元夫は私のことを愛していた、大好きだったんだ。
元夫は私を傷つける要素を持っていた。
でも、私と過ごし話し合う中で私が何に反応して傷ついて怒るのか理解して、それらの行動を減らしてくれた。
無くそうと努力していた。
悪意なく傷つけてしまうことを仕方ないと済まさず、考えて変わってくれた。
穏やかに生きていきたいという私を幸せにしようとしてくれていたんだ。
土日はここへ行こう、あそこへ行こうと沢山提案してくれていた。
提案ができるということは、私といない間も私のことを考えて、一緒にいる姿を想像して幸せな気持ちになるということなんだ。
美味しいものを食べたら必ず、私にも食べさせたいと言っていた。
自分に起きた嬉しいことを私にもって思うのは好きだからなんだ。
元夫はそういうのを表現する時、いつも多少怒っていた。
「俺はこれだけお前のことを考えているのに」
と言いたいみたいに。
いや、実際に言っていた。
そう言いたくなる気持ちが、今わかってしまった。
好きな人を見ていると、話しているとふと笑ってしまう。
面白いからとかそういう理由じゃない。
可愛いなとか、愛おしいなとか、そんな気持ちで。
元夫は突然笑っていた。
不器用な彼の感情表現だったんだ。
それを怒ってたんだ私は。
それがなぜなのか理解できなかったのは、私が彼を好きじゃなかったからなの?そうじゃないよね。
好きな人の言うことなら結構なんでも聞けてしまう。
すね毛剃らないでとか、呼ばれたことのない名前で呼ばれること、これは食べないで飲まないで。
なんでも素直に聞けてしまう。
だから、逆に聞けないってことは…?って考えてしまったんだね。
今になってわかってしまった。
自分と同じ感情や熱量や覚悟が自分の好きな相手から返ってこないことが、これだけ悲しいことだとが今わかってしまった。
尊敬していない、信頼できないと言われることが、それらの努力をやめるに等しい言葉であることが今はなんとなく理解できる。
元夫は私のことが大好きで幸せにしようと必死に努力してくれていたんだ。
私はそんな毎日が当たり前でわかっているつもりだったけど、本当の意味ではわかっていなかった。
「いつかわかると思うよ。どれだけ大切にされていたか、愛されていたか。」
そう言った元夫に私は、わかってたまるかと思っていたかもしれない。
私は何と戦っていたんだろう。
なぜ今わかってしまうんだろう。
これが因果応報なら、甘んじて受けるしかないと思う程度には、元夫を傷つけて長い間一緒にいてしまった自覚が湧いてきた。
それでも最後に「幸せになれよ」と言ってふわふわのあったかいハグをしてくれた。
子供だったのは私だったのか?