「あとは?」真波は憮然とした表情(かお)で聞き返した。
「・・・・・」悠人は黙り込んだ。
「・・誘拐事件のこと?」真波はズバリを見透かしたようにいった。
「どうして?おまえが!?」悠人は真波に心の中を見透かされたように動揺を隠せずにいた。
「たまたまあなたのお友達が亡くなったとき来たのよ。でももう終わったことじゃない?もういいじゃない?過去に囚われていたって何もいいことなんかないわ!意味ないわ!何があなたを堰き止めているの?何に対して罪悪感を持っているの?あなたは何も悪くないじゃない?」真波は悠人を説得するようにいいながらも半泣きになっていた。改めて真波から聞かれたことに答えようと思っても悠人は言葉に詰まってしまい、何も答えられずにいた。何に対して、罪悪感をもっているのかと問われたら、何も答えられないで俯いていると孝介はじっと悠人の顔を見据えながらさりげなくいった。
「さっきの人、みずほという子ではなかったの?安永みずほさん、昔、君の命を助けてくれた子だったというじゃないか?旧姓が碧名みずほさんというそうじゃないか?」孝介は悠人の心のうちを探るようにさりげなくいった。悠人はさらに衝撃を受けたように目を大きく見開いた。
「ど、どうして、そのことを知っているのですか?」悠人を愕然としながら聞いた。
「君のお友達が君を誘拐した犯人から刺されて亡くなった時、刑事が動機を探りにきたんだよ。随分と昔の事件と因果関係があったものだな。単刀直入にきくが、あの子、碧名みずほさんじゃないのか?」孝介は悠人の心のうちを見透かすようにいった。悠人は孝介の更なる言葉に胸が詰まるような想いだった。
「君があの子の治療費を肩代わりしたんだろう?あの子といつからそんな関係になっていたんだ?」孝介は淡々とした表情(かお)で両手を前に組み、顔をしながら神妙な面持ちで聞いた。
「治療費を肩代わりをしたとき、あの子があまりに可愛そうだったからしたまでの話で、その時、あの子が助けてくれた子だとは知りませんでした」悠人は無表情でいった。
「可愛そうになって、見ず知らずの人間を助けたというのか?その結果、まさかその子が遥か遠い昔、警察に通報してくれた隣人だったという訳か?たいそうな運命だな?そんな作り話を誰が信じるというんだっ!!ホントのことを言えっ!」孝介は激昂して、大声でまくしたてた。
「それがホントのことだからそれ以上のことは何を言われてもどうすることもできませんね!」
「貴様、開き直ってんのか?人をナメんのもいい加減にしろっ!」孝介はテーブルをバンッと叩いた。
「じゃあ、それが100歩譲って事実だとしたら、娘のことはどうするんだ?そんな作り話のようなことを平然と話している君を見損なったよ。治療費さえまともに払えず、君に肩代わりしなくてはいけないから、この子を守らなくては・・って思ったのか?」
「・・・」悠人は黙っている。
「ドラマの見過ぎだ。誘拐事件はあったものの、それ以外のことは何も君も困らずに生きてきたから、何も困らない人生が当たり前だと思っているだろうっ?だから非日常的なことに憧れてしまうんだ。君のような人間はナルシストと呼ぶんだよ」孝介は悠人を最大限に侮辱したいがようにいった。
「・・・ぼくも正直、どうしていいものかわからないです。ただ、あの子に何の恩返しができなかった」
「恩返しのつもりで抱き合っていたのか?きみがそんなにバカだとは思わなかったよ」
「・・・」悠人は黙っていた。
「娘とはどうするつもりなんだ?」
「あの子のことをどうこうという訳ではなくて、このまま自分が幸せになることは許されることではない気がするんです。まだ友達の死に関してもどう償っていくべきか整理ができていないですし・・・」
「婚約の延期?それとも婚約破棄の事を言っているのかね?」孝介の言葉に真波は固唾を呑んで悠人の言葉を待っていた。