TVアニメ版も第9話を数えた。

今回は沢田千夏、千秋の“双子姉妹編”。

 

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2学期が始まった。

今年は紅華創立100周年。10年に1度開催される「紅華大運動会」の準備が始まった。

例によって何も知らないさらさと奈良っちのために、紅華オタク・杉本紗和委員長が10年前の90周年版DVDを貸してくれた。

春、夏、秋、冬の各組と、専科+音楽学校生のチーム対抗で催される。

音校生は競技には参加しないが、入場行進、ハーフタイムショーには参加する。さらさ達予科生は、雑務や小道具作りといった裏方仕事が主な役目である。

本科生に命じられた応援用ポンポンの作り直しに教室へ行くと、各組トップスター4人がまさかの勢揃い。

ただならぬオーラがさらさ達には眩しくてたまらない。

委員長なんて、しっかり受け答えしていると思ってたら…鼻血出してた…。

各組トップスターさんたちは、自衛隊、相撲部屋、インターハイ出場者を頼みにするなど、その本気度に、ただ圧倒される。

 

専科生たちとの合同練習が始まる。

率いる一条明羽さん、娘役として人気を博した野原ミレイさんら、雲の上の人たちを前に、予科生たちは緊張を隠せない。

双子姉妹の妹・沢田千秋は、ふとしたきっかけで、ミレイと言葉を交わす。

幼少期、ミレイ演じたジュリエットに憧れ、自身もこの前、授業でジュリエット役を演じたと。

その日の練習が終わり、後片付けに入った時、ミレイが明羽からの言伝を予科生たちに伝えに来る。

先ほど話した子がいるが、名前が思い出せない。

「予科のジュリエットちゃん!!」

と声を掛けたが、無言で立ち去ってしまう。

ミレイが声を掛けたのは、双子の姉のほうの千夏であった。

 

翌日、皆の前で千秋はミレイに叱責される。

思い当たることのない千秋はうろたえるばかり。

ジュリエット役を逃した千夏は、「だって私はジュリエットじゃないもの」と俯いている。

 

同じ歩幅で同じ速度。

完全なるシンメトリーを作ることができる私たちは、舞台の中央に君臨することはできなくても、とびきり美しい額縁なることはできるだろう。

―――千夏は千秋とならそうできると思っていたのに…。

 

次の日以降もミレイは千秋と目を合わそうとしない。

そのことをきっかけに、千夏、千秋姉妹が生まれて初めての言い争いをし、千夏は一度合格した紅華入学を見送ったことの後悔と蟠りをとうとう千秋にぶつけてしまう。

千秋は“家出”宣言をし、さらさと部屋と交代する。

残された千夏の部屋を訪ねたさらさは、何もかもがお揃いの部屋に、千夏たちを羨ましく思う。

千夏は、同じ日、同じ時間に生まれ、同じ顔をした自分たち姉妹は、同じものを夢見、同じものになりたがる。何も言わなくても互いの考えが全てわかると思ってきたが、それは思い込みだったのだろうかと悩みを漏らす。

 

相変わらずミレイは千秋に声を掛けようとせず、千夏と千秋は仲たがいしたまま。

専科の一条明羽が懐かしさにポンポン作りを手伝いながら、さらさ達予科生に、何の役をやりたいか尋ねる。

さらさは勿論オスカル、薫はエリザベート、委員長はいただける役なら何でも…と優等生発言。山田さんはエトワール。

千夏は一瞬、ジュリエットが浮かんだが、千秋が「うさぎです」と返事を引き取った。

うさぎ―――それは双子姉妹が少女の頃から憧れ続けてきた、とあるショーで見た、とても可愛い踊りの上手な双子のうさぎ。

千夏には本当は解っていた。

妹・千秋が、ずっと後悔していたことを。

姉に紅華入学を一度は辞退させたのをずっと気にしていたことを。

翌年の合格発表の時、自分よりも先に姉の番号があるか確かめ、2人揃って合格できた時、号泣した妹なのだ。

 

蟠りは解け、千夏はミレイに謝りに行った。

―――本当は憧れていたジュリエット役を、奈良っちに譲ってしまった。

その傍らで妹がちゃっかりジュリエット役を射止め、そのことを楽しそうに憧れのミレイさんに話している。

最初は軽い嫉妬心だったのが、どんどんどす黒く広がってゆく。

双子で何でも一緒と思われているが、いつも姉の自分の方が微妙に損している。僅か数十分早く生まれただけなのに、何で姉扱いされ、理不尽な思いをさせられるのか?

 

千夏が謝りに来るのをミレイは待っていたのだ。

千夏に優しく声を掛ける。

負の感情に負けてはいけない。

嫉妬心を味方につければ向上心に変えられる。

嫉妬心に負けず、こうして謝りに来たあなたにとって、この辛い経験も糧になる。

 

千秋は元通り、千夏と同じ部屋に帰っていった。

さらさは、双子姉妹たちが、既に双子なのに、更に双子のうさぎ役になりたがってるのを、無邪気にすごいと言ったが、姉妹たちは、いつまでも同じではいられない。思っていたよりも早く、別れ道に辿り着いたことを暗に指摘されてしまったことに軽いショックを受けていた。

 

別の日、千夏、千秋姉妹は、ミレイさんに、双子の舞台での使い道を尋ねた。

ミレイさんは、双子は舞台では他人同士で簡単に作れてしまうし、姉妹は大抵別の組に配属される…そう思案しながら、2人がそれぞれ頑張ってファンを作り、10年後の運動会で揃って歩けば、お客様はきっと大喜びするわ!

道はまたいつか交差するのだから。

 

姉妹に笑顔が戻った。

 

そうして準備も無事終わり、いよいよ大運動会。

その矢先に、秋組トップ・椎名玲央が、一条明羽に相談にやって来た。

組子の一人が足を捻挫してしまい、リレーの選手が欠けてしまう。

上に相談したら、専科から借りるよう言われた―――と。

一条は、折角の100周年大運動会なのだから、音高生から代役を立てましょう。

そう提案する。

その目線の先には、ひときわ目立つ、さらさの笑顔があった。

 

**********

 

双子は、後から生まれたほうが兄/姉になる―――子供の頃、そうきいて不思議に思いつつ、確たる理由もわからぬまま幾数十年。

どうやらかつては先に生まれたほうを露払い的役割に捉えたり、先に宿った子が子宮の奥にできる…そんな考え方もあったりしたようである。

しかし、本来戸籍法上では先に生まれたほうを兄/姉とするという規定があったようで、今では先に生まれたほうを兄/姉とするらしい。

 

双子―――特に一卵性双生児には、どこか神秘的な意味を持たせることがあり、何で読んだか忘れたが、双子兄弟の片方が戦地に赴き重傷を負うと、もう片方が外傷は無いはずなのに、全く同じ個所に傷を負ったように苦しむという不思議現象が起こる話があった。

 

俗にこの世には、自分とそっくりな人間が3人いるという。

その内の1人が生まれた時からすぐそばにいるのだ。

分身、以心伝心、あるいは世が世なら身代わり?影武者?

自分とそっくり同じ人間がきょうだいとして目の前にいることを心強いと思うか、それとも恐怖と思うか?

 

有名人にも時折見られ、パッと思いついたのがザ・ピーナッツ、リンリン・ランラン、こまどり姉妹…ザ・昭和感丸出しで、ど~もすみません…と先代林家三平風…って、これもどっぷり昭和か。

もっと近年だと、マナカナ、きんさんぎんさん、大食い選手でかこ・あこ姉妹、お笑いだと吉田たち、ザ・たっち、そういえば役者で斉藤兄弟という人たちもいた。

「てじなーにゃ」の山上兄弟はどうかと思ったら、双子ではなく、年子の兄弟だそうだ。

宝塚でも、蘭乃はな、すみれ乃麗姉妹始め、何組かいる。

私がよく観ていた時代では、鈴奈美央、鈴奈沙也の両娘役が実は双子姉妹だったことを、先ほど調べてみて初めて知った。

 

彼ら、彼女らはどんな風に感じ、思ってきたのだろうか。

他にはない大きなセールスポイント、魅力として、一卵性双生児であることをポジティヴに捉え、内面は違っていても、少なくとも人前では全く同じ格好に揃えて、同じ人間が二人並ぶ姿を演出するのだろうか。

それとも双子きょうだいとはいえ別々の個性の萌芽を感じ始めると(別れ道に辿り着くと)、いやでも意識せざるを得ない、互いに枷とまでは言い過ぎだとしても、互いの存在が自我の確立における大きな乗り越えるべき壁や山となり、思い悩むことが必ず一度はあるのだろうか。

 

私自身は、これまでの人生で二度、一卵性双生児に遭遇したことがある。

いずれも男きょうだいであった。

その内の一組は、中学3年に上がった時、揃って転校してきた連中である。

同じクラスになった兄のほうがしっかり者で出来が良く、隣のクラスにいた弟は、姿形はそっくりだが幾分粗野な性格で、精神的に未熟で幼く思えた。

 

双子といっても、兄や姉のほうがしっかり者ということが多いようだ。

きっとそういう風に育てられる内、兄や姉としての自覚が自然と芽生えるのであろう。

本作の千夏・千秋姉妹もまさしくそうで、しっかり者で、ややもするとあれこれ考えすぎてしまう姉・千夏と、天然度がやや強く、自分に素直な妹・千秋の対比となっている。

二人にとり、別々の道を突き付けられた経験の最たるものは、前の年に、姉・千夏だけが紅華に合格し、千秋が落ちたことであろう。

「どうして千夏だけが受かるの?」

と千秋は言っている。

「どうして私だけが落ちるの?」

とは言わない。

両者は同じようで、違う。

「どうして千夏だけが…」というと、千夏の合格が悪いことでもしたみたいだ。

無意識の裡に、千秋は“私に責はない”と言っている。

 

それを振り切って自分だけ先に紅華に進むことができず、自らの意思で入学を辞退し、翌年もう一度受験して千秋とのダブル合格を目指し、見事思いを遂げたからよかったようなものの、今度は千夏だけが落ち、千秋だけ受かる可能性だってあったのである。

もしそうなっていたら千秋はどうしたか?

きっと無邪気な千秋のことだ。

とりあえず入学するのではないか?

そうなると千夏の中のどす黒い感情がどんどん膨らんでゆき、ひと悶着になる。

ただ、本作ではそこまでの闇、ドロドロは描こうとしない。

 

千秋が落ち、千夏が受かった。

ショックで部屋に籠り、出てこようとしない千秋。

合格という喜びを封印し、結局、入学辞退という選択肢を採ることにした千夏。

本当は、別々の道への示唆をした上で、千秋をなだめ、説得し、千夏に対してはいわれのない罪悪感を覚えなくていい。素直に喜んでいい。先に入学しなさいとアドバイスするのが、親の務めなのではないか。

人生を切り開いたにも関わらず、そこへの途を一度は閉じる。

―――そんな難しくて厳しい、人生を左右しかねない決断を、16歳かそこいらの子供一人に、本来は負わせるべきではなかった。

 

*****

 

原作とアニメ版を見比べてみると、アニメ版は尺の関係からか、流すところは随分流している。逆に言うと、よく20分そこそこで手際よく収めたものだと感心する。

 

国広先生と白バラのプリンスのエピソードは、第7話の演劇実技導入の時、そっくり割愛されてしまったので、当然ながらさらさの“ケツドン事件”はバッサリカット。

 

そのことで、さらさのことをもっときちんと叱らないと駄目と、聖先輩が、さらさ担当のリサ先輩に言う場面もカットされている。

もう十分反省しているからいいんじゃないか、と放任主義のリサに対し、聖は、指導はいじめではない。放し飼いはダメ、と手厳しい。

叱られなくてよかったと思わせるのではなく、叱られた理由を考えさせなければ駄目だと聖は説く。

紅華本科生の、予科生への厳しさと指導の本気度の一端が窺えるエピソードであった。

 

今回のアニメ版では、奈良っちの存在感が希薄で、さらさが奈良っちに疲れたのかと心配する程度で、専科・一条明羽が予科生たちに、どういう役をやってみたいか尋ねる場面でも、主要メンバー7人の内、奈良っちの回答だけない。

奈良っちは何の役をやりたいと思っているのか、結局ここでは明らかにされなかった。

 

終盤、千秋が千夏と仲直りして、元通り一緒の部屋に帰っていく。

入れ替わりに、さらさが“実家”へ戻ってくる。

千秋の“家出”という言い方もそうだが、部屋を一時的に代わることを、敢えて大げさ言っているようで可笑しい。

奈良っちと再び同室に戻ったさらさを、奈良っちが淡々と、しかし内心では嬉しいんだろうなーと思わせる感じで「お帰り」と迎える。

さらさは運動会の思い出を話し、そこで奈良っちが小4以降、運動会経験がないことを知る。

叔父の太一が食べきれない量の大きなお重の弁当を注文し、2人で食べたが、楽しいとは思えず、以降中3までサボっていたという。

運動会というものが実感できない奈良っちは、紅華大運動会準備でも、淡々とこなすだけ。

奈良っちの“不調”の原因が、ここで視聴者にそれとなくわかるようになっている。

前の“漢字が読めない”エピソードに通ずるような奈良っちの、不遇の少女時代を伺わせる話である。

 

さらさがポンポン作りで鋏を職員室に借りに行くシーンがある。

安道=ファントム先生に鋏を借りる。

安道先生に、夏休み前の発表以来、元気がないが、大丈夫か?と声を掛けられるのは、原作もアニメも同様だが、原作ではその後、さらさがどうやって安道がファントム役で個性を投影していったのか尋ね、安道が『オペラ座の怪人』で、歌姫・クリスティーヌが、婚約者・ラウルと怪人・ファントムとの三角関係の中で、本心はどうだったのか、表現の仕方が、クリスティーヌ役の役者によって色々違い、同じものを見ていても、人によって印象や評価が異なるという話をする。

役と向かい合って、何を感じるか、先ず自分で考えることを教える。

 

その様子を見ていた、冬組トップ男役・里美星が、

「へぇ――やさしいんだ」

「私の時もやさしくしてほしかったな」

と、後の“里美星スピンオフ”の伏線となる発言をしていることが伺える。

 

ミレイさんが千夏に無視されて怒った場面が、最大の改変である。

原作では片づけをしている予科生たちが他に大勢いる中で、千夏のことを千秋だと思い、名前が思い出せず「予科のジュリエットちゃん!!」と声を掛けるが、アニメ版ではその場に千夏しかいない。

それだと幾ら「私はジュリエットじゃないもん」と思っても、自分に声を掛けられたのは明らかだから、それを無視したらあかんやろっ、千夏っちゃん!ってことになる。

 

更に、翌日、皆の前でミレイさんが千秋を叱責した場面。

CMを挟んでポンと略されてはいるが、さらさが手を挙げてミレイさんに千夏を千秋と間違えたのだろうと指摘したことが窺える。

 

原作では、本科生の竹井委員長が、後で話を聞き、そう推測し、そのことをミレイさんに報告すると、予科生たちの前で宣言する場面がある。

専科生に失礼な態度をとった廉で、連来責任を負わされかねないところが、今回の事件に関しては予科生側に非はない。

そう公正に認めた上で、そのことを進言するというのである。

 

さらさ達予科生にとっては、本科生たちは怖い先輩だが、専科生から見れば、本科生といえどもたかが小娘、ひよっこに過ぎない。

それを物申そうとする竹井委員長の、公明正大でリベラルな気質がよく描かれている。

 

先に挙げた、さらさの指導役・リサに対し、叱るべきところは叱り、何故叱られたのか考えさせなければ駄目、と聖が言う場面にも相通ずる本科生のきちんとしたところ、それだけ上下関係のヒエラルキーが厳然とあり、上位の階層は、厳しく口うるさいだけのことはある。そんな描写である。

 

アニメ版では、本科生の絡みは、国広先生も含め、全てカットされてしまったので、さらさがミレイさんに物申したようになっているが、幾らさらさが規格外で物怖じしない性格といっても、ちょっと無謀で暴走しすぎに見える。

 

後で、一条さんからさらさはその言動を褒められ、強く正しく美しい、立派な紅華乙女と言われて、パーッと明るい笑顔を見せるが、その理由も、同期の千秋を勇気をもって庇ったことになっている。

原作では国広先生のことを紅華ファンの爺さんと勘違いしていたさらさが、国広先生のことを行き倒れの迷子のお爺さんと勘違いして、困っている人を助けようとした行為を褒めて、立派な紅華乙女と称賛したのである。

 

一ファンに過ぎない爺さんが、ボケて音楽学校のこんな内側にまでのこのこ入って来た。

そう思ってさらさは、専科生たちから咄嗟に顔見知りの爺さんを遠ざけようと、ケツドンをかました。

しかし、それが却って仇になる。

何せ国広先生といえば、専科生も恐れおののき、礼を尽くさねばならない大御所なのだから。

その大先生をよりによってケツドンなんて!ケツドンなんて…!

一条さんの狼狽ぶり、アニメで是非やってほしかった。

 

細かなところでは、紅華大運動会の勉強のため、前回の90周年時のDVDを貸してくれるのが、原作では薫だったところが、アニメ版では委員長に変わっている。

しかも委員長の棚には、“真みき”、“春日野千代”などといった、レジェンド紅華スターのビデオも鎮座している。

いずれも“本家”とは微妙に名を変えているのがなかなか芸が細かい。

 

千夏と千秋の喧嘩の場面、杉本紗和委員長だったら真っ先に止めに入るかと思いきや、終始椅子にどっかり腰掛け、泰然としている。

 

「さすがにそれは…」と、寧ろ山田さんが双子姉妹たちの不穏な空気を察知し、千夏の“問題発言”を窘めにかかったり、その前のポンポンの幅が狭すぎるので作り直し!という本科生たちの“追加注文”に愚痴をこぼしたり…。

一時はどうなるのだろう?と心配したが、近頃では漸く同期に馴染んできて、自分のポジションを見つけたのかなぁと思うと、一安心する。

 

双子姉妹メイン回なので、ミレイさんがかつて演じたジュリエットに、少女時代の姉妹が憧れたエピソードは出てくるが、若い人に憧れていると言われると、思い出補正が入っていないから嬉しいという台詞は省略されている。

更に、さらさがオスカルに憧れるきっかけとなった、10年前の『ベルサイユのばら』のオスカル役が、他ならぬ一条明羽さんだった話は全く省かれてしまった。

原作では、リレーの代役にさらさを選んだ裏エピソードとして、後々一条さんが話す場面があるが、アニメ版でどう処理することになるのだろう?

そういえば、国広先生のエピソード全カットのあおりで、さらさが昔、祖母に教えられたお蔭で、さらさが生まれる遥か前の『巴里の白い花』を知っていて、主題歌を諳んじている話も、アニメにはなかったな…。

紅華のことを知らなさそうに見えて、実はさらさは幼少期の要所要所で印象に残る“紅華体験”をしているのである。

 

今回は、夏休み疲れが未だ癒えないのか、存在感の薄い奈良っちであったが、男役志望の自らに喝を入れるつもりで逸早くショートカットにしてきた薫とは対照的に、実は髪を伸ばしにかかっており、娘役志望をうかがわせている。

総じてさらさがより目立つよう改変されており、いよいよ次回は大運動会。

リレー選手の代役を任されたさらさは、どんな活躍をみせてくれるのだろうか。

 

ますます興味は尽きない。

 

今回も前回に続き、双子姉妹専用のスペシャルバージョンのエンディングであった。沢田姉妹を演じている声優さんが、実際に双子姉妹のようなので、唄後半のハーモニーはひと際冴えわたった出来になった。

しかし、アニメ本編の沢田姉妹の絵面を見ていると、こんなに歌上手そうに見えないんだが…。

 

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今回も掲載画像は、TVアニメ『かげきしょうじょ!!』公式サイトより借用しました。

読み返してみると、双子姉妹回なのに、その画像を一切使っていないことに気づいてしまったけれど、まぁいいか…。

次回へ続く。一部敬称略。

前回の続き。

そろそろ演劇論をサラッと流して、まとめにかかろうかと思いきや、TVアニメ第8話の薫さんスピンオフ回があまりに良い神回で、3度見返したほどである。

再び思い入れたっぷりの長口舌。

今しばらくお付き合いのほどを。

 

*********

山田さんっ、辞めちゃいけないっ!!

貴女は選ばれし40人の紅華乙女の一人だってことを忘れないで!!

闇の淵に足を掬われそうになった貴女は、

この先、悩み、苦しみ、もがく後輩たちが現れた時、

きっとその痛みがわかるはず。

その時、優しく見守ってあげればいい。

立ち止まって、手をさしのべてあげてもいい。

 

…そんなことを小山田先生が心の底で思ったかどうかはわからないが、

時間軸を少し戻し、奈良っちの“キモオタさん問題”が解決した後から再び話は始まる。

あまりにも無邪気に、時に無神経に、他人の生きざまに関わってくるさらさに、一度は“絶交宣言”をした奈良っちだったが、自らが抱える心の闇に繋がる問題の一端を共に分かち合い、解決に導いてくれたのは他ならぬさらさだった。

これまで人と喧嘩すらしたことがなく、静かに過ごしてきた奈良っちは、仲直りの仕方もわからず、悩む。

 

そんなある日、予科生たちで冬組公演の『ロミオとジュリエット』を観劇することになった。その帰り道、初めて観たはずのさらさが、

 

「見よ!真っ暗な夜の帳(とばり)の中

燦然と輝くあの星々!!」

 

劇中のロミオの台詞を一言一句違えず再現して見せると、皆、思わずつられて空を仰ぎ見た。

奈良っちには夜空に浮かぶ眩い星々の姿がはっきりと見えた。

天高く煌めくひと際大きな星。

渡辺さらさ―――あの人はあの高みへ行くべき人だ。

身体は自然に動き、さらさの手を取って、

「渡辺さんとお友達になりたいの」

と告げた。

喜んで応じるさらさ。

こうして2人は友達になった。

 

“山田さん事件”の後のこと、クラス担任・“ファントム”こと安道先生の演劇授業で、講義ばかりが続くのに対し、予科生たちは退屈を覚えだしていた。

怖いもの知らずのさらさが、実技をやらせてほしいと提案し、講師たちの間で喧々諤々のやり取りの末、『ロミオとジュリエット』の一幕を4人1組ずつに分かれ、2週間後の発表に向け、各組自主練に励むことになった。

 

原作では、紅華の生き字引的存在、元演出家にして脚本家、現音楽学校名誉教授の国広茂登先生のエピソードが展開される。

太平洋戦争で全てが灰燼と化した紅華の再興を期した、“白バラのプリンス”と国広青年の物語は、紅華100年の歴史の重みをひしひしと感じさせる深い内容だが、残念ながらTVアニメ版ではバッサリ省略されてしまっている。

 

さらさは、奈良っち、星野薫、双子姉妹の姉・沢田千夏と同じ班になった。

薫がロミオ、ジャンケンに負けたさらさは敵役のティボルト、娘役志望の奈良っちと千夏は、ジャンケンに勝った千夏が何故か乳母を志願し、奈良っちがジュリエットになる。

傍では別の班になった、双子妹の千秋がジュリエット役を射止め嬉々としている様子に、千夏はちょっと心にひっかかりを感じている様子。

 

自主練が始まる。

台本の読み合わせから。

“オスカル様になります”と豪語するさらさのひどい棒読み、続く奈良っちのジュリエットは言葉も出ない。

メンバーの自覚の足りなさに、薫はすっかり腹を立て、短気を起こして出て行ってしまう。

持ち前の生真面目さに加え、祖母、母と代々紅華女優の薫は、そのプレッシャーたるや半端ではない。

連帯責任を負わされることも相俟って、焦りになって現れる。

追いかけた奈良っちとのやり取りの中で、奈良っちが殆ど学校に行っておらず、難しい漢字が読めないことが明らかになる。

共倒れにならぬよう、結局、薫が班を仕切り、他メンバー達を引っ張る形となる。

 

2週間後、さらさ達のE班を一番手に発表会が行われる。

皆まだ素人だ。

安道先生へのアピールに走ってしまう薫、乳母役の掘り下げが甘い千夏、安道一人客想定で恋する乙女に全く見えない奈良っち…

そんな中、さらさの演じたティボルトは、まるで何かが乗り移ったような演技。

憑依型役者の片鱗を見せたさらさに一同驚くが、安道=ファントム先生は、

「お前、トップにはなれないよ

そのままじゃな」

と言い放つ。

さらさのティボルトは、DVDでイメージトレーニングした冬組トップ・里美星の忠実なトレースだった。

スターシステムの紅華歌劇団においては、トップスターの個性が求められる。

さらさにはさらさのオリジナリティーが必要だ。

 

*****

 

夏休みに入り、予科生たちは各自帰省する。

あの愛人が居座る東京のマンションに帰りづらい奈良っちは、さらさの浅草の実家で一緒に過ごそうと誘われ、同行する。

さらさとの友達としてのあり方に思い悩む奈良っちは、さらさが前に言っていた“彼氏”のことを尋ねるが、さらさは安道=ファントム先生の言葉が心に引っかかって仕様がない。

 

東京へ向かう新幹線車中、さらさ達は里美星&城花るり冬組トップコンビと居合わせ、安道先生が何故“ファントム”と呼ばれているか聞かされる。

かつてミュージカル劇団「颯(そう)」のトップ役者で、『オペラ座の怪人』のファントムが当たり役だった。それが本番中に事故で奈落へ落ち、足に大怪我を負って、杖が手放せない身体になった。

劇団を辞めた安道は、紅華歌劇団音楽学校の演劇教師にスカウトされ、10年。

里美星の音楽学校入学と同時に赴任してきたという。

 

さらさの実家・浅草の畳屋へ。

さらさは紅華へ入るまで、畳店を営む祖父の健と2人暮らしで、父も母もいない様子だ。

道ゆく人たちに声を掛けられるさらさ。

ご近所さんたちがひっきりなしにさらさの帰省を聞きつけて顔を出す。

さながら昭和のホームドラマ的光景に奈良っちは新鮮な驚きを抱く。

祖母の墓へ挨拶にちょっと留守にするというさらさ。

その墓前で、安道の「そのままじゃトップにはなれない」という言葉から、「お前は絶対に助六にはなれません」とかつて言われたことを思い出していた。

奈良っちは2階のさらさの部屋へ上がると、そこにはさらさの彼氏を名乗る、歌舞伎役者・白川暁也がおり、奈良っちは暁也から、さらさとは幼馴染であること、日本舞踊の先生が一緒だったと聞かされる。

ここから回想シーン。

ここでも原作よりはアニメ版はぎゅっと縮められている。

かいつまんで言うと、暁也少年は、人間国宝・白川歌鷗から、十六代目歌鷗を襲名すべく目をかけられ、稽古に勤しむ日々。

の妹・巴の日舞教室に通っている。

同じ教室に通う幼き日のさらさ。

度胸も筋も優り、更には周囲も目を瞠る体幹の強さ。

そんなさらさに暁也少年は友達でありながら内心では引け目を感じていた。

ある日、暁也少年が出演する「助六」の舞台で、他の子役たちがインフルエンザに倒れ、代役として急遽さらさが舞台へ立つことになる。

誰に教えられたわけでもないのに、堂々たる立居振る舞い、舞台映えを見せるさらさに暁也少年は嫉妬し、更には楽屋で、さらさが歌の婿養子・煌三郎の隠し子と噂され、女の子でなければ十六代目を継がせられたのに惜しいと言われているのを偶然耳にする。

当のさらさは舞台に出られた喜びで、「大きくなったら助六になりたい」と無邪気に興奮している。

暁也は日舞の巴先生に、確信犯的に、先日のさらさの舞台の話をし、そんなことは露知らず稽古に来たさらさに、巴は「お前は絶対に助六にはなれません」ときつく言い渡した。

何を叱られたのかわからないさらさは泣いて家へ帰り、話をきいた祖父・健は、日舞教室へ怒鳴り込み、歌舞伎と縁を切ると言い放った。

平身低頭の煌三郎。

以来、さらさは日舞教室をやめ、一方、暁也少年は紆余曲折はあったが、歌舞伎の世界に身を投じる決心をする。

さらさの祖父・健は、暁也少年にさらさの友達としていつでも遊びに来なさいと告げる。

規則で女の子は歌舞伎になれないと知ったさらさは、歌舞伎だけでなく紅華歌劇も好きだった祖母の影響で、『ベルサイユのばら』のオスカルに憧れるようになる。

 

再び現代。

歌舞伎役者として端役がもらえるようになった暁也は、さらさと奈良っちを『助六』の舞台へ招待する。

生まれて初めて歌舞伎を見る奈良っちは、隣で観劇するさらさにふと目をやると、さらさの目から一筋の涙が流れ落ちた。

奈良っちにはその意味を解しかねたが、さらさが歌舞伎に来たことを後悔していなければいいと思った。

さらさは、昔、歌舞伎に親しんでいた頃、“学ぶ=まねぶ”、歌舞伎は代々演技を完璧に写し取っていくと教えられ、全ての芝居がそうしたものと思い込んでいた。それを安道=ファントムに否定され、落ち込んでいたが、暁也との久しぶりの再会で、それぞれ進むべき一本の道を進むだけと確信できた。

さらさはオスカル様、暁也は助六。

道は違えども、ひたすら自分の信じる道を進むのみ。

それはある種の同士愛のようなものの芽生えだったのだろうか。

 

夏休みもあっという間に過ぎ、東京駅へ見送りに来てくれた暁也と握手を交わすさらさの様子に、奈良っちは彼女たちの関係がよくわからない。

神戸へと向かう車中、奈良っちはさらさにこう告げた。

 

「もう花道を歩けなくても 私たちには「銀橋」があるよ」

 

目を輝かせるさらさ。

 

*****

 

2学期を前に、予科生たちは勘を取り戻すため、自主練に勤しんでいる。

薫が髪を短くしてきたことに、生徒たちは歓声をあげる。

照れる薫。

「それより!さらさと奈良っちはどういうつもり!?」

プロの自覚を持てと薫の怒号。

2人は腕に日焼け跡を作っていた。

日焼けなど気にならないほど、夏休みが楽しかったと奈良っちが言う一方、薫は怒ってレッスン室を出て行ってしまった。

 

…その後ろ姿に、1年前の薫がシンクロする。

真夏の海沿いの町。

高3の薫は、制服姿に日傘を差して、周囲からはすっかり浮いた存在。

紅華音楽学校志望で、日焼けしないよう肌をガードする薫は、注意した先生のことも、校則に「日傘禁止」と書いていないと言い負かしたらしい。


小さなバス停の待合所。

女子高生2人組と、丸刈りの男子高校生がバスを待っている。

女子高生たちが、男子高校生のことをひそひそ声で噂しあっている。

彼―—辻陸斗は、もうすぐメジャーリーグへ行くプロのスター選手・辻海斗を兄に持つ、自身も県の名門・南高3年野球部だが、兄と違い万年補欠で今一つ冴えない。

日傘を差して近づいてくる薫のことも女子高生2人組は噂しており、嫌でも陸斗の耳に入ってくる。

当の薫はどこ吹く風。

この季節、特に日差しが眩しく、日焼け対策は万全だが、暑さだけはどうにもならない。

 

母、祖母と代々紅華歌劇団の娘役を務め、特に娘役トップだった祖母は、今でもファンとの交流が続いている。

そんな祖母が入院しており、薫はお見舞いに時々通っている。

病室にはファン2人が先に来ており、薫が孫で高3と紹介されると、ファンたちは薫が紅華を受けなかったと誤解するが、紅華志望と知ると取ってつけたような社交辞令で取り繕う。薫は“似てないと思っているのだろう”と胸にチクリと痛みが走る。だがそれも慣れっこだ。

 

祖母、母と違い、私は男役志望だ。

そう自分に言い聞かせ、今日もクラスメイト達のカラオケの誘いを断り、レッスンに勤しむ。

母から連絡が入り、祖母が本を欲しがっているので、買って持って行ってほしいと頼まれる。

 

相変わらず強い日差しの昼下がり。

再び小さなバス停へ。

坊主頭の陸斗と2人でバスを待つ。

“なんちゃら歌劇の志望者と聞いて…”とぎこちなく声をかける陸斗。

そこへこの前とは別の女子高生2人組がやってきて、1人が辻海斗選手へのファンレターを渡してほしいと陸斗におずおずと差し出した。

すげなく断る陸斗。涙を見せ、立ち去る女子高生。

 

後に残された薫と陸斗は名乗りあい、バスに同乗してから、互いのことを話し始める。

薫は男役志望で、髭をつけるというと、陸斗の反応に馬鹿にされたと思うが、陸斗はびっくりしただけと慌ててフォローする。

薫が陸斗に、兄・海斗をテレビでよく見ると言うと、陸斗は陸斗で薫もまた兄目当てなのかと早合点するが、今度は薫が慌ててフォローする。

共にビッグネームの身内をもつ者同士。

ちょっと似ていると思ったのだと。

 

陸斗が籍を置く南高は、毎年地区予選決勝までは進む強豪校だが、甲子園には行けずにいる。

補欠の陸斗だが、ここ最近は練習でバットに快音を響かせ、柵越えを連発している。

監督曰く、センスはいいが、メンタルが弱いという。

明るい女子マネージャーに、お兄さんもメジャーに行くんだし、私たちも甲子園に行こうと励まされるが、陸斗の心に暗い影がさす。

 

薫は薫で、歌の表現が弱いとレッスンで言われ、先生から、お母さんもおばあさまもお上手だったんだからと励まされ、チクリと胸が痛む。

 

「私は比べられたって気にしない!」

「誰と血が繋がっていようが 私は私だから!!」

「そか」

「強いな」

「―て思うようにしてる」

 

自分は自分―――自らを鼓舞するように自主トレに勤しむ薫。

似た境遇の2人は次第に距離を近づけてゆく。

 

薫が祖母の見舞いに行く時だけ乗るバス。

その車中が2人が唯一会える場だ。

 

「男役になったら普段から男っぽい格好をする。

だから今のうちにスカートを沢山はいておくんだ。」

隣に座る陸斗は少し顔を赧らめている。

薫は続ける。

“なれるかわからないのに「なる」と言ったり、

そんなあてのない発言が許される人がいて、

羨ましいとも思うが、私は言えない。

そこへたどり着く大変さを他の子達よりも知っているから”

 

野球のことは全然知らないし、見に行けないけど応援してる。

薫は陸斗にそう告げた。

 

「星野さんは 髭つけても きっとかわいいんだろうな」

薫と目も合わせられないまま、頬を赧らめて陸斗が言った。

 

男の子から「かわいい」なんて言われたのは初めてだ。

レッスンを受けながら、困惑している。

胸のドキドキが消えてくれない。

 

そんな時、紅華歌劇音楽学校本科生の山岸が、夏休み中の自主練にスタジオを使いにやってきた。

薫とは元々仲良し同士だったが、天然で、スクールに入った時から「トップになりたい」と言っていた山岸のほうが、中3であっさりと一発合格してしまったのだ。

色々アドバイスを送った薫は落ち続け、今回が最後のチャンス。

コネが効かない実力の世界と、他の生徒たちが話すのを更衣室の扉の外で薫が聞いている。

 

そんな時、薫のもとに陸斗から、花火大会へ行こうとLINEが入る。

 

最近孫娘がよく見舞いに来てくれる―――

―――薫の祖母は、薫に何か小さな異変を感じ取ったのか、

 

「他のあなたの好きな事 やりたい事をやってもいいんだからね」

「もし違う人生が見えたら いつでも道を変えてもいいんだからね」

 

薫は小さく頷くことしかできない。

花火大会の夜。

白地に朝顔の浴衣姿の薫はいつもに増して大人びて見えた。

耳に青いイヤリングをつけ、おめかしした薫は上気した頬をほんのりと赧らめた。

後ろから走ってきた子供が薫にぶつかり、よろめく薫の手を思わず陸斗が手に取った。

手をつないだまま縁日を抜け、公園のベンチへ。

手にした団扇で薫を煽ぐ陸斗のさりげない気遣いが優しい。

陸斗の南高は順調に勝ち進んでいる様子。

だが、陸斗はどこか元気がない。

 

「最近はずっと調子がよかったけど、試合に出るチャンスはない。

試合に出られないのに野球をやってて意味があるのだろうか。

小さい頃から兄貴と一緒に野球をやってきて、

兄貴に才能があったから同じようなものを求められて

その期待に応えようと 当たり前のように野球部に入って

そうして無理して続けてきた甲斐はあったのか。」

 

陸斗が同意を求めると、横で薫が泣いていた。

 

「なんでみんな…そんな事いうの

違うよ 私は違う

プレッシャーに押し潰されそうになるけど

私は自分の意志で決めたの!

無理なんて1ミリもしてない!

これは私が選んだ道よ!!

私がなりたいの!!

最後までぜったいあきらめない!!

あたしは何が何でも紅華に入学するの!!

一緒にしないで…」

「あの…」

「帰る」

 

私バカだ

――― 一瞬でも普通のJKの暮らしが羨ましいと思ってしまった

カラオケ行ったり デートしたり 手をつないだり

悩んでる彼に優しい言葉をかけてあげたり―――

 

海の向こう、遠く夜空に大きな花火が次々に上がった。

砂浜を一人で歩く。

「♪白き~雪~の~ように空に~舞い落ちる~」

紅華の校歌を口ずさみ、泣きじゃくりながら、それでも歩き続ける。

海辺の水面に逆さに映る薫の浴衣姿が美しくも哀しい。

 

陸斗からのLINEはブロックした。

 

数日後、街頭テレビが、高校野球地区予選の決勝の模様を賑々しく映し出していた。

9回裏を迎え、南高は1点リードされている。

ランナーを1人置いたところで、代打が告げられた。

背番号11をつけた陸斗だ。

練習通り行けぇと味方ベンチが懸命の声援を送る。

ピッチャーが投球モーションに入る。

思い切りバットを振り抜くと、快音と共に、白球は高く舞い上がり、レフトスタンドへ消えた。

日傘が通り過ぎようとして、戻ってきた。そして宙に舞った。

 

「ちょっとあんた いい所が見えなかったじゃねーか!」

「これ…勝ったの」

「うおっ 泣いてんのか!?」

「勝った 勝った!!

そっかー 泣くほど嬉しかったかぁ」

その後、南高は甲子園での試合を一試合目で敗退し

うちのおばあちゃまも無事退院

もうあのバス停には行かなくなり

―――そして私は

 

 

「あーん♡」

さらさが妙な歓声を上げ、髪をショートにした薫が怒ると

神奈川の、海の見えるバス停で、この夏に貼られた張り紙がすごい勢いでリツイートされていると、さらさが教えてくれた。

 

「伝えたい人がいるので

この夏だけ貼らせて下さい

あの時の君へ

僕は今も野球をやっています

ありがとう」

 

薫はさらさに気づかれないようそっと頬を赧らめ

心の中でこうつぶやいた。

 

―――そうね

いつか私が銀橋を渡れるようになって

あなたも野球をやっていて

そしたらSS席を用意してあげてもいい

好きでしたと言ってあげてもいい

 

**********

 

余韻に浸る間もなく始まるエンディング。

今回は薫バージョン。

デュエットではなく全編ソロパートで、本編の内容にシンクロした薫の強い決意がストレートに朗々と歌い上げられる。

薫役の大地 葉さんという方は、初めてお名前を知ったが、本職といってもおかしくないくらい、これまで聴いたどのバージョンよりも、男役になり切った歌唱に思えた。

♪もしも薔薇に棘がなくて 手折りやすくなるなら 

薔薇は薔薇でなくなり そう偽りの花

 

有名人で成功者の先達を家族に持つ者同士。

傷を舐めあいたい。

なぐさめあいたい。

自分の弱さを見せた陸斗を懸命に振り切った薫は、

無理をしてでも棘を生やし、

自らを奮い立たせて敢えて茨の道へ進もうと決意したのだろうか。

 

あの時、薫が願ったのは、そんな挫けそうになる弱さの見せあいではなかった。

課せられた宿命を乗り越え、どこまでも自分を高めようとする、強い意志の互いの表明。孤高を目指す者にしかわからぬ切磋琢磨であった筈なのに。

 

同士と思った陸斗が、弱さを見せたことで、薫は絶望…というと言い過ぎかもしれないが、途轍もなく悲しくなったのだと思う。

ああ、私はやはりこの世でただ一人なのだ。

目の前にそそり立つ大きな壁に立ち向かうのは、私一人。

結局一人でやり遂げねばならないのだ。

あるいは悔しかったのかもしれない。

 

*****

 

今日も甲子園で高校野球をやっている。

雨続きで日程がどんどん延び、阪神タイガース戦とのダブルブッキングの危機、土砂降りの中の試合強行、コールドゲーム、ノーゲーム。そして新型コロナ禍の影響。

それでも聖地・甲子園で高校野球を今日もやっている。

 

我々視聴者は、ともすると、甲子園での各校の対戦という、華々しく描かれる表の世界にのみ目を奪われ、やれ今年は〇〇高が強いだの、××高が優勝候補だのと言ったり、1回戦で負けたチームを「弱い」と思ったりする。

甲子園代表という時点で、既に優勝者ですごいことなのだが、地区予選の様子をつぶさに知る機会はよほどの熱心なファンでもない限り、ない。

甲子園は、各地域の優勝者が、今度は地域間で戦い、更に全国優勝を目指す場であるという当たり前のことを忘れてしまう。

地区大会優勝が悲願だったチームにとって、もしかしたら甲子園出場は、勝ち取った優勝のご褒美、もっといえば最早“余興”にしかすぎないのかもしれないのに、そちらにばかり目が行く。

 

紅華歌劇団のモデルとなっている宝塚歌劇団にしても同じことがいえる。

大劇場公演、東京公演といった、最も完成された頂点の上澄み部分しか、なかなか目にする機会はない。

バウホール、日本青年館、新人公演などは、私が最も熱心に観ていた頃から既に却ってチケットが取りにくかった。目にする機会は寧ろ少ない。

本作の紅華歌劇音楽学校に文化祭があるのと同様、宝塚にも音楽学校の文化祭があり、ものすごく熱心なファンは、文化祭にまで足を運び、本科生たちの演技に、未来のスターの卵を見出し、肩入れすると、昔から聞く。一種の青田買いだ。

だが、それは地理的にも時間的にも、勿論金銭的にも、コネクションという点でも、余程恵まれた条件を満たし、かつそれだけの情熱を惜しまない、特殊でコアなファンの世界で、一般のファンの次元からはあまりにかけ離れていると思っている。

 

「薫の夏」と題されたTVアニメ第8話は、原作だと第3巻に収められたスピンオフだが、薫も、陸斗も、未完成の、特に薫は紅華志望というだけの、何者でもない「その他大勢」にすぎない。

 

何者かになろうとしている未完成どころか、もしかするとその形さえはっきり定まらない段階で、それでもこれだけの悩み、苦しみ、葛藤がある。

完成形だけ見ていては窺い知れぬ、例え表に出なくとも、人の数だけドラマがある。

そんなことを本作は、そして特にこのスピンオフのエピソードは教えてくれる。

 

本編中で、天然規格外少女・さらさのプロ意識の欠如に、薫がイライラを募らせる場面が度々出てくる。

山田彩子が類まれなる歌唱力を持ちながら、それを発揮できず、自滅寸前までいった後、復活を遂げ、皆が驚いた時も、薫はこう言っていた。

「私 知ってたよ

入試の時、声楽の試験で同じグループだったの

それまで眠そうにしていた先生達がいっせいに顔上げてた

入学してから この人 何で実力出せないんだろうって見ててイラついたわよ」

 

祖母も母も紅華女優という出自をもつ薫は、自分が紅華を目指すということは自明のことで、物心ついた頃から当然のことだったのだろう。

紅華の知識も、紅華への情熱の強さも、誰にも負けない。

負けてなるものかという自負を抱き続けてきたのだと思う。

 

紅華女優への夢を叶えるための第一歩である、音楽学校入学という目標を、4度目の挑戦にして、しかもラストチャンスを漸くモノにした薫にとって、紅華という世界の有難味も、それが如何に大きな憧憬の対象であるかということも、てんで理解しようとせず、天然で無邪気に振舞うさらさや、かつての親友・山岸のことは、到底信じられないのだろう。

しかも、山岸に至っては、懸命に努力を続ける自分より遥か先に、一発で合格し、紅華に認められてしまったのだ。

自分は色々とアドバイスまで与えてきたのに。

努力型の自分にとり、天性の素質で軽々と障害を飛び越え、有言実行を遂げてゆく彼女らのことが信じられない。

 

同期の山田彩子にしてもそうだ。

目を瞠る特技を持ちながら、何故その強みを活かさない?

何故それを武器に、より高みを目指そうと前を向き、上を向かない?

歯痒くて仕方がない。

 

もしかすると薫は、時に見せるきつい言動から、当初は意地悪な同期役として想定されていたのかもしれない。

だがそうはならなかった。

強い思い入れや、母、祖母2代前まで遡る紅華との関係も、予備知識も、実力主義の前では関係ない。

年齢制限ぎりぎりの18歳で、ラストチャンスを漸く掴み、それまで3度も機会を逸している。

周囲の思いとは裏腹に、特に祖母、母の存在は、薫にとりプレッシャー以外の何物でもなく、常に彼女を追い詰める枷にすらなっていたかもしれない。

出来の悪い同期をいじめる余裕など、薫にはないのである。

それに人一倍苦労を味わい、紅華の実力主義を実感してきているだけに、歯痒さを感じても、人の足を引っ張って貶めてやろうなどという考えは毛頭ないのであろう。

薫の頭にあるのは、芸の道へのあくなき求道。

ストイックに高みを目指す己の限界をも超えようとする自身への追及のみだ。

努力しないのは才能の浪費。

薫ならそう言うかもしれない。

 

「薫の夏」中で、祖母は何一つとして薫に直接的な圧をかけない。

孫娘を見守り、心から応援する、心優しき慈愛に満ちた存在である。

母は祖母に対し、どのようなプレッシャーを感じていたかは不明だが、母親もまた、娘の薫を紅華を目指してスパルタ式に鍛え上げたふしは全く感じられない。

 

薫にとって、特に祖母の慈愛が、寧ろ大きなプレッシャーとなっている。

高校球児・陸斗と知り合い、普通の女子高生の当たり前の生活に心が揺らぎかけているのを察すると、

「他のあなたの好きな事 やりたい事をやってもいいんだからね」

「もし違う人生が見えたら いつでも道を変えてもいいんだからね」

そんな言葉をかけてくれる。

そんなことなら

「あなた、何考えてるのっ!

紅華目指すんでしょ。

他のことに心を奪われている暇はないのよっ」

そう叱り飛ばされるほうが遥かにましだ。

 

悪意なき慈愛。

薫の心中如何ばかりか。

 

紅華歌劇音楽学校へ入るまでに、既に人より多くのプレッシャー、特に「出来て当たり前」、「受かって当たり前」という、期待をかけられ続け、自身強い意識の鎧で身を固め、それでも時に揺らぎそうになる決意、頭をもたげそうになる己の弱さ。

それらを

「紅華へ入りたい」、「それでも私は紅華に入る」

自らの強い意志で跳ね返し続けてきた薫。

そうして4度目の正直で、漸く夢へのスタートラインに立つことを許された薫は、この先、本科生を経て、歌劇団員になった後も、決してトントン拍子でトップスターへの階段を上ることはないのであろう。

 

紅華とはかくあるべし―――強すぎる思い入れと、知識と意識が、もしかしてこの先薫の飛躍にとり、足枷となることが出てくるかもしれない。

 

人間は、たとえ実際に経験したことのない出来事であったとしても、

想像力、共感力などを働かせ、その出来事を追体験できるという特技を持っている。

だが、それでも、頭脳が生み出した想像よりも、自然と心に沸き起こる感情を伴う実体験のほうが、より強い真実として記憶されると思っている。

スピンオフ中で先生から指摘される、歌の表現力の弱さ。

舞台の表現者を目指す薫にとって、このひと夏の恋は、人を愛する感情の発露として、大きな目で見ればどれだけプラスに作用したか知れない。

人はそれを感受性と呼ぶ。

課題とされた表現力の弱さは、こうした経験の積み重ねで、自然と克服されてゆくのだろう。

 

この先、更なる紆余曲折が、苦悩が、待ち構え、薫を呑み込もうとするかもしれない。

だがそれらの全てを乗り越え、苦節を経た末にトップの座を掴み得たその時、きっと他の追随を許さぬ孤高の、そして誰もが認める“トップ オブ ザトップ”となれるのではないだろうか。

そして同時に全ての組子たち、専科生たち、時には他の組の組子たちに至るまで、気配り、目配り、そして舞台を成功させようという強い意志の力を発揮して、円熟した舞台の中心にひと際大きく光り輝く星になるだろう。私はそう思っている。

 

その時、陸斗はどうなっているであろうか。

「男役10年」という言葉があるが、実際には尚、年数を要するようだ。

地区予選決勝でサヨナラホームランを放ち、吹っ切れた陸斗は、どこまで野球を続けるだろうか。

かつて甲子園のマウンドで優勝を経験した投手は、プロでは大成しないというジンクスがあったそうだ。

逆に高校時代、無名の控えに過ぎなかった選手が、プロで大成した例もある。

もしかしたら兄のように才能を開花させられるかもしれない。

あるいはあのサヨナラホームランがピークで、人知れずグラウンドから去りゆくことになるかもしれない。

そして、一般的には野球選手のほうが、ピークでいられる年数はずっと短い。

 

願わくは薫が男役トップスターの本懐を遂げた時、プロ野球選手として成功を収めた陸斗と再会し、薫が退団した後、結ばれれば…と思うが、聊かロマンティシズムが過ぎる、それこそ見果てぬ夢なのであろうか。

 

それとも別々の道を歩み、その後も決して交差しない2人にとり、いつまでも色褪せることない“あの夏”として、彼女達の永遠の記憶であり続けるのだろうか。

 

 

嗚呼…こんなご時世、おいそれとは出来ないけれど、

今年の猛暑の間に逗子海岸へ行きたい。

 

潮の香りと、突き刺す日差しが、猛烈に恋しい。

 

途轍もなく暑いはずの夏が、今はとても清々しく爽やかにさえ、感じる。

 

**********

 

今回も掲載画像は、TVアニメ『かげきしょうじょ!!』公式サイトより借用しました。

次回へ続く。

前回の続き。

 

**********

 

“奈良っち真珠の涙事件”で俄然男を上げたキモオタさんの退場劇。

 

その傍らで、キモオタさんもとい北大路氏とさらさのツーショット写真が出回る事件が勃発した。

奈良っち強制卒業のいきさつを、さらさが太一先生と一緒に聞いている様子を、偶々華の道を通りかかった聖先輩が、巧みに太一を外してさらさのスキャンダルぽく写したものだったのだ。

集団生活の規律を何かと乱し、目立つ存在のさらさのことを快く思っていない聖先輩が、さらさの芽を摘もうと密かに画策したものだったが、朝礼での予科生全員への注意で済まされ、騒ぎの発端は自分にあると奈良っちが本科生たちに素直に謝ったことで騒ぎは収まった。

(アニメ版では、さらさが本科生たちに呼び出され、追及を受けるに留まっている。)

トゥシューズに画鋲ではないが、女の園で、「みんな仲良く頑張ろう!」だけで済む筈がない。

そこには妬み、嫉み、猜疑心、策略、陰謀渦巻くドロドロした水面下の争いがあるはずである。

以前、当blogで幾度にも亘り熱く語った池田理代子作『おにいさまへ…』のソロリティの世界である。

歌劇団員として華やかな舞台に立つという大きな共通の夢、目標があるからといって、みんな仲間、チーム、味方というのはとんでもない綺麗ごとだ。

一皮剥けば、自分の妨げになりそうなライバルは、早いうちに芽を摘んで、潰してしまおうという、動物としての生存本能が本性を現す。

まさにソロリティの宮さまが言い放った「争いは人を強くします」である。

相手の実力を認め、自らがそれ以上の努力をして上回ろうと切磋琢磨するのが、ひいては全体のレベルアップに繋がり、飛躍へと導くことになる。

声楽の班分けレッスンの場面でも、後の『ロミオとジュリエット』の寸劇班分け練習の場面でも、サラブレッド・星野薫が、そういうことを言っていて、同じ班のメンバーたちを叱咤激励するのが興味深い。

 

聖先輩の親友で、さらさ担当のリサ先輩は、最初のお掃除指導の時、さらさから“ラテン系美女”と言われ、聖からは同じ娘役志望ゆえ、こちらもライバル視されたのか、娘役というよりは女役が似合っていると言われ、心の棘となっている。

一見キツそうな、いじめ役かと思いきや、寧ろリサ先輩のさらさに接する態度のほうがずっと大人で優しい。規格外のさらさのことも受け入れ、認めてはいるが、「あんたじゃオスカルにはなれないよ」と初対面の時点でさらさに言い放ち、さらさを泣かせてしまう。

さらさの夢を摘んでしまうので、本人には言わずにいたが、178cmのさらさよりも更に高身長のアンドレ役が出てこないと釣り合わないとか、女の集団で孤立するのは致命的など、実に冷静で鋭い分析眼を持っている。

紅華桜のジンクスのせいということにすると、さらさは泣きながら床のぞうきんがけをしながら、

「じゃあさらさは、その伝説を覆します。」

「そんなふわっとした伝説になんて負けません!」

 

さらさの夢への強く熱い思いに触れたリサ先輩は、諦めかけていた娘役トップへの気持ちを思い出し、自らをそっと励ますのであった。

 

正々堂々とした、芸道を極めるストイックな考え方の一方で、聖先輩のように、恵まれた容姿、実力、存在感を得ているにも関わらず、腹黒く周囲を蹴落とそうとする者も、集団の中には必ずいる。

本作では本科生による予科生への“指導”は、割とフレンドリーに描かれているが、“本家”で昔から言われているのは、しごきと言ってよい、極めて厳格な体育会気質の徹底した“指導”であり、部外者からすれば、妙ちきりんにさえ思える、数多のローカルルールである。

又、触れてはいけないのかもしれないが、上下のみならず、同期の間でも腹黒を通り越したいじめ問題はきっとある。

実際にそれが極端な形で表に出て、裁判にまで至った問題は、未だ記憶に新しい。

そういう話が本作のテーマではないので、控えめに描かれているのであろう。

それでも聖先輩のような、ドロドロした内面をした、それでいて実力も容姿も兼ね備えた女性が、実権を握ることだって現実には多々ある。

もし本作に聖先輩がいなかったとしたら、お気楽ファンタジーの虚構世界となってしまい、著しくリアリティーが損なわれてしまっていたことだろう。

 

そしてちょっとネタばらしになってしまうが、アニメ版ではまだそこまで進んでおらず、もしかしたら完結まで触れられずにしまうのかもしれない聖先輩のその後を思うと、今は腹黒く性格の悪いヒール役にしか思えぬ彼女にも、彼女の信念と生きざまがしっかりあるのだと思える。

 

*****

 

乙女の園の芸道追及の厳しい世界を象徴するものとして、こんな事件も更に同時に起こった。

 

ダンス講師・橘先生の、タップダンスの授業でのことである。

予科生の少女たちを、厳しいながらもど優しい大人の目で見守る男性講師たちとは違い、若い女性講師・橘先生は、スパルタそのもの。歯に衣着せぬ物言いで、ビシビシ鍛えていく。

山田彩子に「お前、太ってんぞ」と情け容赦のないひと言。

落ち込む彩子に、「でもっ先生、女の子は少しぽっちゃりしてた方がかわいいんですよ」と、すかさずさらさがフォローするが、

 

「はぁ?何言ってる!? それは男の好みだろうが」

「いい

あんた達のお客さんは絶対的に女の方が多いの

女の審美眼は厳しいんだよ

彼女達(ファン)が紅華に求める物

それは夢の世界

手に届かない「美しさ」

入団条件の一つでもあるからね

デブはいらない

ここで生き残りたきゃ痩せなさい!」

 

平凡な普通の家庭で生まれ育ち、入学早々、芸への精進に情熱を燃やす、意識が高く、強く、華やかな同期生たちの中、気後れしている山田さんは、ショックで泣き続ける。

そんな彼女を親身になって慰めるのは、規格外天然少女・さらさだけ。

サラブレッド・星野薫には、「自己管理の問題」、「自分に甘い」と冷たく突き放され、他人との関りを避けたい奈良っちには完全スルーされる。

 

これをきっかけに山田さんは、人知れずトイレで食べたものを吐くようになっていた。

7月に入りいつしか制服は夏服へと変わり、同級生たちの距離感は縮まり、あだ名や下の名前で呼び合うようになっていた。

そんな中、前期の成績が貼り出される。

相変わらず一番は委員長・杉本紗和。

 

奈良っちは24位と、やる気のない割にはそこそこの順位。

叔父の太平先生が、人に干渉されたくないから他人に隙を与えないように決められたルールは必ず守ると言っていたように、基本的に奈良っちは真面目な性格である。

 

入試の成績最下位だったさらさは39番に上がったと大喜び。

その傍らで、最下位転落の彩子(山田さん)は授業についていけない、皆みたいに綺麗じゃないと落ち込む。

 

8歳の誕生日の時、初めて紅華の舞台を観て、おとぎ話の美しい世界に魅せられて以来、誕生日にはねだって必ず舞台へ連れて行ってもらった。

カラオケでは紅華の歌ばかり歌うようになり、中学に入ると、踊れるようになるためバレエも習い始めた。

歳の離れた姉に、紅華へ入りたいと打ち明けた。

紅華受験のあまりの厳しさに姉は驚いたが、誰よりも夢が叶うよう味方になって支えてくれた。

合格した時、ベーカリーを営む両親もすごく喜んでくれ、姉は号泣してくれた。

そんな家族の期待を裏切ることはできない。

 

最近ではダイエットのため、声楽の授業でも思うように声が出ない。

せめて痩せることで皆に少しでも追いつかなきゃ。

いつしか彩子は過食嘔吐の闇に捕らわれていた。

そんな彩子の異変に逸早く気づいたのは奈良っち。

それと、きっかけを与えた橘先生。

橘先生は彩子が吐いていると確信し、他の講師たちも彩子の異変にそれぞれ気づいていた。

演劇担当でさらさ達のクラス担任で安道先生は、彩子が最近痩せたことを、

奈良っちの叔父で、バレエ担当の太平先生は、彩子の手の指の付け根に吐きダコができていることを。

講師たちは、橘の話に彩子が拒食症だと納得する。

 

声楽担当の小野寺先生は、それまでも調子の出ない彩子に、しっかり食べて健康であれとアドバイスをしてきたが、痩せろと言われたり、食べろと言われたり、「大人の言うことは勝手だな」と彩子は混乱し、追い詰められていた。

 

小野寺先生は、橘先生に、彩子を“デブ”呼ばわりしたことを聞き、もっと気遣ってやれと憤慨するが、橘はこう反論する。

 

「いーのよ私はこれで

この学校には小野寺先生みたいなお優しい先生が沢山居るじゃないですか

あいつら卒業して劇団員になったらいわれのない陰口をたたかれるようになるのよ

どんなに人気者になってもアンチは必ずつくからね

むしろ何も言われない存在感の方が問題よ

ショウビジネスは心が弱くちゃやってけないわよ

今から少しは耐性つけといたほうがいいわ」

「ここで辞めたらそこまでの素質だったって事ね

残酷だけど」

 

小野寺を始め他の講師陣は誰も反論できない。

 

「とりあえず今は 吐くのをやめさせなきゃ」

橘講師は頭を抱える。

 

彩子の過食嘔吐はますますエスカレートしていくが、近頃ではうまく吐けなくなっていた。

深夜、トイレで居合わせた奈良っちは、“そろそろ、背中が痛いんじゃない?背中側を通っている食道に胃酸が逆流して、食道が灼ける。目の下のクマがひどくなり、体力が落ちて、免疫力が落ちる。JPXにも同じような子がいた。そんな風に痩せても綺麗にならない”とアドバイスを与えるが、そもそも国民的アイドル出身で、元から美貌の持ち主である奈良っちの言葉は、彩子には届かない。

 

そして遂に声楽の授業で、彩子は声が出ないことに気づく間もなく、そのまま倒れてしまった。

医者の診断は咽頭炎。数日間の安静を指示する。

“みんなに置いて行かれる”と彩子はますます焦りを隠せない。

 

付き添って来た小野寺講師から休養するように言われた彩子は、他の同級生たちが誰もいない中、自室のベッドに制服のまま突っ伏す。

背中は相変わらず痛い。

 

そんな時、姉からメッセージが入った。

妹からの返信に何かを感じ取った姉はこう返す。

 

「…特技のないねえちゃんには

彩のいる世界の事はよく解らないけど

彩が本当に辛かったりしんどかったりしたら

いつでも帰ってきていいんだからね!!」

 

彩子のこらえ続けてきた想いが堰を切って溢れ出す。

 

「元いた世界へもう戻ろう

不相応な夢をみてしまっただけ――でも

少しでも夢の世界へ近づけて幸せだった」

 

一人泣き崩れる彩子。

 

その時、閉ざされた部屋のドアがドンドンと激しく叩かれた。

 

「山田さんっいるわよね?ちょっと聞いてほしいの」

「ちょっ…小野寺先生 だめですよ!ここは寮生しか入れません」

「いいじゃないっ!!心は乙女なんだから!」

 

「あのね 山田さん

あなたは優しくて繊細で 一人で色々なことを悩んでいるのよね?

あなた達はまだ人生を決めるには早すぎる若さだもの

迷ったりくじけたりするのも無理ないわ

 

でもね成績はビリになったかもしれないけど

あなたの下には100期生になれなかった1095人もの女の子たちがいるのよ

紅華歌劇団は10代の選ばれた乙女に一度しかその門を開かないの

やり直しもきかない

出てしまったら二度と戻れないわ

僕はあなたに辞めてほしくない

それにあなた 大切なことを忘れてる

何もない子が紅華に入れっこないのよ

ねぇ思い出して あなたの得意なこと それはなに?」

「…う…た…」

「そうよ!歌よ!!」

「入試の時あなたの歌声を聞いて僕は思ったの!

この子は歴代屈指のエトワールになる子だって!!

紅華歌劇団のグランドショーのフィナーレは

大階段を真っ先に下りてくるあなたのアカペラで始まるの!」

数日後、声楽の教室に山田彩子が遅れて入ってきた。

医師からも稽古の許可を得たと聞き、すっかり血色のよくなった彩子に小山田は独唱を指示する。

楽譜は入試の時に彩子が歌った歌だった。

一歩前へ出て歌い始める彩子。

その朗々とした天使の歌声に、他の生徒たちは目を瞠り、

「彩がこんなに歌えるなんて知らなかった…」とひそひそ話。

 

「私 知ってたよ

入試の時、声楽の試験で同じグループだったの

それまで眠そうにしていた先生達がいっせいに顔上げてた

入学してから この人 何で実力出せないんだろうって見ててイラついたわよ」

サラブレッド・星野薫が言った。

「諦めなければ小野寺先生の言うとおり

歌劇団の大階段の真ん中に立ち止まって歌い

誰よりも真っ先に拍手をもらう日が私に来るのだろうか

未来は誰にもわからないけど」

 

「一つだけハッキリしている事は

やめてしまったら そこで終わりってことだよね」

 

帰り道、彩子は奈良っちに、忠告してくれたのにひどいことを言ってしまったことを詫びる。

“今まで人と関わらないようにしてきたから言い方も悪かったのだと思う、表情に乏しく、何を考えているかわからないとよく言われる。こんなんじゃ駄目だよね。舞台目指してるのに”

―――奈良っちの言葉に、彩子は、自分とは違う世界の人に思えてきた奈良田さんにも悩みがあるのだと気づく。

いつしか彩子の心から、みんなに置いて行かれるという焦りの気持ちは消えていた。

 

**********

 

トップになるのに必要なのは 努力と生まれ持った才能、スター性と、そして運

それはチャンスを引き寄せる強さという言葉が出てくる。

更に加えさせていただくと、これはトップの条件の範疇を超えてはいるが、自分が熱中している世界を何となくではなく芯から理解し、かつその才能や実力をどこまでも信じ、認めてくれる先達の存在であると思っている。

 

親でもいい。先生でもいい。

誰か身近な大人で、その子のことを認め、長所を伸ばしてやろうと思ってくれる人がいれば、その子供は健やかに健全に育つ大きなチャンスを得たといってよい。勿論本人の心がけ、気持ち次第ではあるのだけれど。

 

年端もいかぬ子供が、自分の意思と力だけで、世界を切り開いていくのには限界がある。

特に紅華歌劇団のような、歌、踊り、演劇の総合的な表現芸術の世界において、指導者の果たす役割は大きい。

まだ20歳にもならない、下は15歳そこそこの年端もいかぬ少女たちが置かれるにはあまりに過酷だ。

好きで入ったにせよ、前や上ばかり迷わず向いていられる者ばかりではない。

そういう厳しい世界に身を投じなくとも、ごく普通の高校生活を送っていたとしても、悩み、苦しみ、もがく年頃なのである。

 

紅華100期生たちの中で、“普通の子”代表の山田さんにとって、同級生たちの前でいきなり「デブ」呼ばわりされ、痩せろと言われるのは、どれほどの負担になったことか。

 

原作では、ひと月1キロずつと、あまり無理のないペースで、と橘講師は言っていたことが示唆されるが、ただでさえコンプレックスを抱き、気後れしていた彼女の耳には届かない。

遠くから暖かく応援してくれる家族のことを思えば、弱音は吐けない。

どんどん先を行く同級生たちに必死についていかねばならない。

痩せさえすればせめて美貌は手に入る。

そう思い詰め、食べては吐く過食嘔吐の闇に身を投じてしまう。

健康を損ね、あわや自主退学を決意するところまで追い詰められるが、そんな彼女を救ったのが声楽の小山田先生の熱意だった。

 

すっかり自分を見失ってしまっていた山田さんに、一番歌が好きで、得意で、強みだったことを思い出させ、絶望の淵に一筋の光明を見出させる。

 

小山田先生がオネエキャラという設定が、男子禁制の女子寮へ乗り込んで、絶望の淵に立たされた山田さんを励ますという展開を自然な流れにしている。更に、

 

「僕はあなたに辞めてほしくない」

 

ここで敢えて一人称が“僕”というところに、オネエの筈の小山田先生の只ならぬ意思の強さを感じるというのは、穿った見方にすぎるのだろうか。

 

橘先生の言うことも決して間違ってはいない。

しかし、メンタルの弱い、自分にまだまだ自信の持てない山田さんのような子には、病へと追い詰められる残酷な鋭い刃である。

 

後で陰口をたたかれ、悪しざまに言われるのは他ならぬ自分自身なのだ。

ショウビジネスの世界に身を置くものの、それが宿命である。

若いうちから、そういう世界に身を投じているのだ、自己管理が必要なのだと、長い目で見れば、実はためになるアドバイスを愛の鞭として与え、自ら憎まれ役を買って出ている。

 

ただ、この時の山田さんには早すぎたのかもしれない。

摂食障害がもっと進み、健康を損ねてしまったり、絶望の果てに自らの命を絶ってしまう可能性だってなかったとは言えない。

 

“ここで辞めたらそこまでの素質だったということ”と橘講師は突き放した言い方をしている。残酷だがそれだけ厳しい世界である。

 

小山田講師が男子禁制を犯し、寮にまで乗り込んできて、扉越しに山田さんを懸命に励ましたのは、何も彼女が可哀想だからだけではない。

入試の時に見せた類まれなる歌の才能に惚れ込み、認め、秘かに目をかけてきたのだ。

歴代屈指のエトワールになれる素質の持ち主が、ここで潰れてしまうことを誰よりも惜しみ、断じてそうさせてはならない、そう強く思ったからこそなのだ。

多分、山田さんが、本人が思っているように、何の取り柄もない平凡な子だったとしたら、小山田先生もここまで強い行動に出ることはなかったのではないだろうか。

 

山田さんにとって、指導者の中に、自分の才能を認め、信じてくれる人がいたことが、どれほど心強く、幸運であったことだろう。

 

このエピソードが描かれたTVアニメ第5話は、前回のキモオタさん退場劇の第4話に続き、心に突き刺さる、涙、涙の感動回であった。

と同時に、厳しい世界に身を投じ、己に磨きをかけることの難しさを、改めて気づかされる回でもあった。

 

何でも褒めそやし甘やかせばいいものでもない。

さりとて、けなし、突き落とし、それでも自力で這い上がれ。

それを当然として、厳しくしさえすればよいというものでもない。

 

人を育てるということの難しさ然り。

自分より遥かに優れて見え、光輝いて見える他人にも、それぞれ悩みも闇もあるのだということ然り。

 

本作から教えられることは多い。

 

**********

 

小山田先生が思い描いたように、いつの日か山田さんがエトワールの美しきソプラノを大階段で響かせてくれることを夢見て、今回はここまで。

これで概ね原作の『シーズンゼロ』のエピソードが終わったことになる。

 

尚、台詞の引用は原作から。

掲載画像は一部を除き、TVアニメ『かげきしょうじょ!!』公式サイトより借用しました。

『かげきしょうじょ!!』とは、宝塚歌劇団及び宝塚音楽学校をモデルにした、斉木久美子の漫画作品で、この7月からTVアニメ化作品が東京ではMXテレビで土曜深夜に放映されている。

 

アニメ作品の多くがゴールデン枠から姿を消して久しい。

余程の夜更かしをしない限り、最早偶然の出会いなど期待できない。

原作への知識が予めあり、アンテナを張り巡らせていないと、うっかり逃してしまう。

そんな中、本作のTVアニメ版を最初から見逃すことがなかったのにはちょっとした訳がある。

 

もう随分前になるが、新聞だったか何だったか、宝塚をモデルにした漫画作品が立て続けに出て、何作かが同時に紹介されている記事を読んだことがあった。

はるな檸檬:『ZUCCA×ZUCA』、志村貴子:『淡島百景』、朱良観:『すみれの花咲くガールズらと共に、まだ始まってさほど話が進んでいない本作の前身・「ジャンプ改」に連載されていた頃の『かげきしょうじょ!』(“!”が1個だけの、今では『~シーズンゼロ』と分類される)が取り上げられていた。

とりあえず出ていた単行本を買い集めてみた。

『ZUCCA×ZUCA』『すみれの花咲くガールズ』を読んだところで息切れしてしまい、『淡島百景』と本作は、結局読まずに放ってしまった。

 

そんなわけで、本作については、今となってはレア…なのかどうかは知らないが…『!』の1巻だけが長らく手元に積まれてきた。

6月末にTV雑誌で、翌月録画予約する番組をチェックしていて、タイトルだけは見覚えのある本作に目が留まった。

 

数年前に『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』という、深夜アニメ作品を見たことがあるが、個人的にこちらには熱中することもなく、舞台ミュージカル版も、映画版もスルーし、何とかTVアニメ版だけは見通した経験があった。

 

本作についても、宝塚もどきの、女の子たちがステージ目指して頑張るくらいの話だろうとタカを括っていた。まぁ知らぬタイトルではないから、一応録画して見てみるか…という位だった。

寧ろその後の時間帯に他局でやっている、『痴情の接吻』という谷崎潤一郎の『痴人の愛』を翻案したという実写ドラマのほうが楽しみに思えていたのであった。

 

そのようなわけで、全く予備知識がない実質初見の状態で深夜アニメ版を見始めた本作。

ところが久しぶりに、ものすごく嵌まり、魅せられてしまったのである。

 

思った以上にオリジナルに似せた設定。

個性際立つ登場人物たちと、人物の深い掘り下げ方。

それは脇役たちにも及び、特に原作漫画では、物語の進行途中に随所に「番外編」が挿入され、本編進行の妨げにならないどころか、より重層的に捉えることができるという、キャラの数だけ人知れぬ物語があるというところにある。

決して明るい話ばかりではない。

先の言を更に言い換えるとすれば、人の数だけ悩みがある。

さしずめそんなところであろうか。

 

各キャラクターに焦点を当てたサイドストーリーは、個人的な経験では古くはかの水島新司作『ドカベン』で、犬神が初登場した土佐丸とのセンバツ決勝戦の時に目にしたことがある。

又、津雲むつみ作『風の輪舞』においては、本編完結後、番外編が幾つか作られ、国も時代も異なる裏面史として、これも重層的な理解の一助となった。

これに限らず津雲むつみ作品には、番外編が付加されることが多々あったが、いずれも本編完結後の話である。

本作ほどサイドストーリーが本編とほぼ同格に随所に描かれ、それでいて本編進行の妨げにならない経験は、嘗て味わったことがなかった。

 

メインキャストに、如何にも“歌劇に全てを捧げます”という高い意識を持った少女たちの枠から外れた、いわば“紅華ド素人”の2人を配しているのも実に巧みだ。

 

片や国民的アイドル出身者にして無表情を貫き、笑顔さえ見せない美少女。

片や既成概念に囚われない全てにおいて規格外の天然少女かと思いきや、歌舞伎の世界に通ずるバックボーンの片鱗をうかがわせるも、女性であるがゆえに、その世界から拒絶された心の傷を隠し持つ少女。

 

主役の2人は少なくともスタート時点では、決して“歌劇(にどっぷり染まった)少女”ではない。

 

モデルとなっている宝塚歌劇の世界の対極にあるものとして、男性にしかなれない歌舞伎の世界がしばしば取り上げられてきた。

形式、方式は全く異なれど、片方の性別のみで構成される特殊な舞台。

一般人には決して体感できない、とりわけ厳しい芸の道への果てしなき求道がそこにはある。

 

一方、近年では女性だけの集団により、ステージを作り上げ、その成長過程をファンが追体験できるシステムとして、AKB48を端緒とするグループたちがしばしば宝塚と対比的に取り上げられる。

 

歌舞伎とAKB――

――宝塚とは似て非なる2つの世界が、本作では主役2人を通して随所に引用される。それが本作の世界観の裾野を一層広げているように思える。

特殊な選ばれし乙女たちの秘密の花園の世界が、現代的視点を以て時に相対的にわかりやすく描かれる。

 

TVアニメ版は、時には原作のエピソードをばっさりとカットし、1クールできりのいいところまで描き切ろうとしているようだ。

しかしそれを補って余りある、熱量の高さ。

とりわけそのまま宝塚歌劇のショーの主題歌として通用しそうなエンディングの秀逸さは特筆ものである。。

 

**********

 

本作の舞台は大正時代に創設されて以来、100年の歴史をもつ「紅華(こうか)歌劇団」。劇団員は未婚女性のみで構成され、その養成所が「紅華歌劇音楽学校」である。

神戸を本拠地とし、専用劇場は東京にもある。劇団は春・夏・秋・冬の4組に分かれ、「男役」とその相手役の「娘役」に分かれる。

 

モデルの宝塚とは微妙に違えており、神戸のポートタワーや港、南京町が音楽学校の至近の地として描かれるが、劇場は宝塚大劇場とそっくりであり、「紅華歌劇音楽学校」も“本家”の古い建物を彷彿させる。「花のみち」は「華の道」になってはいるが、これも“本家”とそっくりで、著しい既視感を覚えさせる。

ポートタワー

TVアニメ版では「華の道」の周辺図が一瞬映るが、これもよく見ると、鉄道路線図含め宝塚の街そのものだが、阪急電車は出てこない。

 

物語のヒロインは奈良田愛という、国民的アイドルグループ・JPX48の元メンバーで、愛称は「奈良っち」。

その奈良っちが、紅華音楽学校を受験しに来る場面から始まる。

目立たぬようマスクで顔を隠していても、目敏い男性ファンに見破られ、声を掛けられるが、心底それを嫌っている。

唯一心を許すのは、叔父で紅華歌劇音楽学校でバレエ講師を務める奈良田太一のみ。

何か訳がありそうだ。

“JPX48”がAKB48をモデルとしているのは明らか。

秋葉原に専用劇場を構える女の子だけのアイドルグループ。CDを買うと握手券が手に入り、ファンは交流機会が得られるのは本家と同じ。

 

季節は春爛漫。

見事に咲き誇る紅華桜。他の受験生たちは何故か誰一人としてそこへ近寄ろうとはしない。

花が綻びほろほろと零れる中、奈良っちは一人の少女と出会う。

桜の中から姿を現した少女は、「しなやかな獣のように長い手足」、「星をちりばめたかがやく瞳」、そして驚くほど高い背、全くブレない体幹を見せ、「渡辺さらさ」と名乗った。

「入学前に紅華桜の下に立つべからず」

「立った者は絶対にトップにはなれない」

というジンクスがあることを、この2人だけが知らない。

 

「東の東大、西の紅華」といわれる超難関の音楽学校。

受験生たちは、我こそはと明日のスターを夢見て、英才教育を受け、厳しいレッスンをこなしてきた、高い意識の持ち主ばかりだ。

そんな中にあって、際立つ美少女ぶり、元アイドルとしての知名度は抜群だが、一切の感情表現を無くし、他者との関りを避けようとする、いわばコミュ障の奈良っちと、178㎝と規格外の長身、遠くからでも一目でわかるふわふわのツインテール、天真爛漫かつ天然のさらさ。

この異端2人が無事合格し、紅華歌劇音楽学校100期生として歩み始めるところから物語は始まる。

 

これから予科生、本科生の2年の音楽学校生を経て、歌劇団入団、スター街道目指して共に切磋琢磨する長い付き合いが始まる40人の同期生たち。

なかなか個性派揃いの面々が揃った。

 

入試成績トップの委員長・杉本紗和。

実家がバレエスタジオを営み、数多のバレエコンクールに入賞。

その一方で大の紅華オタク。それゆえバレエ留学話を蹴って、紅華に入ったしっかり者の秀才で優等生。

 

祖母、母と三代続けて紅華入りしたサラブレッド・星野薫。

18歳という年齢制限ぎりぎりで入学を果たした彼女は、同期の中でもひと際プロ意識が高く、いずれも娘役だった祖母、母とは違い、身長が高いため男役志望。

寮で同室となった、同じく男役志望の委員長・紗和とは早くもライバルの火花を散らしている。

 

沢田千夏、千秋の双子姉妹。

前年の入試では姉の千夏だけが合格したが、姉妹一緒に入りたいと千夏は入学を辞退。今回晴れて姉妹同時入学を果たした。

 

紗和、薫と3人同室となった山田彩子。

いわゆる典型的な“普通の子”で、ベーカリーの娘。温厚でおっとりとした性格。

華やかで意識の高い同期生らに気後れを感じている。

 

彼女たち新入生は予科生と呼ばれ、1期上の99期生らが本科生として、マンツーマンで指導役にあたる。

委員長・竹井朋美、副委員長・野島聖、中山リサら一癖も二癖もある面々。

奈良っちの担当は聖先輩、さらさの担当はリサ先輩。

元JPXで入学前から何かと目立ち、注目される奈良っち担当は、希望者が殺到。ジャンケンの末、自身JPXの大ファンである聖先輩が勝ち取った。

一方、容姿のみならず、言動全てが規格外。入学ガイダンスで「オスカル様になります!」と将来の男役トップスター宣言をして、周囲を凍り付かせた、いわば“悪目立ち”のさらさの担当を希望する本科生は誰もおらず、渋々リサ先輩が引き受けることとなった。

他者との関りを避けたい奈良っちと、天然規格外少女・さらさが同室となることで、否応なく奈良っちはさらさの行動に振り回されることになる。

 

女性だけの歌劇団、ファンも大半が女性という世界へ、自らの居場所を求めて飛び込んだ奈良っちだったが、元JPXの動向を世間が放っておく筈もなく、ネットニュースが彼女の紅華入りを報じるところとなる。

はるばる神戸へ彼女を追って来た一人のファンの姿。

 

奈良っちが抱える心の闇が明らかになる。

映画女優を母に持つ裕福な家庭環境の一方で、父親が誰かすら明らかではない。男運の悪い母が新しい愛人を連れてきて、少女の愛(=奈良っち)と引き合わせ、同居することとなるが、既に抜群の美少女であった愛に、この男は性的虐待(=ディープキス)を加え、それが元で愛は男性恐怖症になり、不登校となった。

娘よりも女優業に熱心な母親は、娘からの救いを求める声に耳を傾けず、唯一の味方となってくれたのが母の弟である叔父の太一であった。

太一はゲイを認めており、愛にとって、自分に性欲の視線を向けないただ一人の男性だったといえる。

あの忌まわしい愛人はそのまま居座り続けたが、太一の助けもあり、愛はあの時以来、被害を受けることはなかった。しかし、あの事件は彼女の大きなトラウマとなり、彼女は自分を守るため、顔の表情をなくし、中学生時代のあだなは“能面”、女性だけのアイドルグループということで、JPXに入ったが、そこでも無表情を貫き、仲間内では“ロボ”と呼ばれた。

女性アイドルのファン層が男性ということに後で気づき、握手会は塩対応。

ある日、一人の男性ファンからの熱心な握手に、「はなして。キモチワルイ」と言ってしまい、それを他メン推しにネットに晒され炎上。遂には強制卒業に至った。

奈良っちを追っ掛けて神戸までやってきたのは、その時の男性ファン。

コミュ障で引きこもりニートのオタクだった彼は、他メンバーと違って無表情を貫く奈良っちに“孤高の女神”を感じ、奈良っち推しとなってライブや握手会に参加。推し仲間もでき、ファン活動のため、アルバイトに精だし、外界で活動できるようになった。

そのことを感謝したくて、あの握手会で何とか憧れの奈良っちに思いのたけを伝えたいと意気込んだのに、熱心に手を握り過ぎて、奈良っちがJPXを追われるという結果となってしまった。

華の道で彼から声をかけられた奈良っちは、“仕返しに来られた”と恐怖極まり、逃げ出す。代わりにさらさがお節介を買って出て、男性ファンの話を聞くことになる。

彼は無邪気なさらさによって、“ストーカーさん”から“キモオタさん”と呼ばれることになる。

そのキモオタさんは、奈良っちに一言謝りたかったと激白する。

もしかすると変質者かもしれないと陰で様子を窺っていた太一先生も話に加わり、キモオタさんが心配したような悪い人間ではないと判った。

一方、さらさを1人置いて寮に逃げ帰った奈良っちは、さらさのことが心配になり、勇気を振り絞って華の道に戻ってみると、そこにはヲタ芸合戦に勤しむキモオタとさらさの姿。いつしか叔父の太一も加わり、和気藹々楽しそう。

前から嫌でも自分に関わってくるさらさを疎ましく思っていた奈良っちは、すっかり腹を立て、さらさに「大嫌い」と絶交宣言をしてしまう。

 

すっかり嫌になってしまった奈良っちは、音楽学校を抜け出し、一人港で海をボーっと見ている。

人との関りを避けて生きてきた彼女は、サボり方さえわからないのだ。

元JPXの美少女はサボっていても目立つのか、チャラ男風の2人組が目敏く彼女を見つけ、絡もうとすると、男性恐怖症の奈良っちはパニックを起こし泣き出してしまった。

そこへキモオタ氏が登場。

彼は勇気を振り絞り、チャラ男2人に挑みかかる。

しかし、あっさりかわされ、自滅。

そこへさらさと太一先生がやってきて、さらさは大声を振り絞り、周囲に助けを求め、警官が来る。

実はさらさがキモオタ氏の連絡先を聞いており、奈良っちがいなくなったと連絡して、キモオタ氏が彼女の居所を懸命に探し当てたのだった。

 

チャラ男たちは逸早く逃げ去り、キモオタ氏が絡んでいた人物と目され交番へ引っ張られそうになるが、太一先生が事情を説明。さらさにも説明を求めようとしたその時、顔面を強打し、鼻血を出したキモオタ氏に、奈良っちがハンカチを差し出した。

面を上げハンカチに手を伸ばすキモオタ氏。

ところが彼がハンカチを手にする寸前、奈良っちが手を離し、ハンカチは空しく地面に落っこちる。

期待しかけただけにショックは大きい。

すっかり落ち込み、首を垂れるキモオタ氏の前に、ポタポタと涙の雫が落ちる。

 

「――違うの ごめんなさい ありがとう

これが今の私のせいいっぱいなの」

 

消え入りそうなか細い声で、しかししっかりと思いを伝えながら、大粒の涙の雫を落とす美少女。決して表情を見せない彼女が、哀しみの表情を湛える。

その姿は神々しくさえ見えた。

「大丈夫です 大丈夫ですよ

だから泣かないでください

僕は…僕達はいつだって奈良っちの笑顔を見たいと思ってるんです

こういう風に近くで会えるのはもう無いと思うので

このハンカチはもらってゆきますね

怖い思いもさせてしまってすみませんでした

次は紅華の舞台の上にいる奈良っちを観に来ます

その時にまた素敵な笑顔を見せて下さい

さようなら ありがとう また いつか」

 

最後まで“キモオタさん”として彼がその場を去った後、さらさが彼の本名を教えてくれた。

北大路幹也という大層立派な名前だった。

確かに見た目はキモオタそのものだったかもしれないが、彼の振り絞った勇気、潔い態度。去り際。

それは決して名前負けしない立派な紳士的態度だった。

風貌芳しからねども、その精神は、我が身の危険を顧みることなく愛する女性を守ろうと努め、叶わぬ永遠の愛を捧げる騎士―—―さながらシラノ・ド・ベルジュラックの如き崇高さすら感じさせたのである。

 

これこそ、宝塚が、そして紅華が、求めてやまぬ「男役」スピリットでなくて何であろう。

 

いつしか彼が“キモオタさん”ではなく、北大路さんとして、本当に奈良っちたち100期生の晴れ舞台を観に再登場してくれることを、私は願っている。

 

*****

長くなりそうなので、今回はここまで。

次回に続く。

 

以上、敬称略。

※掲載画像は一部を除き、TVアニメ『かげきしょうじょ!!』公式サイトより借用しました。

Yahoo!ニュースを見ていたら、武田という総務省の大臣が、オリンピック、パラリンピック期間中は民間にテレワークの集中的実施を求めるとのたまったらしい。
最初、2ちゃんねるで見たので、どうせ煽り記事だろうと思ったら、どうやら本当らしい。
今度こそ怒髪天を突いた。

昨年来の異常事態下で、自粛、自粛の毎日だ。
新型コロナの感染はその勢いを衰えさせず、オリンピックが絡む東京では、その公表数値ですら、果たして本当なのか疑わしいことこの上ない。

去年、思い起こせば、新型コロナ禍は、最初関西や横浜での広がりが報じられ、東京は大丈夫という論調であった。
オリンピックをやろうとしていたからだ。
それが1年延期が決まった途端、案の定堰を切ったように東京での感染拡大が報じられだした。

5月の連休明けに、緊急事態宣言を解除しようとしていたのも、バッハという顔つきからして横柄極まりない"ぼったくり男爵"の来日を控えていて、それに間に合わせるためだったそうだ。
そんなことに合わせようという発想からして異常である。

そのバッハ某は、オリンピック開催のために犠牲を払う必要ありと力説し、多くの日本国民の反感を買ったという。
それまでバッハというと、大作曲家のJ.S.バッハが連想されたのに、今やその名は厳つい顔した碌でなし野郎の方が浮かぶようになっただけでも、クラシック音楽好きにとってはA級戦犯ものだと思っている。

IOCのバッハの何が偉いのか?
世の中の状況も理解できない利権団体の親玉で金食い虫のくせに。

世の中すっかり新型コロナ禍一色になってしまったことからして既に異常だが、日本国においては、東京五輪のゴリ押し開催が絡むから、余計に始末が悪い。

コロナ絡みの話題も、オリンピック強行開催ありきと関連付けられ、胸くそ悪くて仕方がない。
コロナの蔓延がひどくなれば、オリンピックなどできる筈もなく、コロナ蔓延が鈍化しても即オリンピック開催に結びつけるのが本来間違っている。
コロナ対策は人命を守るための必然だが、オリンピックはやってもやらなくても人命を守る上で関係ないどころか、無理に開催すれば感染拡大を招き、人命が脅かされる可能性が高い。
それを強行しようとするのは、人命よりも優先したいことがあるからだと思われても仕方がない。
コロナ対策はオリンピックのためでないのは当然である。

オリンピック絡みの近頃の話題では、呆れて物も言いたくないことばかり起こっている。
未だ新型コロナ収束の気配が見えぬ中、オリンピック中止を望む世論が多いにも関わらず、世界に向けて「やる」と言った以上やるのだ。世論は間違えることが多い。と宣う竹中という元大臣の言い草にも随分腹が立ったが、結局オリンピックが中止になると、自分の会社の金儲けの機会が損なわれるからだというに至っては、この国も終わりだと思われてならない。

数ヶ月前には、木三本の失言大魔王の料亭好きラグビー馬鹿爺の、失言並びに逆切れ騒ぎがあったが、今となってはそんなことがあったことさえすっかり忘れられてしまった感がある。

ついでに言えば、池袋でたかが昼飯に遅れそうという理由で車の操作を間違えたくせに、それを頑なに認めず、あくまで車の不具合と言って憚らず、そのくせ碌に二足歩行もできないほど衰えた、どう見ても車の運転能力が損なわれたとしか見えない"上級国民"様のことも、移り気な世間の関心から遥か彼方へと押しやられてしまった。
このままだとあの人殺しは、罪を問われぬまま死に逃げとなってしまう。

そもそも新型コロナ禍前から、東京オリンピックは、8月の炎天下で強行開催することの是非が論じられていたのではなかったか?
あれも米国でのテレビ放映の都合だという話だった。

オリンピックというと、とにかく利権。
一部の連中の金儲けの口実という印象しかない。
それに前に記したが、「復興五輪」という妙なこじつけも気に入らない。
「東京」なのに何故東北の大震災の復興が関係あるのか?
そもそも復興したと言えるのか?
無理してこじつけているだけじゃないのか。
「東京」というなら東京都内か、近くでやればいいのである。
範囲を広げたければ、「東日本オリンピック」とでも言えばいいのである。
アメリカに儲けさせるために炎天下の開催を強行して、マラソンが危ぶまれるから、サマータイムを導入せよと、先の失言耄碌木三本は言ったのだ。
アナクロも甚だしい。
アナログ時計だけの時代とは違うのである。
あの発言を聞いた時既に、「運動祭りの何が偉い?」と激しく反感を抱いたものだが、とうとう運動祭りごときのために、国民の働き方にまで口出ししやがる馬鹿が出たというものだ。

オリンピックなんて、一部の選手と、イベントに群がって甘い汁を吸いたい連中にしかメリットのない、それこそ不要不急の祭りのくせに、そいつが最優先とばかりデカい顔をしてのさばり、多くの国民の生活の糧である労働の仕方にまで口出ししようという発想が狂っている。
国民に我慢を強いるのではなく、運動祭りが遠慮しろ。
さもなくば、深夜にやればいい。
猛暑のマラソン問題も、密の回避問題も一挙解決だ。

それとも今回は参加選手の国それぞれで同時に同じ競技をすればよいのではないか?
日本国民の仕事を安易にリモート推奨する位なのだ。
オリンピック様のためなら最新鋭の通信技術を惜しみなく投入するスポンサーくらい見つかるだろう。

リモートで片付く仕事なんて種類が限られてくる。
どうせ馬鹿な政治家の失言で済まされるのだろうが、本気でやるなら祭り期間中全て祝日として政府が買い上げ、機会費用を全て補填する位しないと無理だろう。
無論無観客、PVなし、見たい人はTV観戦強制で。

そもそも昨年のGoToゴリ押しにしても、例え真の理由は"2F"と称される目つきからして悪人面の和歌山のフィクサーの利権絡みであったとしても、建前上は経済を回すためではなかったのか?
今回の民間へのテレワーク要請は、経済の活性化にすら逆行しかねない。
つまり今回のオリンピックは、人命にも、経済活性化にも優先するということになる。
そんな運動祭りがあるだろうか?
あまりに調子に乗りすぎている。
デカい顔するな。
IOCのバッハ、竹中、森らの横柄な言動に顔つきと、オリンピックそのものが重なって見える。

私は新型コロナ禍の遥か前から、オリンピックへの関心は皆無で、碌にテレビも見たことがない。
大分前に書いたが、たかが"運動祭り"の何を有り難がっているのか?という考えを一貫して抱いている。

大体、日頃は自国の行く末やら隣国との軋轢やらに碌に関心もなく、自国のことをくそみそに言って憚らぬ厚顔無恥国家のことを絶賛してやまない平和ボケのくせに、やれオリンピックだワールドカップだというと、途端に「ニッポン、ニッポン」と馬鹿みたいに連呼し、騒ぎ立てる、俄か国粋主義者、似非愛国者がなんと多いことか。
そういう愚かしい浮ついた軽薄さが露呈する最たるイベントだというのも、これほど私がオリンピックを嫌う要因の一つである。

世の中には運動を有り難がり、流行り物に乗っかって、その時だけ騒ぐのが「普通」と称して憚らない人間が多い。
オリンピックに限らず、「これをあからさまに嫌いと言っちゃいけない」という奇妙な同調圧力を感じさせるものが多数存在する。
例えばディズニー、例えば韓流、例えばスマートフォン…不思議でならない。
映画なら「ET」、「タイタニック」、「アナと雪の女王」、近年のスタジオジブリ系作品の多くもその範疇に含まれよう。
そりゃ心からそれらに心酔し、それこそ喜んで心中したい人もいるだろう。
どうぞお好きに、と思うが、それを「普通」とか「みんな」とか根拠なきエセ普遍性をかさに来た、その実一方的な価値観の押し付け行為は本当に迷惑で、不快にしか思えないのである。

人間に限らず、どんな生き物も、もっと言うと無機物だって、機械でさえも、個体レベルでは完全に同じものは存在しない。
人の数だけ考え方、価値観はさまざまなのが、それこそ「普通」であって、同じものを好み、同じものを嗜好し、向くというのは、何らかの煽動、誘導、恣意、もっと言えば洗脳があってのことなのである。

オリンピックとて同様だ。
私には「たかが運動祭り」としか思えないが、好きで好きで堪らない連中だっていることだろう。

昔から映像機器メーカーは、「オリンピックの感動を綺麗な画像で見よう。残そう。」と躍起になって宣伝し、ここぞとばかりに新型機種を売り込みにかかる。
興味のない者から見れば、不思議でならない。
百歩譲って勝敗が気になったとしても、わざわざ録画して後で何度も見返すほどのものだろうか?
勿論特定の競技に実際に携わっている者には重要な資料だろうが、大衆にとり、結果が分かってしまえばそれまでではないのか?
感動のシーンとやらも一瞬だろう。
懸命に録画しても、一度たりとも見返されることなどないのであろう。
そういえば、今回の東京五輪に際し、「感動を大画面で」とか「高画質で残そう」といった宣伝文句を一度も目にしたことがない。
それだけ日本のメーカーに元気がなくなったってことか?
これまで他所の国の運動祭りに、ワーワーキャーキャー騒ぐ"オリンピック馬鹿"の存在が今回は全く感じられないのである。
それだけ国民の関心事は、運動祭りなどではなく、自分や周囲が感染しないかという懸念であり、心配であり、或いは仕事を奪われ逼迫した生活をどうしようかという問題であり、ワクチンが打てるかという焦りに向いているのだと思う。
「何がオリンピックだ!」という気持ちが、中止或いは再延期を求める世論に反映されているのだと思う。

個人的には一部の連中の利権のために、開催国に金ばかり使わせ、欲得まみれのオリンピックなど、今回のみならず、この先も未来永劫廃止で良いとかねてから思っている。
ここ最近の政府関係者による相次ぐ"オリンピックありき"、"オリンピックファースト"の考え方の表明に、私のような元からのオリンピック嫌いに留まらず、普段はマスコミに流されてふらふらと流行り物を追っかける"普通"の人たち或いは"みんな"が、オリンピック嫌いに転じ、この馬鹿げた"運動祭り"が愈々本格的に衰退の途を辿り、滅びるのを、心から期待してやまない。

事ここに至ってはゴリ押し開催されるであろう東京オリンピック中継を、とりあえず私は1秒たりとも見るつもりはない。

無論テレワークもせず、淡々と普段と変わらずに、不自由極まりない期間を過ごすだけである。
オリンピック、パラリンピック通して49日らしいのだが、49日というのが何だか意味深である。

久々の更新がこんなつまらぬ馬鹿げた話題への憂さ晴らし的批判になってしまったことが、今はとても虚しく感じる。