前回の続き。

 

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牛ハラミ焼肉と牛カルビ焼肉弁当 (出水駅)(1,280円)

ものすごく美味しそうな牛肉の写真に魅かれ、衝動買いした駅弁。

濃い茶色の肉厚のほうがハラミ、色の薄い方がカルビと思われるが、期待していたよりは普通の焼肉弁当の印象。

ハラミ焼肉の下にゴボウが隠れており、それがアクセントとなっている。

ハラミというと、もっと柔らかい肉を想像したが、輸送駅弁の上、夜レンジで温めたせいか、意外と固く感じた。

 

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鶏めし (大舘駅)(900円)

機会があるたびに毎度のように味わっている、超「定番」の品。

全体的にほの甘い味付けが特徴の、胃袋に優しい味の鶏弁だ。

中央にくちゃっと寄った鶏肉は、決して量の多いものではないが、玉子そぼろと、煮汁をたっぷり含んだご飯が、それを感じさせない。

特筆すべきは付け合わせの品々。

彩りを添えるだけでなく、味に変化をつけるのに大きな役割を果たしている。

とりわけ椎茸の下に隠れているがんもどきの味が絶品。

三角形に区切られた仕切り、紙紐でかがられた外装、お手ふきまで付いている心遣い。

何よりも今どき1,000円を切る値段。

調整元の心意気を感じる名物駅弁である。

 

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ミックスサンド(756円?)

マスクメロンサンド(1,296円?) (共にイマノフルーツファクトリー)

東京証券取引所のお膝元・茅場町に、50年以上営業を続ける老舗果物店が、平成半ばにスィーツとジュースの販売メインに業態を変え、現店名になった店。

カラフルなフルーツの色彩に引き寄せられる。

今回、前半のみの出店で、これが駅弁大会では初出店とのこと。

値段に「?」をつけたのは、現地での細かな記憶が曖昧で、レシートにも総額しか表示されていなかったから。

 

季節柄、苺サンドがメインで、果物専門店らしく、品種別に数種類が確認された。

そこそこ値が張るので、この2種類を選択。2,000円少々でどうにか抑えた。

フルーツサンドに限らず、最近のサンドイッチは、三角形に切って、断面を綺麗に見せるのが流行っているが、具材は中央に寄り、三角形の直角部分にはあまり具が入っておらず、中心部だけがどら焼きのように盛り上がっていることが多い。

 

本品もまた、その例外ではないが、ひと際盛り上がった、とりわけ「マスクメロン」のインパクトは絶大である。

実際齧ってみると、中央部はほぼメロンで、パンを感じさせなかった。

ミックスも複数あり、確か「あまおう」だと思ったが、有名品種の苺を使った写真の品の他に、シャインマスカットを配したものもあった。

「ミックス」のほうは、奥に変色しやすいバナナを隠しており、見た目を悪くしない工夫を感じる。

グレープフルーツ(ルビー)の苦甘さが瑞々しさを加え、味が単調になるのを防いでいる。

クリームはよくある生クリームではなく、マーガリンを使ったやや硬めの甘さ控えめのもの。

時間が経つと、風味が落ちる生クリームを用いず、フルーツを主役に押し出した作りに独自性を感じる。

他には「マンゴー」、「デコポン」、「安納芋」などがあった。

値段はそれなりにするが、機会があれば他の味も試してみたい。

 

それにしても、証券会社ばかりのビジネス街というイメージしかなかった茅場町に、「珈琲家」の銅板ホットケーキといい、本品といい、意外な場所に意外な甘味が隠れているものである。

近場だし、土曜日もやっているようだし、一度茅場町へ出向いてみるか…。

 

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次回へ続く。

前回の続き。

持って帰った弁当の実食タイムである。

昼食にした分は、いつもなら現地屋上で食べ、容器も捨ててこれるのに…そう思うとプラごみがいつもに増して増えるのが恨めしい。

 

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・鯖とブリの漬け丼 (福井駅) (1,500円)

生魚系はあまり放置しないほうがよいだろうと思い、この弁当を最初に選んだ。
ブリと鯖のヅケがご飯の上に敷き詰められ、味は文句なし。
付け合わせにトッピングされたカイワレもいいアクセントと彩を添えている。
 
…しかし、この弁当には致命的な欠点がある。
上げ底なのだ。
これではあまりにボリュームが足りない。
途中で箸を止め、器を宙に持ち上げ、下から撮影してみた。
これなら新潟駅の「のどぐろサーモン」のように、ご飯を盛り上げ、具材を山から滴るように配せばいいものを、器表面より下に盛るから余計に少量となる。
小食の人なら或いはこれで足りるのかもしれない。
しかし、近頃のコンビニ弁当も顔負けの上げ底は、ここまでやっちゃ詐欺レベルだ。かつての新青森だか八戸だかのラーメン駅弁を思い出してしまった。
 
しつこいようだが、完食後、器内トレイのみ外して再度撮影。
銭湯の子供風呂みたい。
大盛バージョンを望みたい。
 
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海の輝き 海鮮輝きちらし(小樽駅) (2,160円)
「海の輝き」といえば、イクラが宝石のように散らされた美しい海鮮弁当を思い出すが、これはその海鮮チラシ版。
小ぶりながらもウニ、ホタテ貝柱、甘エビの乗った本格派である。
メインはサーモンと蟹のほぐし身か。
惜しむらくはこれも上げ底。
まぁこちらは器の縁から上に盛り上がった盛り付けなのと、全体にご飯が敷き詰められているので、そこそこのボリューム感あり。
良しとするか…。
 
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さけめし(上越妙高駅) (1,200円)
魚駅弁3連発。
3個目にして漸くまともな、上げ底でない容器の駅弁にありつくことができた。
容器は小ぶりながら、お重を思わせる朱塗りぽいプラ容器は、ちょっとしたおかず入れに使えるかな…とこういう容器を捨てられない。
固まりとほぐし身、2種類の焼鮭をメインに、イクラも少量ながら添えられ、錦糸卵が敷かれた白飯が進む。
そのコメが美味い。流石新潟の弁当である。
中央、バランの上にちょこんと乗ったオレンジ色は、かぼちゃかと思いきや小ぶりの杏シロップ漬け。何だか「峠の釜めし」を思い出してしまった。
「ホテルハイマート」という直江津駅前のホテルが調整元らしく、中に入っていたチラシを見ると、かの駅弁女王が大絶賛していた「磯の漁火」という駅弁も作っているではないか!
 
直江津駅の駅弁でもいい筈なのに、何故敢えて新幹線の上越妙高駅を名乗るのか?と訝しみ、調べてみたら、既に直江津駅はJR東からえちごトキメキ鉄道に移管されていた。
 
直江津といえば、在来線特急時代の「L特急あさま」の終着駅―――小学生の頃覚えた固有名詞としてインプットされている。
鉄道趣味人のくせに新幹線嫌いなので、全く時代についていけていない。
この弁当から、そんなことに改めて気づかされた。
 
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岩手短角牛弁当やわらか煮 (肉のふがね) (1,480円)
この日の昼食のしんがりを務めたのはこの弁当であった。(4個目!)
駅弁大会前半のみ登場し、行った時には殆ど毎回買って食べている弁当。
脂身のない赤身牛肉をひたすら醤油で煮て、ほろほろになるまで柔らかくほぐしたものがメイン食材。
牛肉弁当は数あれど、他にはない唯一無二の圧倒的存在感を誇る牛肉だ。
醤油の染みた肉と、下に敷き詰められたきんぴらごぼうがよく合い、付け合わせの蕗、人参、椎茸、栗、梅、どれをとっても美味い。これら野菜は、濃厚なメイン食材と好対照をなす薄味で、元来嫌いな食材の筈の梅干しでさえ、この醤油牛肉と合わせて食せば、絶妙なる酸味が更なる味の深みを齎し、格好の味変になるのである。
ご飯の味も良い。
 
買い求めた時は、他に誰も客がいなかった。
かつてやっていた「牛肉対決」の影の王者だと秘かに思っている。
今回は売り場が変わっていた。(いつもは一番奥の「いかめし」の向かい側)
もっと人気が出てもいいのに。
過去にはバージョン違い、ハーフサイズ等色々バリエーション展開もあったが、結局は定番品に落ち着くようだ。
 
「こういうのでいいんだよ。
こういうのがいいんだよ。」
…「孤独のグルメ」の台詞が甦って来る。
 
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次回へ続く。

すっかり不定期更新に成り下がってしまった当blogである。

前回の「かげきしょうじょ!」連載以降、幾度か構想だけは練っては機を逃し…を繰り返し、安きに流さるるに身を任せ、そのまま新たな年を迎えた。

 

お正月気分を一気に吹き飛ばしてくれるこのイベントが始まったとなっては、やはり重い腰を挙げざるを得ない。

新たな連載の開始である。

 

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新型コロナ禍は「駅弁大会」のあり方をも大きく変えた。

前回は今よりもっと酷い状態で、“外出=感染”という雰囲気が濃厚であった。開催はなされることは知ってはいたが、わざわざ高価な弁当を予約してまで…という気持ちもあったし、命を賭して駅弁を食べようとまでは思えず、ついに出向くことはなかった。

それに比べれば、少なくとも12月終盤時点では、今回はまだましに思われた。

興味を持って調べれば、関心も湧くというもので、一部の駅弁は早くもこの3連休は完売間近の状態。

そうなると何だか「予約せねば!」という気になり、会員登録までして総額1万円弱を2度も“ポチッとな”してしまった私は、まぁ体のいいカモなのだろう。

 

そんなわけで、“With コロナの駅弁大会”に参戦。

 

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2年前と大きく異なるのは、

 

1.会場が分散されたこと

2.一部商品のweb予約が行われること

3.場内での飲食が禁じられ、お持ち帰り専用となったこと

 

であろう。

 

以後の話が進めにくくなるので、一応最低限の概要と用語解説を毎度毎度のワンパターンだが、(タイムボカンばりに)説明しよう。

 

「第57回 元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」

 

2022年1月7日(金)~1月20日(木)まで

10:00~20:00(1月13日(木)は17:00まで、20日は17:00まで)

京王百貨店・新宿店7階・大催場にて

通称「駅弁大会」。

 

公式サイトより、Webキャプチャの形でチラシを拝借。

「実演販売」…7階会場の販売ブースで、調理して出す駅弁。

「輸送駅弁」現地から輸送されてくる駅弁のこと。多くは4階特設会場にて販売されるが、7階の実演販売ブースで、調理されるものとは別に、同じ調製元の駅弁が輸送&販売されるものもある。

「全国うまいもの」会場の販売ブースで売られる、駅弁以外の食品。

 

輸送駅弁専用特設会場が、昨年の5階から4階となった。

又、「実演」、「輸送」、「うまいもの」いずれも一部で事前予約可となった。

それ以前からも、福袋の体で一部駅弁の予約はできた筈だが、興味を抱いていなかったので、詳しいことは知らない。

更に、駅弁はWeb予約品を2階の専用スペースで受け取るシステムなのに対し、「うまいもの」は現地受取ではなく、配送となる点が異なる。

 

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3連休中日・1/9のこと。

事前予約した駅弁を引き取りに行きさえすればよいのだが、ダウンロードした「駅弁リスト」を熟読してみれば、Web予約非対応のもの、チラシにも載っていないものが結構あり、興味を惹かれるものもある。

最初、連休初日の1/8に来ようと思ったが、南千歳駅の豚丼・記念丼入りが夜の枠しか残っておらず、それで翌9日にしたのだが、気が変わって豚丼は後日に変更。

ならば8日でよかったものを、9日、9日と思い込み、余裕で買えたものばかり、わざわざ9日11時~12時で予約してしまったのである。

 

ここのところ急に寒いし、オミクロン株のせいか「第6波」の到来を感じさせられるしで、無理して朝早くから並ばんでも…という気になり、10時過ぎ会場入りを目指すも、9時50分に現地到着。

1階正面入口は既に風除室から列がはみ出し、駅弁大会目当てでない単なるお買い物に来た人まで列に並ばされていたのはちょっと気の毒であった。

 

今回は待ち時間が圧倒的に少ないので、あれよあれよという間に開店。

従来通りエレベーターで7階直行組と、エスカレーター等で4階に向かう組に分かれるのがこれ迄と違うところ。

4階に向かった。

エレベーターでは4階には行けない旨、下調べしてあったが、現地に行って納得。

閉鎖されたエレベーター入口を塞ぐように早くも列が出来ている。

概ね10人ずつ専用会場へ案内される。

向かって左側に北海道~東北から順に南へ向かって行くのだが、何故か北海道の真向かいに九州駅弁の台があり、美術館の展示よろしくそちらへ人が滞留しているので、空いていた奥へ進む。

 

関東の次の信州の場所に、何故か米原の「湖北のおはなし」のあの“どろぼう風呂敷”と「近江牛大入飯」の山を発見。

まだ名古屋にも到達していないのに、よーわからん。

井筒屋は次回以降に取っておくことにして今回はパス。

結局、この日は予定していた以上に欲張って、以下の7つを手にする。

 

・十和田バラ焼き重(新青森駅)

・あんこう三昧弁当(水戸駅)

・たかのののどぐろめし(金沢駅)

・松阪牛すき焼きと近江牛しぐれ煮重(草津駅)

・近江牛黒胡椒焼肉&ペッパーチキン弁当(草津駅)

・中津風からあげ弁当(大分駅)

・牛ハラミ焼肉と牛カルビ焼肉弁当(出水駅)

 

草津駅弁が重なってしまったが、「~ペッパーチキン」は完全に衝動買い。

「のどぐろめし」、出水駅弁も衝動買いだ。

事前予約分と合わせると結構な量である。

これ、本当に明日中に全部食えるのか?

段々怪しくなってくる。

 

特設会場は比較的楽に出られたが、その後の会計の行列が凄まじく、ここで随分待ったが、いざ自分の番になってみて納得。

各弁当をビニール袋にわざわざ入れてくれているのだ。

どこかでショッピングバッグを持ってこいと書いてあったので、やわな袋だと千切れると思い、業務スーパーの黄色い袋を持ってきて、それに詰めてもらったのだが、それが却って売り子のおば様方の手を煩わせてしまったようで、丁重に礼を言って4階を後にした。

 

時刻は10時半。会場入りする前に並んでいたリュックを背負った若者は、神戸のコンテナ駅弁を4つもカゴに入れているのと出くわしたが、思った通り随分小ぶりで、「あれは絶対容器代」そう思わせる見た目であった。

メロンアイスのカップとか、宝塚バージョンの炭酸煎餅の缶とか、東京メトロの地下鉄クッキー缶、「ひっぱり蛸めし」の蛸壺、果ては「峠の釜めし」の釜とか、「モー太郎弁当」のつぶらな瞳の真っ黒な牛さんの容器とか、広島の「しゃもじかきめし」のしゃもじ形の弁当箱、福井の「かにめし」の蟹容器、高崎は「復刻だるま」の陶器とか…捨てられない容器が我が家に山ほどあるが、メロンカップと宝塚だけ、それぞれクリップ入れとペン立てに活用している以外、結局使い道がないのである。

「モー太郎」の牛さんなんて、センサー入りだから、洗って食器棚にしまっておくと、時々夜中に思い出したように「〽う~さ~ぎお~いし~」って音が鳴りだすんですぜ。あれは怖かった…。

…そんなわけで、今回開幕スタートダッシュで一番人気のコンテナ弁当は、個人的には眼中になし。

 

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7階へ向かう。

入場制限をかけ、「スマートフォンに通知が行くよ」と書いてあったが、さにあらず。

手指消毒こそすれど、待たずにすんなり場内入り。

総合案内やお休み処がなく、出入口以外は白っぽい壁で一面覆われているさまが物々しいが、中に入ってみれば並ぶところは並んでいるし、閑古鳥のところはあるし、狭い通路に列が出来、人をかき分けるように通路を練り歩くのも、こんな狭い会場にベビーカーでグリグリ突進してくる馬鹿親も、圧倒的に年寄りが多く、動きが悪いのも、いつものことだ。

 

今回も前半の超行列店は、やはり「551蓬莱」の豚まん、それと2年前にもあったご当地パン。

「551蓬莱」は前にも書いたが、関西へ行けばいくらでも食えるし、東京でも当イベント以外のほうがまだましなので、パス。

「パン」も、「福田パン」は前に散々食ったし、美味いと思った加古川のニシカワ食品はネット通販でしこたま買った。鳥取・伯雲軒「ブドーパン」も売っていたが、これだけのために並び倒すのも嫌。

それに今回は既に7食駅弁を買ってきている上に、この後更に7食、事前予約分を引き取らねばならないのだ。

 

結局、前半にしか来ない「岩手短角牛弁当やわらか煮」(肉のふがね)をリピート買い、茅場町発・イマノフルーツファクトリーフルーツサンドを2種類ばかり奮発した以外は、巡回だけで早くも退場。2階へ向かった。

イマノフルーツはもっと並ぶかと思ったが、意外に値が張るのが敬遠されたのか、驚くほど空いていた。

 

11時にはまだ20分ほどあったが、奥の方には早くも長い列が出来ていた。

こちらは支払いは既に済んでいるからさぞササッと進むのだろうと思いきや、さにあらず。

注文番号は関係なく、フルネームで管理されているらしく、更には念には念をとのことなのか、印刷された注文票と現物を1つ1つ突き合わせて確認するのである。

それにしても並んでいる列の脇には高級化粧品のサンプルが次々と並び、凡そ駅弁とは不釣り合いなこと甚だし。

これまで7階のみが戦場だったのが、あちこちのフロアにも飛び火して、我関せずだったかもしれない他フロアの売り子さんたちにまで、食い物を求めておじん、おばんが目の色変えて殺到する年始の名物イベントに、否応なく巻き込まれてしまった感のある今駅弁大会。

デパート側の思惑通り、密の回避に役立ってくれるのか?

そういえばいつもは屋上へ退避し、昼ご飯を済ませられ、容器のゴミ廃棄も一発でできる一石二鳥を果たすのも、どうやら厳しい模様。

 

正直なところ、Web予約をわざわざしなくても、現地で出来立てを余裕で買えた駅弁もあった。

しかしながら、全てが「お持ち帰り」となった今、何も出来立てにこだわらなくてもいいのかという気がしないでもない。

とはいえ、25年ほど昔、突如としてベルギーワッフルが流行り出した頃、新宿武蔵野館前の「マネケン」という店で、出来立てワッフルを3個ほど食ってやれと意気込むも、見栄張って「持ち帰りで」と言ったら、作り置きの冷めた奴を包まれ悔やんだことを思い出す。

 

場内はNGにしても、屋上位食事可にすればいいのに…という気がしなくもないが、屋上遊具が撤去され、バーベキューコーナーに化けるまでの間、喫煙含めベンチ争奪戦になったことを思えば、仕方ないのか。

 

…そんなことを思いつつ、早くも会場を後にし、帰路に就いたのであった。

 

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次回、持ち帰った弁当の実食レポートへ続く。

TVアニメ版が先週で終わり、“『かげきしょうじょ‼』ロス”を味わっている。

 

そんな折、9/29発売の「かげきしょうじょ‼ 音楽集」が届いた。

最近の映像作品にしては珍しく、本作はすでに発売されているオープニング、エンディング曲とともに、サントラ盤までCDでリリースされている。

 

世の中、ダウンロードやサブスクリプション流行りだが、データだけ取れればいいやとは決して思えず、ジャケットは勿論のこと、モノとして所有したい私は昭和な人間なのである。

最近は特に洋画のサントラがCDで出ないものが多い。

いざとなればダウンロードで買ってCD-Rに落とすなどという、若い人にとっては信じられないであろう行動をとったこともあるが、PCに取り込む音楽は、もしかしたら99%が所有しているCD由来かもしれない。

 

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本作は少女たち…とはいっても、青年誌から少女漫画へと仕切り直して発表され続けていることもあり、いわゆる男性向けの美少女系とは全く異なる、大人になる前の女性たちが真剣に夢を描き、ぶつかり、嘆き、悲しみ、苦しみ、絶望し、時に喜びを感じる成長譚である。

そこには実質的な物語の語り部たる奈良っちを主軸に、非常に繊細で、微妙な心の綾の表現があり、又、演劇表現において、映像作品ならではの強みを活かした印象的な劇伴音楽の存在があった。

 

とりわけ最終話、渡辺さらさが演じたティボルト役のシーンで流れた、ピアノと弦楽器を用いた静かでありながら、どこか和の世界をも想起させる劇伴がものすごく印象に残った。

最終話を見ながら、この曲が使われるのはここが初めてではないということだけは、脳味噌が記憶していたが、はてどこだったか…。

「DISC1」を最初に聴いた時、これがどこで出てくるか、そればかり注意していた。

大分終わりに近くなって、それが「#39 あの夏の記憶」という曲名であると知った。

 

第8話・「薫の夏」―――録画を後で見直すと、確かに冒頭、薫が陸斗と言葉を交わし始める前のモノローグで使われている。

あの回は、原作のエピソードをすっ飛ばす傾向にあるTVアニメ版に珍しく、冒頭の導入部を除き、スピンオフをそのまま端折ることなく映像化された回であった。

祖母、母ともに紅華歌劇団娘役出身のいわば“三代目”で、非常にプロ意識が高い薫の本編では描かれない、コンプレックスや焦り、弱さ、心の移り変わりが実に丁寧に描かれ、恋の芽生えを薫自ら摘み取ってしまうというほろ苦いエピソードで終幕を迎えるが、それでいて爽やかな、どこか清涼さを感じさせる幕切れであった。

周りの普通の女子高生のように、恋をして、デートをして…という生活に一瞬気持ちが揺らぎかけ、それを祖母に見透かされる。

共に身近に超え難い高く聳え立つ壁を意識し、油断すると襲ってくる不安を払拭し、立ち向かうんだ。

そのための何物にも代えられぬ得難い同士を得たと思ったのに、あの花火大会の夜、思いがけない弱音を聞かされ、傷を舐めあうことを相手に求められているのではないかと感じる。

激しいショック、怒り、悲しみ、絶望、それらがないまぜになった感情に襲われた薫は、未練と、湧き上がってくる弱さを自ら振り捨てるようにその場を立ち去り、泣きながら、しかし目指す紅華音楽学校校歌を懸命に歌いながら、一人夜の砂浜を懸命に走り続ける。(「#40 花火大会」

 

自ら恋に終止符を打ちながら、陸斗のサヨナラホームランの場面で、強い日差しを避けるために欠かせなかった筈の日傘を放り出し、美しい立居振舞を常に求められる紅華志望者にあるまじきガニマタで街頭テレビにかじりつく。

それを見て、薫の陸斗への想いもまた本物だった。決してかりそめのものなどではなかったのだと、我々視聴者は存分に感じさせられる。

 

普段見せるプロ意識、気持ちと言動の強さとは裏腹に、本編では今のところ報われない薫の、強さの中に大切にしまい込まれ、封印した想いを見せられることで、却って彼女の紅華への強い思い入れを感じるのである。

 

そして最終話、同期の山田彩子が役を射止める中、自分は選ばれなかった。

その落胆にあって、他生徒のいわれなき中傷に彩子が晒されるのを前に、薫は怒りを爆発させ、激しい抗議の弁を振るう。

選ばれし者と、選ばれざる者の、立場と言動の逆転。

そこに描かれる青春ドラマを思わせる熱い情熱と悔しさの涙。

思えば薫は、自らに向けられた陰口は意に介することはなく、淡々と我が道を進むスタンスを取り続けている。

それが他人である仲間に対する陰口には、敢然と立ち向かう。

「#39」は、卑劣な振舞い、中傷、足を引っ張る行為が許せぬ正義漢(…女性ですが…)の、心の奥底に秘める繊細で鋭い感性を、余すところなく表現した劇伴である。

 

同じ曲が最終話では、さらさのティボルトの表現に使われている。

「好きな人を想う優しい表情と絶望」

「へぇ…あの子には二階席が見えているんだね」

…講師たちが評する中、予科生たちに演劇基礎をメインで教えている安道先生は心の声を発する。

 

「驚き、憎しみ、愛情、哀しみ…そして渡辺の感じたティボルトの最後の感情は…」

 

遠き幼い日、歌舞伎を通じて見栄の切り方、見せ場の作り方を学んだ。

その歌舞伎への想いを断ち切らねばならないという残酷な現実を幼くして突き付けられる。

一緒に日舞を教わってきた幼馴染の“暁也くん”は男というだけで、自分がどんなに望み、焦がれても、手にすることのできない助六役を、易々と手に入れようとしている。

安道先生の言葉の続き―――さらさの感じたティボルトの最後の感情は、多分、嫉妬と絶望だろうと思う。

或いはそれらを全て包含した上での、無念か―――⁈

*****

 

物語は奈良っちの一人称によって基本的に進行する。

それだけに彼女の心情描写が丁寧になされる。

奈良っちは少女時代の体験が原因で、他人と関わることを避け、表情を出さず、自らにバリアーを張って生きてきた。

しかし、決して彼女は何も感じていないのではない。

 

「愛ちゃんは、自分の感情を外に出すのが下手なだけで、内側では高速回転しているんだと思うんです。」

 

さらさはそう評している。

その辺りが表現されるのが「#5 友情」、「#6 その涙は?」である。

「#5」は、絶望に光が差し込み、少しずつ少しずつ希望の萌芽が見えてくる感じだが、続く「#6」になると、奈良っちの、本当は繊細で豊かな感受性と、光が共鳴し合い、やがて一縷の望みは川となり、海へと繋がる―――そんな未来を思わせる描写になる。そしてとてもピュアだ。

“キモオタさん”こと北大路幹也とのエピソードで、自分を助けようと決死の覚悟を見せ、怪我をした彼にハンカチを差し出す。

だが、彼が受け取る前に、ハンカチは彼女の手をすり抜け、無情にも地面に落ちた。

期待しかけただけに絶望も大きい。

愕然と首を垂れるキモオタ氏に、奈良っちは大粒の涙をこぼし、こう言った。

「――違うの ごめんなさい ありがとう

これが今の私のせいいっぱいなの」

 

消え入りそうなか細い声で、しかししっかりと思いを伝えながら、大粒の涙の雫を落とす美少女。決して表情を見せない彼女が、哀しみの表情を湛える。

その姿は神々しくさえ見えた。

 

この場面にも、これらの曲は使われていた筈。

 

 

物語を冒頭に戻して、人の噂話を気にせず“無”を貫く奈良っちが、美しく咲き誇る紅華桜の下で、さらさと初めて出会う場面。

それを描いたのが「#10 桜の下の邂逅」

リアルタイムでは、突然目の前に現れた規格外の女の子に驚きを隠せず、その後、縁あって寮で同室となったが、平気で自分の領域に踏み込んでくるさらさのことを、奈良っちは疎ましく思っていた筈。

 

それが様々な事件を経て、奈良っちはさらさにかけがえのないものを感じ、一度は“友達じゃない”宣言をしたものの、さらさに駆け寄り、その手を取って“友達になりたい”と自ら気持ちを表明。

さらさは素直に受け入れてくれて、2人は友達となった。

「#10」は、そんな現在の奈良っちのさらさへの想いによって、あの紅華桜の下での初めての出会いが、美しくかけがえのない出来事として補正されたニュアンスを感じる。

それが奈良っちのジュリエットにつながり、本格的な演技開眼へと繋がっていく。

 

*****

 

演劇表現の緊張を描出した「#43 緊張の刻」

 

TVアニメ版最終回にして初めて描かれる、杉本紗和委員長の人知れぬ悩み、恐怖、優等生であるが故の劣等感。

家業がバレエスタジオであり、バレエの世界ではコンクール入賞の常連。将来のプリマ・ドンナと嘱望されつつも、その栄光を捨てて、紅華への道を選んだ、薫とは違った意味での華々しい経歴。

主席の座を一貫して譲らぬ完璧主義の優等生。

そんな彼女の、自らの積み重ねてきた努力の価値を一瞬にして打ち砕かんとする“天才”の出現。

いともたやすく凌駕されてしまうのではないかという底知れぬ恐怖。

己の築き上げた栄光の瓦解が迫りくるのではないかという堪らない不安。

それらを表すのは、「DISC1」の掉尾を飾る「#44」。その名もずばり「杉本紗和」という曲名。

―――その薄紙一枚分が、鉛のように私を突き刺すんだって―――

 

そういえば第12話で、委員長が山田さんを諭す場面でも「#39 あの夏の記憶」が効果的に使われていた。

委員長は、恋愛経験がないとジュリエット役に悩む彩子に対し、自分も人を殺したことがないと切り出す。

でもティボルトは殺す。そういう男に私はなるの。

経験したことのない役を、想像しながら演ずる点において、殺人経験のない委員長が人を殺したティボルト役を演じることも、恋愛経験のない彩子が14歳にして一目惚れの初恋を成就させるジュリエット役を演じることも、同じである―――と。

 

*****

 

そして決して忘れられない山田さんへの早乙女先生の暖かい眼差し。

「#32 あなたの歌」―――この曲もまたサントラ盤を買う大きな原動力となった名劇伴だ。

 

ダンス講師・橘先生の言葉をきっかけに、山田彩子は摂食障害に陥る。

確かに痩せはしたが、とうとう前期の成績は最下位に転落し、ある日声楽の授業で声が出なくなり、そのまま倒れてしまった。

思い出されるのは自分を応援し、紅華へ送り出してくれた姉、そして両親―――暖かな家族たち。

所詮は叶わぬ夢だったのだ―――絶望の彩子は全てを投げ出し、家族の元へ帰りたいと一人涙にくれる。

 

そこへやって来たのが早乙女先生。

男子禁制の筈の寮に乗り込んできて、大熱弁を振るう。

「あのね 山田さん

あなたは優しくて繊細で 一人で色々なことを悩んでいるのよね?

あなた達はまだ人生を決めるには早すぎる若さだもの

迷ったりくじけたりするのも無理ないわ

 

でもね成績はビリになったかもしれないけど

あなたの下には100期生になれなかった1095人もの女の子たちがいるのよ

紅華歌劇団は10代の選ばれた乙女に一度しかその門を開かないの

やり直しもきかない

出てしまったら二度と戻れないわ

僕はあなたに辞めてほしくない

それにあなた 大切なことを忘れてる

何もない子が紅華に入れっこないのよ

ねぇ思い出して あなたの得意なこと それはなに?」

 

「…う…た…」

「そうよ!歌よ!!」

 

「入試の時あなたの歌声を聞いて僕は思ったの!

この子は歴代屈指のエトワールになる子だって!!

紅華歌劇団のグランドショーのフィナーレは

大階段を真っ先に下りてくるあなたのアカペラで始まるの!」

―――年端もいかぬ、まだ居直るという処世術を知らぬ者にとり、自分を信じ、認め、励ましてくれる大人が一人でもいることが、どれだけ心強い味方になってくれることか。心の拠り所になってくれることか。

 

彩子は再び声を取り戻し、皆の前でその美しい歌声を披露してみせた。

 

「彩がこんなに歌えるなんて知らなかった…」とひそひそ話。

「私 知ってたよ

入試の時、声楽の試験で同じグループだったの

それまで眠そうにしていた先生達がいっせいに顔上げてた

入学してから この人 何で実力出せないんだろうって見ててイラついたわよ」

サラブレッド・薫が言った。

決して才能を妬むことなく、それが素直に表出されることを心から願っている。

薫の裏表ない素直で真っ直ぐな人間性がよく描かれている。

 

物語は進み、文化祭を前に予科生たちの寸劇のオーディションを前に自信が持てない彩子。

先回りして失敗したらごめんねと卑屈になる彩子を突き放すように叱責する薫。

そんな必要はないと厳然と言い放ちつつも、彩子を励ます委員長。

不安の拭えぬまま壇上へ上がる彩子。

委員長の「彩はかわいいよ。」という言葉に既視感を覚え、ふと紅華へ来る前の学生時代を思い出す。

それは男をとっかえひっかえするクラスメイト・矢野明日花の記憶。

 

同じくクラスメイト・平山への仄かな恋心を胸に抱いていた彩子は、矢野に告白して振られたという平山を慰めようと声を掛けると、“ずっと友達でいたい”と言われ、何も言う前に失恋する。

誰でもウェルカムだったはずの矢野明日花に、彩子はその理由を尋ねると、明日花は、女受けの悪い自分に唯一優しくしてくれる彩子が平山を好きなのに、その平山の告白にOKし、彩子に嫌われるのは、人として終わりだという。

 

平山は今、傷心だから、付き合えるチャンスだという明日花に、彩子は、弱みにつけこむようなのは嫌だ、それにずっと友達って言われたとむくれる彩子に、

「…彩はかわいいよ。誰からも好かれるし、あったかいオーラ出てるし。

だから紅華もきっと受かるよ。」

 

「そうだよ~。私も男だったら、彩、彼女にしたいよ。

何なら~女のままでもつき合えるけど~」

そうして彩子に視線を向ける。

「うーん…そっかぁ。有難う」

 

「アハハハハ…やっぱ彩かわいい。

私も一生友達でいたい。」

「ホント、彩、大好き。

かわいくて涙出る。」

 

―――「何という言葉を使えば、この燃えるような僕の気持ちを

貴女に伝えられるのだろう」

ロミオ役の台詞がシンクロし、彩子は初めてあの時、明日花に告白されたのだと気づき、ドギマギする。

 

“山田さん、さっきから青くなったり赤くなったりしてるけど、大丈夫かしら?”

舞台上を見ている声楽担当・早乙女先生。

“みんなごめんね。

私は教師として平等に評価をしていきたいと心掛けているわ。

…でもね…教師だって、人間です。

どうしたって、自分が才能を見出した子を応援してしまうのよ”

 

“ミュージカルは舞台の総合格闘技よ!

一発必中の華麗な技が決まれば逆転できる!!

山田さんっ、あなたにはそれがあるのを忘れないでっ!!!”

 

「ロミオ…」

 

「…どうしてあなたはロミオなの?」

 

―――不思議…憑き物が落ちたみたいだ…。

 

“がんばってぇ”

 

―――気がつかない所でそっと誰かが見ていてくれる。

―――奈良っちみたいにはなれないけど…。

 

―――舞台に立った時、沢山のお客様の中の誰かが、私を見つけてくれるかな…?…見つけてほしい…私を…

そう思うのなら、ダメもとでもアピールしなきゃだめなんだ―――

 

「動けば肘が当たるような人の波の中

ロミオ…振り向いた時、そこに見えたのはあなただけだった」

―――言えた!―――

 

…非常に長い引用になってしまったが、山田彩子の自信喪失から、一筋の光明。やがてそれは確かなものとなってゆき、自ら満足のいく結果を引き寄せるのに成功する。

そしてそれを見守り、声にならない声援を送り続ける彼女の最大の理解者。

 

どん底の気持に沈むか弱きものに寄り添い、そっと励まし、自ら立ち上がるのに力を貸す。

「#32」の暖かい曲調は、そんなシーンにベストマッチで、心の内側からじんわりと湧き出るような深い感動的な場面を生み出す大きな力となった。

 

*****

 

さて、最後はとっておきの隠し玉。

「#24 過去と未来」である。

残念ながら、この曲だけが、TVアニメ本編のどのシーンで使われていたのか思い出せない。

電子オルガンの奏でるこの天から降ってくるような感覚は何だ。

悩める子羊をそっと包み込み、暖かい光となって照らす。

…こう記すと、上の「#32」と似ているように思えるが、曲調はまるで違う。

やがて死せる者は、少しづつその生気を取り戻し、生命の息吹を復活させる。

全ての毒素を洗い流し、魂を浄化するかのようだ。

同じ癒しを与えながら、何というか、もっと人間の本源的なところに踏み込んだ、宗教的気高さ、崇高ささえ感じるのである。

こうなると「過去と未来」という曲名からして意味深だ。

信仰の世界では過去から現在、そして現在から未来へと人々を導く者として、神の存在が必ず語られる。

 

個人的にはこの「#24」が、「DISC1」随一の、文字通りの“神曲”であると感ずる。

 

テレビ東京・「美の巨人たち」で、教会とか大聖堂とか、特にキリスト教の、神の存在を思わせる厳かな宗教建築が取り上げられる回が時々ある。

PAUL SCHWARLZやANUNA、silenciumらの楽曲が劇伴に用いられるのを度々耳にする。

この「#24」は、もう少し時を経て、そこで使われるようになったとしても、全く違和感なく、遜色ないとさえ感じる。使い方は難しいだろうけれど。

 

こうなったら、この劇伴がどこで、どの場面で使われていたのか、再び頭から見返してみたい―――そんな強い想いを今、抱いている。

 

*****

 

最後に付けたしのようになってしまうが、「DISC2」はボーカル曲を主体に集めたもの。

中でも「#23」、「#24」と2バージョンの「愛を乞う歌」が異彩を放つ。

紅華歌劇団が上演する「ファントム」の劇中歌という設定だという。

里美星、安道守2人が互いに歌うという内容から、これはBlu-ray2巻付録CDの「スピンオフドラマ『ファントム』」由来のものなのか。

この辺りは、作曲担当の斉藤恒芳氏インタビュー記事をご参照いただくのが早道だろう。

 

そしてやはり本作には欠かせないエンディング曲も、全種類余すところなくTVバージョンとして、この「音楽集」にも収録されている。

各演者には、物語中の今の姿ではなく、やがて紅華歌劇団入団後の確立した姿を想定して歌ってもらったという。

宝塚のどこかのショーに、主題歌としてそのまま使われていても十分通用しそうな曲である。

曲の合間合間に入るクラック音というのか(“♪カカッカカッ”というやつ)、あれも実際の宝塚でよくあるリズムの取り方だし、サビの繰り返し部分で音階が上がるのも、宝塚ソングに限ったことではないが、よく耳にする曲の構成の仕方だ。

 

この本格的宝塚調エンディングがあったればこそ、本作の世界観が十分すぎるほど確立され、引き込まれることとなった。

 

 

 

個人的には、前にも記した通り、薫役・大地葉さんがソロで歌い上げた「薔薇と私」前半が、そのまま宝塚男役として通じそうで、一押しである。

特にサビの朗々とした熱の入った歌唱が忘れられない。

 

「音楽集」に収録されているのは全てTVバージョンの短縮版で、オリジナルとなると、こちらの盤に拠ることになる。

基本形である「星の旅人」は、何といってもサビの部分の、口を横一文字にキュッと結んだ、ツインテールのまま憧れのオスカル様に扮したさらさの凛々しい晴れ姿である。

 

前の記事末尾で触れたが、敢えてもう一度記そう。

 

「さらば、諸々の古きくびきよ。

二度と戻ることのない、私の青春よ。」

 

「シトワイヤン 彼の死を無駄にしてはならない。

我らは最後まで闘うのだ。

自由と平等と友愛のために。

シトワイヤン、まず手始めにバスティーユを攻撃しよう。

そして我々の力の強さを示すのだ。

シトワイヤン、行こ~~~っ!!」

 

―――いつの日か、原作でさらさが本当にこの台詞を言う場面が描かれることを夢見て―――

 

以上、気に入った楽曲について思いつくまま記しつつ、それをネタにTVアニメ版を気ままに振り返ってみた。

 

**********

 

掲載画像は、一部を除きTVアニメ『かげきしょうじょ!!』公式サイトより借用しました。

 

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2021.10.5追記:

「DISC1」の「#24 過去と未来」が使われていた場面は、何となく予感していたように、やはり第8話・「薫の夏」にあった。

 

最初の方で、バス停で陸斗と薫が2度目に顔を合わせるシーン。

 

陸斗は薫を意識しつつ、おずおずと話しかける。

「あのっ…君っ…」

「なんちゃら歌劇の志望者と聞いて…」とぎこちなく、紅華ファンだという祖母を引き合いに、薫の名前を尋ねる。

そこへ女子高生2人組がやってきて、1人が辻海斗選手へのファンレターを渡してほしいと陸斗におずおずと差し出した。

すげなく断る陸斗。涙を見せ、立ち去る女子高生。

一部始終を見ていた薫は、女子高生たちが去った後、意を決したように

「星野…星野薫。あなたは…?」

 

この劇伴の最後、一番盛り上がる箇所に、「星野薫」と名乗るシーンが重なる。

強い思い入れ補正がかかった今、見返してみると、薫が限りなくストイックで聖なる者、何だか紅華に魂を捧げんとする神々しき乙女に見えてくるから不思議だ。

 

前の記事で、バス停で陸斗や薫のことをひそひそ噂話していた女子高生2人組と、辻海斗選手へのファンレターを託す女子高生2人組が同じだと思い、そう記したが、違っていた。ここに訂正します。

 

 

本作について記事を作り始めた頃は、ここまでTVアニメ版の進行に合わせて詳細に触れる積りはなかった。

そうなった大きなきっかけとなったエピソードは、私の場合、やはりこの第8話だったように思う。

 

コロナ禍を押して真名瀬海岸まで“聖地巡礼”を強行し、ついでに長年忘れていた“宿題”でもあった「サンルイ島」も訪ねた。毎週記事を作成するのに、アニメの放映毎に何度も録画を見直し、原作を読み返しもした。

思えばそれは多大な労力も費やしたし、時には寝不足の原因にもなった。

しかしこれほど熱中し、我を忘れ、情熱を傾けた楽しい作業は久しぶりであった。

 

2021年夏―――私にとってこの夏は、オリンピックの夏ではなく、

紛れもなく『かげきしょうじょ!!』の夏であった。

 

同じような時を過ごしたとしても、二度と同じ瞬間を繰り返すことはできない。

この夏の思い出は、この先ずっと決して忘れることはないだろう。

そう思っている。

前回の続き。

TVアニメ最終話である。

 

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杉本紗和委員長が安道先生を職員室に訪ねてきた。

紗:「結果に不満があるわけではないんです。

  先生、私に足りなかったものって何ですか?」

安:「足りないものか。

  そうだなあ…今はまだ経験が浅くて、足りないものだらけだね。

  それは君に限ったことではなく、みんななんだけどさ」

紗:「『アマデウス』って戯曲あるじゃないですか。」

唐突に紗和が語り始めた。

モーツァルトとサリエリ、天才と努力型の秀才、2人の音楽家の業の深いサスペンス…紗和はあの話が嫌いだという。

紗:「初めて見た時、子供心に、自分はサリエリなんだと背筋が凍りました。」

  「それなりの実力と称賛があっても、渡辺さんみたいな破天荒な人に、劣等感

  を抱いてしまうんです。」

  「どんなに努力したって敵わないんだって直感するんです。

  それは憧れでもあるのですが…。」

 「そして、この人がいなかったら、自分はこんなに落ち込まなかったのに…とか、

  ティボルトに選ばれたのが渡辺さんではなく、他の人だったら良かったのに…

  とか、そんな思いがついよぎってしまう自分も嫌なんです。

紗:「…あの…これって多分、ただの愚痴ですよね。

  すみませんでした。失礼します。」

安:「いいよ、大丈夫。座って泣かれるより、全然いい」

紗:「泣く人、いたんですか?」

安:「割とね」

紗:「泣いたら、何か変わるかなぁ」

安:「多分、すっきりするんじゃない?でも、泣かないでね。

   先生、困っちゃうから。」

紗:「泣きませんよ」

安:「そうだね…。まずは、才能がある人間でも、殆どの人はサリエリタイプの人

  だってことと、舞台はチームワークだし、紅華は特に、役者の個性を重んじて

  いるから、モーツァルトばかりを望んでいないってこと。」

  「破天荒な天才でも、同じような人の集団になってしまえば、それは没個性だ。

  実はね…ティボルト役は、渡辺と杉本が同票だったんだ。

  教員だけで再投票し直したんだけど、これまた割れてね。

  …なので、その場に遅れてきた大木先生に決定を委ねることにしたんだ。」

 

大木先生:「なるほど…わかりました。では、ティボルトは渡辺さらささんで」

安:「紙一重ってやつ。だから今回は残念だったけれど、

  そう考えこむ必要はないよ」

紗:「そうなんですね…そうですよね。…有難うございました。」

―――その薄紙一枚分が、鉛のように私を突き刺すんだって―――

*****

選ばれた4人に、安道先生は自主練を命じる。

練習は、3回くらいは見るという。

「たったの3回ですか?」

思わず発したさらさの疑問に安道=ファントム先生はこう答えた。

 

「文化祭の主役はあくまでも本科生であって、予科生は完全に余興だからね。

君らの台詞は、かけ合いのない、ほぼ独白だし、最悪トチらなければ大丈夫だよ。

…そんじゃ、頑張れ~」

 

さ:「急にいい加減な感じになりましたね。」

 

場面変わって和室。

99期本科生と100期予科生たちが3人ずつ集まって話している。

 

本科生の竹井委員長が語る。

文化祭までの2ヶ月、通常授業はなく、文化祭に向けてのレッスンを行っている。

予科生たちも、そのつもりでサポートを頼む。

「要するに、変なことして、足引っ張らないでねって事」

副委員長でもある聖先輩の言葉はチクリチクリと棘がある。

 

~~それにしても何故さらさが“3人目”なのだろう?

杉本さん、城田さんは、委員長、副委員長だからわかる。

成績が下から2番目のさらさが出ているのは何故?

 

「城田さんはロミオなんですってねぇ?…」

それをきいた杉本委員長の反応に、ティボルト役の話を、竹井本科生委員長がさらさに振る。

リサ先輩がさらさのことを心配する。

“運動会でも転んだし、みんなが心配している”と、すかさず聖先輩の嫌味がチクリ。

リサ先輩:「それにちょっと、ティボルトのイメージじゃないしね」

 

紗和:「渡辺さんのティボルトは素敵でしたよ。」

―――やばい…変なスイッチが入ってしまったかも。

 

朝、紗和が紅華音楽学校の、古びた木製の表札を丁寧に洗っている。

そこへ本科生の竹井委員長が通りかかる。

挨拶する紗和。

竹井先輩が手に持っているのは、早くもファンがついたというファンレター。

竹:「今年は運動会もあったし、ティボルト役は残念だったね」

 

ハッとする紗和。

 

竹井先輩は続ける。

「優等生なんてつまらないって思ってるんでしょ。

きちんとしているのが当たり前だと思われて、一度の過ちも許してもらえそうにない。委員長ともなると、常に人目を気にして、お行儀よくいなければならないし。」

「フフッ…破天荒だったり、癖の強い人が羨ましくなっちゃう。」

紗:「竹井先輩もそう思ったりするんですか?」

竹:「思うよー。ほら、特に私なんて、副委員長がキャラ濃いし」

竹:「でも、私が言えないことを言ってくれるから、すごく助かってる。

  劇団ファンの方々に、私たち、この先ずっと99期生の、100期生の委員長

  だった人って言われ続けるんだよね。

  それってちょっと窮屈だけど、努力に裏打ちされた実力は、きっと自分を

  裏切らないと思うから、不安もあるけど、今はずっと憧れていた舞台の向こう側   

  へやっと行けるんだってワクワクしかない。

  だってそのための2年間だったんだもの。

  一年後、きっと杉本さんもそう思ってるはずだよ。」

竹:「私、予科委員長が杉本さんでほんと良かった。

杉本さんがしっかりと予科をまとめてくれるから、ラクさせてもらっちゃった。」

竹:「ありがとう」

 

ふいに紗和の目から涙が溢れ出て、流れ出す。

紗:「あれ…?…うそ…」

竹:「あはは…泣くのはまだ早いよ。卒業式にしてよ」

紗:「え…私、人前で泣くの、嫌いなのに…恥ずかしい。」

竹:「わかる。何だか屈辱だよね。私たちちょっと似てるかも…

  じゃあね。」

竹井先輩をお辞儀で見送る。

涙を拭い、「はっ…、ヨシッ」

紗和は清々しい笑顔で、紅華の表札を見つめた。

*****

大木先生:「ティボルト役になぜ渡辺さんを選んだのか知りたい?」

紗和:「はい。不躾だと思うのですが、今後の参考にお聞きしたいと思いまして」

大木先生:「そうですか。わかりました。

      私が渡辺さんを選んだ理由。それは…」

(ごくっ)

大木先生:「渡辺さんのティボルトのほうが、幸甚指数がちょっぴり多いと

      判断したからです。」

―――“幸甚指数”…?????

大木先生は続ける。

「どちらのティボルトも、甲乙つけがたかったのですが、紅華のお客様の8割方が女性です。

その殆どの方が、自分をジュリエットに置き換えて舞台をご覧になります。

ではそのお客様たちが、ティボルトに何を求めるのか。

あなたの演じた、愛ゆえに壊れゆくティボルトも素敵でしたが」

「…渡辺さんの演じた、最後の最後まで心をさらけ出すティボルトのほうが、より多く共感できるのではないかと私は考えました。」

「そうですね。今風に言うとすれば、渡辺ティボルトのほうが、若干“萌え”が高かった。」

紗:「萌、え!!!」

激しくショックを受ける紗和。

紗和の心の声。

“萌えか…そうか…萌え!たった一言で全てが腑に落ちたわ。”

崩れ落ちる紗和。

“大木先生、さすが紅華歌劇団OG”

立ち去る大木先生が、何だか後光がさしているかのように見えた。

*****

教室。いつも一番に来る委員長が、今回は遅れてやってきた。

さらさの席に近づいて、さらさに手を差し出す。

 

紗:「さらさ、忘れてた。ティボルト役、おめでとう。」

「杉本さん」

さらさ、紗和の手を握る。

後ろの席の奈良っち、満足気な表情。

きっと心の中で、「良かったね」そうさらさに語り掛けているに違いない。

委員長が教壇上に立っている。

放課後、来年度の生徒募集のポスター撮りのため、講堂に集合して下さいと告げた。

ポスター撮りって?」

「私たちがモデルになるってこと?」

沢田姉妹の質問に答える。

 

「ええ、初めてのお仕事よ。

そして来年は、私たち、本科生になるの。」

「わあっ♡」色めき立つクラスメイトたち。

さらさ:「愛ちゃん、これからも一緒に頑張りましょうね。」

奈良っち:「うん、私、さらさと一緒に必ず銀橋に立つ。」

さらさ:「はいっ!」

さらさの周りに色とりどりの星がまたたきだし、タイトル。

そしてオープニング曲によるエンディング。

これまでの各登場人物たちが紡ぎだしてきた幾多のドラマが回想される。

 

ポスター撮りの場。

髪型を気にしたり、チェックしあったり、緊張する山田さんをさらさが勇気づけたり…。

「紅華歌劇音楽学校101期生、生徒募集」

委員長の掛け声。

「みんなで、夢のステージへ!」

TVアニメ版『かげきしょうじょ!!』、これにて完結。

 

**********

 

冒頭、安道先生のロミオは、一瞬にして場内全ての視線を一心に集める。

その演技、その声質、カリスマ性…さすがである。

 

予科生のひよっこたちが到底太刀打ちできる筈がない。

続くジュリエット役は、完全に呑み込まれ、声だけ張り上げた一本調子で上滑りな演技になってしまった。

 

大きな口をあんぐりと開き、ショックを隠せないさらさの姿に、奈良っち、委員長、薫らみんな“ダメだ、こりゃ”と思ったが、さらさはグッと目を閉じ、自分の築き上げたティボルトの世界へ集中する。

 

そこに現れたのは、やはり幼少期の歌舞伎経験。

実父かもしれない人間国宝・歌鷗の薫陶に思いがけず触れ、ただ闇雲に声を張り上げればいいわけではないということを、腹式呼吸の発声法を学んだことを、そして観客への見栄の張り方、決めポーズを見せるという心意気を…そんな自らのバックボーンを引き寄せて、さらさは見事、自分なりのオリジナリティーに満ちたティボルト像の表現に成功する。

 

星の煌めき、愛する者へのとめどなく溢れ出ずる想い、幻影の中の愛しき女(ひと)との束の間の邂逅、そして現実には決してそれは果しえないのだという深い絶望、最後は愛の喜びを手にすることさえ許されぬまま、命を失うことの無念。

さらさティボルトは観る者に、中世の遠い異国の悲恋の物語を、確かに色鮮やかに思い起こさせた。

 

オーディション結果発表にまつわるエピソードでは、幾つもの新たなドラマが生み出された。

奈良っちとさらさの特別な友情と共に、漸く芸道追求に目覚め始めた奈良っちの向上心。

その実力を認めた薫と山田さんの友情、そして一方は選ばれ、他方は落ち、結果は正反対なれど、涙を流して抱き合う姿。それは同じ高い山の頂に目標を見出し、そこへ到達することに青春を賭す覚悟を決めた者同士の尊い涙と汗か。

ここに私は少女たちのスポ根ドラマを見出すのである。

そして、ここにもまた、自らの資質、立ち位置に限界を感じ始め、迷いとコンプレックスと、妬みの感情に懊悩する一人の優等生の姿が…。

そう、杉本紗和委員長である。

 

紗和の過去に、果たしてどんな挫折経験があったのか、原作を紐解いてもはっきりとはわからない。

モーツァルトとサリエリという、天才と努力型秀才の対比によって、幼少期より己を後者型と分析する紗和の、さらさという破天荒な天才型演者の出現による、もしかするとこれまでの人生最大の危機感、挫折、葛藤、苦悩が描き出される。

紗和だって、傍目から見れば、周囲が羨むほどの華々しい経歴の持ち主だ。

バレエの世界にそのまま身を置き続けていたら、将来のプリマ・ドンナ間違いなしと言われるほどの逸材なのだから。

きっとその栄光は、地道な努力、日々の鍛錬によって、築き上げられてきたものなのだろう。

一見何不自由のない、紅華音楽学校主席合格を果たした、今も周囲が仰ぎ見る存在で、きっと周囲は“天才”、“エリート”と、彼女を評することだろう。

そんな紗和にだって、人知れぬ悩みも、心の闇もある。

安道=ファントム先生とのやり取りによっても、最終的な彼女の悩みは解決には至らない。

寧ろ、1年先輩で、同じ委員長、優等生としての役割を当然の如く期待される竹井先輩により、それは軽減される。

優等生としての自分に悩むのは、何も私だけじゃないんだ。

そして委員長という、選ばれし者にしかわからぬ窮屈さを、ここにも感じている人がいる。

その人から、自分が懸命に務めてきた役回りを、正当に評価してもらえた。

朝の正門の件では、TVアニメ版では、不意に涙を流した紗和の背中を竹井先輩が優しくさするアレンジが加えられた。

「強く、正しく、美しく」―――紅華乙女の精神を、率先して体現するかのような紗和委員長にも、弱さを見せたいときがある。

どんなに恵まれているように見えるエリートにだって、優等生にだって、悩みもあれば苦しみもある。

まして表現者としての独自性を、この先求められる世界に身を置いた以上、着実で手堅いだけじゃ駄目なんだということを、自分が一番よく知っている。

最後の大木先生とのやりとりは、表現手法として“萌え”といういわば飛び道具を援用することで、紗和の漠然と抱いてきた、さらさに対するコンプレックスの正体を見出す上で大きなヒントになったとは思うが、それでも尚未だ本質的解決には至っていない。

原作でも紗和委員長のエピソードは、この先、とりたてて描かれてはいないと思ったが、いずれぶち当たる大きな壁として委員長を苦しめることになるだろう。

その時、表現者として、何か吹っ切れて、一皮も二皮も剥けるのか、それとも基礎的な技能には堪能だが、表現者としては魅力に乏しいという評価を下されてしまうのか、この先も注目していきたい。

 

さて、もうネタばらしをしてもいいと思っているが、この先、原作では文化祭の様子が描かれることになる。

当日、さらさのもとに、健じいちゃんが倒れたという報せが舞い込み、激しく動揺するさらさ。聖先輩はそんなさらさに、“あなたなんて見に来ている人はいないのだから、今すぐ帰れ”と言い、結局さらさは休演。東京へと向かう。

幸い健じいちゃんは大事に至らなかったが、文化祭のほうは、さらさの練習にいつもつき合って来た奈良っちが、何と代役を申し出る。

客席に思いがけぬ話題を振りまくが、急造代役・奈良っちは、台詞を噛んでしまい、落ち込む。

文化祭が終わると、本科生たちは卒業式で、そのまま紅華歌劇団に入団する―――はずだった。たった1人を除いては…。

 

さらさ達は本科生となり、101期生が予科生として入って来る。

大財閥の令嬢や、美形ハーフの男役志望らがさらさ達の後輩となる。

そして授業も、本格的な実技にシフトしていく。

本科生になると、歌劇団演出家も兼ねている高木先生が、本格的に演劇実技の授業を受け持つことになる。

穏やかな紳士に見えた先生は、授業になると一転、非常に厳しく、ダメ出しされると演技の先へ進めない。

一方、奈良っちは、101期生入学式の日、安道先生に呼び止められ、男役への転向を勧められる。

又、JPX時代、センターを務めていた小園桃と再会し、JPXを卒業した彼女と、演技の上で新たな刺激を受ける。

 

ざっと述べればこんなところだが、この先、さらさ達は本科生としてどんな成長を遂げていくのであろうか。

まださらさ達自身が出る文化祭は程遠い。

歌劇団入団は更にその先の話である。

 

 

ところで4種類のバリエーションを誇ったエンディング曲では、スタンダードなさらさ&愛によるデュエット・『星の旅人』のサビのところで、毎度オスカル隊長に扮したさらさがあの特徴的なツインテールの髪型のまま、大階段を下から見上げるという、極めて印象的な絵がある。

能天気で天然規格外少女という、普段のさらさとは異なり、口を真一文字に結んで、何か強い意志を感じさせる。

『ベルサイユのばら』では、オスカル隊長は長らく王妃マリー・アントワネットを護衛する近衛隊の隊長であった。

フランス王政のための軍人であったのだ。

それが物語が進む中、王室の権威に守られたお飾りではないかと苦悩し始め、これまでの人間関係がまるで通用しない衛兵隊への転属を志願する。

荒くれ兵士どもは最初、新任の女性隊長を快く思わず、何とか追い出しにかかるが、オスカルの真っ直ぐでひたむきな心情に、徐々に隊員たちとの絆ができていく。

オスカルは、苦しい生活を強いられる民衆に深く同情し、革命勃発時、突如として王室に反旗を翻し、民衆側に立って戦うことを選ぶ。

 

「さらば、諸々の古きくびきよ。

二度と戻ることのない、私の青春よ。」

 

戦乱の中、オスカルはアンドレを失う。

その哀しみをも乗り越え、自らを鼓舞するが如く、彼女はこう宣言するのだ。

 

「シトワイヤン 彼の死を無駄にしてはならない。

我らは最後まで闘うのだ。

自由と平等と友愛のために。

シトワイヤン、まず手始めにバスティーユを攻撃しよう。

そして我々の力の強さを示すのだ。

シトワイヤン、行こ~~~っ!!」

 

原作がどこまで描いてくれるのかは全くわからないが、できることならこの先何年かかったとしても、このイラストのように、さらさが念願のオスカル様役を得て、口を真一文字にギュッと引き締め、この台詞をいう場面まで描き切ってほしいものだ。

歌舞伎の見栄という大きな魅せ方を体得しているさらさのこと。

もしかしたら空前絶後のオスカル像を見せてくれるかもしれない。

そうなると問題はアンドレ役。

この先、さらさをも上回る長身の男役候補は登場するのであろうか。

 

我々読者、視聴者は知っている。

さらさが単なる能天気な天才ではないことを。

幼少期にして既に、どんなに適性があり、どんなに望んだとしても、女性であるというたった一つの理由だけで、助六を諦めなければいけなかったという、大きな挫折経験を味わっているということを。

そして少なくとも当時は歌舞伎への欲がない幼馴染の暁也少年が、易々とその望んでも得られぬものを手にし、その暁也に助六役を譲らねばならなかったということを。

今回のティボルト役で、その心情、背景を想像し、役作りをした時、さらさの脳裏に浮かんだのは助六へのあくなき想いそのものだった。

再びさらさに、今度は背丈の釣り合うアンドレ役が出現しないがために、助六役同様、オスカル役をも他の人に譲らねばならぬといった、二度目の挫折経験を決して味わわせてはならない。

 

或いはもしかすると、遠い将来、紅華にさらさと釣り合うアンドレ役の出現がなければ、紅華以外の、例えば安道先生の出身である「劇団颯」に新たな自分の居場所を求める可能性もないとはいえない。

とはいえここは紅華の物語。

さらさには紅華歌劇団のトップスターとして、夢を大成してほしいものである。

 

多分、その前に、現実的にさらさはあのツインテールのまま、男役になることはできぬだろう。

本科生のどこかで、薫同様、ショートカットにしなければならない時が来る筈だ。

 

あの冬組トップスター・里美星さまが、本科生時代、まだ本名の矢部靖子だった頃、娘役志望だった時の、着任間もない安道先生を絡めたスピンオフは、乙女心と身体の成長という不可避的現象の残酷さが描かれた悲しくも心に染みる物語であった。

背が伸びたというどうしようもない現実により、娘役を諦めざるを得ず、紅華で成功を収めるには、男役転向を覚悟しなければならなくなった時、靖子は自ら髪をショートにし、それをマフラーで隠して、ずっと憧れだった安道守氏との夢だったデュエットを雪舞う神戸の港で叶える。

しかし、それは束の間の夢。

心の内面はともあれ、少なくとも表面上は、男性に恋し、憧れる気持ちを封印し、逆に数多の女性ファンたちから恋され、憧れられる役柄に公私ともにならねばならない。

素直に安道への想いを示せるのはこれが最後。

一瞬の輝きなればこその美が存在した。

髪をショートにしたからといって男性に恋心を抱けぬわけではないのだが、それを抑えなければならない覚悟が、男役・里美星の誕生に繋がった。

 

果たしてさらさは、初見時、「キャンディ・キャンディ」のお化けに思えたあの独特なふわふわツインテールに、強い思い入れを隠しているのだろうか。

それともそういう思いはないのだろうか。

 

TVアニメ版では、奈良っちの男役転向の可能性については一切触れられることなく終わったが、この先、どちらの道を選ぶのだろう。

男役も女役もこなせるフェアリータイプを目指すのか。

その路線に乗れれば、奈良っちも又、別のアプローチのオスカル役が見えてくる。

それとも当初の位置づけ通り、娘役になるのだろうか。

 

又、これまでのところ、あのスピンオフ以外では決して恵まれた状況とは言えない薫は、前に記したように、苦節を経てでも男役トップスターに上り詰めるのであろうか。

 

それともこれも突拍子もない妄想だが、モデルとなる宝塚歌劇団に1998年、突如として宙組が誕生したように、紅華歌劇団にも新しい組が誕生しないとも限らない。

一度は各組バラバラに配属された100期生7人衆。

彼女らが再結集され、いわばドリームチームを構成するのだ。

そうなれば沢田姉妹の憧れ・双子のうさぎも当て書きで脚本を用意すれば自由自在。

何だか「ドカベン ドリームトーナメント編」を彷彿させるような、超依怙贔屓な妄想ではある。

 

想像と興味の尽きるところはない。

  

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今回も掲載画像は、一部を除きTVアニメ『かげきしょうじょ!!』公式サイトより借用しました。