Tue 080701 08年版B組について トリノ・アントネッリアーナの塔 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Tue 080701 08年版B組について トリノ・アントネッリアーナの塔

 よく晴れて気温もまあ初夏らしくなった。とはいうもののまだ30℃までは程遠い。私のようなホッキョクグマにとってはこういう傾向はたいへんありがたいので、出来ればこのままの気温で7月8月とひと夏通して「どおっか、よろしく」という思いである。ネコたちもほぼ同様の思いだろう。シマシマナデシコの方はテレビの通販で夏のジャケットを選びながら、お腹のポヨポヨした毛を整えているし、ニャゴロワどんは大好きな戸棚の中に入って涼しい顔をしている。

 

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 午後から東進・吉祥寺1号館で授業収録、90分×2本。「B組2008年版」2学期の3講&4講である。第4講の読解問題が、構文がちょっとだけ複雑すぎて、受講者の中には苛立って我慢できなくなってしまう者も出るかもしれないが、ここはじっくり我慢させることも必要。いたずらに甘やかしてばかりはいられない。5講以降は本格的な長文読解問題が最後まで連続するから、生徒にはこの辺りから忍耐力をつけてもらわなければならないのだ。というか、私自身にも、忍耐力が必要。私の忍耐力はせいぜい20分ぐらいしか続かないから、それ以上雑談なしで授業を続けていると、頭はクラクラするし背中もむずむずする。今はむしろ自分の忍耐力を鍛える場面なのである。

 

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 5月14日のトリノに戻ろう。「もう大丈夫だろう」とタカをくくって「アントネッリアーナの塔」入り口に戻ったのが16時ちょっと過ぎ。確かに、もう誰も列を作ってはいないし、チケット売り場も閑散としており、閑散とすれば、従業員ももう何となくソワソワして「いつ帰り支度を始めるか」しか頭になくなる。今や完全にその状況にまで事態は進行していて、トリノの大隈講堂・トリノの三四郎池であるこの塔に登るのには、「now or never」「まさに今をおいてなし」と断言すべき、すっかりすさんだというか、とても懐かしいというか、つまり夕食の食卓が恋しい夕暮れの雰囲気になっていたのである。


 それでも、危険な気配は残っていた。たとえば暴動が収まった直後、まだ火種が街のあちこちに残っていて、油断ならない鋭い視線が街角を満たしているような、張りつめた空気。「スキあらば、塔に殺到するぞ」と固く心に決めているような怪しい集団。窓口でチケットを買い求めながらも、私の背後にそうした危険分子が、あちらに20人こちらに30人と固まって、じっと私に視線を投げているのが感じられたのである。
 そのイヤな気配はすぐに現実のものとなった。私がエレベーター前の列に並んだ時には、私の目の前には中学生集団25~30人と、イタリア人のオジサマズ&オバサマズが30人ぐらい。日本の感覚では、この程度の列なら10分もかからずに解消するだろう。このあたりにも油断があった。ところが、エレベーターは、定員何とわずか8名。だから、列になった人の数がわずか60人ぐらいだとしても、期待の1/10程度も列は進んでくれない。


 まずドアが開いて、塔から降りてきた客がたっぷり時間をかけてエレべーターから出る。単にエレベーターから外に出るのに、何をそんなに話し合ったり、問題がもち上がったり、そのことでひともめもめたりするのか見当もつかないが、とにかく降りてくる客がエレベーターからすっかり出てしまうまでに、いくらでも好きなだけ時間がかかる。


 それでもやっとのことでマヨネーズをチューブから搾りつくすように客を搾り出すと、次に客を8人選択してエレベーターに乗せる手続きに入る。この作業の困難さは、想像を絶している。日本の中学生の5倍ぐらい手に負えないイタリアの中学生を、何とかきれいに8人ずつ選択してグループをつくり、ドアを閉めて塔の上に送り出すわけだが、これがなかなか8人にならない。笑い、絶叫し、つつき合い、引っぱり合い、ののしり合い、一人が選ばれれば2人が拒絶され、2人が外に出れば別の3人がなだれ込む。出たり、入ったり、やっとうまく8人そろうまでに2分でも3分でも平気で浪費する。


 それでも、大人たちは全く何も反応しない。みんなニコニコして嬉しそうである。子供は、とにかく何でもワガママし放題で、注意したり叱ったりするのは、大人げないか「自分自身が子供の頃にどれほどいけない子供だったかを忘れてしまったせい」なのである。だから、おそらく塔の上の方でも全く同様のすったもんだがあるのだ。1回上がっていったエレベーターは、滅多なことでは降りてこない。これではほとんどスペースシャトルに乗ろうとして列を作っているようなものである。こうして、約10分で8人ずつ消化して、60人の列の先頭に出るのに、冗談でもなんでもなく、まるまる1時間かかるのだった。


 しかも、列の後ろがそのまま平静のままだったかと言えば、もちろんそんなことはない。教師3名に率いられて、小学生集団約50名が私の直後になだれこみ、そこに並んだのである。うわっ、という間も、おえっ、と叫ぶ暇もない、最悪の状況。昨日書いておいた通り、イタリアの子供は「おだんご」「おまんじゅう」が好き。長い列なんかに従順に並んだことはない。親にも、先生にも、そんなしつけを受けてはいない。どんどん前に進むのが常識であり、前に出た方が勝ちと信じているから、おなじみの方法で盛んに前進をはかる。つまりまず片手を前に突き出し、腕をのばし、首を突っ込み、体重を預け、いわば平泳ぎの変形のような形で、水の代わりに人間の海をかいて進もうと試みる。


 ヨーロッパに慣れていない日本人なら、ここで「意地を張るのは大人げない」と感じ、「子供を1人か2人先に行かせてあげる」という致命的な行動をとってしまう。それは、ハッキリ致命的な譲歩である。子供1人を譲歩すれば、その集団全体を譲歩したことになる。日本人にとってはまさに驚異的な厚かましさであるが、なんと教師が先頭に立ってそれを誘導するのだ。「1人譲ってくれたんだから、全員に譲らなければ不公平」ということである。こういう教育を受けているから、ヨーロッパ諸国の外交はおそるべきである。1つ通せば、全部通そうとする。いや、むしろこの外交姿勢こそが「世界標準」なのかもしれない。


 だから、私は譲らない。腰をうまく湾曲させて1人の侵入を阻止し、腕を広げ足を踏ん張って2人の前進を拒む。右に男子の腕が伸びてくれば右に身体を寄せ、左に女子3~4の塊が殺到すれば左に身を挺してこれを撃退する。そういう無言の戦い、静かなつば迫り合いが10分ほど水面下で激しく展開された。


 やがて、小学生集団から「チーノ」「チーノ」の大合唱が始まった(「チーノ」についてはTue 080624参照)。小学生はほぼ例外なく、アジア人は全部中国の人だと確信しているから、私は中国の人に見えている。「チーノがジャマをする」「チーノがジャマで前に進めない」。こっちがイタリア語がわからないと判断しての悪口雑言だが、残念ながら私はイタリア語の例文200をほぼ丸暗記し、その例文集の付属CDも50回繰り返して聞いた傑物であり、申し訳ないが聞き取れる。


 まあ、この程度ならまだ許容範囲。渋谷や原宿の女子高生だって、この程度のことは平気で口にする。しかし「このままだとチーノといっしょのエレベーターになる」「チーノといっしょはイヤだよな」などというハッキリ差別意識を示した発言を聞き取ると、さすがに許しがたいと思う。


 ただし、ここで腹を立てても何にもならない。たとえば「私は、日本人であって中国の人ではない。中国と日本の区別もつかないのか?」と言いながら小学生軍団をニラみつけたとしよう。彼ら・彼女らは、ただ驚いて目を丸くするだけである。彼らの受けている教育は「ゆとり教育」の典型。叱られず、しつけられず、「丸暗記はダメ」「学びを楽しまないとダメ」と教えられ、「ゆとり」の方が「台形の面積」や「3.14」より何十倍も大切と教え込まれている。いや、それどころか彼らの親も、彼らの教師も、そう教えられ、そう信じ、だから子供たちにもそう教え込んである。だから、日本と中国の区別はつかない。「3」にされてしまった円周率のうち、中国は「3」日本は切り捨てられた「.14」なのである。「.14」のクセに、アジアのスミっこからやってきて子供の前進のジャマをしている。恥ずべきは「むしろオマエの方だ」ということである。

 

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 写真は、これだけの努力と忍耐の末についに到達したアントネッリアーナの塔の頂上からの眺め。旅行2日目・クレモナの塔からの眺め(Thu 080612参照)に比較すれば、きわめて平凡である。果たして、古びた接着剤のチューブから最後の最後まで搾り出して耐えた限界的忍耐のかいがあったかどうかは、自分でも分からない。しかし、塔の上を吹き渡る初夏の風に吹かれて感じた爽快感は、今回の旅行の前半を締めくくるのにふさわしいものだった。

1E(Cd) Barenboim, Zukerman & Du Pré

:BEETHOVEN/PIANO TRIOS, VIOLIN AND CELLO SONATAS 3/9
2E(Cd) Barenboim, Zukerman & Du Pré

:BEETHOVEN/PIANO TRIOS, VIOLIN AND CELLO SONATAS 4/9
3E(Cd) Barenboim, Zukerman & Du Pré

:BEETHOVEN/PIANO TRIOS, VIOLIN AND CELLO SONATAS 5/9
4E(Cd) Barenboim, Zukerman & Du Pré

:BEETHOVEN/PIANO TRIOS, VIOLIN AND CELLO SONATAS 6/9
5E(Cd) Barenboim, Zukerman & Du Pré

:BEETHOVEN/PIANO TRIOS, VIOLIN AND CELLO SONATAS 7/9
6E(Cd) Barenboim, Zukerman & Du Pré

:BEETHOVEN/PIANO TRIOS, VIOLIN AND CELLO SONATAS 8/9
7E(Cd) Barenboim, Zukerman & Du Pré

:BEETHOVEN/PIANO TRIOS, VIOLIN AND CELLO SONATAS 9/9
8E(Cd) Marc Antoine:MADRID
9E(Cd) Norah Jones:COME AWAY WITH ME
12D(DvMv) THE MUMMY RETURNS
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