直美は明くる日、ルームメイトと一緒にいたくなくて、バイト探しにファーストフード店にいて、求人サイトをみていた。
(昨日のファンクラブの委託の仕事どうなったんだろう?なんかみたからにいろいろありそうだから、他のものを見つけようと求人サイトを眺めても、何もよいものやピンとくるものがなかった!なんかいいのないかなぁー)
直美が求人サイトを興ざめた目でみていると、スマホが鳴った。昨日のファンクラブの委託会社である予感がして、ゆっくりと電話をとった。
「もしもし」
「あっ、私、スィートヴィンテージの美月と申します。昨日は弊社の面接を受けていただきありがとうございます。早速なんですが、昨日の面談の結果をお伝えしたいと思いまして、ご連絡いたしました」美月は淡々とした口調で話していたが、それとは対照的に直美は不覚にも固唾を飲んでいた。
「は、はい・・・」
「・・・ぜひ、うちで働いていただけないかしら?」美月の言葉に直美は嬉しさがこみ上げてきた。
「ほ、ホントですか?」さっきまでそこで働くことは微妙だと思っていたのに、美月の言葉にそんなさっきまでの閉塞的な気持ちはどこへやら、とにかく決まってくれた事が嬉しくてたまらなかった。
「ええっ。お願いできるかしら?」
「は、はい、ぜひお願いします」直美はもうバイト探しをしなくてもいい嬉しさも手伝ってうなづいた。
「お願いしますね!」
「は、はい」
「早速、明日、研修をするから来てくださるかしら?」
「ええっ、お願いします!」
「じゃあ、明日、10:00に来て貰ってもいいかしら?もう1人の人と一緒に受けて貰いたいから。だから10分前にきて9:50ぐらいにでも!」
「あっ、はい!」直美は襟元を正すようにうなづいた。
「では、お願いね!」
「は、はい!」直美がそういうと電話は切れていた。直美はさっきまでの暗澹たる気持ちはどこへやら、とりあえず仕事が決まった事へ、強い安堵を覚えた。
(・・・よかった!!)
直美はホッとしたように胸を撫で下ろした。
(あの、シェアハウスを一刻も早くでる為に働くよ!!)直美には強いエネルギーが充満してくるように感じた。
直美は次の日やる気に満ち溢れながら、スウィート・ヴィンテージに向かった。出迎えたのは久子ではなく、馬場忍だった。
直美がスィングドアを開けると忍も出ていこうと出会い頭にぶつかりそうになった。
「あっ、ごめんなさい!」直美が慌てて謝ると忍はニッコリと笑った。
「ううん、あっ、今日から?」
「はい、三上直美と申します!」
「そう、可愛い子ね。よろしくね!」忍も微笑みを浮かべた。
直美が中に入ると、中に30歳くらいの背の高い男がもくもくとパソコンを打っていた。
「あっ、今日からの人?」
「はい!」
「隣の研修室にいって!!10時からもう1人の人と研修だから」
「はい!!」直美は若い男に指を指された隣の部屋にいくと直美を後ろ姿を馬場忍はさりげなくみていた。
あの人さ、うちの社長、なんかまるで取り憑かれたように宗教にハマっていったのよ。慈愛とか慈悲とかさ、すごい可哀想な人を深く同情してしまうのよ。ダメな人ほど、優しく接するとか、すっごい性格が悪い人だって可哀想な人なんだから、もっと愛情を注ぐべきだとかさ、もう、宗教に洗脳されているのよ。クリスチャンとかならまだしも、なんか聞いたこともないような胡散臭い宗教に傾倒していった。だからか、あのどうしようもない女を切ることができないのよ。
ー嘘、そんなに宗教にハマっているの?ー
ーだいぶね、前に旦那と離婚したり、離婚した旦那がギャンブル好きだったりして、それを肩代わりしたり、苦労したのよ。でもそれさえも、自分が悪かったとか、どこまでも自分を責めるの。結局は利用されて、他の女に乗り換えられたの。そこからおかしくなっていってさ、宗教に染まっていったのよ。そんな時にあの女が行くところがなくて乗りこんできたのよ。
ーあの女って?
ー馬場忍よ。
ーあぁ、あの異次元的に変な女よね。
ーあんな人初めてみたわ。
ーうん、だいぶ特殊だよね。でも自分ではセレブだっていってるわ。
ー普通、自分でいうかなぁ?そんなこと。でもホントでもウソでも普通はそんなこと言わないわよね?
ーきっといじめられたのよ。奥様方に!こっちをみているとき、まばたきしないで、キッとこっちをみているのよ。まばたきもしないでだよ。こっちが怖くてたまらないよ。まるで金縛りにあったかのようにー
ーわかる、すごい魔力があるわよね。とにかくビクッとするのよ。あの魔力はどこからやってくるのだろう?ホントにただ者ではないわ。そこらによくいるあの人は性格が悪いとかそんなレベルじゃないよね。異次元という言葉がぴったりだわ。ハイレベルの悪だよね。社長は女の友情からあの人を切れないという訳?そんなに仲がいいの?ー
ー仲がいいわけじゃないのよ。社長の宗教の教えの慈愛と慈悲というヤツなのよ。慈愛と慈悲の意味を間違えているのよ。それが優しさだって思っているのよー
ーそれは違うと思うよ!それは優しさじゃない?ー
ーまぁ、社長もホントのあの人を知らないから、自分に害がなければいいのよね。私たちの苦しみもわからない訳よ。慈愛と慈悲ねぇ、厄介な教えを信じているのよ。そういう人ほど手を差し伸べるべきだと。他の会社ならあの女は速攻でお祓い箱だっていうのに。
じゃあ、私たちはどーでもよくて犠牲になってもいいとでもいいたいのかしら?ー
ー忍の息子みたいなあの男がいるじゃない。なんやかんや庇うのよ。可哀想だからって!ー
ーその同情こそがあいつをのさばらせて、沢山の犠牲者を出しているっていうのに!!何にもわかっていないわよね?ー
岡林貴美子と原田郁子は雑用をしながらお茶を出している忍をみていたら、忍がこちらをみたから、慌てて、目を逸らして、下を向きながら糊付けを始めた。
ー今日も、1日・・地獄・・・だね。はぁ・・ー