厳密に言えば私の人生には、少なくともここまでの人生には

誰にも祝われない誕生日というものがなかった。

少なくとも親からは誕生日おめでとうと連絡が来ていた。

連絡をくれる友達も増えたり減ったりしながら、でも、誰からも来ないということもなかった気がする。

その時付き合っている人がいれば、一緒に祝ってくれたりした。

祝われるのって嬉しいよね。

そうやって、生まれてきてもよかったんだって思える日が誕生日なのかもしれないね。


前の月に始めた知らない人とのチャットで人と関わるようになった。

もう何ヶ月も、病院の先生とチャットGPTと家族としか話していなかったので新鮮だった。

あと、男の人と出会うというのも結婚前以来で新鮮だった。

久しぶりに心が動いたのに気がついた。

文字のやり取りでも、笑ったり泣いたりすることがあった。

あ、久々に心が動いたって気づいた時は少し嬉しかった気がする。


そして、休職してから一度もしていなかった化粧をしてみた。家で1人で何の予定もないけど。

美容室も行っていなかったし、人生最大の体重で、肌も嫌いとは言い難く、あーブスだなと思った。

若かった頃の写真を見返して、あの頃の時間や美しさを取り戻したいと後悔したりもした。

でも、既に心が動いていたから、そこで止まることがなかった。

約半年ぶりに美容室に行った。白髪染めすら半年していなかったからかなり白髪だらけだった。

久しぶりに髪を切って、染めて。

久しぶり脱毛にも行った。

服や下着を買った。

人と会ってみるか、という気持ちになってきた。

でもまだデブすぎて人と会える自信はなかった。

とりあえず、マッチングアプリを始めとくか!ってことで、登録した。

でもやっぱり、マチアプでのメッセージのやり取りは退屈だった。

確か休職の延長を決めた。

日常生活は送れている気でいたけど、今思えば全然抑うつ状態というか、普通じゃなかったな。

延長してよかった。

だいぶ間が空いてしまった。


休んでからのこと4ヶ月目

薬の影響もあったのかもしれないけど食欲旺盛すぎて、体重が人生マックス値を記録した。

デブすぎて服は基本苦しかった(下着やパジャマすら)

散々食べて飲んだ後に、タルトを3切れ食べたりしていた。

相変わらず、YouTubeやNetflixを見て過ごした。

暇で無気力なんだけど、何かしなきゃって気持ちも両方あった気がする。

毎日チャットGPTと、何をして過ごすべきか話し合っていた。

まだ離婚のことや夫婦生活のことが相変わらず納得いってなくて、1人で泣いたり怒ったりしていた。

この頃、私は相当納得したい性格なんだな、自分で人に説明できるくらいに納得できないと嫌なんだなと気づいた。


チャットで知らない人と話すようになった。

知らない人だからこそ、離婚のこととか今辛いということも話せた。

同じように離婚した人とも結構話した。

ひとつ気づいたことがあった。

離婚理由を聞くとみんな相手に原因があったという理由だった。

そんなはずはない。計算が合わない。

確率的に半々であるはずである。

ということは、みんな相手が悪いって思っているんだなと思った。

その辺りから逆説的に、自分にも悪いところがあったんだろうなって色々考えるようになった気がする。






恥ずかしながら私はあまり本を読んでこなかった。

特に、大人になってから。

本を読むと、仕事をしているような感覚になり、仕事のことを考えてしまうから憂鬱になる、頭が痛くなるというのが理由だった…気がする。


それが今、読書にハマりかけている。

本ってすごい。

今日本屋に行ったけど、面白そうな本がめちゃくちゃある。

読みたい本を全部読みたいと思ったら、仕事してる暇なんてないんじゃないかと思う。


古本屋にも週一で通っている。

ラインナップはあまり変わらないんだなということを知った。

しかし、感動したのは100円コーナー。

100円で楽しめる娯楽がこんなにたくさん??!?しかも、話題になっていた映画やドラマの原作ってこの小説だったの?!??

うそだろ。

本がスタートなのかよ。

たまに本を読まなきゃという焦りから、YouTubeで本の要約をしている動画を見ていた。

10分程度でなんとなーくわかった気になれるんだ。本なんてオワコンだと心のどこかで思っていた。

面白い。

小説やエッセイを読んでいる。

面白い。


いろんな著名人や周りの人のおすすめを聞いて回るのも楽しい。

図書館で借りられるのに、新品や古書を買ったり、ジャケ買いしてコレクションしたくなる気持ちがわかる。

いや、私はまだその域ではないので、買っては売っているんだが。

世の中にまだ知らないこんな楽しいことあったんかよ。

わたしもうすぐ40だぞ。


明日は図書館のアカウントを作りに行く。

久しぶりにワクワクしている。

本を読むようになって思ったことの一つ

言葉に救われる

共感に救われる

言語化に救われる

共感できないことにも救われることがある


それまでは空いている時間音楽を聴いていた。

歌詞に救われていた


それよりもっと前はラジオを聴いていた

言葉に救われていた

笑いに救われていた


そうそう、それだ

私もそう思う

なるほどそんなふうに思う人もいるのね


自分が発する言葉はどうなのか。

なんであの時、頭に浮かんだ言葉を飲み込んだのか。

そんな場面がいくつも浮かぶ。

親に、友達に、仕事場で、夫に、彼氏に、

なんで言葉は出てきてるのに口にできないのだろうか。

いい人ぶりたいのだろうか

久しぶりに元夫の夢を見てヒヤッとして飛び起きた

最後の日、ふわふわであったかい優しいハグ、幸せになれよと何度も言う彼


私は愛されていた、私が間違っていた、行かないでと言えなかった私


でも、よく考えると

あれだけ結婚に対して覚悟を問うてきた、求めてきた元夫は

私が病気で休みたいという気持ちになぜ素直に従えないか、それに寄り添ってくれることはなかった。

私は家計が心配だったんだよ

いつ働き出すかわからない

いつ家にお金を入れるつもりかわからないお前を養い、いつか増えるかもしれない家族や何かあった時に備えられるだけの収入が継続して得られるかどうか

休めば体調は良くなるかもしれないが評価は下がる

それでどれくらい収入が減るのかあの時は計算することすらできなかった


絶対に大丈夫

今までしてくれた分、俺が養う、俺が働くから安心して休んで欲しい


そう言って欲しかっただけだ

それを言って欲しいがために、色々言った、色々質問した

ずっと噛み合わなかったのは、きっと言い分はあると思うけど、でも他の女にそれっぽいこと言われて納得したからでしょ?

私と向き合う、寄り添うより、自分が納得して楽に生きれるほうをとったんだよね

それが悪いとは思わない

それなら、私に問うた覚悟、要求した覚悟を取り消せ

最初からあんなこと言ってくるな

自分の不安や甘えを私に押し付けてくるな

私の大切な人生の時間を奪うな

そんなことのために


私も彼が辛い時、彼の欲しい言葉をあげなかったの?

私は私なりに…と思ってしまうのは、彼も同じなのだろうか。

私と彼は似たもの同士だったのだろうか。

同じレベル、同じくらい可哀想なひと?




そして今の彼の名前は夢の中で犬の名前になっていた

私も今、彼に同じように不安をぶつけ甘えている

ただ一つ違うのは、心から信頼したり、心から一生を共にするなどという幻想がない

いや前からなかったんだけど、あるかのように自分を騙すのをやめた

その分素直に自分の悪いところを謝ったりできる

省みることができる

もともとの資質もあるだろう

私にも元夫がもつ嫌な部分を持ち合わせていると感じる

ある意味似たもの同士だったんだ

そして今は同じくらい可哀想な人


久々に好きな人できたとおもった。

人の傷に共感できる感性や、彼の言葉が好きだったけど。

いつかは終わる関係だったはずだった。

それが今日なのか、数ヶ月後なのか、数年後なのかのはなしで。

短ければ短いほど、傷も浅くて、お互いに人生の大切な時間や人や機会を無駄にせずに済む。

不幸中の幸い。

もし私が仕事をしていたら、こんな休みの過ごし方は怒り心頭だったとおもう。

休んでたから良かった。

不幸中の幸い。


私だってたくさん傷ついて本当は誰かに守られたくて、本当はダメな自分も受け入れて欲しくて、だけど強く生きてきただけなのに。

私はなぜ大丈夫だと思うの?なぜ大丈夫だと言ってしまうの?


なんで私が怒ったらだめなの?

そんな怖い?

なんで許してくれないの?

不完全でも愛してほしいよ。

罪と罰が合ってないって、そんなに簡単に言わないでほしい。

私が今まで何で傷ついてきたか話して共感して泣いてくれたんだと思ってた。

そんなこと二度とないようにと思うのが愛かと思ってた。


彼は彼の世界で私を愛してくれたし、私も私の世界で彼を愛した。

重なりが小さすぎて、わかりあえなかった。

それだけ。

あるある。

また誰かを好きになるだけ。

本当にタイミングというものがある。

人や言葉や知識との出会い。

別のタイミングで見たら、きっとすぐに忘れてしまうんだろう。


金曜の六時に君と会うために始まっている月曜の朝


今の私だから素敵だと思えたし、今の私だからこの短歌で自分が回復していることに気が付けた。

今までだったら、ネガティブな出来事や感情をどう考えれば前に進めるか、納得できるか、そんな言葉を探していた。

もちろんそんな言葉ともたくさん出会えたし、私を救ってくれた。

でも、この短歌は幸せが詰まっていて、今の毎日にある幸せな気持ちに寄り添ってくれる。


努力も人も裏切るなら、もう二度と頑張りたくない、信じたくない。人生諦めて生きていきたい。何もしたくない、誰とも喋りたくない。

そんな底からこんな世界が繋がっているなんて。


人との出会いもまたタイミングが大きい。

元夫と出会った時の私は、元夫のような人を求めていたんだろう。

頑張りたい、けど、1人で頑張り続けるのはしんどい。誰かが一緒に頑張ってくれたら、その人が好きな人であればいいなと思っていた。

数ヶ月前であれば、人を信頼したりできる心情ではなかったが、人の会話で心が動くことが増えてきた。あの時は、あんな関係性がちょうどよかったんだろう。

今は素敵だなと思える人と一緒にいられる。今の私だから相手にも誠実を求めるし、自分も誠実でありたいと悩む。


人生を諦めて生きていきたいとあれほど思ったのに、やっぱり私は諦めが悪くて、幸せになろうとしている。

地獄はいつか終わるんだ。

あともう少し、この先に違う自分と出会いたい。

新しい自分をまた好きになりたい。

彼の好きなところのひとつが、彼が発する言葉やそこから伝わる感性や知性。


言語化することが良しとされてる世の中だけど、

言葉にできる世界は限られていて、言葉が届かない、足りない世界がある。全てを言葉にしなくても、もっと自由でいい。


たくさん言葉を知っている彼がいうからまた素敵だなと思えた。

わたしは納得感や一貫性にこだわってしまうから、言葉にして納得したい、矛盾がないか確かめたいみたいな気持ちが強い。

だから、納得できないことをずーっと考えて、矛盾がない理由を探している。

でも嬉しい時や幸せな時、それを表す語彙は本当に少なくて表現できない。

きっと嬉しいことも悲しいことも全てを言葉で表現できないから絵や音楽や他の芸術があるのかなと思うと、また私の世界が豊かになった気がした。


努力や成長を繰り返すことでしか、世界は広がらないと思っていた。

成長することでしか自分は変われない、充実させられない、自分のことを好きになれないと思っていた。

でも、もっと穏やかな日々にも世界は広げられるかもしれない。

こうやって新しい世界を知って豊かな気持ちになれている自分が今は好き。



なんでなんだろう。

意味のわからないシーン

なぜ言ったかわからないセリフ

どこへ向かうのかわからないストーリー

直接的な表現

共感できない心情


昔の私だったら途中で見るのをやめていた気がする。

先の展開が気になるわけでもなかった。

原作との違いや一緒のところを見つけた。

意味がわからないところもたくさんあった。

でも最後まで見た。

なぜ最後まで見れたのか。

とても面白かった。

なぜ面白かったのか。


まだ言語化できないけど、自分が変わったということだけはわかった。


私は傷ついた。

相手の心を知りたければ自分の心を向き合わなければいけない。

私はこんなに辛かったって言って休もう。

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