前回の続き。

TVアニメ版も遂に最終回を迎えた。

さらさのティボルトが映像で見られることは勿論だが、最終話にして意外と委員長にスポットが当たり、後半は“委員長回”といえる内容になった。

 

**********

「この大勢の人の中、宝石のように輝く あの美しい女(ひと)…」

奈良っちの独白

――― 一瞬でその場の空気を身にまとい、全ての人の意識を自分へ向けさせる…これが主役級のカリスマ。―――

 

高木先生:「本気だ…容赦なく本気だね」

早乙女先生:「やだ、素敵!!」

沢田姉妹:「発音が滑らかで、言葉が最後まではっきり聞き取れる。」

      「大声を出してるわけじゃないのに、何て豊かな声量。

       良かった…この組じゃなくて。」

薫:「言葉に優先順位を把握した上での声の緩急」

杉本委員長:「イケボ…」

(注:“イケメンボイス”のことです)

高木先生:「安道君、生徒の実力に合わせる気、全くないねぇ」

大木先生:「こういうところ、優しくないのは変わってないわね」

再び安道=ロミオの台詞

「…何という言葉を使えば この燃えるような僕の気持ちを貴女に伝えられるだろう」

やがて背景が、月の浮かぶ夜の園庭に、

そして安道先生が、熱烈な愛の言葉を捧げるロミオになった。

…そうだ、君への愛をあの月に誓おうか」

 

安道=ロミオの独壇場に引き寄せられる予科生たち。

皆、恋する乙女の瞳になっている。

ジュリエットの出番だ。

ハッとする委員長。
 
「ロミオ、どうしてあなたはロミオなの…?」
声を大きく張り上げすぎてしまい、上滑りの芝居になってしまった。
委員長:「安道先生の声量に引っ張られて、声が変に大きくなってしまった」
 
副校長:「呑まれてしまいましたねぇ」
 
千夏:「このグループ、運がなかったねぇ…」
千秋:「かわいそう…」
薫:「仕方ないよ。運も実力の一つだから」
 
奈良っち:「まだよ。まだ終わっていない。
      結果は、終わってみないと分からないものでしょ」
委員長:「さらさは…?!」
 
…さらさはあまりの衝撃に、口を大きくポカンと開き、放心状態になっていた。
(ダメだ、こりゃ)
 
委員長:「あ…全力で目、閉じた」

―――さらさの幼少期の回想―――

巴先生の日舞教室へ来ている。

大先生(煌三郎)と歌舞伎ごっこする約束したんだ、と嬉々として話す。

隣の部屋で煌三郎が帰るのを待つが、待てど暮らせど帰って来ない。

座布団に寝ころびながら、助六の見栄を切る台詞を言うと、向こうの部屋から丁度同じ台詞が迫力ある声で聞こえてきた。

思わず吸い寄せられて、覗いてみると、そこには歌鷗がいた。

「ハイッ!わしでごんす!」

そのまま部屋へ乗り込む。

歌鷗:「ハハハ…力強くていいねぇ。けれど藪から棒に声を張り上げりゃぁいいってもんじゃねぇよ」

「一声、二振り、三男ってね。

まずは口跡がよくねぇとなぁ。

お腹から声を出す。腹に息を吸い込んで、喉を開いて声を出すのさ。」

 

巴:「兄さんっ、子供の遊びですよ」

歌鷗:「俺には、芝居に遊びはあっても、遊びの芝居なんてねぇよ。

    いつだって本気さ」

「お前はどうだい?煌三郎」

いつしか帰ってきて、巴の背後に立っていた煌三郎に向かって問う。

煌三郎:「さすがは人間国宝ですね。私もご指導お願いしますよ」

 

「股ぁ、くぐれぇ!!」

「弱き侍でござりまするなぁ」

「そうじゃなぁ~」

さらさ、いつしか歌鷗と歌舞伎ごっこに没頭している―――

 

再びオーディション会場。

乳母:「…大切に育てたジュリエット様のためなら、私は何だって叶えたくなってしまいますよ」

 

奈良っち:「きた!」

予科生たち:「渡辺さらさのティボルト!」

「うっ…これは…?…この血は…!?」

高木先生:「ティボルトは血を見て初めて殺されたことに気づき、」

大木先生:「両手を顔の高さに上げることによって、観客に絶望の表情を見せる」

副校長:「視線誘導」

 

「ロミオ、貴様、俺に何をした!?」

早乙女先生:「ロミオは舞台下手(しもて)にいる想定なのね」

「くそ…馬鹿な…。これが俺の最期だというのか…」

 

歌鷗:「いいかい、さらささん。歌舞伎の見栄ってのはさ、一番美しい動きの時間を自分で止めて、“ここだよ、見なよ。俺のカッコいいところはここだよ”ってね、お客様に合図するのさ」

再びさらさの演技。

「ジュリエット…俺の美しく輝く遠い星。」

「最後まで手の届かぬまま、俺は逝く」

大木先生:「好きな人を想う優しい表情と絶望」

高木先生:「へぇ…あの子には二階席が見えているんだね」

安道先生:「驚き、憎しみ、愛情、哀しみ…そして渡辺の感じたティボルトの最後の感情は…」

 

―――再びさらさの幼少期が重なる。

テレビで暁也の口上を見ながら、むくれるさらさ。

隣にはまだ女子高生だった頃のけーこ。

「さらさのほうが上手かったもん」

 

―――水族館の回想。

暁也:「さらさちゃん、俺はどんな障害があっても、必ず…必ず助六になるから」

再びさらさのティボルト。

その絶望の表情に、奈良っちは思わずハッとする。

―――それは遂に歌舞伎になれなかったさらさの絶望とのシンクロなのか。

「お前に殺られるとはな…ロ…ミ……オ…」

 

*****

教師たちが集まって、集計している。

安道先生:「思ったよりも、票のバラつきはありませんでしたねぇ」

日舞の霧島先生:「予科生も、自分の位置が把握できて、いいんじゃないかしら」

橘先生:「テストの成績よりも、自覚しやすいかもですね」

早乙女先生:「これをバネに、一層努力してほしいものね」

安道先生:「さて、最後。問題のティボルトは…」

 

安道=ファントム先生の演劇論の授業。

オーディションから3日経ったのに、結果発表はなされず、生徒たちは講義に身が入らない。

薫は講義ノートいっぱいに、自らに暗示をかけるように“ロミオに絶対なる!”と書きなぐっている。

授業の終わりに、安道先生が、まるでついでのように、オーディションの結果は1階廊下に貼っておくと言った。

結果や、自分の演技について、聞きたいことがあったら、受け付けるから、職員室に来るように、と。

 

「どうしよう…」

奈良っちは、JPX48の総選挙でも、紅華の合格発表でも、あまりドキドキしなかったのに、こんなに緊張するのは初めてだ。

 

さらさは、奈良っちに一緒に見に行こうと誘う。

するとそこへ聖先輩が現れ、リサが風邪で休みだった代わりに、さらさの朝の掃除の点検をしたが、床の溝の汚れと板にささくれがあり、今すぐやり直しを命じた。

先に帰る奈良田太一先生。

「あ、俺、今日はまだ終わってないんだ」安道先生が居残り宣言をすると…

「失礼します。先生、私、何でジュリエットになれなかったんですか?」

沢田姉妹は声までハモる。

「お、第一弾」

 

外では雪が舞い始めた。

 

太一が奈良っちに声を掛ける。

奈良っち、無言で何度も叔父の太一の足を蹴り、オーディションに落ちたことを悔しがる。

太一:「愛のジュリエット、先生方も絶賛してたよ。

   ただ、シェイクスピアの書いたジュリエットはまだ14歳の無邪気な少女で、」

   「…初めての恋に有頂天になっていて…。

   愛のジュリエットは、ちょっと大人すぎたみたいだね」

 

 

奈良っち:「私、もっと上手にならなゃ」

     「…もっと、もっと、もっと努力しなくちゃ」

太一は愛をいつものように焼肉に誘うが、奈良っちはそのまま居るという。

「私、さらさを待たなきゃ。

友達ってこういう時に一緒にいるものでしょ」

 

その頃、1階廊下では、山田彩子が掲示板の前に佇んでいた。

ジュリエットに選ばれたのが自分だと知り、信じられない。

一緒に結果発表を見に来た薫は、落選だった。

山田さん、大喜びしたいのだが、薫のことを思うと、それもできない。

 

「ジュリエット、やっぱり彩か。」

「でも山田さんって成績最下位だよね。まさかのコネ…?!」

発表を見に来ていた他の生徒がひそひそ話。

「今言ったの誰?言っとくけど、彩の家は普通のパン屋さんだから。

仮にコネだとしたら、みんな、パンに負けたってことよ。

それにコネが通じる世界なら、ロミオは私だわ。

ジュリエットは彩の実力なんだから!」

薫は顔を覆って泣き出してしまった。

駆け寄る山田さん。

 

彩子:「薫、ありがとう。…薫、泣いてくれるの?」

薫:「違うの。悔しいの。私、ロミオになれなかった。

  …おめでとう、彩…」

2人で抱き合って、立ったまま泣いた。

さらさはまだ掃除のやり直しで、聖先輩にしごかれている。

オーディションの発表は見たの?と尋ねられ、さらさ、顔面蒼白に。

聖先輩:「わたしね~見ぃちゃった!ええとね~」

さらさ:「あ゛あ゛~」

聖:「な~んて、私も見てないわよー」

  「いいなぁ。今年の予科生は、早くから色々できて」

さ:「聖先輩は文化祭の舞台は何をやるのですか?」

聖:「私?私はオムニバスミュージカルで、「風と共に去りぬ」のスカーレットを

  演るの」

さ:「さすがですね~」

聖:「まぁね~。…手、止まってる!」

さらさ、慌てて掃除の手を動かす。

さ:「文化祭が終わったら、いよいよデビューですね!」

聖:「そうね」

さ:「さらさも早く舞台に立ちたいです。」

聖先輩は窓の外の振り続ける雪を見ている。

さらさは気づかなかったが、どこか物憂げにさえ見える。

 

いつしか夜も8時を回っている。

安道先生:「あー疲れた。しゃべり過ぎて、のど痛てぇ~」

そこへノック。

「失礼します」

「来たね」

「まだ、お時間大丈夫ですか?」

顔を出したのは杉本紗和委員長。

「さらさ、遅いな…。まだ掃除してるのかな…?」

窓の外を見ると、聖先輩が1人で帰っていくのが見えた。

奈良っちは廊下へと走る。

 

―――きっとさらさは合格発表の時のように、はしゃいで、大喜びして…

そしたら今度は私も一緒に良かったねって…―――

さらさは居た―――けれど、まばたきもせず、静かに自分の名を見つめ続けていた―――。

**********

アニメ本編はここでCM。

最終話だけに、いつもより詳細に追っていたら、結構な分量になってしまった。

一旦、ここで打ち止め。

次回へ続く。

前回の続き。

“聖地巡礼”を途中で入れた関係で、紅華大運動会の星さま&さらさよろしく周回遅れとなってしまっていたが、気づけばアニメはあと1話。

最終話放映後、その前の回を取り上げるのも随分間抜けな話で、どこかで追いつかねばと思っていたが、やっとその機会とモティベーションが巡ってきた。

 

今回扱うのはTVアニメ版第12話・「きっと誰かが」

原作だと第6巻・第18幕、第19幕の途中までに相当する。

他のエピソードもあれど、今回は実質的に“山田さん回”となった。

 

**********

 

山田彩子の回想から物語は始まる。

 

―――恋は沢山してきたほうだと思う 初恋から2次元、3次元―――

『ベルばら』のアンドレに、『銀河英雄伝説』のラインハルト…

そして、現実の恋…

 

クラスメイトの平山に、彩子が駆け寄る。

お互い“山田”、“平山”と、苗字を呼び捨てで呼び合う仲。

今朝は、彩子が家の焼きたてパンを平山に持ってきたのだ。

「今、食べたい」

一心にほかほかのパンにかぶりつく平山。

そんな彼を彩子は嬉しそうに見守る。

 

「私がもし男だったら、彩みたいな性格のいい子を彼女にするけどなぁ」

お昼を食べながら、仲良し女子たちが話に花を咲かせる。

やがて同じクラスの女子・矢野明日花の噂話になる。

矢野明日花は、男を取っかえ引っかえする恋多き女。

来るもの拒まずのようだ。

向こうで平山が、彩のことを話している…といっても彩の家のパンのこと。

「…彩も平山もいい奴同士でお似合いだよ」

彩子、笑って打ち消すが、まんざらでもない様子。

 

そんな時、ニュースが駆け巡った。

矢野に平山が告白し、振られたと―――。

 

落ち込む平山に彩子が声を掛ける。

平山はポツポツと話し始める。

矢野のアンニュイで、何考えているかわからないところに魅かれた。

ある日、矢野がスマートフォンを見て笑っているのを目にし、そっと覗いてみると、子犬や子猫の動画だった。

“あぁ、この子はほんとはこういう子なんだな

守ってあげたいな”と思った。

共感してくれる彩子に、

「山田ってさ、本当、優しくて、一緒にいて和むな」

「俺、山田と…」

ドキッとした顔の彩子。

「…山田とずっと…友達でいたい」

―――現実が、自分の期待以上には絶対にならない―――それが私だ。

 

オーディションを控えた現実に戻る。

――― 一目惚れして一目惚れされて初恋を成就させたジュリエットを演じるなんて説得力皆無…!!―――

 

階段で委員長の杉本紗和に、彩子は声を掛ける。

 

「紗和、オーディション、もし同じグループだったら頑張るけど、失敗してテンポ

 おかしくしたらごめん……他の人にも言ってこなきゃ」

「言わなくていいわよ、そんなこと。

 そうやって先回りすることに意味はあるのかしら?」

「でも…グループ発表だから、失敗したらみんなに迷惑かけちゃうよ。

 私…いつも自分の予想を越えたことがなくて…。

 奇跡は紅華に入学できたこと位で、大抵のことは想像以下で…。

 私、今まで彼氏いたことないし、好きだって言われたことないし…」

紗和は彩子に向かってこう言った。

「私も人を殺したことがない」

「両想いになったことのない彩と、人を殺したことがない私は、未経験という点で

同じだわ。」

「…失敗することを恐れているとね、必ず失敗するわ。

そして、人よりうまくやろうとしても失敗するわよ。」

~~委員長はバレリーナの時、失敗した苦い経験があるのだろうか?!~~

 

…ならばどうすればいいのか?…アドバイスを求める彩に、紗和は続ける。

 

「難しいけど簡単よ。

今できることをすればいいのよ。

今まで練習してきたこと、それをそのまま再現すればいいの。」

「彩は娘役として、全方向から嫌われないタイプよ。

大丈夫、自信持って。彩はかわいいよ。

さ、行こ。」

 

―――あれ?これって前にも誰かに言われたような…。誰だっけ…?

 

オーディションに場面は移っている。

やはり彩子のジュリエットと、紗和のティボルトは同じ組になったようだ。

「杉本さん、彩ちゃん、がんばって下さい」

さらさが声を掛ける。

 

再び彩子の回想。

彩子と矢野明日花が屋上で話している。

彩子は明日花に、何故平山を振ったのか尋ねる。

 

「え~だってぇ~彩ぁ~平山のこと好きでしょ?」

「…私ぃ~女受け悪くてぇ~女友達、彩だけじゃん 優しいの彩だけじゃん

何かぁ~、人として彩に嫌われたら終わりかなぁって~」

 

「平山、今傷心だから、告ったらつきあえるじゃん」

「そんな~弱みにつけ込むみたいなの嫌だよ~」

「なんで~?ハッピーエンドなら、それでいいじゃん?」

「でも…ずっと友達って言われたし…」

「へへへ…彩かわいい」

「かわいくないよ。言われたこともないよ」

「彩はかわいいよ。誰からも好かれるし、あったかいオーラ出てるし。

だから紅華もきっと受かるよ。」

「そうかなぁ…」

「そうだよ~。私も男だったら、彩、彼女にしたいよ。

何なら~女のままでもつき合えるけど~」

そうして彩子に視線を向ける。

「うーん…そっかぁ。有難う」

 

「アハハハハ…やっぱ彩かわいい。

私も一生友達でいたい。」

「ホント、彩、大好き。

かわいくて涙出る。」

 

「何という言葉を使えば、この燃えるような僕の気持ちを

貴女に伝えられるのだろう」

ロミオ役の台詞がシンクロする。

 

―――うそ…もしかしてあれって…へええ~~~~っっ?!

 

“山田さん、さっきから青くなったり赤くなったりしてるけど、大丈夫かしら?”

舞台上を見ている声楽担当・早乙女先生。

“みんなごめんね。

私は教師として平等に評価をしていきたいと心掛けているわ。

…でもね…教師だって、人間です。

どうしたって、自分が才能を見出した子を応援してしまうのよ”

 

“ミュージカルは舞台の総合格闘技よ!

一発必中の華麗な技が決まれば逆転できる!!

山田さんっ、あなたにはそれがあるのを忘れないでっ!!!”

 

「ロミオ…」

“がんばってぇ”

 

「…どうしてあなたはロミオなの?」

 

―――不思議…憑き物が落ちたみたいだ…。

 

気がつかない所でそっと誰かが見ていてくれる。

―――奈良っちみたいにはなれないけど…。

 

―――舞台に立った時、沢山のお客様の中の誰かが、私を見つけてくれるかな…?…見つけてほしい…私を…

そう思うのなら、ダメもとでもアピールしなきゃだめなんだ―――

 

「動けば肘が当たるような人の波の中

ロミオ…振り向いた時、そこに見えたのはあなただけだった」

―――言えた!―――

 

*****

 

「さて…次は主席のティボルトか…」

安道=ファントム先生、あくまで冷静。

「ロミオ…!貴様、俺に何をしたっ!!」

杉本紗和委員長の指差す先にさらさの姿。

そして目が合う。

 

大木先生:「指先の細やかな表現が美しい。さすが将来はプリマ・ドンナとまで

       言われた子」

 

「馬鹿な…。これが俺の最期だというのか。

ジュリエット…俺の美しく輝く星。最後まで手の届かぬまま俺はゆく。

モンタギューめ、滅びてしまえ。

ロミオ…お前に殺られるとはな…」

(~~~委員長…💧💧…顔、怖いです…~~~)

 

高木先生:「これは…これは…怒りと憎しみでいっぱいのティボルトだね」

 

「お嬢様、大変です。ティボルト様が…」

乳母が駆け寄る。

“さぁ、山田さん、ここからがあなたの勝負所よ”

 

ところが彩は歌いださない。

見ている生徒たちが顔を見合わせる。

 

“なぜ、歌わないっっっ!!!”

 

ゆっくりと間をおいて、まずは手の動きから。

「♪うそよ 間違いよ それとも神が与えた試練なの…」

手に汗握る早乙女先生。

 

彩子の歌はやがて広がりを見せ、

「♪…あなたへの愛は 消えない炎よ 信じる力を私に与えて」

彩子の熱唱を懸命に見守るクラスメイトたち。

その歌の非凡な実力に、早くから気づいていながら、それを発揮できず、自信をもてずにいる彩子をもどかしく思っていた薫も、笑みを浮かべている。

“計算された、歌に入るまでの絶妙な間。

おとぎ話を語り始めるようにスッとピアニッシモから入り、そして徐々に包み込むように優しく強く…”

“私の目は間違っていなかった!!”

 

感激のあまり、机に突っ伏してしまう早乙女先生。

 

演技を終えた彩子たちに、クラスメイトが駆け寄る。

彩子の熱唱を絶賛する声の中、

「さすが、ライバルね」奈良っちの塩対応というか、何ともいえぬ表情。

一方のさらさは、同じティボルト役を演じた委員長の熱演を讃える。

よく目が合ったというさらさに、

「私…人を恨んだことがあまりなくて…」

「…なので仮想敵を作ってみたの。

今、一番ライバル視している人にしたわ。」

 

「誰ですか?」

無邪気に問いかけるさらさに、「秘密。」

委員長は笑みを浮かべて立ち去った。

 

*****

 

その後も、予科生たちの演技が続く。

午前中の組の生徒たちの演技が終わり、

応接室で教師たちが、興奮醒めやらぬ様子で語りあっている。

 

早乙女「青春の輝き!!みんな若くて瑞々しくて、いたいけよねぇ」

大木 「期間限定の不完全ならではの美しさですわね」

高木 「お客様に喜んでもらうには程遠いけど、新鮮ではあるよ」

 

そして、安道=ファントム先生は、こう言った。

「才能とは努力と持続力って言いますけど、たまにいるじゃないですか。

裏をかくわけでもなく こちらの想像を超えたものを出してくるやつ。

そういうのを見せられると、わが事のようにワクワクしますね」

 

昼休み。ロッカー室で昼食を囲む予科生たち。

午後の演技を控えて食事がのどを通らないとこぼす他の生徒の言葉をきいて、委員長、薫、沢田双子姉妹、山田らが、午前中で終わってよかったと話している。

後は誰に票を入れるか考えるだけ―――沢田姉妹の言葉を遮るように、奈良っちが、さらさがまだ終わっていないと告げた。

 

そうだ!―――さらさがまだだった!

道理で静かなわけだ。

 

そのさらさは一人、中庭にいた。

 

さらさは紅華に合格した頃のことを思い出していた。

前夜のパーティーに来られなかった暁也が、水族館に誘ってくれたこと。

楽しみにし過ぎて早くに支度が終わり、暇を持て余しているので、さらさは暁也を家まで迎えに行くことにした。

家の前で、暁也から「1時間遅れる」とLINEが入る。

だが、そのさらさの目の前に、兄弟子・煌三郎と連れ立って出ていく暁也の姿がある。

隅田川の川べりで、さらさのことを話す2人。

煌三郎は、暁也にさらさとつき合えと提案。

(~~~松本零士氏デザインの“ヒミコ”がわざわざ旋回して船着場に着けるなど、妙に気合が入ってるんだよなぁ…~~~)

 

煌三郎は、さらさが神戸の紅華に行くと、情報が得にくくなる。

単なる幼馴染だと疎遠になる。恋人同士だと連絡を取ろうと努力する。

さらさの動向を掴んでおきたいのは煌三郎の側なのだ。

暁也がそれを言うと、煌三郎は暁也に、

“このまますんなり十六代目・白川歌鷗になれると思うな。

(現)歌鷗は、芸の鬼だ。自分が認める逸材が出てきたら、芸養子にして跡を継がせる。(そうなったら暁也はお払い箱だ。)

そうなった時、自分ならそれを止められる。

それだけの信頼を歌鷗から得ている。”

―――要するに、暁也が人間国宝・白川歌鷗の後を継げるかどうかは、兄弟子である俺の気持次第なんだぞ。だから俺の言うことを聞いておけと、おどしているわけである。―――

 

「じゃ、考えといてね」

軽い口調で暁也の肩をポンポンと叩き、煌三郎は暁也を残して立ち去った。

その後ろ姿を見ながら独白。

 

「万事あの調子で恨まれることもあるだろうに

憎みきれないって凄いよな…。

…頭の回転の速さと、愛嬌と華、顔…色悪…」

 

 

さらさは三つ編みマスクで変装し、そんな2人のやりとりの一部始終を、

こっそり陰で聞いている。

 

水族館にて。

大水槽で自由に泳ぎ回る魚たちを見上げるさらさと暁也。

そんな魚たちの群舞を、さらさは紅華歌劇団のパレードのようだという。

キラキラと遊んで泳いでいる小魚たちが団員。

大きく、ゆっくり泳いでいるのが役付きのスターさん。

その中でも、トップスターはエイだ。

「…トップ様が背負う羽根のようです」

暁也はさらさが神戸に行ってしまう前に、新橋に誘うが、さらさは歌舞伎を観に行くのは祖父に禁止されている、とやんわり断る。

自分が家を出ても、時々祖父のところへ遊びに来てほしいと頼む。

そして、

「…紅華に入学して、2年後にはあの沢山のお魚の一匹になります。

いつかエイになって、オスカル様を演じたいです。

さらさはやっと本当に歌舞伎から卒業できます。

さらさのなりたかった助六は暁也くんに譲ってあげます。」

 

「…あのね…暁也くん…。

さらさの彼氏になって下さい。」

 

*****

 

再び紅華音楽学校。

昼休みが終わり、さらさが戻って来た。

役作りの仕上げをしていたという。

 

「大丈夫そう?」

気遣う奈良っちに、さらさはいつもの満面の笑みを見せ、「今度こそ、さらさのティボルトを皆さんにお見せします!」と宣言した。

再びオーディション会場。

さらさの名が呼ばれる。

何故か最初に呼ばれるはずのロミオ役が飛ばされている。

勘のいい薫はあることに気づく。

 

安道=ファントム先生が告げた。

そして、ロミオは、俺」

 

**********

 

前回に続き、オーディションの模様が描かれるが、山田さんのエピソードメインの前半で全て持って行かれてしまった感がある。

 

誰からも愛される温かみのある優しい性格、そんなほんわかした山田さんの、仄かに恋を抱き始めていた平山君からの、まさかの“友達宣言”。

それまで何とも思っていなかった、ただの親しい友達から、徐々に異性として意識し始めた相手。

そんな相手から、何の悪気もなしに“友達”と言われるショック。

相手を意識し始めた側のみが抱く、敗北感。失望。時に絶望。

しかも言った本人は、最大限の親愛の情を示したと微塵も疑わない。

 

そして、周囲の評判は悪いが、自分は分け隔てなく親しく付き合っている同性の友人。

恋多き女―――場合によっては尻軽女などと陰口を叩かれていたかもしれない。

そんな女友達が、実は自分のことを少なからず想っており、しかも、他の誰よりもかけがえのない“本命”だと思っている。

彼女は、恋多き女と噂される中で、実は“本命”だった女友達に、いつもの気安さからは到底想像もつかないほど慎重に、しかもサラッとその秘めたる想いを告げた。

きっと心臓はバクバク。

想いを打ち明ければ、友情が壊れてしまうかもしれない。

もう気軽に話すこともできなくなってしまうかもしれない。

矢野明日花にとり、まさに一世一代の賭けだったのだろう。

 

そんな切羽詰まった思い詰めた気持ちに全く気付かず、素直に「有難う」と答える山田さん。

「アハハハハ…」

ことさら大声で笑い飛ばし、一世一代の告白も、冗談めかして、そのままなかったことにしてしまうしかないではないか!!

大笑いしながら自然と溢れ出てくる涙。

“顔で笑って心で泣いて”という言葉があるが、この場合、“顔で笑って、泣いて、心で泣いて、そのまま無理矢理笑い飛ばせ”といったところである。

この後、矢野さんは彩子から顔を逸らし、溢れ出て止まらぬ涙を、笑いで覆い隠して拭い去るのだ。

 

確かにLGBTの“L”なのかもしれないけれど、それまで蓮っ葉で尻軽な今どきの娘―――そんな印象しかなかった矢野さんが、この瞬間、とても美しく見えた。

 

この横顔涙のカットは原作にはなかった。

何だかとても切なくなった。

 

そんな矢野さんの心の葛藤を、その場では全く想像もつかず、自分の人生経験の引き出しにはない、到底理解できない―――そう思っていたジュリエット役を演じる時が刻一刻と迫る中、そこで初めて「うそ…あれって、もしかして…」と、ずっと後になって気が付き、あせる山田さん、やっぱりかわいい。

 

本作において、山田さんはその取り上げられ方において、実は随分優遇されている。

紅華の卵として、遥かに高い意識をもつ薫など、あの夏のスピンオフがなければ、モブキャラ並みの扱いといってよいほどだ。

 

元アイドルの奈良っちは勿論のこと、祖母の代まで三代遡って紅華乙女のサラブレッド・薫、バレエ界で将来のプリマ・ドンナを嘱望された委員長・杉本紗和ら、常人離れした華々しい経歴あるいは血統の持ち主。

 

下町の畳屋の孫娘で、一見庶民代表に見えるさらさだって、実は歌舞伎界との繋がりが濃く、日舞で鍛えられた体幹の強さ、稀にみるコピー能力など、非凡な才が垣間見える。

それに何と言ったって父親だ。

煌三郎が匂わされるが、実は歌鷗かもしれないのだ。

そうすると、さらさは歌舞伎の血筋を受け継ぐ娘ということにさえなる。

 

主な100期生の中では、沢田双子姉妹が母が昔から紅華ファンという他は、一般家庭の出に思えるが、紅華とのつながりが全くなく、8歳の誕生日に連れて行ってもらって紅華ファンになった以外、全くの予備知識もアドバンテージもない、街のパン屋さんの娘・山田彩子の庶民度は、やはり群を抜いている。

 

山田さんだけが、いわゆる普通の女の子なのだ。

意識が高く、気持ちも強く、自信と克己心に溢れた同期生に気圧されて、弱気にもなるし、自信も失うことだろう。

本作もまた、私含めて、殆どの読者は、特別何かの素養や係累があるわけでもない、至って普通の人だと思う。

誰もが最初から薫や委員長のように、高い意識で、強い向上心を最初から持ち続けていられるものではない。

山田さんの弱気、自己評価の低さが、多くの読み手にとり、最も親しみを持つことができ、共感しやすい感情なのだと思う。

 

「スチュワーデス物語」で、“ドジでのろまな亀”の堀ちえみに声援を送るのも、山岸凉子の「アラベスク」でノンナを応援したくなるのも、同じような感情だと思うのである。

 

しかしながら、そんな山田さんが、例え成績最下位になろうとも、紅華という選ばれし狭き門の一員たることができたのは、その歌の才能に拠るところが大きい。

勿論、誰からも愛される温かみのある雰囲気が、入試の時点で、大きな魅力として映ったのかもしれないが、やはり歌のスペシャリストとしての素質を見出されたことに優るものはないと思う。

 

今回でも、あの第5話に続き、山田さんの歌唱力にダイヤの原石を見出した早乙女先生の、胸が熱くなる独白がある。

人間、誰しも他人から何かしらの点で認められ、評価されると、大人でも、年寄りでも嬉しいものだとは思うが、それが思春期の、まだ何物か判然としない時期の未完成な時期であれば猶更だ。

 

大人ほどには世界が拡がりを見せていない10代において、自分のことを認め、かけがえのないものに思い、例え心の中ででも味方になってくれる人がいてくれるということが、どれだけ心強いことか。

 

未成年者の場合、まず身近なところだと親。それに先生。

そういうすぐそばにいる大人が認めてくれるか否かで、その子の心のあり方はものすごく違ってくるように思える。

 

あとは友達。

自分の心根が悪ければ、良い友達は得られない。

例え表面的な、知り合い程度の“友達”はできたとしても、互いの人となりを理解し、認め、かけがえのないものと思ってくれる、いわば生身の友達は、テクニカルなことや、表層的な言葉だけで作れるものではない。

 

そして大切なのは、そうして自分の心の支え、拠り所となってくれる人、味方になってくれる人の存在に気づき、それを当たり前だと思わず、感謝できる気持ちだと思っている。

 

前回最後のように、自信喪失な山田さんを叱咤する薫は、何度も繰り返すが、紅華入試実技試験の時点で、実は山田さんが歌の名手であることを知っていた。

その強みを何で活かそうとしないんだ!

もどかしい思いが募り、ついきつい言葉で突き落とす。

 

今回登場する杉本紗和委員長は、“もっと高い意識を持て”という点では薫と同じだが、そこから建設的なアドバイスを山田さんに与え、最後に自信を取り戻させ、気持ちを前向きに導くフォローまで欠かさない。

この辺り、「さすが委員長!」と掛け声をかけたくなるような、見事な対応である。

委員長、人間が出来ている。

委員長が委員長で本当に良かったと思っている。

 

悩んだり苦しんだりする中で、決して順風満帆とは言えず、自己評価も低く、挫けそうになるけれど、地道な努力をきっと誰かが見ていてくれる。そして誰かが認めてくれる。

欧米の特にキリスト教圏では、“神が見ている。自らの善行、努力が神の意に沿う。ゆえに人が見ていなくても善行に励み、刻苦勉励を欠かさない。”そんな考え方が深く浸透しているようだが、日本にだって、“お天道様が見ている”という言葉がある。どの神様かははっきりしないが、“神様が見ている”そんな漠然とした概念は心の中にある。決して捨てたものではない。

 

ともすると現代社会においては、アピールとかプレゼンとか、コニュニケーション能力とか、場合によっては話にオチがあるとか、そうした表現技法の巧みさだけが、その人の魅力を測る尺度のようになっている感があるが、その結果、誰もが同じような格好をし、同じような言葉を喋り、同じような行動パターンをとる、金太郎飴のような、その癖、言うことだけは一丁前の皮相的で薄っぺらな人間が量産されるに至った。

 

だが、少なくとも紅華の世界では、そうした均質性は全く評価されないということなのであろう。

 

とはいえ例え道端に咲く野の花だって、美しく華やかに自らを彩る時期がある。

誰かに気づいてもらいたいと、懸命に花を咲かす時もある。

 

「…舞台に立った時、沢山のお客様の中の誰かが、私を見つけてくれるかな…?…見つけてほしい…私を…」

 

山田さん、けなげである。

クラスメイトの女子や、矢野さん同様、私も思う。

「山田さん、かわいい。」

 

どうやら早乙女先生同様、私もすっかり山田さん贔屓である。

 

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今回のエンディングは、第10話に続く、杉本紗和委員長&山田彩子さんペアの特殊バージョン・「シナヤカナミライ」

 

今回の採用は、内容的に文句なしといったところ。

 

いよいよ遂に残すところあと1回。

さらさティボルトが待っている。

実際の文化祭エピソードを原作通りやるには到底話数が足りないが、ダイジェスト版で端折るのか、オーディションの結果発表で終わるのか、はたまた“紅華乙女100期生、皆それぞれ頑張ります”といった体で、オーディションの結果発表自体をやらずに終わるのか。

エンディング曲の最期のシルエットから、原作にも同じ構図で描かれるポスターで終わりというのも、ある意味ビシッと一本、筋が通るように思えるが。

 

今はただ、最終回を待つのみ。

 

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今回も掲載画像は、一部を除きTVアニメ『かげきしょうじょ!!』公式サイトより借用しました。

次回へ続く。一部敬称略。

前回の続き。

 

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TVアニメ版・第10話は「4/40」と題され、原作第5巻の大半、聖先輩の紅華受験前を描いたスピンオフを除いた箇所に相当する。

“奈良っち回”となった。

 

大運動会の次は文化祭である。

一般的なものとは大きく異なり、本科生が中心となって歌と踊りを披露する、いわば卒業公演である。

紅華小ホールで催され、一般観客やメディアにも公開される。

 

今回、さらさ達の1学年上・99期生たちメインの文化祭で、予科生たちの寸劇が行われることとなった。

文化祭1日目、1幕最後に寸劇10分、コーラス5分が予科生の出番である。

寸劇の演目は『ロミオとジュリエット』

安道=ファントム先生の演劇の授業で、夏休み前に実技演習を行ったのと同じ演目だが、台詞は異なる。

選ばれるのは40人中4人(だからタイトルが「4/40」)、残りはコーラスに回る。

紅華はスターシステムで、配役は演出家や上層部が決めるものだが、今回はオーディション形式をとる。

各人、希望する配役に立候補し、実演して見せ、自分以外の者に投票する。

役はロミオ、ジュリエット、ティボルト、乳母の4つ。

 

今回は入浴シーンのサービスカット(?)。

何役に手を挙げるか乙女たちが話に花を咲かせる。

前回ロミオ役だったが、ティボルト役もいいと、憧れのトップスターたちの演技に萌え萌えの委員長に対し、上昇志向の強い薫は、ロミオ一本で、アピールのチャンスと宣言。

歌しか取り柄がないと、自己評価の低い山田さんは、薫の勢いに気圧され気味。

そんな中、さらさはロミオかティボルトか迷っている。

同室の奈良っちは、ロミオがいいと思うと言う。

さらさの明るく真っ直ぐな性格がロミオ向き、上層部に自分の長所をアピールしたほうがいいと思う。それに、皆で観劇に出かけた帰り道、さらさが再現してみせたロミオの台詞。

「…もう一度、さらさのロミオを見てみたい」

 

奈良っちが日課の清掃。指導役の聖先輩が、予科生による寸劇の話を聞き出している。

「私、上手に笑えないので、ジュリエットより乳母のほうが…」

「えー何それ?バカじゃない!

 だって今はまだ有象無象の100期生の中で、

 お客様が見たいのは元JPXの奈良田愛ただ1人よ。

 それが乳母?お客様を落胆させるつもり?

 断言するわ。ジュリエットはあなたよ。」

奈良っちは、それは実力ではないと反論するが、聖先輩は、美しさという付加価値は持って生まれた才能。ゴールに近いスタートラインに立っているのだから、全力疾走で逃げ切ればいいと告げた。

 

職員室でも、オーディションの話題が出る。

安道=ファントム先生は、芝居はチームワークだが、一回位は競争心を煽ってもいいと言う。一方、女性教師陣たちは、刺激と競争心が暴走して、嫉妬と憎しみに転じないよう気をつけろと忠告する。

 

さらさはロミオかティボルトかで迷っているが、暁也からの電話で、何かを決意した様子。

 

役の希望を申告する日、予科生たちは黒板に自分の名前を書いていく。

―――さらさの脳裡に暁也との会話が甦る。

「…ロミオが合っていると言われて悩むんなら

さらさちゃんが本当にやりたい役はきっと…」

さらさが自分の名前を書いたのは、ティボルト役だった。

「へぇーっ」

「リベンジです」

 

杉本紗和委員長も同じくティボルト役希望。

共に健闘を、と握手の手を差し出したさらさに対し、本気モードの委員長はライバルと馴れ合わないと言い放ち、握手を拒否。

奈良っちはジュリエット役を希望。山田彩子も、沢田双子姉妹も、ジュリエット役志望。

 

“仮にあなたに実力がなくても、全力疾走で逃げ切ればいい”

聖先輩の言葉は、トップになりたいのなら必死に努力しろって意味。

 

1週間後のオーディションを前に、各自自主練に励む。

とりあえず奈良っちは、配られた台本に読みがなをつけることから始めた。

 

一方さらさは、ティボルトの役作りに悩んでいる。

 

ティボルトは、いとこのジュリエットに許されぬ恋心を抱き続け、その苛立ちから、ロミオの親友・マキューシを殺す。そしてロミオに殺される。

 

「馬鹿な…。これが俺の最期だというのか。

ジュリエット…俺の美しく輝く星。最後まで手の届かぬまま俺はゆく。

モンタギューめ、滅びてしまえ。

ロミオ…お前に殺られるとはな…」

 

これが元の台詞だが、さらさは色々なティボルト像を模索している。

 

「手の平に咲いた赤い薔薇。いいや、これは俺の胸の中から流れ出る命の赤。

血だ…。滅しなさい!モンタギュー」

これはナルシストバージョン。

 

「ジュリエット…私の小宇宙に瞬く遠き恒星よ…。何億光年かけても、君には辿り着けなかったようだ。」

これは頭脳明晰バージョン。

 

更に…続けようとするさらさを奈良っちは制し、オリジナリティを出そうとするあまりセリフを変えてはいけないと言う。

「…個性を追求しすぎると、押しつけがましくなる。

 大切なのは、いかに役に寄り添えるか?

 個性とは、役者本人からにじみ出るもの。」

「うわー!金言いただきました!」

 

奈良っちの頭に、女優の母の言葉が甦る。

「…私が!私が!…ってこれ見よがしの演技が鼻についちゃう。

大切なのは、役を理解して、いかに役の人生に寄り添えるかってことなのに。」

 

“脚本から、ティボルトの日常を読み解けば、彼という人物が見えると思う。”

“彼は死ぬとき、何を思うの?それを考えたら、それがさらさのオリジナルになるんじゃないかな。”

奈良っちはさらさにアドバイス。

“これはよく考えなければですね。愛ちゃんありがとうございます。”

奈良っちはにっこり微笑んだ。

~~~キモオタさんが、この顔見たら、“奈良の開国”どころか、“天照大神御降臨!”とか言うんだろうな…~~~

 

―――ティボルト…ジュリエットへの恋心を表に出せずひねくれ、荒れる。

とっても複雑な人―――

各メンバー達が役の掘り下げに精出している。

奈良っちは、課題の笑顔の作り方から。

委員長はティボルトの憎しみの表現に力を尽くす。

 

オーディションを明日に控え、一緒に風呂につかっても、言葉ひとつ話そうとしないほどピリピリしているメンバーたち。

 

風呂から上がると、丁度テレビが暁也の姿を映していた。

さらさは昔のことを思い出す。

―――女の子は歌舞役者になれないと知らされ、向かう気持ちを紅華の「ベルばら」に切り替えたばかりなのに、歌舞伎の稽古に忙しい暁也のことを聞くと、自分が絶対になれないものになれる暁也が羨ましくて、怪我でもして、暁也も歌舞伎が出来なくなればいいと思ってしまった。―――

 

…悲しいくらい手の届かないものを、無邪気に当たり前のように持ち去っていくロミオ。…さらさの中で、ロミオが暁也の姿に重なる。

 

オーディション当日。

会場には、安道=ファントム先生の他に、副校長、演劇講師で紅華歌劇演出も兼務する高木先生(一見穏やかで物静かな紳士風だが、後にさらさ達が本科生になった時、厳しい演技指導にあたる)、紅華歌劇団OGで文化史担当の大木先生、声楽講師の小野寺先生たちがズラリと並んでいた。

騒然とする100期生たち。

4つの役を、当日不意打ちで4人任意で組まされ、そのグループ内で個々の演技を採点していく。

希望者が偏っているため、足りない役は安道=ファントム先生や高木先生が補う。

 

最初の組に、ジュリエット志望の奈良っちが呼ばれた。

採点を先生たちも行うことを知り、多くの人前で晒し者になることに、予科生たちは動揺を隠せない。

最初にセリフがあるロミオ役は、台詞をとちり、やり直しを志願した。

 

そんな中、奈良っちは流石の落ち着きぶりである。

…薫はそう評したが、奈良っちは心の中で自分の出番を待ちながら思っている。

 

“これは余裕ではなく慣れ。JPX時代に多くの舞台を経験し、アイドルとして常に人目に晒されることを無視する「慣れ」。”

“そんな私も、さすがに大舞台では緊張とプレッシャーに潰されそうになったものです。そして今も…。

恋というものが理解できていないから、ジュリエットという役に寄り添えない”

 

“さらさにドヤ顔でアドバイスしたことが、こんな風にはね返ってくるとは…”

母親の顔が一瞬浮かぶ。

待機しているさらさは薫に、ひそひそ声で奈良っちのことを話している。

「愛ちゃんは、自分の感情を外に出すのが下手なだけで、内側では高速回転しているんだと思うんです。」

 

奈良っちの心の声は続く。

ジュリエットの胸に突然去来したロミオへの恋。

その実像がわからない。

“一目惚れ…?形から入る?

ロミオがイケメンだったから…?外見だけ…?

運命の恋が、そんな俗っぽいことでいいの?

…波長が合って、ロミオの纏うオーラが良かった?!

恋するとオーラが見える?

…エスパー?

恋ってSFなの…?!”

“とりあえず、しれっとセリフを言えばいい…。

ううん、諦めちゃいけない。

こんなことで挫けていたら、あそこへは辿り着けない。”

「愛ちゃーん!」

さらさの声が甦る。

それは、学校を抜け出し、神戸の港に一人佇んでいた時、奈良っちの顔を知るナンパ男たちに絡まれそうになった。

その時、助けに来てくれたさらさの姿。

 

キモオタ氏との“決着”。

その帰り、華のみちで、

“幼少期の嫌なことを忘れたい。”

「それにはどうすればいいの?」

そうさらさに後ろから尋ねた時のこと。

皆で行った観劇会。

その帰り道、観てきたばかりのロミオの台詞を完璧に再現してみせたさらさ。

一瞬その台詞のように、夕空なのに煌めく星々の姿が見えた。

同じ場所に立ちたい―――そう思ったら、自然とさらさの元に駆け寄り、手を取って、“お友達になりたい”…そう告げていた。

そんな私に、さらさは満面の笑みで、“私もずっとお友達になりたいって思っていたんです”と答えてくれた。―――

「ロミオ、あなたはどうしてロミオなの。

モンタギュー家と縁を切り、その名を捨てて

それが無理ならせめて私を愛して」

 

―――恋はまだわからない。

これから知る時が来るのかな?

それすら今は自信がないけれど。

でも私、桜舞い散る木の下で出会ったの。

私を導く宝物のような出会い。

私はさらさと銀橋を渡る。

そのためには何一つ諦めてはいけない―――

 

奈良っちの中で、さらさへの想いが、ジュリエットのロミオへの想いに今シンクロする。

 

「動けば肘が当たるような人の波の中

ロミオ…振り向いた時、そこに見えたのはあなただけだった」

 

無表情だった奈良っちが、今、突如として覚醒したかのような熱演。

見守る同期生たちは、一斉に笑顔を浮かべた。

 

「お疲れさん」

安道=ファントム先生の声がかかる。

演技を終えた奈良っちは、オーバーヒート状態。

完全にトリップしていたのを、さらさがパチンと手を叩き、漸く彼方から戻って来た感じだ。

 

5分休憩。

化粧室で話し合う山田さんと薫。

「どうしよう…一番最初に凄いの見ちゃって

 私ジュリエットやっぱり向いてなかったよ

 どうしよう…」

「彩のそういう所さぁ 全然直ってないんだ。

 弱音吐くのもいい加減にしてほしい。

 この期に及んでそんなことさ、

 誰もが思ってても口に出さないだけなんだから」

 

山田さん、ますますプレッシャーで押しつぶされそうになる。

 

そして2組目。

ジュリエットにはそんな山田さんが、そしてティボルトには杉本紗和委員長の名が呼ばれた。

 

**********

 

ジュリエットがロミオを恋する気持ちを理解できなかった奈良っちは、目まぐるしい“高速回転”の末、初めてできた友達・渡辺さらさとのかけがえのない出会い、さらさを大切に想う友情、絆、そうした感情をシンクロさせることで、役に寄り添うに至った。

 

奈良っちは、少女時代に母親の交際相手から受けた性的虐待が元で男性恐怖症になり、自分と関わろうとする人間をシャットアウトすることでこれまで生きてきた。

 

さらさが言ったことをそのまま鵜呑みにしたわけではないのだろうが、今は紅華音楽学校生徒として、懸命に演技、歌、踊りなどに取り組むことで、過去のトラウマを記憶の彼方に押しやろうとしてはいるが、決してトラウマが消えたわけではない。

 

ジュリエットがロミオに抱いた恋愛感情の表現に、自らの引き出しにある中で、さらさへの想いを重ね合わせたことと、元々男性恐怖症であることを合わせて、奈良っちを百合系のようにいう書き込みを某巨大掲示板で見たが、それは違うと思う。

 

奈良っちは不幸にも、人が人を大切に思う経験をあまりにも知らずに来てしまった。

未成年者にとって、関係性が良好であれば、最も最初にそういう感情を抱くべき親―――特に母親が、奈良っちにとっては、娘ではなく自分自身にしか興味のない女優であり、それどころか自分を酷いトラウマに陥れた忌むべき男を近づけた張本人なのである。

(奈良っちがさらさに、“台詞を変えてはいけない。役に寄り添い、役を理解していけば、個性は自ずと役者からにじみ出てくる”とアドバイスした時、誰に教わったんですか?とさらさに尋ねられ、「女優さん」と突き放した言い方をしていることが、奈良っちの母親との関係性を如実に物語っている。)

一体、奈良っちの母は、今をもってしても、娘をこんな性質に変貌させた原因をわかっているのだろうか?

 

父親が誰なのかは一切語られず、その気配すらない。

家庭に、家族に、安らぎを得られず、唯一心を許せる相手は叔父の太一だけ。

それでも太一がいてくれただけ、まだましだと言えようが…。

多分、奈良っちにとって、太一叔父さんは、大切な人、かけがえのない人というよりも、適度な距離感を保ちながら接してくれる安全なシェルターのような、意識しなくていい唯一の存在なのではないかと思う。

奈良っちが紅華を受けたのも、女性だけの歌劇団で、男性と接するストレスが極端に少ないことが大きな理由だとは思うが、それ以上に、太一が紅華の講師だということが大きかったのではないか。

 

紅華に入り、元JPXといういわばアイドル崩れの異色の経歴を持つがゆえに、世間から色々と注目を集めるが、そこは自らにバリアーを張り、必要以上の他者との関わりを避けるから大丈夫。

そんな中、さらさだけは、そんな彼女のバリアーをいともたやすく乗り越えて、明るく無邪気に、ある意味無神経なまでに、彼女の領域に踏み込んできた。

最初はそれが堪らなく鬱陶しく嫌だったが、やがてそれを超越した想いが奈良っちの中に芽生え、さらさがかけがえのない存在になっていく。

 

きっかけは自分の暗部に触れる事件に偶々さらさが関わったことだが、やがて憧れという全く別の感情が芽生え、更に共に高みを目指したいという、戦友とか、同士愛とか、そういった感情に変貌を遂げていったのだと思う。

 

TVアニメ版・第8話・「薫の夏」で、感情表現に乏しいと評されていた薫が、高校球児・陸斗との関わりを経て、例えそれが淡い恋に自ら終止符を打ったちょっぴりほろ苦いひと夏の経験だったとしても、そのことが、彼女の感情表現に何某かの影響を与え、もしかしたらそれが、落ち続けていた紅華受験の最後のチャンスに合格を齎してくれた要因だったのかもしれない。

 

それと同様に、これまで無表情を続け、夏休み前の演劇実技で、“このジュリエット、恋してねぇ~”と安道=ファントム先生に心の中で評されるほど、感情表現が下手であった奈良っちが“演技開眼”を果たせたのは、再び演ずる機会を得たことと、さらさとの友情をかけがえのない想いとして、自らの引き出しに取り込むことができたこと、そしてその時、そこに役柄を結び付けられたこと、こうしたことの賜物だったといえるだろう。

 

このペースでいけば、恐らくTVアニメ版では描かれないと思うが、文化祭当日でのアクシデントを経て、奈良っちは更なる演技の幅を身につけるチャンスを得ることになる。

この回は、奈良っちが本格的に演技に目覚める大きなきっかけとなる、重要なエピソードだと思う。

 

そんなわけで、今回のエンディングは、原点回帰。

さらさと奈良っちのデュエット・「星の旅人」

3つあるバージョンの内、今回は誰もが納得のEDといえるだろう。

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今回も掲載画像は、一部を除きTVアニメ『かげきしょうじょ!!』公式サイトより借用しました。

次回へ続く。

前々回の続き。

 

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TVアニメ版第10話は、10年に1度開催される「紅華大運動会」の模様が描かれた。

 

前回最後に出てきたように、秋組の組子が1人、足の捻挫で出られなくなってしまい、専科に代役を借りに来た。

専科のリーダー役・一条明羽は、「折角の100周年だから…」と、敢えて本科生ではなく、100期生にあたる予科生から、しかも成績順という恒例も無視し、さらさに代役を命じた。

早速本科生・副委員長、聖先輩からのキツい嫌味。

何かと目立つさらさのことを“ウドの大木”呼ばわりする様子に、奈良っちも引き気味。

それでも選ばれた以上、しくじらないようにと注意というか叱咤されると、規格外天然少女・さらさは、激励されたと思い、

「はいっ!精一杯頑張ります!!」

 

すると聖先輩、

「駄目っ、ぜんっぜん解ってない。

頑張らなくていいの。むしろ頑張るな」

頭に「???」マークのさらさに、聖先輩は、主役はあくまで劇団員。引き立て役に徹し、「無」になりなさいっ!

「さらさは言われたことを真に受けすぎる傾向にある」

…奈良っち、冷静によく見てる。

 

部屋に戻り、さらさは「無」とは何か?自問し続け、奈良っちに、JPX時代緊張しなかったか尋ねる。

奈良っちは、小さい頃から人に見られるのに慣れてはいたが、それが嫌になった時、自分にフィルターをかける技を身につけた。でも、この前の授業で、それじゃ駄目だとわかった。

お客様を見ているふりをして、お客様に一方的に投げかけるだけでは駄目で、何を見ているのか、何が見たいのか、意識しなくちゃいけない。

 

「やっぱり、さらさなんかを見たい人はいないって事で…」

ますます落ち込むさらさ。

うまく慰めらさなかった―――奈良っちも落ち込む。

…う~ん…共倒れ?!

 

~~~原作ではまだ存在していた“鉄のカーテン”が、アニメ版ではいつしか撤去されている。

前回、双子姉妹の妹・千秋が“家出”してきたのに合わせて取っ払ったのか、奈良っちがさらさに友達になって下さいと駆け寄った後、外されたのか、謎であるが、2人の距離が縮まったことを示す良改変だと思う。~~~

*****

 

いよいよ大運動会が始まった。

各組、趣向を凝らした出で立ちで入場する。

湧き上がる客席。

この日ばかりは、熱い声援も、黄色い声も解禁だ。

音楽学校生たちは会場設営に忙しい。

そこでも厳格な線引がなされていて、競技の手伝いが出来るのは本科生だけ。しかも成績順。

…聖先輩がチクリチクリとさらさに釘を刺し、さらさは委縮するばかり。見かねたリサ先輩が聖先輩に抗議するも、逆にさらさを励ましてやれと切り返される。

 

ハーフタイム・ショーの応援合戦で、専科・音楽学校チームは、紅華歌劇音楽学校校歌「桜吹雪舞う中に」合奏を披露する。

道具の後片付け。

「竹(井委員長)がいない」

と言って、聖先輩が奈良っちに手伝いを命じる。

客の目線は奈良っちに向く。

当然、その奈良っちを従える自分も注目される。

「聖…何て計算高い」

本科生のリサ先輩も呆れ顔。

緊張するさらさに、「失敗しなくてよかったじゃない」と、山田さんたちが声を掛けると、さらさは失敗を恐れるあまり、エア・リコーダーをしてしまったと自白し、更に落ち込む。

見かねたリサ先輩がさらさを連れて場を外し、どうしたのよ!と声を掛ける。

 

さらさは、心配がプレッシャーでよくわからなくなってきて…と弱音を吐く。

オスカル様や何かの役になって人前に出るのは平気だが、裸で舞台に立つような感覚で、無になることがわからないままで、トップ様の中に紛れていいのかな…

…他の人たちのほうが適役じゃないか…と、さらさにしては珍しくうじうじ悩む。

 

「いい加減にしなさいっ!」

リサ先輩が雷を落とす。

「どういう理由であれ、選ばれたら、人から反感を買う。

降りたら降りたでやっぱり反感を買う。

人前に出ていくって、多分そういうことだから、もう逃げられない。

最後まで責任をもって遂行しなさい!」

「そうだよ」

そこへ近づく謎の人物。

…冬組トップスター・里美星(さとみせい)さまだ♡

「…素の自分をさらすのが怖いのなら、いい…?」

 

さらさにそのまま壁ドンして

(きゃあああああ~~っっ♡♡♡

…多くの読者様の心の声を代弁してます…)

 

「紅華歌劇音楽学校予科生の、突然リレーに抜擢されたバカでかい女の子という役を演じなさい。

私たちだってそうなんだから。

舞台の上での役だけでなく、常にトップという存在を演じ続けているのよ。」

そして星さまは、「予科の背が大きくて二つ結びした子に」と、先ほどある人に、無理矢理赤い薔薇を託されたという。

「関係者しか入れないのにどんなズルい手使ったんだろうね」

「“リレー頑張って下さい―――赤いバラの人より”って伝えてくれって」

~~~こうして見ると、さらさはつくづく良い人たちに恵まれているなー。

奈良っち始め同期生たち、リサ先輩、星さま、赤いバラの人こと煌三郎、暁也、健じいちゃんを始めとする浅草の人たち…。

さらさの真っすぐで素直な人物が好かれるのだろう。

人から好かれること―――これも大成する大きな条件だと思う。~~~

 

会場に戻ったさらさ。

リサ先輩に呼び出され、シメられたのじゃないかと心配していた同期たちに、さらさは大丈夫。アドバイスをもらったという。

 

「選ばれたのならもう、逃げ道はない。人前に立つというのはそういうことだ。」

「人目につく場所は、常に舞台なのだから 自分自身を演じなさい」と。

 

さらさは自分に言い聞かせるよう、そう言った。

 

―――そう言ったものの、自分で自分を演じるというのはどういうことなのか?

自分自身を演じても、結局演じない元の自分のままなのではないか…

…何だか禅問答みたいになっている。

 

奈良っちのアドバイスで、そのままでなくてもいいんじゃないか。

自分がなりたかった理想像、憧れの姿でもいいのではないか。

そう言われ、さらさは何故かEカップのプラグスーツの似合う巨乳な自分の姿をイメージする。

 

インターネット上で拾ってきた姿がこんな感じ。

…案外似合ってる?!

何だかアイコラぽい感じがそこはかとなく…。

多分、戦闘服の筈なのに、さらさのあどけない顔が恐ろしく似合っていないんだと思う。もっとキリッとした、例えば薫とか、委員長とか、リサ先輩のほうが似合うのだろう。

ショートカットの頃の奈良っちでは?!

紫色の短髪、無表情、色白で華奢、それでいて美少女―――奈良っちは「エヴァ」の綾波と似てる気がしないでもない。

隠れ巨乳少女が運動会で、胸が邪魔だと思いつつ、胸の揺れに注目されるのが嫌だと思いつつ、懸命に走る!

そんな姿をイメージして、実はオタク少女のさらさは一人盛り上がるが、奈良っちはドン引き。

寧ろ委員長・杉本紗和さんが、周囲の期待と裏腹に、さらさを乗せて煽っちゃった感、なきにしも非ず…。

紅華オタクとアニメオタク―――ジャンルは違えど、オタクはオタクの心を知る。

そんなところなのでしょうか。

 

*****

 

いよいよ大詰め。

組対抗リレーの始まり。

 

緊張の面持ちでトラックに並ぶさらさ。

よく見ると、両腕を胸の前、内側に寄せて、仮想巨乳をさりげなく隠している。

こういうところは律儀なさらさちゃん♡

 

リレーが始まった。

さらさは第7走者。

冬組・里美星さまと競争だ。

意外な本気モードに、さらさは、これはもう巨乳設定どころではないと気を引き締める。

 

さらさが代走で出た夏組が、前の第6走者で、それまで先頭だった冬組を抜かし、一番乗りでさらさにバトンタッチ。

続く冬組走者が星さまにバトンを渡そうとしたところで、焦ったか。

つるんとバトンが飛んでって、「♪バナナ~はど~こへ行ったかな」…じゃないけれど、宙を舞うバトンをキャッチしようとして、星さまが慌てて飛び出したその時、前を行くさらさに激突。

 

2人してトラックに、つぶれたカエルのようにうつ伏せに倒れこんだ。

 

「仕方ないわ。ぶつかったのは星さまよ」

紅華オタクで星さま見ただけで鼻血ブーの委員長、極めて冷静で公平な解説をありがとう。…委員長のこういうとこ、大好きだわ…。

 

うつ伏したままのさらさ。

頭の中で思考が高速回転中。

 

「この場合、何が一体最善なのか…?!

考えろ…考えろ…」

何だか「一休さん」の“什麽生/説破(そもさん/せっぱ)”みたいになってます。

 

その時さらさの脳裡に咄嗟に浮かんだ奈良っちの言葉。

 

「お客様の視線を無視して、一方的に投げかけていただけじゃ駄目なんだって…」

「お客様が何を見てるのか、何を見たいのか、意識しなくちゃいけないんだなあって…」

 

「今、お客様が見たいもの。…それは…?!」

 

起き上がった星さま。

幸いどこも怪我してなかったみたい。

 

さらさのほうを振り向くと、何やら只ならぬ視線。

それは殺気か?テレパシーか?!

…これだけ見ると、ギャグかホラーだわ…。

その時、星さま気がついた。

尚も蹲るさらさに向かって手を差し伸べ、

「大丈夫?立てるかな?」

爽やかな笑顔!

男らしい切符の良さ!

後輩の女の子を助け起こし、そのまま手をつないで共に走る!

「きゃあああああ~~~~~~っっっ!!」

「星さまぁぁぁぁぁ~~~~~~っっっ!!」

観客席のおばさまも、お姉さまも、おばあさまも、黄色い声を張り上げて、コロッセオは興奮の坩堝!

今やボルテージは最高潮でございます。

 

既に周回遅れとなってしまった冬組と夏組。

そのままアンカーにバトンを渡し、アンカーの2人も、仲良く手をつないでゴールイン!!

 

すれ違いざま「ありがと」小声でさらさに礼を言う星さま。

やはりこの人、只者ではございません。

 

怪我を心配する奈良っちの手をとって、

「愛ちゃんのおかげですよ!!

愛ちゃんのおかげでピンチを切り抜けられました!」

大興奮のさらさをよそに、奈良っち、何のことやらさっぱりわからないが、まぁさらさが喜んでくれてるのだから、それでいいやって感じ。

 

こうして大盛り上がりの中、10年に一度の運動の祭典は幕を下ろした。

 

専科の野原ミレイさんが、一条明羽さんに、どうしてあの子を選んだのか尋ねると、一条さんは、同期の子を庇った心意気に加え、知らずに10年前に自分が演じたオスカルを大好きだと言った。ちょっとした贔屓よと答えた。

 

「緊張したけど、さらさはこの運動会で、色んな人に沢山のことを学ばせてもらえた気がします。

10年後の次の運動会は、さらさ達も立派な紅華乙女になっていなければいけませんね。」

 

それでは皆さま、また劇場でお会いしましょう。

 

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インターネット上では、運動会なのに、止め絵ばかりで動きがないと書かれていたこの回。

当blogにおいても、当初の構想段階では、これほど字数を割くつもりはなく、次回11話と合わせる積りだったのだが、作ってみると予想外のボリュームと化した。

その分、大運動会の興奮のさまをお伝えできましたかどうか…。

 

モデルの宝塚歌劇団が、全く同様に10年ごとの節目に大運動会をやっている。

流石に生で見たことはないが、最も宝塚に傾倒し始めた頃が丁度80周年の1994年で、星組大劇場公演を9月に観たのが直接のきっかけだった。

何の気なしに大劇場へ出向き、切符売場で尋ねたら、「丁度団体様のキャンセルが出ました。お客様は大変ラッキーです。」と窓口のお姉さんに言われ、頭に「?」をいっぱい乗っけたまま数日後、再び宝塚へ出向き、観たのが「カサノヴァ、夢のかたみ/ラ・カンタータ!」

円熟した紫苑&白城コンビに魅せられ、当然、何か月後かには大運動会のVHSソフトも買った。

ビデオでしか見てはいないが、「星のプリンス」として青い丸眼鏡をかけた“トップ・オブ・ザ・トップ”状態だった紫苑ゆうさん登場シーンは今も目に焼き付いて離れない。

 

大運動会の各組入場場面では、さまざまな趣向を凝らした演出が垣間見えるが、上で引用した冬組の「銀河英雄伝説」(?)も、他の組のものも、宝塚で実際に元ネタがあるらしい。

インターネット上に幾つか画像が落っこちているのを見かけたが、流石にこれを拾ってきて載せるのは物言いがつきそうなので、自粛。

 

本作に話を戻すと、例によって原作で描かれていたエピソードがTVアニメ版では一部カットされている。

 

安道=ファントム先生が、専科生たちと久々の再会を果たし、専科のお姉さま方にイジられる。

何せ専科のおねーさま方からすれば、さらさ達にとってはちょっと怖いファントム先生も、「守ちゃん」、「マモちゃん」なのだ。

安道=ファントム先生が紅華に入って10年。

安道先生にとって、紅華での10年は、足が上手く動かなくなってからの10年。

華やかな表舞台の裏で、こんなほろ苦い述懐をする人だっている。

 

大盛り上がりのリレーが終わったところで、国広先生が車椅子の“白バラのプリンス”と一緒に裏の通路へやって来る。

劇団員たちが競技場で盛り上がる中、専科の一条さんと野原ミレイさんが出迎える。

「わしらは流石に次の運動会は無いだろうしね」

穏やかに幸せを感じながら、老いを自然に受け入れる。

素敵な年の重ね方をする、かつての主役たち。

紅華100年の歴史の重みがここにある。

 

身重な身体を押して、大運動会を見に来た妊婦さん。

けーこさん。

浅草のさらさの実家に近い蕎麦屋の看板娘だ。

さらさのバレエの師匠でもある。

さらさの実家の畳屋のホームページを作ったりもしてくれている。

追記:原作を読み返したら、違っていました。訂正します。

 

「私、10年前はお母さんと観に来たの。

10年後は、この子と来れたらいいなぁ

この子も紅華を好きになってくれたらいいなぁ…」

 

大きなお腹をそっと撫でた。

ファンにも歴史ありである。

 

 

この回、一番の見せ場は、やはり里美星さまとさらさの衝突~助け起こし事件であろう。

これまでのエピソードでも、星さまとのさらさの関わりは何度か出てくるが、もしかしたら将来、100期生が紅華歌劇団に入る時、さらさは星さまのいる冬組に入るのだろうか。

そんな想像をしてしまう。

原作だと、大運動会の後、文化祭へとつながっていくエピソードを挟んだ次に、この星さまが音楽学校生だった頃のスピンオフが控えている。

4人いる紅華男役トップスターの中で、里美星さまの扱いは別格だ。

 

今回のエンディングは、第4話以来の、杉本紗和委員長&山田彩子さんペアの特殊バージョン・「シナヤカナミライ」

これもインターネット上では、「何で委員長&山田さんバージョンが?」、「紅華歌劇団音楽学校校歌でよかったんじゃない?」という意見が展開され、当初私もそう思ったが、「委員長が紅華オタクだから」という別の人の書き込みを見て、妙に合点がいった。

 

委員長役は上坂すみれさんという方が演っている。

最近のアニメ事情にすっかり疎いので、この人の名も、少し前に初めて漸く知った。

「日本映画チャンネル」というスカパー!で、天知茂氏の新東宝時代のレアもの映画三本立て特集放映が少し前にあり、そこでのむみちさんと共にナビゲーション役を務めておられた。

昔の邦画好きにとって、「名画座かんぺ」というフリーペーパーを独力で発行されたり、「名画座手帳」の監修をされたりしているのむみちさんという方の名を知らないのはモグリだといえよう。こののむみちさんと堂々渡り合えるほどの“天知茂愛”を披露してくれたのが、上坂すみれさん。

最初は、画的に映える若いねーちゃんを、お飾りで付けたな…などと思っていたが、とんでもなかった。スミマセン。

「上坂すみれという声優、若いのに只者ではない」と思ったのだ。

 

新型コロナ禍中、外出機会が減った影響で、毎週聴くようになったNHKFMの「アニソンアカデミー」という番組で、中川翔子さんのピンチヒッター役を務めたり、「タモリ倶楽部」のゲストでも時折見かける。

 

高いかわいらしい声の持ち主なのに、本作では男役志望の委員長の声。

「シナヤカナミライ」では男役歌唱で、地声が高いせいか、ちょっと無理して男役声を出している感があり、それが未完成の男役ぽいリアリティーを感じるというのは、聊か好意的にすぎるだろうか。

 

尚この回は、さらさが、観客の見たいものを意識して見せる、時には自分自身をも演じる、そのことを学ぶというのが骨子であるが、そこに奈良っちのアドバイスが大きく効いていることも見逃せない。

奈良っちの経験が、さらさを導く構図は、この先も出て来る。

次回はそのあたりを中心としたい。

 

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今回も掲載画像は、一部を除きTVアニメ『かげきしょうじょ!!』公式サイトより借用しました。

次回へ続く。一部敬称略。

前々回の記事で、『かげきしょうじょ!!』TVアニメ第8話「薫の夏」を取り上げた。

実に印象深いあのバス停のことを調べてみた。

京急バスが出てきて、「逗子駅行」までは読めたが、風景自体は高知か房総方面がモデルだろうと勝手に思っていた。

ところが「真名瀬(まなせ)」という、そのものずばりのバス停が存在するという。

 

逗子駅から海岸沿いのバスに乗り、そう遠くはないらしい。

記事の最後に“逗子海岸”と記したが、“当たらずとも遠からず”というよりは、この場合、“遠からずとも当たらず”という方が正しいようで、葉山に向かう途中に真名瀬海岸という場所があり、真名瀬漁港もあるらしいのだ。

 

神奈川県も東京都に劣らぬ勢いで、新型コロナ患者が増え続けている。

そんな中、まさしく不要不急の外出を強行するのは怖くもあった。

観光地である。土日は避けたい。

昨年、今年と、夏に長期休暇をとっても旅に出ることは叶わない。

生じる権利を消化試合的に行使する夏休みが続く。

あと1日だけ権利が残っていたことを思い出した。

急遽この地を訪ねてみることを思いついた。

 

JRなら逗子駅、京急なら逗子・葉山駅から京急バスに乗れば、割と簡単に行ける。

元より関西私鉄贔屓、そのスピリットを色濃く有する京急が、年を追うごとに関東私鉄では贔屓になっている。

とはいえ住んでいる地域がまるで違うので、おいそれとは京急に乗れない。

こういう時こそ何とか理由をつけて京急に乗りたいのである。

 

真名瀬へ向かうバスに乗るにはJRの逗子駅からのほうが便利なようだ。

それでも敢えて京急で逗子・葉山駅まで行き、JR駅まで歩く途中で、海鮮料理屋で昼食を摂ってから、真名瀬へ向かう。

 

真名瀬のすぐ先は葉山である。

マリンスポーツはおろか、運動嫌い、ましてヨット乗りを楽しむようなお金持ちではない私にとり、葉山という地は全く縁遠い所だと思っていた。

遠い記憶を呼び起こし、葉山に昔から有名な洋菓子店があることを思い出した。

折角だから「サンルイ島」というその店に寄ってみるのはどうだろう。

葉山から丘の上へ少し距離はあるようだが、歩けないほどではない。

並びには夏季限定のかき氷屋もあるらしい。

 

そこから更に海沿いにバスを乗り継ぐと、京急の三崎口へ出る。

 

…そんな日帰り周遊プランを考えてみた。

 

ところが調べてみると、意外に時間が足りないのである。

とはいえ通勤ラッシュに巻き込まれるのは嫌。

さりとてうんと早起きして、例えば品川に朝7時台に行くのもしんどいし、今度は昼食のタイミングが合わない。

 

それに、そもそもの発端が「薫の夏」で、どうせなら薫が日傘をさすのに最も相応しそうな午後2時過ぎ位に真名瀬へ降り立つタイミングを合わせたい。

前の記事中では略してしまったが、アニメ版オリジナルの描写で、海岸線のカーブで遠心力ついでに、薫が陸斗の肩に「コテン」と頭を凭せ掛け、陸斗が顔を赧らめる場面がある。

最も海沿いを走るには、逗子から南下するのでは駄目で、真名瀬から逗子へ北上しなければ、左側通行のバスでは追体験の再現性に劣るのである。

 

そこでルートを逆さまにしてみることを思いついた。

三崎口を出発点にするのである。

「みさきまぐろキップ」というものがある。

それが使えないか調べてみたが、三崎口駅前に切符が使える海鮮料理屋はなく、城ケ島や三崎港へ行くためのものだった。

そちらへ寄る余裕はない。

それに帰りも逗子・葉山駅からというわけにはいかないようだ。

 

周遊券は諦める。

途中、バスを乗り継ぐ中、本数が少ない便もあるので、その待ち時間を利用してどこかで昼食を摂るか、いっそのこと、真名瀬までできるだけ早く行き、逗子まで出てから昼食でもいい。

海鮮料理は諦めて、「サンルイ島」本店の喫茶で遅い昼食というのもいい。

そんなことを考えた。

 

月曜夜にやっている「友近・礼二の妄想トレイン」みたいになってきたな…と思うと、我ながら可笑しい。

 

**********

 

今から少し前の、とある平日のこと。

京急に乗り換えるべく、品川駅で降りるつもりだったが、どうせなら京急線内運行のいわゆる「A快特」、2100型の先頭かぶりつき席で前面展望を楽しみたいのである。

品川から泉岳寺へ一旦向かい、始発快特狙いで折り返すつもりだったので、咄嗟に昨年オープンした高輪ゲートウェイ駅から泉岳寺駅まで歩くことを思いついた。

そんなわけで今回の旅の始まりは高輪ゲートウェイ駅から。

 

これから再開発が始まる、塀で囲まれた広大な空き地を取り囲むように道を歩く。

ほどなくして泉岳寺駅に着く。

古い地下駅なので、地下が浅い。

予定していたよりも早く着いた。

次の三崎口快特は、地下鉄直通の「SH快特」なので、2100型は来ない。

1本見送ってその次の当駅始発まで待とうと思っていたら、反対側のホームに泉岳寺止りの快特が到着するのが見えた。

予想に反し、“銀千”と呼ばれるステンレス製新1000型電車だったので、これでは先頭かぶりつき席のクロスシートはおろか、そもそも運転席後ろに座席がない。

さりとて2100が来るまで何本もやり過ごし、ここで時間をロスするのも賢明ではない。

諦めて「SH快特」に乗るしかないか…。

まさか600型が来るわけないしね…。

…そう思っていたら、本当に来たのである。

「600型」というのは、通勤車でありながら、登場時「ツイングルシート」という可動式のオールクロスシートを採用した画期的車両であった。

機構が複雑すぎて、使い勝手が悪かったのか、又、混雑時に座席の一部を収納するのが売りだったが、却って座席数が通常のロングシート車よりも少なくなってしまい、それが嫌われたのか、後にロングシートに改造されている。

ところがどっこい、先頭車の運転台真後ろだけはクロスシートが残され、前面展望ができるのだ。

ここだけ見れば、シートの色は違えども、2100型と遜色ない。

 

助手席側の窓際には先客がいたが、通路側の隣に座らせてもらった。

運転席側は空いていたが、この辺りはテツと雖も考え方が分かれる。

運転手の一挙手一投足をチェックしたい人には左側が良く、私みたいに前の遮蔽物がない景色が見たい向きには右側が良い。

電車は地下から一気に高架へ上がり、品川駅に着く。

思った通り、ここからは大勢乗ってきて、ストレートに品川乗り換えなら、先頭車展望席着座など思いもよらなかった。

 

踏切を渡り、北品川を通過する辺りまではゆっくりだが、高架線に上ると、さすが爆走京急!

車両性能が向上したのか、路線環境が改善されたのか、往年よりすっかり大人しくなった感のある、西の阪急、阪神に比べても、勝るとも劣らぬ実に気持ちのいい手抜きなし、惰性走行なしの走りっぷり。

あっという間に横浜に着いた。

隣の先客だった若いサラリーマンはここで降り、窓際へ移動する。

この先、隣に誰も来なかったので、時折スマートフォンのカメラを前へ向けた。

これでも昔よりはまだ乗り心地がものすごく良くなったと思っている。

大昔、サークルの合宿で横浜から三浦海岸へ仲間と京急で向かったが、オリジナルの1000型快特だったか特急だったか。

本当に気持ち悪くなった。

通勤電車で酔ったのは、子供の時以来であった。

↓金沢八景。右側に分かれる逗子線に乗れば、もっと早く着けるのだが…。

↓逸見駅。新幹線型通過線を有する待避駅で、同様の作りでもっと横浜寄りの南太田共々列車撮影の名所。ここまで来ると、かなり郊外である。

横須賀中央、堀之内を過ぎ、京急久里浜駅手前に差し掛かる。

↓ブルースカイトレインが2編成留まっている。

↓神奈川新町駅を通過する時、動いているのを見たが、一瞬にして通り過ぎてしまったので撮り損ねてしまったデト11・12。

久里浜でも見かけたので、今度はカメラに。

↓久里浜をすぎると単線区間に。

長閑な風景が広がる。

三浦海岸を過ぎ、終点・三崎口へ向かう。

複線化用地は確保されているが、多分使われることはないのだろう。

↓終着駅に着く間際、横に目を転じてみれば、広大な農地が広がる。

↓終点・三崎口。

珍しく“先客”がいる。

よく見ると「快特・京急久里浜」…って、全部各停やん!

西の阪神で昔、三宮始発須磨浦公園行「特急」というのがあったが、あれは「特急」サボが左右計24個も横に入っていて、須磨浦折返しでいちいち挿す手間を省くためだったとか。

あれみたいだな…とこの時は思ったが、よく考えたら、その昔、京急でも「通勤快特・浦賀行き」というのがあったなぁ…と今思い出した。

…更に検索をかけてみたら、西の阪神電車では、種別サボはとうに廃止されているのに、ほんの5年前まで実質各停の下り「特急」があったそうだ。

 

電車を降り、記念撮影。

↓こんな席に座ってきました。

↓終点でちゃんと電車の顔を洗うあたりがきめ細かなサービスの現われ。そういえば京急川崎で発車まで間があった時も、運転士が洗剤を正面窓に吹いていた。

*****

ここから先は行ったことのない未開の地。

上記の記念撮影やら何やらで寄り道していた隙に、目指す長井方面のバスが行ってしまった。

左奥に、KEIKYU OPEN TOP BUSが待機中。

2100型電車をイメージしたバスで、三崎口駅と城ケ島を結んでいる。

↓思い切り望遠を利かせて撮った、これもある意味名物・“三崎口駅”ならぬ“三崎マグロ駅”の駅名標。

そうこうする内、最初の乗り継ぎバス停・長井へ向かうバスが来た。横須賀駅行である。

思ったよりも早く着く。

まだ海岸線沿いは走らない。

 

ここ、長井で葉山方面のバスに乗り換える。

接続が悪く、2分ほど前に出たばかりで、次まで約30分待たされる。

待たされついでに、予定を変え、最初に調べた候補の店を目指して10分ほど住宅地を歩く。

やがて車の道に出て、店が見つかった。

この日は快晴。真昼間の炎天下を歩くと、すぐ汗だくになる。

「生しらす丼ありますよ~」

お店のお姉さんの惹句につられ、生まれて初めて生しらす丼を頼む。

元々刺身が目当てである。

「孤独のグルメ」の五郎さんばりに、単品刺身をメニューで探す。

あった。

刺身三点盛。

酒のつまみだからか、1,000円弱とお高くて、あともう少し足せば舟盛り刺身定食が頼めそうだが、ここであまり食べ過ぎると、後が続かない。

えーいっ、頼んじゃえ!

初めて食べた生しらすは、“トゥルン”としていて生姜醤油とよく合う。温泉玉子がまた合う。

刺身は、マグロ、カンパチ、スズキであった。

白身魚がスズキというのがまた良い。

身が引き締まっていて美味い。

 

海岸沿いの別の店だったら、特に休日は1時間待ちもザラと書かれていたが、平日だったせいか空いていて、それでも地元客や、近くの作業員風のおっちゃんたちが来たりして、適度な流行り具合であった。

 

夕凪…店名からして、なかなか洒落た店ではないか。

 

ものすごい早食いでがっついたわけではなかったが、猫舌の私、冷たい食べ物には滅法強いのである。

結局、1時間で次のバスに乗り込むことができた。

 

バス停前には、ザ・昭和な店が並ぶ。

 

煙草屋と自販機に隠れて最初はわからなかったが、間にこんな小さな待合所があった。

何だか、目指す真名瀬のバス停と似ているではないか。

椅子は小さいけど。

 

逗子駅行のバスでいよいよ葉山へ向かう。

20分位の行程。

海沿いの道へ近づいてゆく。

さぞやのんびり風情ある行路となることだろう…

…そう思っていたら、全然違っていた。

 

何というバス停か忘れたが、海上自衛隊のものものしい施設を横目で見ていたら、ものすごい数の地元高校生たちが一気に乗り込んできた。積み残しが出るのでは?と思うほど、車内は満員になった。

 

このバスは逗子は逗子でも、葉山から内陸を経由して一気に逗子へ向かうらしい。

ということは、下校と思しきこの連中、全員が当然逗子まで乗るのだろう。

それまでずっとこの状態か。

隣の席に座った男の子、Bluetoothのイヤホンを耳に入れたまま、居眠り出しちゃうし、コイツを起こして激混みの車内をかき分けて、葉山で降りるのは嫌だなぁ…。

 

それでも海岸線を見られるようにと、左の窓際へ座ったのが功を奏し、道々景色を眺めていると、先ほどの長井や、下調べした真名瀬と似た、小さな小屋の中に木の長椅子という待合所が時々目に入って来た。

紺地に白文字で「貼紙禁止」の注意書き。

…まさか、『かげきしょうじょ!!』の陸斗を真似る奴が湧いて出て、こんな紙が貼られたわけではないよねぇ…。

 

相変わらず激混み状態のバス。

いきなり車窓に色鮮やかな海景色が飛び込んできた。

このご時世、随分躊躇われたが、隣の少年は、こちらの気配だけでは目を覚ましてくれなかったので、手をちょんちょんとつつき、どうにか葉山バス停で降りた。

 

何というか、さすが名にし負う避暑地・葉山である。

街の空気が何だかゆったりしている。

次に乗り継ぐ海岸沿いの逗子駅行バス乗り場は、同じ「葉山」でも、降りたバス停の道沿いを先に進んだところにあるようなので、緩い坂を下りていくと、ひと際濃い植え込みに、警備の詰所が建っていて、「こんにちは」と声を掛けられた。

葉山御用邸である。

少々奥まった中に林を背負って門がある。

スマートフォンのカメラを向けると、「写真は撮らないで下さい!」と注意された。

…すみません…不敬でしたね…。

戦前だったら、目の前の警察署に連行され、竹刀百叩きの刑だったかもしれん。

 

ほどなくして次のバスが来た。

海沿いの狭い道を走る。

和風の重厚な公園が見えたが、コロナ禍で休み。

すぐ隣は近代美術館で、こちらは近代的ないでたちだ。

 

葉山からはほんの3分ほどだが、真名瀬ではなく、1つ手前の柴崎というバス停で降りた。

真名瀬漁港はこちらのほうが近く、最初の心づもりでは、すぐ近くの海鮮料理屋でお昼を摂り、バス停1区間分歩き、真名瀬からバスに乗ることにしていたが、昼食は既に摂ったので、漁港へは寄らず、目の前に広がる海岸へ下りてみる。

エメラルドグリーンに広がる透明な海。

その先はどこまでも続く太平洋だ。

砂浜には海水浴やサーフィンを楽しむ人たちがちらりほらり。

ウェットスーツ姿も、ラッシュガード姿も、中にはビキニ姿のお姉さんもいる。

日本人も外国人もいる。

そのそばを普通の服装で靴を履き、一人で歩く男は、完全に場違いだと自分でも思う。

でもいいんだよ。

大昔は、海パン一丁で自転車で明石の海へ泳ぎに行っていたんだから。

少年時代の原風景が、旅先の海に引き寄せられるのか。

この日は裸足になって打ち寄せる波に浸かるのはやめにしたが、暫く砂を踏みしめ、行けるところまで海岸線を歩いた。

 

随分歩いた気がする。

海岸線が岩場に変わってきたところで、漸く内陸へ向かう。

神社があった。

地図にこんな場所はあったか?!

再び砂浜へ出た。

後ろを振り返る。

ここからだと、海岸線にスマートフォンを向けても、よもや盗撮魔と間違えられはすまい。

地理的にちょっと心配になってきたので、バス道の「森戸海岸線」へ出る。

どちらへ進めばいいのか?

海を背に左へ進みかけ、ここで初めてGoogleマップ様に助けを求める。

隣の真名瀬はおろか、バス停を4つほど先まで歩いてきてしまったらしい。

再び海岸線に出ると、また行き過ぎてしまいそうなので、今度は忠実にバス道沿いを歩くことにした。

店屋、食べ物屋、ホテルなどが点在する中、民家が立ち並ぶ。

空地はなく、拓けてはいるが、随分道が狭い。

バスはおろか、ちょっと大きな車同士が鉢合わせると、たちまち往生する。

自分で運転するにはちょっと嫌な道だなぁ…。

絶景が全て帳消しにしてくれるけれど…。

そんな中、トラクターが悠然と走っていくのが長閑である。

途中、赤い鳥居に出くわす。

先ほどの神社の入口らしい。

森戸大明神(森戸神社)である。

「薫の夏」で、薫と陸斗が花火大会の夜店に行ったのは、ここだったのだろうか。

狭い道に時々バスが来る。

昼間は15分おきのようだ。

尚も歩き続ける。

海岸線がグッと近づいたと思ったら、目指すバス停が姿を現した。

やっと真名瀬に辿り着いた。

長い道のりだった。

大きな窓の向こうに、男性の首が見えますが、何も心霊写真でも事故でもなく、窓の向こうにデッキチェアを置いて、日光浴を愉しんでいる御仁なのです。

 

道の向こうから遠景で臨むとこんな感じ。

もう少し斜めからもう1枚。

すぐ目の前に広がる絶景にもカメラを向ける。

昼下がりの夏の海。キラキラと光る水面が美しい。

あぁ、今日、ここへ来てよかった。

心底そう思う。

バスは少し前に出たばかりであった。

先ほど写したバスがそれだったのかもしれない。

誰もいない真名瀬バス停の待合所にしばし佇む。

作中、陸斗が居心地悪そうに座っていた向かって左の角に腰を下ろす。

当然だが、こちらを向いてひそひそ話する女子高生2人組も、日焼けを避けて日傘、サングラス、マスクの完全ガード姿で近づいてくる色白の女子高生もいない。

バスの時間が近づくと、おばさん2人組が姿を現し、続いてハーフパンツ姿の若い文系ぽい男子が待合所をあちこちから写している。

もしかして彼も『かげきしょうじょ!!』の聖地巡礼なのか?!

だとすると、陸斗の席に陣取っているオッサンは、とんだ邪魔者になってしまう。

まぁ仕方ない。バスが来るまでの辛抱だ。

すまぬがもうしばし待たれよ。

そんなことを思っていたら、彼はどこかへ行ってしまった。

勘違いだったのかな…。

 

本当はバスを敢えて1本やり過ごし、道の反対側から真名瀬を出る京急バスを写したいところではあったが、この炎天下、更に15分ロスするのはしんどく、来たバスに乗り込んだ。

冷房が効いたバスは天国。

やはり海が見たいので、日差しを気にせず、向かって左側の窓際に腰を下ろす。

先ほど汗だくになって、行き交う車に気を付けながら歩いてきた道を走る。

バスだとあっという間だが、歩いてくるのはなかなか骨だったぜ。

…葉山の地がそうさせるのか、油断すると口調が裕次郎風になっちまうぜ。

 

葉山マリーナという、私でさえ知っていた名前の施設を横目に見ていたら、その前のバス停から沢山人が乗って来た。

その後、逗子駅へ向かう道が随分と混んでいて、実際よりも長く感じた。

 

漸く逗子駅に着く。

真名瀬バス停へ行くという当初の目的は十分達したわけだが、序といっては何だが、更なる目的がある。

逗子駅前で、今度は別のバスを待つ。

 

*****

 

もしかしたら、先ほどのバスがあんなに渋滞に巻き込まれていなければ、余裕で乗れたかもしれないバスは、5分ほど前に出てしまった。

14:40、14:45と立て続けにあったのに、それを逃すと30分も開いてしまうのだ。

すぐ先のタクシー乗り場で、半ズボンの兄ちゃんと、髪を金色に染めた夏色ワンピースの姉ちゃんとは言えない、もっとセレブ感漂う、どちらかといえば宝塚の娘役を思わせる、お姉さんぽい若い女性のカップルがタクシーに乗り込む様子を見ていると、ついタクシー使っちゃおうかな…と誘惑に駆られる。

だが、余計なところにカネを使わないのが、私の基本スタンス。

だって野口英世が2人くらい翼が生えて飛んで行ってしまいそうなんだもん。

じっと我慢し、漸く乗りたいバスに乗る。

 

京急の逗子・葉山駅までは同じだが、今度はここから内陸のトンネルを抜け、山の中腹へ向かう。

乗り過ごしたら大変だ。

遠く山を臨み、坂の途中に切り開かれた町のバス停で降りると、何だか神戸の北側を思い出した。

一色住宅というバス停から、来た道を少し引き返すと、既に日が傾いてきた中、目指す店の看板が目に入った。

昔からあるフランス菓子店・「サンルイ島」

ここの並びに近年「プレドール」という高級パン屋、更にその向こう側に夏だけやっている天然氷の「霧原」という店もある。

時既に3時半。

サンルイ島は後にして、4時閉店の霧原へダメもとで行ってみた。

どうやら間に合ったみたいだ。

時間があまりなさそうなので、店頭に掲げられたメニューをパパッと見て、食べたいものを決める。

メロンと迷ったが、ここは真夏の果物・桃。

入口から奥へ細長く続く鰻の寝床のような店の奥に厨房があり、そこで先にお金を払うシステム。

どうやらその奥にも席があるらしかった。

ほどなくして席に運ばれてきたのは「とろとろ桃」

既に氷てっぺんにシロップがかかった上に、更に小鉢にシロップが2杯。

これだけあると惜しみなくかけられます。

味はもう言わずもがな。

「とろとろ桃」とはよく名付けたもので、ふわふわ天然氷が、ねとっとした桃ソースの上品な甘みと絡まって実に旨い。

これはいい涼がとれた。

席の間の透明アクリル板は、そろそろ店じまいなのか、店員のお兄さんが早くも片付けていったが、私が食べている間に2組客が来ていたから、土日だと順番待ちで大変なのだろう。

店先に何本も刺さった黒い傘がそれを物語る。

 

真ん中のパン屋は臨時休業。

知らずに車で訪れた客に、店のお兄さんが説明していた。

 

さていよいよここまで来た目的地・サンルイ島である。

大昔、ぴあが出し、食べ歩きの種本にしていたジャンル別ガイドブックで名を知ったこの店。

葉山マダム御用達ときく。

扉を開けるのに少々緊張する。

 

明るく開放的な店内。

瀟洒な売り場。

女性スタッフに、喫茶をお願いしたいと告げる。

こじんまりとしたカフェスペースには他には誰も客はいない。

奥の窓際の席にそっと腰を下ろした。

メニューで目に飛び込んできたのはアイスクリームのセット。

これとコーヒーのセットを頼む。

それにお姉さんに、店内のケーキも併せていただきたいのですが、と断りを入れ、ショーケースからケーキを選ぶ。

 

若い頃はあちこちの洋菓子店で色とりどりのケーキを買い求めては、随分無茶な食べ方もしたものだ。

よく夕飯の代わりにケーキを食べたものだった。

それが祟ってコレステロール値が高くなり、特に生クリームが良くないと知り、今は滅多なことでは自ら洋菓子を買い求めることはしない。

とはいえ断じて嫌いになったわけではないので、余程の時にはこうして食べる。

 

アイスクリーム・デザートは時間がかかるとのことで、先に珈琲とケーキが運ばれてきた。

この店の代名詞的存在・さくらんぼのクラフティ(380円)(手前)と、マルジョレーヌ(450円)(奥)。

ダークチェリーがたっぷり入ったアングレーズソースのタルト。

香ばしい生地の味が目立つかと思いきや、しっとりと上品な甘さで、上質なパンプディングのような食感。

対するマルジョレーヌは、フランスの名店・フェルナン・ポワンのレストラン「ピラミッド」のレシピをアレンジして作られたスペシャリテ。

アーモンド、ヘーゼルナッツ、チョコレートのクリームを、ビスキュイジョコンド…で合っているだろうか…?…で挟んだもの。

 

生地はそれなりにサクッと硬いので、この手のケーキは無理に立てたまま上からフォークで押し切ろうとせず、横に倒してから縦に切ることにしている。

そうするとクリームがはみ出さずにうまく切れる。

 

その昔、広尾の「クレモンフェラン」という超有名洋菓子店のすぐ近く、有栖川宮記念公園前に「エヴァンタイユ」という店があった。

この店は「ミルフィーユ」が有名で、最初から横倒しになっていたのを思い出す。

暫く後、池袋西武本店地下に「ルノートル」という、これもパリに本店を構える有名フランス菓子店の東京店があった頃、やはりミルフィーユをいただいたことがあった。

苺は載っておらず、サクサクのパイとカスタードクリームが何層にも重ねられたものだったが、食べるのが最高に難しく、仕方ないのでナイフも使って一層一層パイ生地を剥がし、クリームと分けて食べた。

場合によってはパイにクリームを載せて、手でそっと口に入れたりもした。

リッツ方式だが、果たしてそこまでするのはマナー違反だったかどうか。

 

やがて「クープ」という名のアイスクリームデザートが運ばれてきた。

5種類ある味のうち、さくらんぼのクラフティに敬意を表し、スリーズジュビレというチェリー味を選んだ。

“ジュビレ”という位だから、何か目出度いものなのか?と思ったら、本当に金婚式など祝祭、記念祭の意味らしい。

そういえば、昔、Christian Diorの「Jubilee」という全身金メッキの神々しい腕時計がバブル期にあって、高嶺の花だった。後になって質屋でそこそこの値段で売られていたのを買って、今でも大事にしているが、まさかそいつと同じ意味だったとは。

金ぴかドレスウォッチの写真をここで載せると嫌味ったらしいから、載せない。

他には苺、チョコ、マロン、キャラメル味があったが、濃厚な甘みを求めるにはまだ暑すぎた。

真っ先に目に飛び込んでくるのはバニラアイスクリームで、果たしてねっとりとした食感のカスタードがよく効いた本格的な味であった。

絞られた生クリームの下に、もう一つクリーム色の小山があった。

これもアイスクリーム?と期待したが、メレンゲであった。

器の内周にラングドシャの器があり、それごと食べられる。

上等のアイスデザートを味わった。

 

店内でいただくケーキを注文した時、予め頼んでおいたさくらんぼのクラフティ5号ワンホールと、焼菓子少々を土産に店を出た。

お勘定の時、お姉さんに「昔から来たいと思っていたお店にやっと来れてとても嬉しいです」と告げた。

陽は更に傾き、かき氷店・霧原は、紫色の暖簾も片付けてしまっている。

 

氷と合わせて一気に7,000円くらいつかってしまったが、財布は軽くなっても気持ちは大きく満たされたのであった。

 

ここから緩い坂道を下って葉山へと向かう。

途中、家の庭先に咲き乱れる黄色い花が、まだ夏だよと懸命に主張しているような気がする。

Googleマップではもっと遠そうに見えたが、川沿いの道は思ったよりすんなり行けて、気づけば海寄りのスーパー。その向こうに御用邸が見える。

夕刻だからか、警備の警官が木刀を手に、表へ出ている姿が見える。

まさか道を隔てた向こうにいてまで叱られはすまいと、遠くからこっそり写してみた。

よく考えたら、御用邸の真向かいが警察署なのだ。

警備の人は、専任なのか、交代制なのか、目と鼻の先だから警護もやりやすいのだろう。

 

ここから再び海岸回りの逗子駅行バスに乗る。

暮れゆく夕陽が名残惜しそうに、絶景の海をオレンジ色に照らしていた。

 

そして先ほど降りた柴崎も通り過ぎ、一瞬、真名瀬のあの待合所が目の前に姿を現したのだ。

この黄昏時の待合所。

これこそが、この日、私が最後にカメラに収めたかった光景であった。

やがてバスは森戸神社前を通り過ぎ、少しして葉山マリーナ前も通り過ぎた。

 

そしてこの日最後の海を、私は目に焼き付けた。

さらば、葉山の海。

さらば、真名瀬海岸。

きっとまた来よう。

 

こうして暮れなずむ逗子駅に降り立ったのである。

緊急事態宣言は今も続く中、飲食店は本当に夜8時でどこも閉まってしまう。

こっちにはお土産のケーキワンホールがある。

家まで我慢すれば食いっぱぐれる心配なし。

 

…とはいえ、帰りの電車まで少し間がある。

目の前の大船軒売店の誘惑抗いがたく、駅弁を衝動買いしてしまった。

 

帰りも京急で。

とも思ったが、品川でどうせJRに乗り換えざるを得ないのだ。

そうなると高い高いと思っていたJRも、京急からの乗り継ぎも、200円も違わないのだ。

帰宅ラッシュで輻輳する品川で、混むJRに乗り換えるのを想像しただけで疲れる。

逗子始発の湘南新宿ラインで、帰りは悠々座って帰った。

こちらも久しぶりの車窓に、寝る暇もない。

…と言いたいところだが、鎌倉を過ぎたあたりで本格的に薄暗くなり、大船で中央東線特急から「踊り子」用に転用され、青っぽい塗色に変わったE257系電車と抜きつ抜かれつしたところまでは覚えているが、後はすっかり白河夜船。

大崎で、只ならぬ人の混み具合に一瞬目が覚め、そこからは一気に帰宅ラッシュの痛勤電車。

 

さてその夜。

随分と遅い夜食に、駅弁を広げた。

小鯛に小鯵、中鯵の3種である。

相変わらずお酢の味が強いなぁ…。

まぁ保存食だから仕方ないけれど。

わさびが結構きつく、昔はこの手の辛い薬味は大の苦手だったが、今となっては脳天にツンと突き抜ける刺激が、時に心地よい。

 

更にその翌朝。

楽しみにとっておいたさくらんぼのクラフティを切り分け、朝食にした。

長く続く一流店は、包装からして凝っている。

ビニール袋から紙ナプキン、かけるリボンに至るまで、全て自社オリジナルである。

本当は買ったその日が賞味期限だったのだが、冷蔵庫に冷して、それから何回かに分けていただいた。

そういえばお会計の時、売り子のお姉さんがバックヤードに出入りした際、一瞬中の厨房が見え、奥に白髪交じりのパティシエの姿が見えた。

あれがこの店のシェフだったのであろうか。

インターネットで検索してみると、一見サラリーマンぽい生真面目そうな風貌の遠藤シェフの写真が出てきた。

20年以上昔の取材記事だったが、チラッと拝見した姿は眼鏡ではなかったし、感じも違ったように思える。

年恰好から雇われ職人とは到底思えないし。

 

サンルイ島のシェフの今のお姿だけが、解けない謎として残った。

 

*****

 

その後、東京では雨が続き、日によっては早くも10月上旬並みの寒さという。

この日、思い切って遠足に出かけてよかった。

色々あった2021年夏。

この夏の終わりを締めくくる、“聖地巡礼”にしては、あれこれ盛り込み過ぎた三浦半島巡りの、以上が顛末である。