復讐するは我にあり
1979年 日本映画
監督 今村昌平
脚本 馬場当(ばばまさる)
原作 佐木隆三
出演 緒形拳
三國蓮太郎
倍賞美津子
小川真由美
⚫︎あらすじ
昭和39年、5人殺害と詐欺の容疑で逮捕された榎津巌(えのきずいわお:緒形拳)が護送され、取り調べの中で過去が回想されていく
榎津は前年、福岡で顔なじみの専売公社職員2人を金目当てで殺害し、以後、正体を偽りながら全国を転々とし詐欺と殺人を重ねていった
故郷には敬虔なクリスチャンの父・鎮雄、病身の母、そして父に心酔する巌の妻・加津子と子どもが暮らしており、榎津は父の偽善と、妻と父の関係への疑念から家族を忌避する
逃亡中の榎津は、弁護士や大学教授を装って金をだまし取り、老弁護士までも殺害してその家に居座る
やがて浜松の旅館兼売春宿「あさの」に身を寄せ、女将ハルと関係を持ち、互いに依存するようになっていくが、指名手配犯だと知ったハルはそれでも榎津をかくまおうとする
ハルの母は元殺人犯で、榎津の危険さを察して姿を消すよう迫り、対立はエスカレートしていく
追い詰められた榎津は、ついにハルと母を絞殺し、所持品を質に入れようとしたところを、顔見知りの売春婦に目撃されて逮捕へと至る
死刑が確定した後、面会に来た父に対し、榎津は「本当に殺したかったのはあんただ」と憎悪をぶつける
処刑後、父・鎮雄と妻・加津子は骨壺を山中で投げ捨て、「復讐するは我にあり」という聖書の一節を裏切るような、人間のどうしようもない業と断絶だけが残される
⚫︎感想
大好きな役者・緒形拳の浜松を舞台にした映画です。昔の浜松駅前の映像が見れたと思ってましたが、実は土浦駅で撮影したそうです。
実際に5人を殺害した西口彰事件をもとに書かれた小説の映画化です。
印象的なのは倍賞美津子と三國蓮太郎の入浴シーン。2人の仲を怪しんで三國蓮太郎の妻・ミヤコ蝶々が窓から見ているシーン、浜松の売春宿で客の行為を覗き見している小川真由美の母・清川虹子のシーンなど、緒形拳出演作品にはお色気シーンも多数あります。でも一番気になったのは、タンスの中で殺された弁護士の死体が瞬きしたシーンです。こういうところも昔の映画の楽しみ方かもしれません。
「復讐するは我にあり」って、神が言っている言葉なんですね。この言葉は、新約聖書の「復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する」という神の言葉を、日本語で言い換えた表現なんだそうです。
要するに「復讐(報復)は人間ではなく神の役割だ」という意味の言葉です。人間が自分で仕返しをすることを戒める言葉なんですね。
本来は「悪に悪で報いてはならない。復讐は神に任せ、人は愛と忍耐、平和を選びなさい」という教えで、個人的な報復を抑えるための言葉なんです。日常会話では「自分が復讐してやる」という宣言のように誤解されがちですが、むしろ逆で「自分では復讐するな」というメッセージなんですね。その割には宗教戦争が多い気がしますが。
榎田巌は幼い頃、長崎県・五島の敬虔なクリスチャンの家庭に育ちます。
江戸時代、禁教令下で迫害された「潜伏キリシタン」が、監視の緩い辺境として五島に多く移住し、密かに信仰を守り続けた歴史があるそうです。日本全体と比べると、五島にはクリスチャン(主にカトリック)が多い地域で、全国平均の何十倍もの比率になっているそうです。
その五島に明治政府の役人がやって来て、幼い榎田巌の目の前で、漁師を営む父の財産の全てでもある船を没収されてしまいます。
父は「わしらクリスチャンだけ船を没収するのは不公平だ」と役人に食い下がりますが、役人に殴られてしまいます。その光景を見た息子・巌は役人を棒で叩きます。その巌をかばった父は「喜んで陛下のために船を捧げます」と言わされます。この理不尽な経験が巌の心に変化をもたらします。
巌はこの時「神は復讐なんてしてくれない」と考えたんじゃないでしょうか。その後は荒れて悪の行為を続けていきます。
人を欺き、殺害し、次々と女を抱きます。ですが胸にはクロスの首飾りを付けているんです。心のどこかで神を裏切れないのでしょうか。
映画では、処刑後に父が遺骨を捨てるラストを通じて、神の救済からこぼれ落ちる人間の業や断絶を視覚化し、タイトルの宗教的含意をより皮肉で虚無的な方向にしています。
息子を救えなかった父の絶望と怒り、加害者である息子を「家族」としても「信徒」としても抱えきれない社会・共同体の限界 などを表しているんですねぇ。
あらためて宗教的背景のある安倍晋三暗殺事件を考えさせられる映画でした。
⚫︎今村昌平監督
1926年9月15日〜2006年5月30日
映画監督、脚本家、日本映画大学創設者です。「楢山節考」「うなぎ」でカンヌでパルムドール(最高賞)を2度受賞しています。2度の受賞はコッポラなど8名しかいない快挙です。
小津安二郎の助監督を務め、吉永小百合主演「キューポラのある街」の脚本を書きました。のちに「にっぽん昆虫記」がベルリン映画祭に出品され、主演の左幸子が銀熊賞を受賞しました。
緒形拳主演の「復讐するは我にあり」、田中好子主演の「黒い雨」など、徹底した取材をした細かい描写を描くのが上手い監督です。
「復讐するは我にあり」でもそれぞれの人間の細かい描写がありました。
巌の父親役の三國蓮太郎は神を信じながらも、息子の嫁との微妙な関係に悩み続けます。
巌の嫁の倍賞美津子は亭主の父を愛して、肉体関係を求め続けます。
浜松の売春宿の女将・小川真由美は殺人を犯した母の娘として、世間に蔑まれながら生きています。
その殺人を犯した母・清川虹子は、自分と同じ殺人者の目をした巌をすぐに殺人犯だと見抜きます。
皆、それぞれ色々な人生を背負って生きていました。昭和39年はまだまだそんな雰囲気の日本だったのかもしれません。
緒形拳さん、加藤嘉(弁護士)さんは「砂の器」でも共演されていました。
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