師走の夜明けは遅い。


カーテンの隙間から朝日が差してきても夏ほどの爽やかさは感じられない。
部屋の寒さが起床する力を残らず奪ってしまったかのように僕はベッドに拘束されていた。

目を開けて目覚まし時計に手をのばす。


「もう九時か…」


読みかけの本を30分ほど眺め一限から大学に行ってる人のことを考える。

僕には縁のない話だ。
昨晩机に置き手紙を残して家を出た。

原付、本をあるだけ詰め込んだリュックと着替え二日分、それに寝袋となけなしのお金4万ほどが今の僕のすべて。


この旅は僕の負のエネルギーを燃料にして走っていく。


道行く車のヘッドライトが50mほど先の闇に溶けこみ怪しげな様相を呈していた。


同時にそれはこの道程が決して楽ではないということを暗示していた。




夜がやってくる。


相変わらず不規則な生活が直らない。


そして僕は大学よりも大事なものがあるんじゃないかって思うようになってきた。

これは一時期の気の迷いで、常識から外れた人を見ることによって「自分は本来こうあるべきなんじゃないか」といつも影響されることの延長線上のことなのだろうか。

とりあえず人里離れたところに行って本を読みあさり、何ひとつ音も聴こえないようなところで一人でしばらくいたい。


浪人のときに一言も誰とも喋らない日があってそのとき僕は狂いそうになった。

でも今はその状態を求めている。



バスは深く暗い谷底に向かってゆっくりと走り出した。




残念ながらないね。

(残念ながら?不適切な言葉を使った。)


今のところやりたいことはない。


やってみたいことなら山ほどあるのだがそれとはわけが違う。



先日ゼミの試験に落ちた。


僕は面接で言いたいことを言ったつもりだし、それで分かってもらえないようならあんなゼミは入る価値がない。

(価値がないと言えば語弊があるが主観的に言えばそういうことになる)

しかし短い時間で自分の人間性をわかってもらうためにやることはやった。

ただつまらない質問ばかりが飛んでくる。

一体何が彼らにとって重要なのか。


ここで基本的かつ根本的な問題に僕は直面する。


「正直は罪なりや?」


多数の人がゼミに入っている。

そんな事実に後押しされ流されている。

果たしてゼミに入る意味とは?


ゼミに入らないという選択肢もあるが、自分の決定に100%の自信を持つことはできない。(不安も伴っている)

そこまで強くはなれない。


選挙活動でいい顔をして国会で居眠りをしているような国会議員のように彼らを欺かなければならないのか。


話が分かる人が多く所属するゼミを発見するのが最も効果的なのだが、どうやらこの短期間にそれは難しいようだ。





fukumimi


柏にある炭火串焼厨房「福みみ」におじゃましてきた。


ここにはサークルの先輩が複数名働いている。

えらく雰囲気のいい店内で値段もそこまで高くない。

サークル10人ほどで行ったのだが2、3人で行くのがベストだろう。


炭火串焼厨房と謳っているだけあって焼き鳥などはかなり美味しい。

ジューシーで肉の弾力が・・・

・・・ってグルメリポーターみたくなってしまったけどメニューも充実しているしいいお店だなって思った。


(事情があってお酒は飲まなかった)


柏に行った際はぜひ!




サークルの試合があった。

その結果などはどうでもいいのだが、その後に食事会があった。

マルキという焼肉屋。

僕が持つ今日の基本的なコンセプトとして美味しいものを時間をかけて楽しむというのがあった。

僕は周りに流されずカルビなどの王道からホタテなどのサブメニューをいただいていたのだが、隣の卓が突如として騒がしくなった。

今日のメンツは3世代の宴会部のコラボレーションということで期待が高まっていたが(一部)、本日の会場は焼肉屋であった。

居酒屋では決してない。

しかしその隣の卓ではカシスオレンジ(この店は中ジョッキに注がれており、他の店より絶対濃い!)を空ける作業がたんたんと行われていた。

しかし3杯ほどで死傷者続出。(それほどここのカシオレは濃いのだ)

哀れみを含んだ流し目で彼らを一瞥しつつも僕も魔界の重農酒、鬼殺し(こと韓国の濃酒マッコリ)を二杯立て続けに飲んだ。

助かったほうである。

帰ってから父親と酒を酌み交わし、ジャズのライブを見ながらいい気持ちでブログ更新中。

そんなこんなで久しぶりの写真はイチオシのホタテをどうぞ。

hotate




大学のゼミの申し込みというのが今日あってギリギリで出してきた。


僕が出したところは毎年定員割れということで侮っていた。

すると募集人数をはるかに越える人数の応募があったそうだ。

そんなわけで僕は申し込む上で必要になる身上書なるものに、スペースがなくなるくらい熱い思いをぶつけてきた。(これは暑苦しいほどである)


そして殻を脱ぎ捨てた。



そんなわけで僕は今までの人生、自己PRが苦手ということで通ってきた。(日本人の多くがそうであるように)

どこまで書いたらいいのか分からない。

恥ずかしくなってくる。


などの理由があると思うがアメリカ的な思考で言えばそれらは全くバカげたことである。

思ったことを思ったとおりのことを書けばいいのだ。

当たり障りのないことを書いたって面接官は目もくれないだろう。

なので割り切って無茶苦茶書いてきた。


大事なのは逆の発想。



25日に試験(筆記と面接)がある。

うまく通るといいのだが。。。




起きると夕方の6時だったので自分にがっかりした。


バイトへ行く以外に僕に選択肢はなく、もちろん行ってきた。

雨に打たれ、風に吹かれながら。


店内があまりにも寒いスーパーのバイトは冬にはオススメできない。

末端の冷えがハンパではないからだ。

おかげで僕はこの時期からホッカイロの装備を忘れない。


今日は特に出来事もなく考えることもなかったのでこのへんで。




朝が来た。


受け入れがたく肌をチクチク刺してくるような寒さだ。


僕は今から寝る。

遥かかなたで起こった地震に伴ってやってくる津波のように、ゆっくりながら確かに迫ってくるその眠気に僕は抗えずに飲み込まれていく。


今日は町田のクラブで夜を明かした。

小さめな箱で爆発するエネルギー。

テクノ。(僕はテクノがどのようなジャンルなのかよく理解していないのだけれど)


管理している団体があまり慣れていないらしく、セキュリティーにはすこぶる不安を感じたが彼らは楽しそうだった。

僕の欺瞞という名の心の闇が領域を広げていく。

あまりにもずさんだった。


かくいう僕もクラブは二回目で流れを見極めるのに困難を極めた。

自分から行けばなんとかなるのだろうが、そこまでする意味が見出せなかったので大人しくしていた。

誰かからはその姿勢をえらく批判されそうだな。


大きなイベントもなく(初めて行ったときはイベントが盛りだくさんだった)終わり今に至るというわけだ。

楽しかった、のかな一応。


おやすみなさい。



人間は少なからず日々変化し続けている生き物だ。



それは月を見たときに自転しているのが一見分からないのと同じようにゆっくりとしたもので、近くまで行っても分かるかどうか微妙なくらいだ。

でも事実時を隔てて観察すればずっと同じ面が見えてるわけではない。

それと同じことだ。


共に今までこの体と生きてきて何が変わったか。

それが分かるのは自分ではない。

等しい時間を別の場所で生きてきた他人である。


他人は近くで大声を出す人の存在にたやすく気づくように変化を見つけることだろう。

(それは外見においても内面においても)


問題は変化しているか、否か、だ。


一貫性をもつことはある人にはとても魅力的に感じるものであろうし、ある人には強情で意地っ張りな印象を持たせることになるかもしれない。

「一貫している」状態とはあくまで他者がその人を評するもので、当の本人は一貫性とは何ら関係のないことを考えているかもしれないし、ちょっとした出来事であっさりとその状態が歪められてしまうかもしれない。


では何が人間を変化させるのか。

他人の考え方か。

本か。

音楽か。

はたまたその身に起きる劇的な事件か。


変わろうとする意志に有効性はあるのだろうか。




今日は気味が悪いくらい寒かった。

まるで朝から晩まで大勢の人々から侮蔑と尊敬のまなざしをいっぺんに浴びせられているかのようであった。




ダイバスターってみたことありますか?


アホだよね、あれ。


でも面白いよね。


嫌いじゃないよね。


一度見てみるといいんじゃないかなって思う。



あまりのくだらなさにテレビを壊してしまうかもしれないけど、それは自由だ。


僕は壊さない。


生きるうえで全く必要ない知識を得ることもときには重要じゃないかと考えるから。