるには、教師の側の高い資質が必要なのだ。適切なタイミングで、適切な質問を投げかけない限り、どれほどたくさんの質問をしても生徒は成長しないのだ。しかし「適切なタイミングで適切な質問を」というのは、教師として最高難易度の技術である。それをできるのは、ソクラテス並みの才能の持ち主で、しかも不断の自己鍛錬を怠らない教師に限定される。「宿題」「レポート」だって、適切なタイミングで適切な分量・難易度のものを生徒に課すのは非常に難しいのだ。
今日の日本の大学教授に、それほどの技術の持ち主がどれほど存在するだろうか。大学院の授業でさえ、単なる学生イジメのひねくれた質問と、それにムカついた学生の沈黙で構成される授業の割合が驚くほど高いのだ。まして、場所は予備校である。指導暦の短い、まだ若さやルックスだけで生徒を引きつけている講師、大学院生のアルバイト、生徒がどこがわからないかさえ把握できていない講師、そういう先生方が、生徒を向上させるような見事な質問を次々に生徒に投げかけることができるとはとても思えない。宿題を出すにも、プリントを渡すにも、叱るにも、ほめるにも、豊かな経験と才能が必要。「キャッチボールが必要だ」と連呼する人たちが、どこまでそういうことを考えて発言しているかは、甚だ心もとない。
そこまで高い資質を伴った講師をズラリとそろえ、しかも講師たちが決して怠けることなく準備と訓練を繰り返し、常に全ての生徒が向上するキャッチボールを実践できる態勢を整えているなら、「一方通行はダメなんだ、キャッチボールが必要だ」という発言も意味をなす。しかし、経験も技術も熱意もないアルバイト気分の講師を「熱血講師陣」と称し、年に1度か2度の講師研修(という名の飲み会だったりするのだが)でお茶を濁し、「集中力を途切れさせないよう、1時間に1回は全ての生徒に当てるようにしましょう」とか言っているだけならば、その発言は意味をなさないのである。
人気講師と言われる人の授業では、いちいち「居眠りしちゃダメだぞ」と言わなくても、誰も居眠りなんかしないし、「ノートとれ」と言わなくても生徒は自分で工夫して素晴らしいノートを取り始めるものである。彼ら彼女らの今の目標は、あくまで効率よく第1志望に合格することであって、大学の概論講義と同じように、大教室や映像授業が一番効率的なのである。一刻も早くゼミや大学院に進んで、素晴らしいホンモノの学者を相手にホンモノのキャッチボールができるように、今は効率の高い一方通行の授業をお腹いっぱいエンジョイしてほしい。
1E(Cd) Tuck & Patti:AS TIME GOES BY
2E(Cd) Myrra:MYRRA
3E(Cd) Hayley Westenra:PURE
4E(Cd) Ornette Coleman:NEW YORK IS NOW!
5E(Cd) Miles Davis:THE COMPLETE BIRTH OF THE COOL
6E(Cd) Art Blakey:MOANIN’
7E(Cd) Human Soul:LOVE BELLS
10D(DvMv) VANILLA SKY
total m163 y1552 d1552



