ゴールデンスランバー・もうひとつの結末 -3ページ目

ゴールデンスランバー・もうひとつの結末 その3

      『Golden Slumbers Another End 3』

 樋口晴子

 ほんの数メートルの間だったが、頭に、映像が飛び込んでくる。悪戯で、クリームの塗られたパイを顔面に叩きつけられたような唐突さだった。
 学食だった。学食の光景だ。
 森田森吾や青柳雅春がいて、カズの身体をつかみ、ああでもないこうでもない、とフォークダンスの稽古のようなことをやっている。
「何してるの」と樋口晴子が近づいていくと、「練習だよ練習」と森田森吾が答える。「大外刈りの練習」
 てっきりカズを全員で苛めているのかと思った、と笑うと、カズが、「まあ、苛めではなく、実験台ですよ」と嘆いた。
「どう、樋口もやってみれば?」と青柳雅春が言う。
 あの時の動作を思い出す。
 樋口もやってみれば?
 自然と身体が動いていた。自分の左足を、相手の右足の横に踏み出す。娘を抱えて歩く母親の力をなめるなよ、とも思った。右足を振り上げる。大男の右膝に自分の脚をひっかけ、相手のおなかのあたりをつかんで、思い切り、引く。
 やってみろよ、樋口。森田森吾の声が聞こえる。
 えい、と足を動かす。が、投げられたのはまたしても、自分だった。いつ、どう投げられたのかは分からなかったが、身体が地面に転がり、どこが痛いかも分からないくらいに身体中に痛みを感じた。肌が擦れ、腕や足を打った。膝に痛みが走る。手には血がついていたが、どこから出たものか分からない。
 大男は岩のようだった。厚い胸板が堂々としている。そして、転んだ樋口晴子に向け、拳銃を構え直す。
 今度こそまずい、と樋口晴子は目を瞑ろうとしたがその時に、大男の身体が少しだけ揺れた。後ろから菊池将門がぶつかってきたのだ。脚を引き摺りつつも彼は、つかみかかり、大男が身体を振る。「言いなりになる癖がついちゃってるんだよ、あれはランプの精だね」と平野晶にからかわれていたが、菊池将門のその形相は、逞しい気迫が漲り、将門の名に負けているようには思えなかった。
 菊池将門の悲鳴が聞こえ、彼も地面に投げ出される。身体を動かした反動で大男のヘッドフォンが外れ、落下していた。大男は無表情に、今度は、菊池将門に銃を向ける。
 その時、樋口晴子の足元に、携帯電話が滑ってきた。倒れている菊池将門が歩道を転がすようにして、投げてきたのだ。
 樋口晴子はそれを拾う。
 大男がその動きを目で追い、訝るように首を振った。
「樋口さん、それ、リダイアルでかかります」菊池将門が声を張り上げた。
 樋口晴子は電話つかみ、膝を立て、どうにか立ち上がる。後ろを見る。
 画面に映る青柳雅春は、両手を下ろし立ちつくしたまま、まだ撃たれていない。
 咄嗟に、何年も前、まだ学生だった頃に、映画を観にいく約束をすっかり失念し、上映時間に間に合わなかったことを思い出した。あの時、青柳雅春は呆れ、半分はおこっていたものの、「まぁ、いいや」と言い、最後には、「次の時は、間に合ってよ」と苦笑した。
 ずいぶん経ったけど、と樋口晴子は思う。
 今度は間に合う。
 樋口晴子はケータイのリダイヤルボタンに親指を軽くあて、画面に映る青柳雅彦を見つめる。まだ市民広場のまん中にぽつんと立っている。
 青柳君、いったいどうするつもりなの?
 画面には、公園の薄暗い影からひとりの男が近付いてくるのが見える。
 佐々木一太郎だ。はっきりとは見えないけれど、テレビで見たのを思い出した。近藤守と同じ嫌な感じは、十分に伝わってくる。
 青柳雅春はまた歩き出し、佐々木一太郎との距離はどんどん縮まっていく。樋口晴子は緊張のあまり、呼吸がうまく出来ない。
 二人は、向かい合うカタチで足を止めた。青柳雅春の背中越しに佐々木一太郎が映っている。距離は2メートルくらい離れていると思う。
 青柳雅春と佐々木一太郎は、何かを話しているように見える。しかし画面から音声が出ることはなく、会話の内容は分からない。
 樋口晴子は、画面に集中して息をのんだ。まさにその瞬間だった。
 青柳雅春は、左の拳を天に突き上げた。
 今だ。樋口晴子はケータイのリダイヤルボタンを強く押す。ケータイを耳に当てると、回線の繋がる音が聞こえた。
 ヒュルル~~~~~。打ち上げ花火の舞い上がる音が夜空から聞こえ、波打つような白い煙が勢いよく、天に昇って行く。
 ピカッ、夜空の真ん中に一点が光った瞬間、四尺玉の大輪の菊の花が、夜空いっぱいに開いた。ビルの背景にも菊の形に光が広がり、建物自体が光線を発しているような奇妙な光景に見える。
 ダァーン。零点五秒遅れて、空が割れるくらいの爆音が夜空に大きく響き渡り、地面と空気をも揺らした。
 樋口晴子は、夜空の一輪の大きな花火に見とれてしまったが、直ぐに大型ビジョンに顔を戻した。
「い、いやぁーーーーーーーー」
 樋口晴子は画面を見て、激しく叫んだ。青柳雅春が芝生の上で、うつ伏せに倒れている。
 画面は倒れている青柳雅春を映し続けていたが、青柳雅春は静止画のように、全く動くことなく倒れたままだった。



                                     つづく




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