前々回の記事で、『かげきしょうじょ!!』TVアニメ第8話「薫の夏」を取り上げた。
実に印象深いあのバス停のことを調べてみた。

京急バスが出てきて、「逗子駅行」までは読めたが、風景自体は高知か房総方面がモデルだろうと勝手に思っていた。
ところが「真名瀬(まなせ)」という、そのものずばりのバス停が存在するという。
逗子駅から海岸沿いのバスに乗り、そう遠くはないらしい。
記事の最後に“逗子海岸”と記したが、“当たらずとも遠からず”というよりは、この場合、“遠からずとも当たらず”という方が正しいようで、葉山に向かう途中に真名瀬海岸という場所があり、真名瀬漁港もあるらしいのだ。
神奈川県も東京都に劣らぬ勢いで、新型コロナ患者が増え続けている。
そんな中、まさしく不要不急の外出を強行するのは怖くもあった。
観光地である。土日は避けたい。
昨年、今年と、夏に長期休暇をとっても旅に出ることは叶わない。
生じる権利を消化試合的に行使する夏休みが続く。
あと1日だけ権利が残っていたことを思い出した。
急遽この地を訪ねてみることを思いついた。
JRなら逗子駅、京急なら逗子・葉山駅から京急バスに乗れば、割と簡単に行ける。
元より関西私鉄贔屓、そのスピリットを色濃く有する京急が、年を追うごとに関東私鉄では贔屓になっている。
とはいえ住んでいる地域がまるで違うので、おいそれとは京急に乗れない。
こういう時こそ何とか理由をつけて京急に乗りたいのである。
真名瀬へ向かうバスに乗るにはJRの逗子駅からのほうが便利なようだ。
それでも敢えて京急で逗子・葉山駅まで行き、JR駅まで歩く途中で、海鮮料理屋で昼食を摂ってから、真名瀬へ向かう。
真名瀬のすぐ先は葉山である。
マリンスポーツはおろか、運動嫌い、ましてヨット乗りを楽しむようなお金持ちではない私にとり、葉山という地は全く縁遠い所だと思っていた。
遠い記憶を呼び起こし、葉山に昔から有名な洋菓子店があることを思い出した。
折角だから「サンルイ島」というその店に寄ってみるのはどうだろう。
葉山から丘の上へ少し距離はあるようだが、歩けないほどではない。
並びには夏季限定のかき氷屋もあるらしい。
そこから更に海沿いにバスを乗り継ぐと、京急の三崎口へ出る。
…そんな日帰り周遊プランを考えてみた。
ところが調べてみると、意外に時間が足りないのである。
とはいえ通勤ラッシュに巻き込まれるのは嫌。
さりとてうんと早起きして、例えば品川に朝7時台に行くのもしんどいし、今度は昼食のタイミングが合わない。
それに、そもそもの発端が「薫の夏」で、どうせなら薫が日傘をさすのに最も相応しそうな午後2時過ぎ位に真名瀬へ降り立つタイミングを合わせたい。

前の記事中では略してしまったが、アニメ版オリジナルの描写で、海岸線のカーブで遠心力ついでに、薫が陸斗の肩に「コテン」と頭を凭せ掛け、陸斗が顔を赧らめる場面がある。
最も海沿いを走るには、逗子から南下するのでは駄目で、真名瀬から逗子へ北上しなければ、左側通行のバスでは追体験の再現性に劣るのである。
そこでルートを逆さまにしてみることを思いついた。
三崎口を出発点にするのである。
「みさきまぐろキップ」というものがある。
それが使えないか調べてみたが、三崎口駅前に切符が使える海鮮料理屋はなく、城ケ島や三崎港へ行くためのものだった。
そちらへ寄る余裕はない。
それに帰りも逗子・葉山駅からというわけにはいかないようだ。
周遊券は諦める。
途中、バスを乗り継ぐ中、本数が少ない便もあるので、その待ち時間を利用してどこかで昼食を摂るか、いっそのこと、真名瀬までできるだけ早く行き、逗子まで出てから昼食でもいい。
海鮮料理は諦めて、「サンルイ島」本店の喫茶で遅い昼食というのもいい。
そんなことを考えた。
月曜夜にやっている「友近・礼二の妄想トレイン」みたいになってきたな…と思うと、我ながら可笑しい。
**********
今から少し前の、とある平日のこと。
京急に乗り換えるべく、品川駅で降りるつもりだったが、どうせなら京急線内運行のいわゆる「A快特」、2100型の先頭かぶりつき席で前面展望を楽しみたいのである。
品川から泉岳寺へ一旦向かい、始発快特狙いで折り返すつもりだったので、咄嗟に昨年オープンした高輪ゲートウェイ駅から泉岳寺駅まで歩くことを思いついた。
そんなわけで今回の旅の始まりは高輪ゲートウェイ駅から。


これから再開発が始まる、塀で囲まれた広大な空き地を取り囲むように道を歩く。
ほどなくして泉岳寺駅に着く。
古い地下駅なので、地下が浅い。
予定していたよりも早く着いた。
次の三崎口快特は、地下鉄直通の「SH快特」なので、2100型は来ない。
1本見送ってその次の当駅始発まで待とうと思っていたら、反対側のホームに泉岳寺止りの快特が到着するのが見えた。

予想に反し、“銀千”と呼ばれるステンレス製新1000型電車だったので、これでは先頭かぶりつき席のクロスシートはおろか、そもそも運転席後ろに座席がない。
さりとて2100が来るまで何本もやり過ごし、ここで時間をロスするのも賢明ではない。
諦めて「SH快特」に乗るしかないか…。
まさか600型が来るわけないしね…。
…そう思っていたら、本当に来たのである。

「600型」というのは、通勤車でありながら、登場時「ツイングルシート」という可動式のオールクロスシートを採用した画期的車両であった。
機構が複雑すぎて、使い勝手が悪かったのか、又、混雑時に座席の一部を収納するのが売りだったが、却って座席数が通常のロングシート車よりも少なくなってしまい、それが嫌われたのか、後にロングシートに改造されている。
ところがどっこい、先頭車の運転台真後ろだけはクロスシートが残され、前面展望ができるのだ。
ここだけ見れば、シートの色は違えども、2100型と遜色ない。
助手席側の窓際には先客がいたが、通路側の隣に座らせてもらった。
運転席側は空いていたが、この辺りはテツと雖も考え方が分かれる。
運転手の一挙手一投足をチェックしたい人には左側が良く、私みたいに前の遮蔽物がない景色が見たい向きには右側が良い。
電車は地下から一気に高架へ上がり、品川駅に着く。
思った通り、ここからは大勢乗ってきて、ストレートに品川乗り換えなら、先頭車展望席着座など思いもよらなかった。
踏切を渡り、北品川を通過する辺りまではゆっくりだが、高架線に上ると、さすが爆走京急!
車両性能が向上したのか、路線環境が改善されたのか、往年よりすっかり大人しくなった感のある、西の阪急、阪神に比べても、勝るとも劣らぬ実に気持ちのいい手抜きなし、惰性走行なしの走りっぷり。
あっという間に横浜に着いた。
隣の先客だった若いサラリーマンはここで降り、窓際へ移動する。
この先、隣に誰も来なかったので、時折スマートフォンのカメラを前へ向けた。

これでも昔よりはまだ乗り心地がものすごく良くなったと思っている。
大昔、サークルの合宿で横浜から三浦海岸へ仲間と京急で向かったが、オリジナルの1000型快特だったか特急だったか。
本当に気持ち悪くなった。
通勤電車で酔ったのは、子供の時以来であった。

↓金沢八景。右側に分かれる逗子線に乗れば、もっと早く着けるのだが…。

↓逸見駅。新幹線型通過線を有する待避駅で、同様の作りでもっと横浜寄りの南太田共々列車撮影の名所。ここまで来ると、かなり郊外である。

横須賀中央、堀之内を過ぎ、京急久里浜駅手前に差し掛かる。
↓ブルースカイトレインが2編成留まっている。

↓神奈川新町駅を通過する時、動いているのを見たが、一瞬にして通り過ぎてしまったので撮り損ねてしまったデト11・12。
久里浜でも見かけたので、今度はカメラに。

↓久里浜をすぎると単線区間に。
長閑な風景が広がる。
三浦海岸を過ぎ、終点・三崎口へ向かう。
複線化用地は確保されているが、多分使われることはないのだろう。

↓終着駅に着く間際、横に目を転じてみれば、広大な農地が広がる。

↓終点・三崎口。
珍しく“先客”がいる。
よく見ると「快特・京急久里浜」…って、全部各停やん!

西の阪神で昔、三宮始発須磨浦公園行「特急」というのがあったが、あれは「特急」サボが左右計24個も横に入っていて、須磨浦折返しでいちいち挿す手間を省くためだったとか。
あれみたいだな…とこの時は思ったが、よく考えたら、その昔、京急でも「通勤快特・浦賀行き」というのがあったなぁ…と今思い出した。
…更に検索をかけてみたら、西の阪神電車では、種別サボはとうに廃止されているのに、ほんの5年前まで実質各停の下り「特急」があったそうだ。
電車を降り、記念撮影。

↓こんな席に座ってきました。

↓終点でちゃんと電車の顔を洗うあたりがきめ細かなサービスの現われ。そういえば京急川崎で発車まで間があった時も、運転士が洗剤を正面窓に吹いていた。

*****
ここから先は行ったことのない未開の地。
上記の記念撮影やら何やらで寄り道していた隙に、目指す長井方面のバスが行ってしまった。
左奥に、KEIKYU OPEN TOP BUSが待機中。
2100型電車をイメージしたバスで、三崎口駅と城ケ島を結んでいる。

↓思い切り望遠を利かせて撮った、これもある意味名物・“三崎口駅”ならぬ“三崎マグロ駅”の駅名標。

そうこうする内、最初の乗り継ぎバス停・長井へ向かうバスが来た。横須賀駅行である。

思ったよりも早く着く。
まだ海岸線沿いは走らない。
ここ、長井で葉山方面のバスに乗り換える。
接続が悪く、2分ほど前に出たばかりで、次まで約30分待たされる。
待たされついでに、予定を変え、最初に調べた候補の店を目指して10分ほど住宅地を歩く。
やがて車の道に出て、店が見つかった。
この日は快晴。真昼間の炎天下を歩くと、すぐ汗だくになる。

「生しらす丼ありますよ~」
お店のお姉さんの惹句につられ、生まれて初めて生しらす丼を頼む。
元々刺身が目当てである。
「孤独のグルメ」の五郎さんばりに、単品刺身をメニューで探す。
あった。
刺身三点盛。
酒のつまみだからか、1,000円弱とお高くて、あともう少し足せば舟盛り刺身定食が頼めそうだが、ここであまり食べ過ぎると、後が続かない。
えーいっ、頼んじゃえ!

初めて食べた生しらすは、“トゥルン”としていて生姜醤油とよく合う。温泉玉子がまた合う。
刺身は、マグロ、カンパチ、スズキであった。
白身魚がスズキというのがまた良い。
身が引き締まっていて美味い。
海岸沿いの別の店だったら、特に休日は1時間待ちもザラと書かれていたが、平日だったせいか空いていて、それでも地元客や、近くの作業員風のおっちゃんたちが来たりして、適度な流行り具合であった。
夕凪…店名からして、なかなか洒落た店ではないか。
ものすごい早食いでがっついたわけではなかったが、猫舌の私、冷たい食べ物には滅法強いのである。
結局、1時間で次のバスに乗り込むことができた。
バス停前には、ザ・昭和な店が並ぶ。


煙草屋と自販機に隠れて最初はわからなかったが、間にこんな小さな待合所があった。

何だか、目指す真名瀬のバス停と似ているではないか。
椅子は小さいけど。
逗子駅行のバスでいよいよ葉山へ向かう。
20分位の行程。
海沿いの道へ近づいてゆく。
さぞやのんびり風情ある行路となることだろう…
…そう思っていたら、全然違っていた。
何というバス停か忘れたが、海上自衛隊のものものしい施設を横目で見ていたら、ものすごい数の地元高校生たちが一気に乗り込んできた。積み残しが出るのでは?と思うほど、車内は満員になった。
このバスは逗子は逗子でも、葉山から内陸を経由して一気に逗子へ向かうらしい。
ということは、下校と思しきこの連中、全員が当然逗子まで乗るのだろう。
それまでずっとこの状態か。
隣の席に座った男の子、Bluetoothのイヤホンを耳に入れたまま、居眠り出しちゃうし、コイツを起こして激混みの車内をかき分けて、葉山で降りるのは嫌だなぁ…。
それでも海岸線を見られるようにと、左の窓際へ座ったのが功を奏し、道々景色を眺めていると、先ほどの長井や、下調べした真名瀬と似た、小さな小屋の中に木の長椅子という待合所が時々目に入って来た。
紺地に白文字で「貼紙禁止」の注意書き。
…まさか、『かげきしょうじょ!!』の陸斗を真似る奴が湧いて出て、こんな紙が貼られたわけではないよねぇ…。
相変わらず激混み状態のバス。
いきなり車窓に色鮮やかな海景色が飛び込んできた。

このご時世、随分躊躇われたが、隣の少年は、こちらの気配だけでは目を覚ましてくれなかったので、手をちょんちょんとつつき、どうにか葉山バス停で降りた。
何というか、さすが名にし負う避暑地・葉山である。
街の空気が何だかゆったりしている。
次に乗り継ぐ海岸沿いの逗子駅行バス乗り場は、同じ「葉山」でも、降りたバス停の道沿いを先に進んだところにあるようなので、緩い坂を下りていくと、ひと際濃い植え込みに、警備の詰所が建っていて、「こんにちは」と声を掛けられた。
葉山御用邸である。
少々奥まった中に林を背負って門がある。
スマートフォンのカメラを向けると、「写真は撮らないで下さい!」と注意された。
…すみません…不敬でしたね…。
戦前だったら、目の前の警察署に連行され、竹刀百叩きの刑だったかもしれん。
ほどなくして次のバスが来た。
海沿いの狭い道を走る。
和風の重厚な公園が見えたが、コロナ禍で休み。
すぐ隣は近代美術館で、こちらは近代的ないでたちだ。
葉山からはほんの3分ほどだが、真名瀬ではなく、1つ手前の柴崎というバス停で降りた。
真名瀬漁港はこちらのほうが近く、最初の心づもりでは、すぐ近くの海鮮料理屋でお昼を摂り、バス停1区間分歩き、真名瀬からバスに乗ることにしていたが、昼食は既に摂ったので、漁港へは寄らず、目の前に広がる海岸へ下りてみる。

エメラルドグリーンに広がる透明な海。
その先はどこまでも続く太平洋だ。

砂浜には海水浴やサーフィンを楽しむ人たちがちらりほらり。
ウェットスーツ姿も、ラッシュガード姿も、中にはビキニ姿のお姉さんもいる。
日本人も外国人もいる。
そのそばを普通の服装で靴を履き、一人で歩く男は、完全に場違いだと自分でも思う。
でもいいんだよ。
大昔は、海パン一丁で自転車で明石の海へ泳ぎに行っていたんだから。
少年時代の原風景が、旅先の海に引き寄せられるのか。
この日は裸足になって打ち寄せる波に浸かるのはやめにしたが、暫く砂を踏みしめ、行けるところまで海岸線を歩いた。


随分歩いた気がする。
海岸線が岩場に変わってきたところで、漸く内陸へ向かう。
神社があった。

地図にこんな場所はあったか?!
再び砂浜へ出た。
後ろを振り返る。
ここからだと、海岸線にスマートフォンを向けても、よもや盗撮魔と間違えられはすまい。

地理的にちょっと心配になってきたので、バス道の「森戸海岸線」へ出る。
どちらへ進めばいいのか?
海を背に左へ進みかけ、ここで初めてGoogleマップ様に助けを求める。
隣の真名瀬はおろか、バス停を4つほど先まで歩いてきてしまったらしい。
再び海岸線に出ると、また行き過ぎてしまいそうなので、今度は忠実にバス道沿いを歩くことにした。
店屋、食べ物屋、ホテルなどが点在する中、民家が立ち並ぶ。
空地はなく、拓けてはいるが、随分道が狭い。
バスはおろか、ちょっと大きな車同士が鉢合わせると、たちまち往生する。
自分で運転するにはちょっと嫌な道だなぁ…。
絶景が全て帳消しにしてくれるけれど…。
そんな中、トラクターが悠然と走っていくのが長閑である。

途中、赤い鳥居に出くわす。
先ほどの神社の入口らしい。
森戸大明神(森戸神社)である。
「薫の夏」で、薫と陸斗が花火大会の夜店に行ったのは、ここだったのだろうか。

狭い道に時々バスが来る。
昼間は15分おきのようだ。

尚も歩き続ける。
海岸線がグッと近づいたと思ったら、目指すバス停が姿を現した。
やっと真名瀬に辿り着いた。
長い道のりだった。

大きな窓の向こうに、男性の首が見えますが、何も心霊写真でも事故でもなく、窓の向こうにデッキチェアを置いて、日光浴を愉しんでいる御仁なのです。
道の向こうから遠景で臨むとこんな感じ。

もう少し斜めからもう1枚。

すぐ目の前に広がる絶景にもカメラを向ける。

昼下がりの夏の海。キラキラと光る水面が美しい。
あぁ、今日、ここへ来てよかった。
心底そう思う。

バスは少し前に出たばかりであった。
先ほど写したバスがそれだったのかもしれない。
誰もいない真名瀬バス停の待合所にしばし佇む。

作中、陸斗が居心地悪そうに座っていた向かって左の角に腰を下ろす。
当然だが、こちらを向いてひそひそ話する女子高生2人組も、日焼けを避けて日傘、サングラス、マスクの完全ガード姿で近づいてくる色白の女子高生もいない。

バスの時間が近づくと、おばさん2人組が姿を現し、続いてハーフパンツ姿の若い文系ぽい男子が待合所をあちこちから写している。
もしかして彼も『かげきしょうじょ!!』の聖地巡礼なのか?!
だとすると、陸斗の席に陣取っているオッサンは、とんだ邪魔者になってしまう。
まぁ仕方ない。バスが来るまでの辛抱だ。
すまぬがもうしばし待たれよ。
そんなことを思っていたら、彼はどこかへ行ってしまった。
勘違いだったのかな…。
本当はバスを敢えて1本やり過ごし、道の反対側から真名瀬を出る京急バスを写したいところではあったが、この炎天下、更に15分ロスするのはしんどく、来たバスに乗り込んだ。
冷房が効いたバスは天国。
やはり海が見たいので、日差しを気にせず、向かって左側の窓際に腰を下ろす。
先ほど汗だくになって、行き交う車に気を付けながら歩いてきた道を走る。
バスだとあっという間だが、歩いてくるのはなかなか骨だったぜ。
…葉山の地がそうさせるのか、油断すると口調が裕次郎風になっちまうぜ。
葉山マリーナという、私でさえ知っていた名前の施設を横目に見ていたら、その前のバス停から沢山人が乗って来た。
その後、逗子駅へ向かう道が随分と混んでいて、実際よりも長く感じた。
漸く逗子駅に着く。
真名瀬バス停へ行くという当初の目的は十分達したわけだが、序といっては何だが、更なる目的がある。
逗子駅前で、今度は別のバスを待つ。
*****
もしかしたら、先ほどのバスがあんなに渋滞に巻き込まれていなければ、余裕で乗れたかもしれないバスは、5分ほど前に出てしまった。
14:40、14:45と立て続けにあったのに、それを逃すと30分も開いてしまうのだ。
すぐ先のタクシー乗り場で、半ズボンの兄ちゃんと、髪を金色に染めた夏色ワンピースの姉ちゃんとは言えない、もっとセレブ感漂う、どちらかといえば宝塚の娘役を思わせる、お姉さんぽい若い女性のカップルがタクシーに乗り込む様子を見ていると、ついタクシー使っちゃおうかな…と誘惑に駆られる。
だが、余計なところにカネを使わないのが、私の基本スタンス。
だって野口英世が2人くらい翼が生えて飛んで行ってしまいそうなんだもん。
じっと我慢し、漸く乗りたいバスに乗る。
京急の逗子・葉山駅までは同じだが、今度はここから内陸のトンネルを抜け、山の中腹へ向かう。
乗り過ごしたら大変だ。
遠く山を臨み、坂の途中に切り開かれた町のバス停で降りると、何だか神戸の北側を思い出した。
一色住宅というバス停から、来た道を少し引き返すと、既に日が傾いてきた中、目指す店の看板が目に入った。

昔からあるフランス菓子店・「サンルイ島」。
ここの並びに近年「プレドール」という高級パン屋、更にその向こう側に夏だけやっている天然氷の「霧原」という店もある。
時既に3時半。
サンルイ島は後にして、4時閉店の霧原へダメもとで行ってみた。
どうやら間に合ったみたいだ。

時間があまりなさそうなので、店頭に掲げられたメニューをパパッと見て、食べたいものを決める。

メロンと迷ったが、ここは真夏の果物・桃。
入口から奥へ細長く続く鰻の寝床のような店の奥に厨房があり、そこで先にお金を払うシステム。
どうやらその奥にも席があるらしかった。
ほどなくして席に運ばれてきたのは「とろとろ桃」。

既に氷てっぺんにシロップがかかった上に、更に小鉢にシロップが2杯。
これだけあると惜しみなくかけられます。
味はもう言わずもがな。
「とろとろ桃」とはよく名付けたもので、ふわふわ天然氷が、ねとっとした桃ソースの上品な甘みと絡まって実に旨い。
これはいい涼がとれた。
席の間の透明アクリル板は、そろそろ店じまいなのか、店員のお兄さんが早くも片付けていったが、私が食べている間に2組客が来ていたから、土日だと順番待ちで大変なのだろう。
店先に何本も刺さった黒い傘がそれを物語る。
真ん中のパン屋は臨時休業。
知らずに車で訪れた客に、店のお兄さんが説明していた。
さていよいよここまで来た目的地・サンルイ島である。

大昔、ぴあが出し、食べ歩きの種本にしていたジャンル別ガイドブックで名を知ったこの店。
葉山マダム御用達ときく。
扉を開けるのに少々緊張する。
明るく開放的な店内。
瀟洒な売り場。
女性スタッフに、喫茶をお願いしたいと告げる。
こじんまりとしたカフェスペースには他には誰も客はいない。
奥の窓際の席にそっと腰を下ろした。
メニューで目に飛び込んできたのはアイスクリームのセット。
これとコーヒーのセットを頼む。
それにお姉さんに、店内のケーキも併せていただきたいのですが、と断りを入れ、ショーケースからケーキを選ぶ。
若い頃はあちこちの洋菓子店で色とりどりのケーキを買い求めては、随分無茶な食べ方もしたものだ。
よく夕飯の代わりにケーキを食べたものだった。
それが祟ってコレステロール値が高くなり、特に生クリームが良くないと知り、今は滅多なことでは自ら洋菓子を買い求めることはしない。
とはいえ断じて嫌いになったわけではないので、余程の時にはこうして食べる。
アイスクリーム・デザートは時間がかかるとのことで、先に珈琲とケーキが運ばれてきた。

この店の代名詞的存在・さくらんぼのクラフティ(380円)(手前)と、マルジョレーヌ(450円)(奥)。
ダークチェリーがたっぷり入ったアングレーズソースのタルト。
香ばしい生地の味が目立つかと思いきや、しっとりと上品な甘さで、上質なパンプディングのような食感。
対するマルジョレーヌは、フランスの名店・フェルナン・ポワンのレストラン「ピラミッド」のレシピをアレンジして作られたスペシャリテ。
アーモンド、ヘーゼルナッツ、チョコレートのクリームを、ビスキュイジョコンド…で合っているだろうか…?…で挟んだもの。
生地はそれなりにサクッと硬いので、この手のケーキは無理に立てたまま上からフォークで押し切ろうとせず、横に倒してから縦に切ることにしている。
そうするとクリームがはみ出さずにうまく切れる。
その昔、広尾の「クレモンフェラン」という超有名洋菓子店のすぐ近く、有栖川宮記念公園前に「エヴァンタイユ」という店があった。
この店は「ミルフィーユ」が有名で、最初から横倒しになっていたのを思い出す。
暫く後、池袋西武本店地下に「ルノートル」という、これもパリに本店を構える有名フランス菓子店の東京店があった頃、やはりミルフィーユをいただいたことがあった。
苺は載っておらず、サクサクのパイとカスタードクリームが何層にも重ねられたものだったが、食べるのが最高に難しく、仕方ないのでナイフも使って一層一層パイ生地を剥がし、クリームと分けて食べた。
場合によってはパイにクリームを載せて、手でそっと口に入れたりもした。
リッツ方式だが、果たしてそこまでするのはマナー違反だったかどうか。
やがて「クープ」という名のアイスクリームデザートが運ばれてきた。

5種類ある味のうち、さくらんぼのクラフティに敬意を表し、スリーズジュビレというチェリー味を選んだ。
“ジュビレ”という位だから、何か目出度いものなのか?と思ったら、本当に金婚式など祝祭、記念祭の意味らしい。
そういえば、昔、Christian Diorの「Jubilee」という全身金メッキの神々しい腕時計がバブル期にあって、高嶺の花だった。後になって質屋でそこそこの値段で売られていたのを買って、今でも大事にしているが、まさかそいつと同じ意味だったとは。
金ぴかドレスウォッチの写真をここで載せると嫌味ったらしいから、載せない。

他には苺、チョコ、マロン、キャラメル味があったが、濃厚な甘みを求めるにはまだ暑すぎた。
真っ先に目に飛び込んでくるのはバニラアイスクリームで、果たしてねっとりとした食感のカスタードがよく効いた本格的な味であった。
絞られた生クリームの下に、もう一つクリーム色の小山があった。
これもアイスクリーム?と期待したが、メレンゲであった。
器の内周にラングドシャの器があり、それごと食べられる。
上等のアイスデザートを味わった。
店内でいただくケーキを注文した時、予め頼んでおいたさくらんぼのクラフティ5号ワンホールと、焼菓子少々を土産に店を出た。
お勘定の時、お姉さんに「昔から来たいと思っていたお店にやっと来れてとても嬉しいです」と告げた。
陽は更に傾き、かき氷店・霧原は、紫色の暖簾も片付けてしまっている。
氷と合わせて一気に7,000円くらいつかってしまったが、財布は軽くなっても気持ちは大きく満たされたのであった。
ここから緩い坂道を下って葉山へと向かう。
途中、家の庭先に咲き乱れる黄色い花が、まだ夏だよと懸命に主張しているような気がする。

Googleマップではもっと遠そうに見えたが、川沿いの道は思ったよりすんなり行けて、気づけば海寄りのスーパー。その向こうに御用邸が見える。
夕刻だからか、警備の警官が木刀を手に、表へ出ている姿が見える。
まさか道を隔てた向こうにいてまで叱られはすまいと、遠くからこっそり写してみた。

よく考えたら、御用邸の真向かいが警察署なのだ。
警備の人は、専任なのか、交代制なのか、目と鼻の先だから警護もやりやすいのだろう。
ここから再び海岸回りの逗子駅行バスに乗る。
暮れゆく夕陽が名残惜しそうに、絶景の海をオレンジ色に照らしていた。


そして先ほど降りた柴崎も通り過ぎ、一瞬、真名瀬のあの待合所が目の前に姿を現したのだ。
この黄昏時の待合所。
これこそが、この日、私が最後にカメラに収めたかった光景であった。

やがてバスは森戸神社前を通り過ぎ、少しして葉山マリーナ前も通り過ぎた。


そしてこの日最後の海を、私は目に焼き付けた。

さらば、葉山の海。
さらば、真名瀬海岸。
きっとまた来よう。
こうして暮れなずむ逗子駅に降り立ったのである。

緊急事態宣言は今も続く中、飲食店は本当に夜8時でどこも閉まってしまう。
こっちにはお土産のケーキワンホールがある。
家まで我慢すれば食いっぱぐれる心配なし。
…とはいえ、帰りの電車まで少し間がある。
目の前の大船軒売店の誘惑抗いがたく、駅弁を衝動買いしてしまった。
帰りも京急で。
とも思ったが、品川でどうせJRに乗り換えざるを得ないのだ。
そうなると高い高いと思っていたJRも、京急からの乗り継ぎも、200円も違わないのだ。
帰宅ラッシュで輻輳する品川で、混むJRに乗り換えるのを想像しただけで疲れる。
逗子始発の湘南新宿ラインで、帰りは悠々座って帰った。
こちらも久しぶりの車窓に、寝る暇もない。
…と言いたいところだが、鎌倉を過ぎたあたりで本格的に薄暗くなり、大船で中央東線特急から「踊り子」用に転用され、青っぽい塗色に変わったE257系電車と抜きつ抜かれつしたところまでは覚えているが、後はすっかり白河夜船。
大崎で、只ならぬ人の混み具合に一瞬目が覚め、そこからは一気に帰宅ラッシュの痛勤電車。
さてその夜。
随分と遅い夜食に、駅弁を広げた。

小鯛に小鯵、中鯵の3種である。
相変わらずお酢の味が強いなぁ…。
まぁ保存食だから仕方ないけれど。
わさびが結構きつく、昔はこの手の辛い薬味は大の苦手だったが、今となっては脳天にツンと突き抜ける刺激が、時に心地よい。
更にその翌朝。
楽しみにとっておいたさくらんぼのクラフティを切り分け、朝食にした。
長く続く一流店は、包装からして凝っている。
ビニール袋から紙ナプキン、かけるリボンに至るまで、全て自社オリジナルである。


本当は買ったその日が賞味期限だったのだが、冷蔵庫に冷して、それから何回かに分けていただいた。

そういえばお会計の時、売り子のお姉さんがバックヤードに出入りした際、一瞬中の厨房が見え、奥に白髪交じりのパティシエの姿が見えた。
あれがこの店のシェフだったのであろうか。
インターネットで検索してみると、一見サラリーマンぽい生真面目そうな風貌の遠藤シェフの写真が出てきた。
20年以上昔の取材記事だったが、チラッと拝見した姿は眼鏡ではなかったし、感じも違ったように思える。
年恰好から雇われ職人とは到底思えないし。
サンルイ島のシェフの今のお姿だけが、解けない謎として残った。
*****
その後、東京では雨が続き、日によっては早くも10月上旬並みの寒さという。
この日、思い切って遠足に出かけてよかった。
色々あった2021年夏。
この夏の終わりを締めくくる、“聖地巡礼”にしては、あれこれ盛り込み過ぎた三浦半島巡りの、以上が顛末である。