第9部 幻(フレア) 第20章 幻 | ブログ小説 第10部 ブルー・スウェアー
添田満成と添田壮一は何十年ぶりに親子としてむきあった。壮一は留置所の鏡越しの息子をみて、不甲斐ない気持ちでみていた。頭は真っ白くなった壮一はやせ細っていて、老けたとつくづく添田は感慨深く思ってみていた。

「こうやってまたおまえと留置所であうとはな」壮一は肩を落としたようにいった。

「そうだな。こんな風にしか会えないなんて、皮肉だよな」

「・・・今日はおまえから来て欲しいなんて柄にもない手紙を寄越してくれたが、話ってなんだ」壮一は吹っ切るようにいった。

「会社の経営は順調か?」

「ふふっ、急にどうしたんだ?」壮一は添田の思いがけない言葉に思わず笑った。

「お袋を犠牲にしてまで傾きかけた経営を立て直したのか?いくらの保険金をかけていたの?」添田の問いかけに壮一は顔が強張った。

「・・・おまえ」

「傾きかけた経営のためにお袋を犠牲にしたのか?おまえが母さんを・・」添田の目は赤くなっていた。

「・・いや・・それは・・知らない」

「嘘いえ!!」添田は大声で叫ぶと、中から看守が出てきた。

「どうした?」

添田は急に大人しくなり、黙りこんだ。

「何でもないです。お騒がせしてすみません。おまえも静かにしなさい。大丈夫です。ホントに大丈夫です」壮一が何度も確かめるようにいうと、看守は面会室を出ていった。

再び、添田と壮一の父子は向かい合うと、添田は座り込んだ。

「・・・母さんのことを忘れたことはなかった」

「嘘いえ、他の女とすぐに再婚したのにな」添田は皮肉たっぷりにいった。

「俺はあの頃、子供のような感覚でいたからな。あいつは天真爛漫な女性だった。再婚してからもわしでもよくわからないほどあいつのことを思い出したものだ」

「だった、な。オヤジは似合わないけれど、ブランド志向だったんだろうな。お袋と真逆の女と再婚してさ。俺はあんな綺麗めの女より、化粧なんてしていない、なんのお洒落にも興味もない、毎日、働けど働けど決して豊かではなかったけれど、お袋と一緒にいる方が断然よかった。ずっとお袋といたかった」添田の目からすうっーと一筋の涙が溢れ落ちた。

「そうだな。おまえの血をわけたかぁちゃんだからな」

「お袋はどうして死んでしまったの?ホントはオヤジが糸を引いていたんじゃないのか?」

「・・・・」壮一はただ、黙っていた。それが本当の答えのように添田には映っていた。

「・・・でなければ、俺たちが首をつらなきゃいけなかったんだ。それだけ会社の負債が大きかったのも事実だった」壮一は俯きながら告白をすると、添田の心の中に信じがたい、まるで瓦解のように何かが崩れ落ちていくものを感じた。ずっと信じてうたがわなかったもの・・・鉄壁のように、家の壁のように組み立てられていたものが音を立てて崩れていくかのようだった。

「嘘だろ・・・」添田は言葉を失って壮一をみつめた。

「・・・すまない。すまない」

「・・・どうして、そんな残酷なことが出来るというのか?」

「あの時、経営が思うようにいかなくて、追い詰められていたんだ。毎日、銀行から催促がきて、どうしていいのか正直わからなかった。ただ、追い詰められていた。何度も一家心中を図ろうかと思ったりもした・・・結局・・」壮一は途中から目から涙が溢れ落ちた。

「ふざけんなっ!!」添田は、握り拳を机の上に叩きつけた。

「・・・墓場までもってくはずの秘密だった・・・」

「じゃあ、自分が心中するなりなんなりして死ねばよかったじゃないか?お袋の命まで奪う必要なんてなかったじゃないか?そんな残酷なことが出来るというのか?お袋が中卒だったから?何の取り柄もないってバカにしていたんだろう、内心。じゃなきゃ、そんなことができるわけないよな。可愛そうすぎるだろう」添田の言葉に壮一は何も言い返せず、黙っていた。

「お袋は自分を捨てた貴様のことを何も悪くはいってなかった。何が社長だよ。お前のようなズルイ人間とは大違いだ。お袋はいつも陽気で元気で、不平不満など口にしない。俺を立派に育ててみせるといった。ズルさのかけらもない。お袋は・・・俺にとって太陽のように、偉大な人でした。お前のようなズルくて、陰気臭くて、汚くて、自分の利益のことしか考えてなくて、あの女と再婚したのも貴様なりのブランドだったんだろう?貴様にとっては何でもない人間だったかもしれないけれど、俺にとっては偉大な太陽のような人でした。お袋を返してくれよ!今すぐ返してくれよ!」

添田は泣き叫ぶとその場にひれ伏して大泣きをした。壮一は唇を噛み締めて何もいえず、横を向いたまま、肩を震わせながら黙って横を向いていた。

「どうした?」さきほどの看守が再び怒気を強めてやってくると、退室を添田に命じた。

「嘘だっていってくれよ。そんなことは嘘だって言ってくれよ。一応、親子だろ!」泣き止まない添田の両肩を看守が取り押さえると力づくで面会室をおしだそうとした。壮一は俯いたまま立ち上がり出ていこうとした。

「・・親父!!」添田は金ぎり声で残された気力を振り絞って腹の底から大声で叫んだ。看守は面会室から力づくで締め出そうとした。壮一は、添田の目をみることもなく、下をむいたままボソッと小声でいった。

「・・・すまない・・」壮一は微かにうなずいた。

「嘘だろ!!親父」添田は泣き叫びながらこれがきっと父親をみる最後の姿なのだろうという思いも同時に押し寄せてきた。面会室から締め出される最後の最後まで添田は何十年ぶりにみる、もう最初で最後の父親の後ろ姿を目に焼き付けていた。

「オヤジー!!」添田の叫び声は留置所中に響き渡った。