人生の後半戦
こんにちは 自信を育てるセラピストけいたんです。
先日来年用の手帳を購入しました。
私はこの時が大好きです。
「今年は・・・だったけど来年は・・・になるといいな」なんて思いながら・・。
実はこの3年間、私は天○殺による所の大殺界という運勢の悪い期間だとされていました。来年はそこからようやく解放され、物事を新しく始めるのによい年になるらしいので、そろそろ何か新しい事でも始めみようと思っています。
私は30歳を過ぎた頃から、現実を見たくなかったのか(笑)自分の年齢には無頓着でした。ですが体のあちらこちらにガタが来はじめ、あと数年で50歳になることを再認識すると、いよいよ私も人生の後半戦にさしかかっていることを痛感します。
そんな中でこれからの人生をどんな風に生きていけばよいのでしょうか?
いつ起きてもおかしくないと言われている巨大地震、山々の噴火や記録的な自然現象、人口のバランスが崩れていく中での年金や医療費の問題、近隣諸国との関係も緊張が高まっていますし、何か怖い菌が流行るかもしれません。
預金は可能な限り貯めたいとは思ってはいるけど、ドケチな人生は楽しくないし、
過去にはインフレが起こると紙切れ同然になった事もあると聞くし・・。
この先日本はどうなっていくのだろう?娘達の進路はどうすればいいの?等々
ここ数ヶ月はそんな事をあれこれと考えてしまいました。
そんな中『菜根譚』(さいこんたん)という本を手にしました。著者は中国の洪応明
(こう おうめい)という方で日本語の翻訳本が何冊か出ています。
今から400年位前に儒教・道教・仏教を融合させたような教えを説いたものです。
こういう教えがあるのはなんとなく知っていましたがしっかりと解説がついた本を読んだのはこれが初めてでした。
その中で大切とされているのは「中庸」という言葉です。
私はこれまでにこの言葉を聞くと右か左か両極端をさけて真ん中、ほどほどがよいというイメージでした。
ほどほどというのは外れていないのですが、今回感じたのは真ん中というより、右と左両方を同時に持っているイメージです。
例えば、冷静さを保ちつつ情熱を持つ。寛容と厳しさの使い分け。大胆かつ繊細等。
対極にあるものを必要に応じて使い分けができるバランス感覚が大切ですよと言われている気がします。
その他にも繰り返し出てくるのは、無理に功名を求める必要はない事、才能をひけらかさない事、人の過ちには寛容であること、三分(ぶ)は人に譲ること等々・・。
これらは人徳を積む為のイメージでちょっと堅苦しい印象でしたが、社会の中で、人の妬みを買わないで生き延びていく為の処世術ですよと言われると今はなるほどと思えます。
美味しいものは腸を痛め骨を腐らせる、快適な楽しみは身を滅ぼし徳を失う、だから五分(半分)にとどめておくとよいというのも何となく納得します。
こうしてみると、何か特別目新しい教えは何もないのですが、じんわりとしみてくるよさがあります。おそらく人生の後半期にさしかかり、様々な不安が頭をもたげていたこの時期だったからこそでしょう。
また、平穏無事な時には万一の場合に備えることを忘れず、いったん有事の際には悠々たる態度で対処するように心がけるように。というものもあります。
そう捉え直すと、私の心配事は建設的になります。
もし一瞬にして住んでいた家が壊れたとしても絶望せず、年金の手取り額は確実に減るものと想定しておき、社会が平和な時にこそ有事に備えて準備をしておく。
不安要素を(私の年齢のように)見ないふりをしたり考えないのではなく、心積りだけはしてやることはやっておき後は天にまかせる。
悲惨な出来事が起こってしまった時、悲しみは尽きないとしても、それに自分の全てを支配される事なく、淡々と受け入れてしたたかに生き抜いていく。
そんな生き方を後半戦ではしていきたいなと思います。
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■発行者 中澤敬子
■カウンセリングルーム イマージュ
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先日来年用の手帳を購入しました。
私はこの時が大好きです。
「今年は・・・だったけど来年は・・・になるといいな」なんて思いながら・・。
実はこの3年間、私は天○殺による所の大殺界という運勢の悪い期間だとされていました。来年はそこからようやく解放され、物事を新しく始めるのによい年になるらしいので、そろそろ何か新しい事でも始めみようと思っています。
私は30歳を過ぎた頃から、現実を見たくなかったのか(笑)自分の年齢には無頓着でした。ですが体のあちらこちらにガタが来はじめ、あと数年で50歳になることを再認識すると、いよいよ私も人生の後半戦にさしかかっていることを痛感します。
そんな中でこれからの人生をどんな風に生きていけばよいのでしょうか?
いつ起きてもおかしくないと言われている巨大地震、山々の噴火や記録的な自然現象、人口のバランスが崩れていく中での年金や医療費の問題、近隣諸国との関係も緊張が高まっていますし、何か怖い菌が流行るかもしれません。
預金は可能な限り貯めたいとは思ってはいるけど、ドケチな人生は楽しくないし、
過去にはインフレが起こると紙切れ同然になった事もあると聞くし・・。
この先日本はどうなっていくのだろう?娘達の進路はどうすればいいの?等々
ここ数ヶ月はそんな事をあれこれと考えてしまいました。
そんな中『菜根譚』(さいこんたん)という本を手にしました。著者は中国の洪応明
(こう おうめい)という方で日本語の翻訳本が何冊か出ています。
今から400年位前に儒教・道教・仏教を融合させたような教えを説いたものです。
こういう教えがあるのはなんとなく知っていましたがしっかりと解説がついた本を読んだのはこれが初めてでした。
その中で大切とされているのは「中庸」という言葉です。
私はこれまでにこの言葉を聞くと右か左か両極端をさけて真ん中、ほどほどがよいというイメージでした。
ほどほどというのは外れていないのですが、今回感じたのは真ん中というより、右と左両方を同時に持っているイメージです。
例えば、冷静さを保ちつつ情熱を持つ。寛容と厳しさの使い分け。大胆かつ繊細等。
対極にあるものを必要に応じて使い分けができるバランス感覚が大切ですよと言われている気がします。
その他にも繰り返し出てくるのは、無理に功名を求める必要はない事、才能をひけらかさない事、人の過ちには寛容であること、三分(ぶ)は人に譲ること等々・・。
これらは人徳を積む為のイメージでちょっと堅苦しい印象でしたが、社会の中で、人の妬みを買わないで生き延びていく為の処世術ですよと言われると今はなるほどと思えます。
美味しいものは腸を痛め骨を腐らせる、快適な楽しみは身を滅ぼし徳を失う、だから五分(半分)にとどめておくとよいというのも何となく納得します。
こうしてみると、何か特別目新しい教えは何もないのですが、じんわりとしみてくるよさがあります。おそらく人生の後半期にさしかかり、様々な不安が頭をもたげていたこの時期だったからこそでしょう。
また、平穏無事な時には万一の場合に備えることを忘れず、いったん有事の際には悠々たる態度で対処するように心がけるように。というものもあります。
そう捉え直すと、私の心配事は建設的になります。
もし一瞬にして住んでいた家が壊れたとしても絶望せず、年金の手取り額は確実に減るものと想定しておき、社会が平和な時にこそ有事に備えて準備をしておく。
不安要素を(私の年齢のように)見ないふりをしたり考えないのではなく、心積りだけはしてやることはやっておき後は天にまかせる。
悲惨な出来事が起こってしまった時、悲しみは尽きないとしても、それに自分の全てを支配される事なく、淡々と受け入れてしたたかに生き抜いていく。
そんな生き方を後半戦ではしていきたいなと思います。
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