「きっかけは何?」
「少しだけ優しくしてあげただけだった。接客の仕事をしていた時、お客としてきたのよ。いつも親切に勧めるものを買ってくれていた。とにかく親切でお茶だけでも言われて、ついていった事が始まりだった」
「文香ちゃん、とっても綺麗よ。ほんとに綺麗よ」良子は心底嬉しそうな表情(かお)をしながらいった。
「・・・」
「あと3日後にはバージンロードを歩むのね。何の心配もいらないの。これからのあなたの人生は安心にあふれた人生が待っているの。今まではいろいろ心配ごとばかりだったけれど、漸く私のあなたへの心配もなくなりそうだわ」良子は満面の笑みを浮かべながらニッコリと文香の肩を抱きながらいった。文香の顔は笑っていなかったけれど、良子があまりに嬉しそうに微笑みかけるからつられて愛想笑いを浮かべた。
「文香ちゃん!」そういうと良子は文香の肩を両手で自分の方にくるりと振り向かせて対峙した。
文香と良子は対峙すると、良子は感極まったような表情(かお)で、感慨深そうな表情を文香にむけた。
「お母さんと約束してちょうだい!これからは幸せになると約束して頂戴!!」良子は真摯な瞳(め)を文香に向けると、文香は何も言い返せなくなってしまった。
「・・・うん」文香はあきらめたような目をしてうなづいた。
「約束よ。あなたの幸せを願っているのはこのママなんだからね」良子は感極まって目頭が熱くなり、ポケットの中からハンカチを取り出して、下をむいて涙を拭った。
「あなたの幸せを誰より・・・」
文香は泣いている良子をみて、それはそれで受け入れるしかないのだとつくづく思った。この先にどんなことが待っていたとしても受け入れるしかないのだと妙に納得してしまっている自分がいた。
(・・・あと、3日後・・)
文香にはまるで刑をまつ囚人のような気持ちになっていた。それと同時にあの人に見捨てられたような気持ちになっていた。別れてたった2年で他の女性と結婚した元彼の存在が文香の心をしめつけていた。
私の心の中には、ガッツポーズを決めていた一久のワンシーンが消えぬフィルムのようによみがえっていた。こうして他の人と迎えられて、幸せになれるというのなら、やっと心から嬉しいと思えるのに、もっと心が惨めになるなんて文香はやりきれない想いでいっぱいになっていた。
(・・・もっと幸せになれるのならよかったのに・・)
悪魔のようなあの人の家に嫁ぐのかと思うとこれはこれで自分の運命だったと思うしかないのかもしれない。
(・・・運命には抗えないの。運命には実際は逆らえないものだわ。世間では運命なんて愛するものに使うけれど、悲しいこと、つらいことだって、運命だというなら決していいものではないわ・・)
「ほら、うちの娘がこんなに美しいものだなんて今まで気がつかなったわ」良子はウエディングコーディネーターに嬉々としながらいった。
「ええっ、ホントにお美しい方ですね」ウエディングコーディネーターも社交辞令とはいえ、笑顔で良子に同調した。
文香は鏡越しの心の中は悲しみでいっぱいだった。
(・・・運命って残酷・・)