ピンポーン。久間は高層マンションのチャイムを鳴らした。表札には「井上」と明朝体で記されている。
「はーい!」中から中年女性の声がして、ドアが開いた。
ドアはダブルチェーンはつけたままドアが開いた。
「はい、どちら様ですか?」
久間はポケットから警察手帳をかざしてみせた。
「ちょっとお待ちください」そういうと井上という人間はチェーンを開けてドアをきちんと開けた。
「あの・・今、皆さんに聞き込みを行っているのですが、この間こちらで女性の変死体が見つかった事件があったんですよ」
「ええっ、テレビでみて存じておりますよ」井上は少しかしこまったように頷いた。
「今、マンションの方、皆さんにお尋ねしているんですが、ここで火遊びをしていた少年たちというかそういう人を少しでもみたことがありませんか?」久間は手帳とボールペンをもちいつでもメモできる状態になっている。
「いやー、特にみていないけれど、うん」井上は当たり障りがないようにいった。
「本当にみていないんですか?」久間は念を押すように聞いてみた。
「・・んー、本当かどうかわからないけれど、ここのフロアーに住む17.18くらいの子がたまーに、仲間たちをつれてきてたむろしている時があったのよ。感じが悪い子ではないんだけれど、何だろう?その子たちといると、パシリというか、服従させられているような感じだった」
「それは、いつぐらいの頃ですか?」
「いつって?たまーに見かけたわよ」
「名前とか顔とかってわかりますか?」久間は集中するように耳を近くに寄せた。
「うん。長年ここに住んでいるから知っているわ。でも私が言ったことになるんでしょう?」井上は思案するようにいった。
「あくまでご参考程度までなので教えて下さい。別にあなたが言ったとか公表されることはございませんので」久間はやんわりといった。井上はいっとき沈黙を貫き黙っていた。久間もせっつくことなく、黙って見守っていた。
「同じ6階の反対側のフロアーにいる601号室に松永さんという一家が3人家族でいます。そこの坊やですよ」井上はしぶしぶ答えた。
「何歳くらいですか?」
「えっ?何歳って知らないけれど、全然若いわよ。学生よ。高校生くらいじゃないかしら?」
「602号室のマツナガさんねっ」久間は急に優しい笑顔を浮かべた。
ピンポーン、ピンポーン、601号室のチャイムを久間は鳴らした。誰も音沙汰はなかった。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。久間は立て続けにチャイムを鳴らした。音がなかった部屋からノソノソと歩いてくる音がした。
ゆっくりとドアが開いた。具合が悪そうな中年女性が、半分目が閉じたような顔で現れた。
「はい、どちら様でしょうか?」
「わたくし文京西警察署の者ですが・・」
「あっ、はぁ。なんでしょうか?ちょっと具合が悪いもので・・・」
「もう訳ございません。今、皆様にお聞きしているところなんですが・・」久間が松永という少年の母親らしきものに質問をしようとした時だった。
「あっ、お帰り!」だるそうだった母親の顔が急に明るい笑顔を浮かべた。久間は後ろを振り返ると暗い感じの少年が立っていた。
「ただいま!」
「今日はいつもより早いね」
「うん、体調が悪くて、早退してきた」
「大丈夫?熱でもあるんじゃないの?
私の風邪でもうつったのかしら?」涼太の母親の舞子は慌てて玄関から出てきて久間を押しのけて涼太の額に手を当てた。
「あっ、あのぉ・・・」久間はないがしろにされ、思わず声をかけた。その言葉に涼太はゆっくり顔をあげた。涼太の顔は久間の顔をみた瞬間、一瞬で強張ったのを久田は見逃さなかった。