TVアニメ版が先週で終わり、“『かげきしょうじょ‼』ロス”を味わっている。
そんな折、9/29発売の「かげきしょうじょ‼ 音楽集」が届いた。

最近の映像作品にしては珍しく、本作はすでに発売されているオープニング、エンディング曲とともに、サントラ盤までCDでリリースされている。
世の中、ダウンロードやサブスクリプション流行りだが、データだけ取れればいいやとは決して思えず、ジャケットは勿論のこと、モノとして所有したい私は昭和な人間なのである。
最近は特に洋画のサントラがCDで出ないものが多い。
いざとなればダウンロードで買ってCD-Rに落とすなどという、若い人にとっては信じられないであろう行動をとったこともあるが、PCに取り込む音楽は、もしかしたら99%が所有しているCD由来かもしれない。
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本作は少女たち…とはいっても、青年誌から少女漫画へと仕切り直して発表され続けていることもあり、いわゆる男性向けの美少女系とは全く異なる、大人になる前の女性たちが真剣に夢を描き、ぶつかり、嘆き、悲しみ、苦しみ、絶望し、時に喜びを感じる成長譚である。
そこには実質的な物語の語り部たる奈良っちを主軸に、非常に繊細で、微妙な心の綾の表現があり、又、演劇表現において、映像作品ならではの強みを活かした印象的な劇伴音楽の存在があった。
とりわけ最終話、渡辺さらさが演じたティボルト役のシーンで流れた、ピアノと弦楽器を用いた静かでありながら、どこか和の世界をも想起させる劇伴がものすごく印象に残った。




最終話を見ながら、この曲が使われるのはここが初めてではないということだけは、脳味噌が記憶していたが、はてどこだったか…。
「DISC1」を最初に聴いた時、これがどこで出てくるか、そればかり注意していた。
大分終わりに近くなって、それが「#39 あの夏の記憶」という曲名であると知った。
第8話・「薫の夏」―――録画を後で見直すと、確かに冒頭、薫が陸斗と言葉を交わし始める前のモノローグで使われている。

あの回は、原作のエピソードをすっ飛ばす傾向にあるTVアニメ版に珍しく、冒頭の導入部を除き、スピンオフをそのまま端折ることなく映像化された回であった。
祖母、母ともに紅華歌劇団娘役出身のいわば“三代目”で、非常にプロ意識が高い薫の本編では描かれない、コンプレックスや焦り、弱さ、心の移り変わりが実に丁寧に描かれ、恋の芽生えを薫自ら摘み取ってしまうというほろ苦いエピソードで終幕を迎えるが、それでいて爽やかな、どこか清涼さを感じさせる幕切れであった。

周りの普通の女子高生のように、恋をして、デートをして…という生活に一瞬気持ちが揺らぎかけ、それを祖母に見透かされる。

共に身近に超え難い高く聳え立つ壁を意識し、油断すると襲ってくる不安を払拭し、立ち向かうんだ。
そのための何物にも代えられぬ得難い同士を得たと思ったのに、あの花火大会の夜、思いがけない弱音を聞かされ、傷を舐めあうことを相手に求められているのではないかと感じる。
激しいショック、怒り、悲しみ、絶望、それらがないまぜになった感情に襲われた薫は、未練と、湧き上がってくる弱さを自ら振り捨てるようにその場を立ち去り、泣きながら、しかし目指す紅華音楽学校校歌を懸命に歌いながら、一人夜の砂浜を懸命に走り続ける。(「#40 花火大会」)
自ら恋に終止符を打ちながら、陸斗のサヨナラホームランの場面で、強い日差しを避けるために欠かせなかった筈の日傘を放り出し、美しい立居振舞を常に求められる紅華志望者にあるまじきガニマタで街頭テレビにかじりつく。

それを見て、薫の陸斗への想いもまた本物だった。決してかりそめのものなどではなかったのだと、我々視聴者は存分に感じさせられる。
普段見せるプロ意識、気持ちと言動の強さとは裏腹に、本編では今のところ報われない薫の、強さの中に大切にしまい込まれ、封印した想いを見せられることで、却って彼女の紅華への強い思い入れを感じるのである。
そして最終話、同期の山田彩子が役を射止める中、自分は選ばれなかった。
その落胆にあって、他生徒のいわれなき中傷に彩子が晒されるのを前に、薫は怒りを爆発させ、激しい抗議の弁を振るう。

選ばれし者と、選ばれざる者の、立場と言動の逆転。
そこに描かれる青春ドラマを思わせる熱い情熱と悔しさの涙。

思えば薫は、自らに向けられた陰口は意に介することはなく、淡々と我が道を進むスタンスを取り続けている。
それが他人である仲間に対する陰口には、敢然と立ち向かう。
「#39」は、卑劣な振舞い、中傷、足を引っ張る行為が許せぬ正義漢(…女性ですが…)の、心の奥底に秘める繊細で鋭い感性を、余すところなく表現した劇伴である。
同じ曲が最終話では、さらさのティボルトの表現に使われている。

「好きな人を想う優しい表情と絶望」
「へぇ…あの子には二階席が見えているんだね」
…講師たちが評する中、予科生たちに演劇基礎をメインで教えている安道先生は心の声を発する。
「驚き、憎しみ、愛情、哀しみ…そして渡辺の感じたティボルトの最後の感情は…」
遠き幼い日、歌舞伎を通じて見栄の切り方、見せ場の作り方を学んだ。

その歌舞伎への想いを断ち切らねばならないという残酷な現実を幼くして突き付けられる。
一緒に日舞を教わってきた幼馴染の“暁也くん”は男というだけで、自分がどんなに望み、焦がれても、手にすることのできない助六役を、易々と手に入れようとしている。
安道先生の言葉の続き―――さらさの感じたティボルトの最後の感情は、多分、嫉妬と絶望だろうと思う。

或いはそれらを全て包含した上での、無念か―――⁈

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物語は奈良っちの一人称によって基本的に進行する。
それだけに彼女の心情描写が丁寧になされる。
奈良っちは少女時代の体験が原因で、他人と関わることを避け、表情を出さず、自らにバリアーを張って生きてきた。
しかし、決して彼女は何も感じていないのではない。
「愛ちゃんは、自分の感情を外に出すのが下手なだけで、内側では高速回転しているんだと思うんです。」
さらさはそう評している。
その辺りが表現されるのが「#5 友情」、「#6 その涙は?」である。
「#5」は、絶望に光が差し込み、少しずつ少しずつ希望の萌芽が見えてくる感じだが、続く「#6」になると、奈良っちの、本当は繊細で豊かな感受性と、光が共鳴し合い、やがて一縷の望みは川となり、海へと繋がる―――そんな未来を思わせる描写になる。そしてとてもピュアだ。
“キモオタさん”こと北大路幹也とのエピソードで、自分を助けようと決死の覚悟を見せ、怪我をした彼にハンカチを差し出す。

だが、彼が受け取る前に、ハンカチは彼女の手をすり抜け、無情にも地面に落ちた。
期待しかけただけに絶望も大きい。
愕然と首を垂れるキモオタ氏に、奈良っちは大粒の涙をこぼし、こう言った。

「――違うの ごめんなさい ありがとう
これが今の私のせいいっぱいなの」
消え入りそうなか細い声で、しかししっかりと思いを伝えながら、大粒の涙の雫を落とす美少女。決して表情を見せない彼女が、哀しみの表情を湛える。
その姿は神々しくさえ見えた。
この場面にも、これらの曲は使われていた筈。
物語を冒頭に戻して、人の噂話を気にせず“無”を貫く奈良っちが、美しく咲き誇る紅華桜の下で、さらさと初めて出会う場面。
それを描いたのが「#10 桜の下の邂逅」。


リアルタイムでは、突然目の前に現れた規格外の女の子に驚きを隠せず、その後、縁あって寮で同室となったが、平気で自分の領域に踏み込んでくるさらさのことを、奈良っちは疎ましく思っていた筈。
それが様々な事件を経て、奈良っちはさらさにかけがえのないものを感じ、一度は“友達じゃない”宣言をしたものの、さらさに駆け寄り、その手を取って“友達になりたい”と自ら気持ちを表明。
さらさは素直に受け入れてくれて、2人は友達となった。
「#10」は、そんな現在の奈良っちのさらさへの想いによって、あの紅華桜の下での初めての出会いが、美しくかけがえのない出来事として補正されたニュアンスを感じる。
それが奈良っちのジュリエットにつながり、本格的な演技開眼へと繋がっていく。

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演劇表現の緊張を描出した「#43 緊張の刻」。
TVアニメ版最終回にして初めて描かれる、杉本紗和委員長の人知れぬ悩み、恐怖、優等生であるが故の劣等感。

家業がバレエスタジオであり、バレエの世界ではコンクール入賞の常連。将来のプリマ・ドンナと嘱望されつつも、その栄光を捨てて、紅華への道を選んだ、薫とは違った意味での華々しい経歴。

主席の座を一貫して譲らぬ完璧主義の優等生。
そんな彼女の、自らの積み重ねてきた努力の価値を一瞬にして打ち砕かんとする“天才”の出現。

いともたやすく凌駕されてしまうのではないかという底知れぬ恐怖。
己の築き上げた栄光の瓦解が迫りくるのではないかという堪らない不安。


それらを表すのは、「DISC1」の掉尾を飾る「#44」。その名もずばり「杉本紗和」という曲名。

―――その薄紙一枚分が、鉛のように私を突き刺すんだって―――
そういえば第12話で、委員長が山田さんを諭す場面でも「#39 あの夏の記憶」が効果的に使われていた。
委員長は、恋愛経験がないとジュリエット役に悩む彩子に対し、自分も人を殺したことがないと切り出す。

でもティボルトは殺す。そういう男に私はなるの。
経験したことのない役を、想像しながら演ずる点において、殺人経験のない委員長が人を殺したティボルト役を演じることも、恋愛経験のない彩子が14歳にして一目惚れの初恋を成就させるジュリエット役を演じることも、同じである―――と。
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そして決して忘れられない山田さんへの早乙女先生の暖かい眼差し。
「#32 あなたの歌」―――この曲もまたサントラ盤を買う大きな原動力となった名劇伴だ。
ダンス講師・橘先生の言葉をきっかけに、山田彩子は摂食障害に陥る。
確かに痩せはしたが、とうとう前期の成績は最下位に転落し、ある日声楽の授業で声が出なくなり、そのまま倒れてしまった。
思い出されるのは自分を応援し、紅華へ送り出してくれた姉、そして両親―――暖かな家族たち。
所詮は叶わぬ夢だったのだ―――絶望の彩子は全てを投げ出し、家族の元へ帰りたいと一人涙にくれる。
そこへやって来たのが早乙女先生。
男子禁制の筈の寮に乗り込んできて、大熱弁を振るう。

「あのね 山田さん
あなたは優しくて繊細で 一人で色々なことを悩んでいるのよね?
あなた達はまだ人生を決めるには早すぎる若さだもの
迷ったりくじけたりするのも無理ないわ
でもね成績はビリになったかもしれないけど
あなたの下には100期生になれなかった1095人もの女の子たちがいるのよ
紅華歌劇団は10代の選ばれた乙女に一度しかその門を開かないの
やり直しもきかない
出てしまったら二度と戻れないわ
…
僕はあなたに辞めてほしくない
…
それにあなた 大切なことを忘れてる
何もない子が紅華に入れっこないのよ
ねぇ思い出して あなたの得意なこと それはなに?」
「…う…た…」
「そうよ!歌よ!!」
「入試の時あなたの歌声を聞いて僕は思ったの!
この子は歴代屈指のエトワールになる子だって!!
紅華歌劇団のグランドショーのフィナーレは
大階段を真っ先に下りてくるあなたのアカペラで始まるの!」

―――年端もいかぬ、まだ居直るという処世術を知らぬ者にとり、自分を信じ、認め、励ましてくれる大人が一人でもいることが、どれだけ心強い味方になってくれることか。心の拠り所になってくれることか。
彩子は再び声を取り戻し、皆の前でその美しい歌声を披露してみせた。
「彩がこんなに歌えるなんて知らなかった…」とひそひそ話。

「私 知ってたよ
入試の時、声楽の試験で同じグループだったの
それまで眠そうにしていた先生達がいっせいに顔上げてた
入学してから この人 何で実力出せないんだろうって見ててイラついたわよ」
サラブレッド・薫が言った。
決して才能を妬むことなく、それが素直に表出されることを心から願っている。
薫の裏表ない素直で真っ直ぐな人間性がよく描かれている。
物語は進み、文化祭を前に予科生たちの寸劇のオーディションを前に自信が持てない彩子。
先回りして失敗したらごめんねと卑屈になる彩子を突き放すように叱責する薫。
そんな必要はないと厳然と言い放ちつつも、彩子を励ます委員長。

不安の拭えぬまま壇上へ上がる彩子。
委員長の「彩はかわいいよ。」という言葉に既視感を覚え、ふと紅華へ来る前の学生時代を思い出す。
それは男をとっかえひっかえするクラスメイト・矢野明日花の記憶。
同じくクラスメイト・平山への仄かな恋心を胸に抱いていた彩子は、矢野に告白して振られたという平山を慰めようと声を掛けると、“ずっと友達でいたい”と言われ、何も言う前に失恋する。
誰でもウェルカムだったはずの矢野明日花に、彩子はその理由を尋ねると、明日花は、女受けの悪い自分に唯一優しくしてくれる彩子が平山を好きなのに、その平山の告白にOKし、彩子に嫌われるのは、人として終わりだという。
平山は今、傷心だから、付き合えるチャンスだという明日花に、彩子は、弱みにつけこむようなのは嫌だ、それにずっと友達って言われたとむくれる彩子に、
「…彩はかわいいよ。誰からも好かれるし、あったかいオーラ出てるし。
だから紅華もきっと受かるよ。」
「そうだよ~。私も男だったら、彩、彼女にしたいよ。
何なら~女のままでもつき合えるけど~」
そうして彩子に視線を向ける。

「うーん…そっかぁ。有難う」
「アハハハハ…やっぱ彩かわいい。
私も一生友達でいたい。」

「ホント、彩、大好き。
かわいくて涙出る。」
―――「何という言葉を使えば、この燃えるような僕の気持ちを
貴女に伝えられるのだろう」
ロミオ役の台詞がシンクロし、彩子は初めてあの時、明日花に告白されたのだと気づき、ドギマギする。
“山田さん、さっきから青くなったり赤くなったりしてるけど、大丈夫かしら?”
舞台上を見ている声楽担当・早乙女先生。

“みんなごめんね。
私は教師として平等に評価をしていきたいと心掛けているわ。
…でもね…教師だって、人間です。
どうしたって、自分が才能を見出した子を応援してしまうのよ”
“ミュージカルは舞台の総合格闘技よ!
一発必中の華麗な技が決まれば逆転できる!!
山田さんっ、あなたにはそれがあるのを忘れないでっ!!!”
「ロミオ…」
「…どうしてあなたはロミオなの?」
―――不思議…憑き物が落ちたみたいだ…。

“がんばってぇ”
―――気がつかない所でそっと誰かが見ていてくれる。

―――奈良っちみたいにはなれないけど…。
―――舞台に立った時、沢山のお客様の中の誰かが、私を見つけてくれるかな…?…見つけてほしい…私を…

そう思うのなら、ダメもとでもアピールしなきゃだめなんだ―――
「動けば肘が当たるような人の波の中
ロミオ…振り向いた時、そこに見えたのはあなただけだった」

―――言えた!―――
…非常に長い引用になってしまったが、山田彩子の自信喪失から、一筋の光明。やがてそれは確かなものとなってゆき、自ら満足のいく結果を引き寄せるのに成功する。
そしてそれを見守り、声にならない声援を送り続ける彼女の最大の理解者。
どん底の気持に沈むか弱きものに寄り添い、そっと励まし、自ら立ち上がるのに力を貸す。
「#32」の暖かい曲調は、そんなシーンにベストマッチで、心の内側からじんわりと湧き出るような深い感動的な場面を生み出す大きな力となった。
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さて、最後はとっておきの隠し玉。
「#24 過去と未来」である。
残念ながら、この曲だけが、TVアニメ本編のどのシーンで使われていたのか思い出せない。
電子オルガンの奏でるこの天から降ってくるような感覚は何だ。
悩める子羊をそっと包み込み、暖かい光となって照らす。
…こう記すと、上の「#32」と似ているように思えるが、曲調はまるで違う。
やがて死せる者は、少しづつその生気を取り戻し、生命の息吹を復活させる。
全ての毒素を洗い流し、魂を浄化するかのようだ。
同じ癒しを与えながら、何というか、もっと人間の本源的なところに踏み込んだ、宗教的気高さ、崇高ささえ感じるのである。
こうなると「過去と未来」という曲名からして意味深だ。
信仰の世界では過去から現在、そして現在から未来へと人々を導く者として、神の存在が必ず語られる。
個人的にはこの「#24」が、「DISC1」随一の、文字通りの“神曲”であると感ずる。
テレビ東京・「美の巨人たち」で、教会とか大聖堂とか、特にキリスト教の、神の存在を思わせる厳かな宗教建築が取り上げられる回が時々ある。
PAUL SCHWARLZやANUNA、silenciumらの楽曲が劇伴に用いられるのを度々耳にする。
この「#24」は、もう少し時を経て、そこで使われるようになったとしても、全く違和感なく、遜色ないとさえ感じる。使い方は難しいだろうけれど。
こうなったら、この劇伴がどこで、どの場面で使われていたのか、再び頭から見返してみたい―――そんな強い想いを今、抱いている。
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最後に付けたしのようになってしまうが、「DISC2」はボーカル曲を主体に集めたもの。
中でも「#23」、「#24」と2バージョンの「愛を乞う歌」が異彩を放つ。
紅華歌劇団が上演する「ファントム」の劇中歌という設定だという。
里美星、安道守2人が互いに歌うという内容から、これはBlu-ray2巻付録CDの「スピンオフドラマ『ファントム』」由来のものなのか。
この辺りは、作曲担当の斉藤恒芳氏インタビュー記事をご参照いただくのが早道だろう。
そしてやはり本作には欠かせないエンディング曲も、全種類余すところなくTVバージョンとして、この「音楽集」にも収録されている。
各演者には、物語中の今の姿ではなく、やがて紅華歌劇団入団後の確立した姿を想定して歌ってもらったという。
宝塚のどこかのショーに、主題歌としてそのまま使われていても十分通用しそうな曲である。
曲の合間合間に入るクラック音というのか(“♪カカッカカッ”というやつ)、あれも実際の宝塚でよくあるリズムの取り方だし、サビの繰り返し部分で音階が上がるのも、宝塚ソングに限ったことではないが、よく耳にする曲の構成の仕方だ。
この本格的宝塚調エンディングがあったればこそ、本作の世界観が十分すぎるほど確立され、引き込まれることとなった。
個人的には、前にも記した通り、薫役・大地葉さんがソロで歌い上げた「薔薇と私」前半が、そのまま宝塚男役として通じそうで、一押しである。
特にサビの朗々とした熱の入った歌唱が忘れられない。
「音楽集」に収録されているのは全てTVバージョンの短縮版で、オリジナルとなると、こちらの盤に拠ることになる。

基本形である「星の旅人」は、何といってもサビの部分の、口を横一文字にキュッと結んだ、ツインテールのまま憧れのオスカル様に扮したさらさの凛々しい晴れ姿である。
前の記事末尾で触れたが、敢えてもう一度記そう。
「さらば、諸々の古きくびきよ。
二度と戻ることのない、私の青春よ。」
「シトワイヤン 彼の死を無駄にしてはならない。
我らは最後まで闘うのだ。
自由と平等と友愛のために。
シトワイヤン、まず手始めにバスティーユを攻撃しよう。
そして我々の力の強さを示すのだ。
シトワイヤン、行こ~~~っ!!」
―――いつの日か、原作でさらさが本当にこの台詞を言う場面が描かれることを夢見て―――
以上、気に入った楽曲について思いつくまま記しつつ、それをネタにTVアニメ版を気ままに振り返ってみた。
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掲載画像は、一部を除きTVアニメ『かげきしょうじょ!!』公式サイトより借用しました。
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2021.10.5追記:
「DISC1」の「#24 過去と未来」が使われていた場面は、何となく予感していたように、やはり第8話・「薫の夏」にあった。
最初の方で、バス停で陸斗と薫が2度目に顔を合わせるシーン。
陸斗は薫を意識しつつ、おずおずと話しかける。
「あのっ…君っ…」
「なんちゃら歌劇の志望者と聞いて…」とぎこちなく、紅華ファンだという祖母を引き合いに、薫の名前を尋ねる。
そこへ女子高生2人組がやってきて、1人が辻海斗選手へのファンレターを渡してほしいと陸斗におずおずと差し出した。
すげなく断る陸斗。涙を見せ、立ち去る女子高生。
一部始終を見ていた薫は、女子高生たちが去った後、意を決したように
「星野…星野薫。あなたは…?」
この劇伴の最後、一番盛り上がる箇所に、「星野薫」と名乗るシーンが重なる。
強い思い入れ補正がかかった今、見返してみると、薫が限りなくストイックで聖なる者、何だか紅華に魂を捧げんとする神々しき乙女に見えてくるから不思議だ。
前の記事で、バス停で陸斗や薫のことをひそひそ噂話していた女子高生2人組と、辻海斗選手へのファンレターを託す女子高生2人組が同じだと思い、そう記したが、違っていた。ここに訂正します。
本作について記事を作り始めた頃は、ここまでTVアニメ版の進行に合わせて詳細に触れる積りはなかった。
そうなった大きなきっかけとなったエピソードは、私の場合、やはりこの第8話だったように思う。
コロナ禍を押して真名瀬海岸まで“聖地巡礼”を強行し、ついでに長年忘れていた“宿題”でもあった「サンルイ島」も訪ねた。毎週記事を作成するのに、アニメの放映毎に何度も録画を見直し、原作を読み返しもした。
思えばそれは多大な労力も費やしたし、時には寝不足の原因にもなった。
しかしこれほど熱中し、我を忘れ、情熱を傾けた楽しい作業は久しぶりであった。
2021年夏―――私にとってこの夏は、オリンピックの夏ではなく、
紛れもなく『かげきしょうじょ!!』の夏であった。
同じような時を過ごしたとしても、二度と同じ瞬間を繰り返すことはできない。
この夏の思い出は、この先ずっと決して忘れることはないだろう。
そう思っている。