ゴールデンスランバー・もうひとつの結末 その5
『Golden Slumbers Another End 5』
青柳雅春
「保土ヶ谷さん、お願いがあるんですけど、いいですか?」
「おお、言ってみろよ」
「無実を訴えることが、うまくいかなかった時なんですけど、そのあと花火を打つタイミング、俺が合図出すんで、合わせてもらえないですか?」
「そのくらいなら出来そうだ」
「広場の真ん中まで歩いて、立ち止まったら、ハンカチを振ります」
「その時か?」
「いや、そこじゃなくて、その後ちょっとしてから、今度は左手を突き上げるんで、その時にお願いしていいですか?それと、バンバン打つって言ってましたけど、バンバンじゃなくて一発だけ、なるべく大きな花火をお願いします」
「ホントに一発だけでいいのか。っていうかおまえ逃げないつもりなのか」
「生き残る術を、もうひとつ思いついたんです」
「危険な感じがするけど、ホントに大丈夫なのか」
「駄目かもしれませんが、これ以上逃げても何も変わらないんで、賭けてみます」
「うーん」ひと呼吸おいてから保土ヶ谷康志は「わかった」と言った。
青柳雅春は電話を切ると、児島安雄のいる部屋に戻った。
縛られた児島安雄は、床に寝転がったままの姿勢だった。無線機も近くに転がっている。
「連絡終りました?」
「ああ」児島安雄はそのままの姿勢だったが、言葉だけは、はっきりしていた。
青柳雅春は、児島安雄の身体をそっと起こして、壁に背中をつけるようにして座らせた。
青柳雅春は児島安雄の目を見て、ゆっくり言った。
「児島さん、実はお願いがあって、借りたいものがあるんです」
児島安雄は青柳雅春の視線を見て、皺だらけの顔が押し萎むように硬直した。
「それは駄目だ」
「信じてもらってもいいですか、俺のこと」
青柳雅春は、今まで以上に真剣に慎重に話をした。最終的に児島安雄は、青柳雅春の条件に仕方なしに納得した。
青柳雅春
青柳雅春と佐々木一太郎は、どちらともなく脚を止め、市民広場のライトアップされた空間で向かい合った。
「人質はどうした?」
黒のスーツ姿の佐々木一太郎は、青柳雅春の斜め前に立って言った。明らかに立ち位置がおかしい。
「人質ですか。人質は佐々木さん、あなたですよ」青柳雅春は冷静に言った。
「言っている意味が分からないな。気でも狂ったか?」佐々木一太郎は鼻で笑い、首を傾げる。
青柳雅春は右手で、セーターの腹の部分をまくり上げ、ジーンズと腹の間に差してあった拳銃を取り出して、佐々木一太郎に銃口を向けた。
佐々木一太郎は、目を大きくして表情が変わる。青柳雅春が持つ拳銃は、直ぐに本物だと分かった。
「何でお前、持ってるんだ? 警官撃ったら、死刑だぞ」
「首相殺しの犯人だと思われている俺に、何言ってるんですか?」
「な、何が目的だ」
「大人しく捕まりますから、今すぐ無線で俺を撃たないように、言ってください。でないと直ぐ撃ちます」
「・・・・」
「早くしてください。三つ数えて撃ちます」
「おい、待て」
青柳雅春は右手で、佐々木一太郎にしっかりと銃口を向けたまま、左の拳を天高く突き上げた。
「さんーーー、にぃーーー、いちーーーーー」
佐々木一太郎は、スーツの襟を持って顔を向け、無線のピンマイクに向かって言った。
「狙撃中止!」
ダァーン。その瞬間だった。空が割れるくらいの爆音が響いて、地震を思わせるような空気の揺れがあった。明るくなった空には大輪の花火が開いていた。
佐々木一太郎は音に驚いて、自分が撃たれたのではないかと思い、慌てて身体を触ってみる。
大丈夫だと気が付くと、目の前の青柳雅春が、左胸を押さえながら棒のように倒れていくのが見えた。
佐々木一太郎
佐々木一太郎は、倒れている青柳雅春を見て、自分の命令すらも無視されたことに、正直驚きを隠せなかった。青柳雅春はピクリともしない。狙撃班の銃弾を胸に受けたのだから、即死だろう。何とか冷静さを取り戻し、またピンマイクに向かう。
「容疑者青柳雅春、確保」
直ぐさま、中央公園の道路際に止まっていたパトカー五台と救急車一台が、市民広場の中にサイレンを響かせて入ってきた。倒れている青柳雅春を囲うように、パトカーと救急車が止まり、二十人以上の人が現場に群がる。その後ろを、報道の記者やカメラマンが我先にと押し寄せた。
佐々木一太郎は、死んでいる青柳雅春に近づき、芝生に落ちている青柳雅春の拳銃を、白い手袋をして拾い上げた。
青柳雅春はどこで拳銃を手に入れたのだろうか。ニューナンブM60。こちらが用意した拳銃と全く同じ型だった。制服の警察官が一般的に持つものだ。警察官から紛失届が出ていない以上、警察官の中に協力者がいた可能性もある。
あ、佐々木一太郎は、拳銃の重さに気が付き、シリンダーを開ける。
シリンダーの中には、銃弾が一発も入っていなかった。
青柳雅春の意外な行動と、弾の無い拳銃。佐々木一太郎は、拳銃を見ながら考えていた。何故こちらが用意したシナリオを、青柳雅春は自ら行動したのだろうか。
救急隊員三人が青柳雅春を囲み、身体をゆっくり仰向けにする。一人の救急隊員が青柳雅春の首に手をあて脈を確かめる。
佐々木一太郎は、芝生で仰向けの青柳雅春の顔をそっと見る。
「青柳ぃーーーーー」
はっと、気が付いた佐々木一太郎は、青柳雅春に向かって叫んだ。
つづく
ゴールデンスランバー・もうひとつの結末
青柳雅春
「保土ヶ谷さん、お願いがあるんですけど、いいですか?」
「おお、言ってみろよ」
「無実を訴えることが、うまくいかなかった時なんですけど、そのあと花火を打つタイミング、俺が合図出すんで、合わせてもらえないですか?」
「そのくらいなら出来そうだ」
「広場の真ん中まで歩いて、立ち止まったら、ハンカチを振ります」
「その時か?」
「いや、そこじゃなくて、その後ちょっとしてから、今度は左手を突き上げるんで、その時にお願いしていいですか?それと、バンバン打つって言ってましたけど、バンバンじゃなくて一発だけ、なるべく大きな花火をお願いします」
「ホントに一発だけでいいのか。っていうかおまえ逃げないつもりなのか」
「生き残る術を、もうひとつ思いついたんです」
「危険な感じがするけど、ホントに大丈夫なのか」
「駄目かもしれませんが、これ以上逃げても何も変わらないんで、賭けてみます」
「うーん」ひと呼吸おいてから保土ヶ谷康志は「わかった」と言った。
青柳雅春は電話を切ると、児島安雄のいる部屋に戻った。
縛られた児島安雄は、床に寝転がったままの姿勢だった。無線機も近くに転がっている。
「連絡終りました?」
「ああ」児島安雄はそのままの姿勢だったが、言葉だけは、はっきりしていた。
青柳雅春は、児島安雄の身体をそっと起こして、壁に背中をつけるようにして座らせた。
青柳雅春は児島安雄の目を見て、ゆっくり言った。
「児島さん、実はお願いがあって、借りたいものがあるんです」
児島安雄は青柳雅春の視線を見て、皺だらけの顔が押し萎むように硬直した。
「それは駄目だ」
「信じてもらってもいいですか、俺のこと」
青柳雅春は、今まで以上に真剣に慎重に話をした。最終的に児島安雄は、青柳雅春の条件に仕方なしに納得した。
青柳雅春
青柳雅春と佐々木一太郎は、どちらともなく脚を止め、市民広場のライトアップされた空間で向かい合った。
「人質はどうした?」
黒のスーツ姿の佐々木一太郎は、青柳雅春の斜め前に立って言った。明らかに立ち位置がおかしい。
「人質ですか。人質は佐々木さん、あなたですよ」青柳雅春は冷静に言った。
「言っている意味が分からないな。気でも狂ったか?」佐々木一太郎は鼻で笑い、首を傾げる。
青柳雅春は右手で、セーターの腹の部分をまくり上げ、ジーンズと腹の間に差してあった拳銃を取り出して、佐々木一太郎に銃口を向けた。
佐々木一太郎は、目を大きくして表情が変わる。青柳雅春が持つ拳銃は、直ぐに本物だと分かった。
「何でお前、持ってるんだ? 警官撃ったら、死刑だぞ」
「首相殺しの犯人だと思われている俺に、何言ってるんですか?」
「な、何が目的だ」
「大人しく捕まりますから、今すぐ無線で俺を撃たないように、言ってください。でないと直ぐ撃ちます」
「・・・・」
「早くしてください。三つ数えて撃ちます」
「おい、待て」
青柳雅春は右手で、佐々木一太郎にしっかりと銃口を向けたまま、左の拳を天高く突き上げた。
「さんーーー、にぃーーー、いちーーーーー」
佐々木一太郎は、スーツの襟を持って顔を向け、無線のピンマイクに向かって言った。
「狙撃中止!」
ダァーン。その瞬間だった。空が割れるくらいの爆音が響いて、地震を思わせるような空気の揺れがあった。明るくなった空には大輪の花火が開いていた。
佐々木一太郎は音に驚いて、自分が撃たれたのではないかと思い、慌てて身体を触ってみる。
大丈夫だと気が付くと、目の前の青柳雅春が、左胸を押さえながら棒のように倒れていくのが見えた。
佐々木一太郎
佐々木一太郎は、倒れている青柳雅春を見て、自分の命令すらも無視されたことに、正直驚きを隠せなかった。青柳雅春はピクリともしない。狙撃班の銃弾を胸に受けたのだから、即死だろう。何とか冷静さを取り戻し、またピンマイクに向かう。
「容疑者青柳雅春、確保」
直ぐさま、中央公園の道路際に止まっていたパトカー五台と救急車一台が、市民広場の中にサイレンを響かせて入ってきた。倒れている青柳雅春を囲うように、パトカーと救急車が止まり、二十人以上の人が現場に群がる。その後ろを、報道の記者やカメラマンが我先にと押し寄せた。
佐々木一太郎は、死んでいる青柳雅春に近づき、芝生に落ちている青柳雅春の拳銃を、白い手袋をして拾い上げた。
青柳雅春はどこで拳銃を手に入れたのだろうか。ニューナンブM60。こちらが用意した拳銃と全く同じ型だった。制服の警察官が一般的に持つものだ。警察官から紛失届が出ていない以上、警察官の中に協力者がいた可能性もある。
あ、佐々木一太郎は、拳銃の重さに気が付き、シリンダーを開ける。
シリンダーの中には、銃弾が一発も入っていなかった。
青柳雅春の意外な行動と、弾の無い拳銃。佐々木一太郎は、拳銃を見ながら考えていた。何故こちらが用意したシナリオを、青柳雅春は自ら行動したのだろうか。
救急隊員三人が青柳雅春を囲み、身体をゆっくり仰向けにする。一人の救急隊員が青柳雅春の首に手をあて脈を確かめる。
佐々木一太郎は、芝生で仰向けの青柳雅春の顔をそっと見る。
「青柳ぃーーーーー」
はっと、気が付いた佐々木一太郎は、青柳雅春に向かって叫んだ。
つづく
ゴールデンスランバー・もうひとつの結末