久々に好きな人できたとおもった。

人の傷に共感できる感性や、彼の言葉が好きだったけど。

いつかは終わる関係だったはずだった。

それが今日なのか、数ヶ月後なのか、数年後なのかのはなしで。

短ければ短いほど、傷も浅くて、お互いに人生の大切な時間や人や機会を無駄にせずに済む。

不幸中の幸い。

もし私が仕事をしていたら、こんな休みの過ごし方は怒り心頭だったとおもう。

休んでたから良かった。

不幸中の幸い。


私だってたくさん傷ついて本当は誰かに守られたくて、本当はダメな自分も受け入れて欲しくて、だけど強く生きてきただけなのに。

私はなぜ大丈夫だと思うの?なぜ大丈夫だと言ってしまうの?


なんで私が怒ったらだめなの?

そんな怖い?

なんで許してくれないの?

不完全でも愛してほしいよ。

罪と罰が合ってないって、そんなに簡単に言わないでほしい。

私が今まで何で傷ついてきたか話して共感して泣いてくれたんだと思ってた。

そんなこと二度とないようにと思うのが愛かと思ってた。


彼は彼の世界で私を愛してくれたし、私も私の世界で彼を愛した。

重なりが小さすぎて、わかりあえなかった。

それだけ。

あるある。

また誰かを好きになるだけ。

本当にタイミングというものがある。

人や言葉や知識との出会い。

別のタイミングで見たら、きっとすぐに忘れてしまうんだろう。


金曜の六時に君と会うために始まっている月曜の朝


今の私だから素敵だと思えたし、今の私だからこの短歌で自分が回復していることに気が付けた。

今までだったら、ネガティブな出来事や感情をどう考えれば前に進めるか、納得できるか、そんな言葉を探していた。

もちろんそんな言葉ともたくさん出会えたし、私を救ってくれた。

でも、この短歌は幸せが詰まっていて、今の毎日にある幸せな気持ちに寄り添ってくれる。


努力も人も裏切るなら、もう二度と頑張りたくない、信じたくない。人生諦めて生きていきたい。何もしたくない、誰とも喋りたくない。

そんな底からこんな世界が繋がっているなんて。


人との出会いもまたタイミングが大きい。

元夫と出会った時の私は、元夫のような人を求めていたんだろう。

頑張りたい、けど、1人で頑張り続けるのはしんどい。誰かが一緒に頑張ってくれたら、その人が好きな人であればいいなと思っていた。

数ヶ月前であれば、人を信頼したりできる心情ではなかったが、人の会話で心が動くことが増えてきた。あの時は、あんな関係性がちょうどよかったんだろう。

今は素敵だなと思える人と一緒にいられる。今の私だから相手にも誠実を求めるし、自分も誠実でありたいと悩む。


人生を諦めて生きていきたいとあれほど思ったのに、やっぱり私は諦めが悪くて、幸せになろうとしている。

地獄はいつか終わるんだ。

あともう少し、この先に違う自分と出会いたい。

新しい自分をまた好きになりたい。

彼の好きなところのひとつが、彼が発する言葉やそこから伝わる感性や知性。


言語化することが良しとされてる世の中だけど、

言葉にできる世界は限られていて、言葉が届かない、足りない世界がある。全てを言葉にしなくても、もっと自由でいい。


たくさん言葉を知っている彼がいうからまた素敵だなと思えた。

わたしは納得感や一貫性にこだわってしまうから、言葉にして納得したい、矛盾がないか確かめたいみたいな気持ちが強い。

だから、納得できないことをずーっと考えて、矛盾がない理由を探している。

でも嬉しい時や幸せな時、それを表す語彙は本当に少なくて表現できない。

きっと嬉しいことも悲しいことも全てを言葉で表現できないから絵や音楽や他の芸術があるのかなと思うと、また私の世界が豊かになった気がした。


努力や成長を繰り返すことでしか、世界は広がらないと思っていた。

成長することでしか自分は変われない、充実させられない、自分のことを好きになれないと思っていた。

でも、もっと穏やかな日々にも世界は広げられるかもしれない。

こうやって新しい世界を知って豊かな気持ちになれている自分が今は好き。



なんでなんだろう。

意味のわからないシーン

なぜ言ったかわからないセリフ

どこへ向かうのかわからないストーリー

直接的な表現

共感できない心情


昔の私だったら途中で見るのをやめていた気がする。

先の展開が気になるわけでもなかった。

原作との違いや一緒のところを見つけた。

意味がわからないところもたくさんあった。

でも最後まで見た。

なぜ最後まで見れたのか。

とても面白かった。

なぜ面白かったのか。


まだ言語化できないけど、自分が変わったということだけはわかった。


私は傷ついた。

相手の心を知りたければ自分の心を向き合わなければいけない。

私はこんなに辛かったって言って休もう。

ドライブマイカー

彼といる時の自分が発する言葉や考えや感情が好きかもしれない。

彼といると知らないことがたくさん知れて、話しているうちに自分の考えも綺麗に整理できたりする。


ずっと優しい。

一緒に近所の神社に行って、説明を真剣に読んでは要約して教えてくれる。

1人で行けばきっと知らなかったであろうことを知れる。

茅の輪を2人順番にくぐった。

私の心にある汚れ、もう頑張らないって拗ねていた心の汚れが落ちるかな?なんて考えながらくぐった。

2人が潜り終わった瞬間、雨が強くなった。

彼と目があって、雨が汚れを落としてくれたみたいだなと言った。

なんて素敵なんだろう。


その神社は馬が関連する神社だった。

今年は午年で、彼は馬のアイコンを作っている。

何かの縁なのかな?って思っていうか迷ったけど、照れ臭すぎて言わなかった。


彼にとって私は、私が味方でいてくれるからいいやって思えるとか、私と関係ないところでもうまく考えられるようになったとか、私といることで人生がいい方に進みそうとか、

そんな言葉を伝えたくなるような存在でいれることが嬉しい。


私にとって彼は、誰かに聞いて欲しかった亡霊になっている話を否定せずに聞いてくれて成仏させてくれる、たくさん褒めて甘やかしてくれる、心配して大切にしてくれる、喜ばそうとしてくれる、言葉にして伝えてくれる、たくさん名前を呼んでくれる、私の感性をいいなって言ってくれる、

そんなふうに優しく穏やかな時間を過ごさせてくれる人。


人生を共にできる相手なのかはわからない。

でも少なくとも、息をするのが精一杯だった私に、浮き輪になって少し空をみる余裕をくれる。

今の私には必要な存在なんじゃないかなって思ってる。


元夫は私のことを愛していた、大好きだったんだ。


元夫は私を傷つける要素を持っていた。

でも、私と過ごし話し合う中で私が何に反応して傷ついて怒るのか理解して、それらの行動を減らしてくれた。

無くそうと努力していた。

悪意なく傷つけてしまうことを仕方ないと済まさず、考えて変わってくれた。

穏やかに生きていきたいという私を幸せにしようとしてくれていたんだ。


土日はここへ行こう、あそこへ行こうと沢山提案してくれていた。

提案ができるということは、私といない間も私のことを考えて、一緒にいる姿を想像して幸せな気持ちになるということなんだ。

美味しいものを食べたら必ず、私にも食べさせたいと言っていた。

自分に起きた嬉しいことを私にもって思うのは好きだからなんだ。


元夫はそういうのを表現する時、いつも多少怒っていた。

「俺はこれだけお前のことを考えているのに」

と言いたいみたいに。

いや、実際に言っていた。

そう言いたくなる気持ちが、今わかってしまった。


好きな人を見ていると、話しているとふと笑ってしまう。

面白いからとかそういう理由じゃない。

可愛いなとか、愛おしいなとか、そんな気持ちで。

元夫は突然笑っていた。

不器用な彼の感情表現だったんだ。

それを怒ってたんだ私は。

それがなぜなのか理解できなかったのは、私が彼を好きじゃなかったからなの?そうじゃないよね。


好きな人の言うことなら結構なんでも聞けてしまう。

すね毛剃らないでとか、呼ばれたことのない名前で呼ばれること、これは食べないで飲まないで。

なんでも素直に聞けてしまう。

だから、逆に聞けないってことは…?って考えてしまったんだね。

今になってわかってしまった。


自分と同じ感情や熱量や覚悟が自分の好きな相手から返ってこないことが、これだけ悲しいことだとが今わかってしまった。


尊敬していない、信頼できないと言われることが、それらの努力をやめるに等しい言葉であることが今はなんとなく理解できる。


元夫は私のことが大好きで幸せにしようと必死に努力してくれていたんだ。

私はそんな毎日が当たり前でわかっているつもりだったけど、本当の意味ではわかっていなかった。


「いつかわかると思うよ。どれだけ大切にされていたか、愛されていたか。」


そう言った元夫に私は、わかってたまるかと思っていたかもしれない。

私は何と戦っていたんだろう。

なぜ今わかってしまうんだろう。

これが因果応報なら、甘んじて受けるしかないと思う程度には、元夫を傷つけて長い間一緒にいてしまった自覚が湧いてきた。

それでも最後に「幸せになれよ」と言ってふわふわのあったかいハグをしてくれた。

子供だったのは私だったのか?


妹の様子がいつもと違った。

LINEに調子の良さやいつもならあるはずの気遣いがなかった。

心配しつつも、聞くことはしなかった。

あるタイミングで、一日中寝てると聞いて、いよいよ、なんかあった?って聞いた。


妹は泣きながら支離滅裂な話をしていた。

私は内容を理解するのに1時間くらいかかった。

あまりにも私の常識とかけ離れた話であったことと、妹が酔いすぎていたことが原因だと思う。


そして、概ね理解したあと、何を言おうか黙って考えていた。

妹の方から、お姉ちゃんならこう言うよねって言ってきた。

私はそんなことを言おうとは全くしていなかったが、そういうことを言う人間だと思われているということにショックを受けた。


私は今初めての地獄を経験している最中で、いろんな人が私に寄り添ってくれる中で温かさを経験していった。

妹も私に寄り添ってくれた人の1人で、無理に言葉にしなくていい、話したくなったら話せばいいと言っていた。

ご飯を作って冷凍して帰っていった。

あの時から自分も辛かったんだ。

私は自分だけが辛いような顔をして甘えていた。

もちろん感謝もした。


私はそんな妹にお姉ちゃんならこう言うよね。と言わせてしまうほど、正論をぶつけてきたのだろうか。

正しいことは相手を傷つけることがある。

共感も何もかも意味をなさないこともある。

本当に何を言えばいいのかわからなかった。

私は人に寄り添うってことをしてこなかったのかもしれない。

本当に目の前が辛い時に、解決策やアドバイスをされることは、自分がそれをできていないと言われるようで本当に辛いんだよね。

でも、本当に相手のことを思ってるからこそ解決したいと思って考えて提案してしまう。

実際に行動するのはその人本人で、そのエネルギーすらないくらい傷ついて辛いのかもしれないのに。

私はなんて安易なことをしてしまったんだろう。

大切な人が困った時に頼りたいって思える人になりたい。

まだ寒かったので相変わらずあったかいものをたべて

夜にはお酒を飲んでたくさん食べていた

かなり太った。

薬の影響もあり、食欲が止まらなかった。

YouTubeで社会的弱者であることで笑いをとっているような人を狂ったように見ていた。

単純に面白かったし、安心もあったかもしれない。

もしかすると人を見下して笑っていたのかもしれない。

私はまだ大丈夫だと思いたかったのかもしれない。

我ながら性格が悪すぎて言葉にしたくない。

誰かを羨ましく思ったり、自分より不幸な人を見て自分は幸せだと思うような人間にはなりたくない。

私は自分で人生を選び自分にとっての幸せを見て生きて行きたいと思っていたのに。


あとは家族と旅行に行った。

朝起きれるかとか、歩き回れるかとか体力にとても不安を抱えていたが案外いけた。

病院の先生以外の人と久しぶりに喋った。

美味しいものを食べた。

楽しい!!!みたいな感情はなかった。

よかった…病気もバレずに無事ふんわり楽しく終わったみたいな感情だった気がする。


休職の延長を決めた。

たぶん病院には体調不良を伝えたと思う。

実際はまだ生活リズムが安定していなくて自分に不安定さを感じていた。

まだまだ諦めて生きていく方法を探していた。

地方移住や実家に帰ること、バイトで生きていくなどなど考えて調べて考えてと繰り返していた。

復職する覚悟が決まっていなかった。

好きな人ができた。

頭が良くて物知りで

面白くて優しくて

甘やかしてくれて褒めてくれて肯定して共感してくれて

情緒的な会話ができて自分の頭の中が豊かになっていく気がする。

優しく笑ってたくさん名前を呼んでくれる。

私の話で笑ってくれる。


彼の素直な言葉に私の心の傷が少し癒されたりする。

大切に思うことで豊かな時間が過ごせて、

次は一緒に何しようって考えるだけで楽しい。


ずっと話していたいし独り占めしたい。


でも独り占めできない。

私を大切にしてくれる人と一緒にいたい。

私を悲しませたり不安にさせない人と一緒にいたい。

私の甘えやずるさも許してくれる人と一緒にいたい。

私も相手を許せるくらい好きな人と一緒にいたい。

だからこの関係性はいつか終わってしまうかもしれない。

でも私の傷ついた心が明らかに回復している。

未来がないとしても今は一緒にいたい。

地獄があればボーナスタイムもあるってことで。


大学生の頃先輩の車にみんなで乗ってドライブしていた時

大きな月が出ていて

びっくりするほどの大きさにみんな笑った

いや、私だけが大幅にツボにハマっていた。

もしかしたらみんなはそれを見て笑ったのかもしれない。

この記憶、みんなにはないだろうな。


好きなものの話を人にするのは恥ずかしい。

どんな反応をされるか怖さがある。

好きなものを否定されるのはとても悲しい。

そんな知らなくてもよかった悲しさを知ってしまった。

それからもっと好きなことを言えなくなった。

好きなものを好きと言わないことで、私の世界からは好きなものが減っていった。


だから人の好きなものを書く時はリアクションに気をつけないといけない。

否定しない、興味を持つ、共感する。

カラオケを聴いてほしいは笑ってしまったけど

好きなものを知ってほしいって思ってくれているのだとしたら嬉しいことだよね。