『かげきしょうじょ!!』とは、宝塚歌劇団及び宝塚音楽学校をモデルにした、斉木久美子の漫画作品で、この7月からTVアニメ化作品が東京ではMXテレビで土曜深夜に放映されている。
アニメ作品の多くがゴールデン枠から姿を消して久しい。
余程の夜更かしをしない限り、最早偶然の出会いなど期待できない。
原作への知識が予めあり、アンテナを張り巡らせていないと、うっかり逃してしまう。
そんな中、本作のTVアニメ版を最初から見逃すことがなかったのにはちょっとした訳がある。
もう随分前になるが、新聞だったか何だったか、宝塚をモデルにした漫画作品が立て続けに出て、何作かが同時に紹介されている記事を読んだことがあった。
はるな檸檬:『ZUCCA×ZUCA』、志村貴子:『淡島百景』、朱良観:『すみれの花咲くガールズ』らと共に、まだ始まってさほど話が進んでいない本作の前身・「ジャンプ改」に連載されていた頃の『かげきしょうじょ!』(“!”が1個だけの、今では『~シーズンゼロ』と分類される)が取り上げられていた。
とりあえず出ていた単行本を買い集めてみた。
『ZUCCA×ZUCA』と『すみれの花咲くガールズ』を読んだところで息切れしてしまい、『淡島百景』と本作は、結局読まずに放ってしまった。
そんなわけで、本作については、今となってはレア…なのかどうかは知らないが…『!』の1巻だけが長らく手元に積まれてきた。
6月末にTV雑誌で、翌月録画予約する番組をチェックしていて、タイトルだけは見覚えのある本作に目が留まった。
数年前に『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』という、深夜アニメ作品を見たことがあるが、個人的にこちらには熱中することもなく、舞台ミュージカル版も、映画版もスルーし、何とかTVアニメ版だけは見通した経験があった。
本作についても、宝塚もどきの、女の子たちがステージ目指して頑張るくらいの話だろうとタカを括っていた。まぁ知らぬタイトルではないから、一応録画して見てみるか…という位だった。
寧ろその後の時間帯に他局でやっている、『痴情の接吻』という谷崎潤一郎の『痴人の愛』を翻案したという実写ドラマのほうが楽しみに思えていたのであった。
そのようなわけで、全く予備知識がない実質初見の状態で深夜アニメ版を見始めた本作。
ところが久しぶりに、ものすごく嵌まり、魅せられてしまったのである。
思った以上にオリジナルに似せた設定。
個性際立つ登場人物たちと、人物の深い掘り下げ方。
それは脇役たちにも及び、特に原作漫画では、物語の進行途中に随所に「番外編」が挿入され、本編進行の妨げにならないどころか、より重層的に捉えることができるという、キャラの数だけ人知れぬ物語があるというところにある。
決して明るい話ばかりではない。
先の言を更に言い換えるとすれば、人の数だけ悩みがある。
さしずめそんなところであろうか。
各キャラクターに焦点を当てたサイドストーリーは、個人的な経験では古くはかの水島新司作『ドカベン』で、犬神が初登場した土佐丸とのセンバツ決勝戦の時に目にしたことがある。
又、津雲むつみ作『風の輪舞』においては、本編完結後、番外編が幾つか作られ、国も時代も異なる裏面史として、これも重層的な理解の一助となった。
これに限らず津雲むつみ作品には、番外編が付加されることが多々あったが、いずれも本編完結後の話である。
本作ほどサイドストーリーが本編とほぼ同格に随所に描かれ、それでいて本編進行の妨げにならない経験は、嘗て味わったことがなかった。
メインキャストに、如何にも“歌劇に全てを捧げます”という高い意識を持った少女たちの枠から外れた、いわば“紅華ド素人”の2人を配しているのも実に巧みだ。
片や国民的アイドル出身者にして無表情を貫き、笑顔さえ見せない美少女。
片や既成概念に囚われない全てにおいて規格外の天然少女かと思いきや、歌舞伎の世界に通ずるバックボーンの片鱗をうかがわせるも、女性であるがゆえに、その世界から拒絶された心の傷を隠し持つ少女。
主役の2人は少なくともスタート時点では、決して“歌劇(にどっぷり染まった)少女”ではない。
モデルとなっている宝塚歌劇の世界の対極にあるものとして、男性にしかなれない歌舞伎の世界がしばしば取り上げられてきた。
形式、方式は全く異なれど、片方の性別のみで構成される特殊な舞台。
一般人には決して体感できない、とりわけ厳しい芸の道への果てしなき求道がそこにはある。
一方、近年では女性だけの集団により、ステージを作り上げ、その成長過程をファンが追体験できるシステムとして、AKB48を端緒とするグループたちがしばしば宝塚と対比的に取り上げられる。
歌舞伎とAKB――
――宝塚とは似て非なる2つの世界が、本作では主役2人を通して随所に引用される。それが本作の世界観の裾野を一層広げているように思える。
特殊な選ばれし乙女たちの秘密の花園の世界が、現代的視点を以て時に相対的にわかりやすく描かれる。
TVアニメ版は、時には原作のエピソードをばっさりとカットし、1クールできりのいいところまで描き切ろうとしているようだ。
しかしそれを補って余りある、熱量の高さ。
とりわけそのまま宝塚歌劇のショーの主題歌として通用しそうなエンディングの秀逸さは特筆ものである。。
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本作の舞台は大正時代に創設されて以来、100年の歴史をもつ「紅華(こうか)歌劇団」。劇団員は未婚女性のみで構成され、その養成所が「紅華歌劇音楽学校」である。
神戸を本拠地とし、専用劇場は東京にもある。劇団は春・夏・秋・冬の4組に分かれ、「男役」とその相手役の「娘役」に分かれる。
モデルの宝塚とは微妙に違えており、神戸のポートタワーや港、南京町が音楽学校の至近の地として描かれるが、劇場は宝塚大劇場とそっくりであり、「紅華歌劇音楽学校」も“本家”の古い建物を彷彿させる。「花のみち」は「華の道」になってはいるが、これも“本家”とそっくりで、著しい既視感を覚えさせる。
TVアニメ版では「華の道」の周辺図が一瞬映るが、これもよく見ると、鉄道路線図含め宝塚の街そのものだが、阪急電車は出てこない。
物語のヒロインは奈良田愛という、国民的アイドルグループ・JPX48の元メンバーで、愛称は「奈良っち」。
その奈良っちが、紅華音楽学校を受験しに来る場面から始まる。
目立たぬようマスクで顔を隠していても、目敏い男性ファンに見破られ、声を掛けられるが、心底それを嫌っている。
唯一心を許すのは、叔父で紅華歌劇音楽学校でバレエ講師を務める奈良田太一のみ。
何か訳がありそうだ。
“JPX48”がAKB48をモデルとしているのは明らか。
秋葉原に専用劇場を構える女の子だけのアイドルグループ。CDを買うと握手券が手に入り、ファンは交流機会が得られるのは本家と同じ。
季節は春爛漫。
見事に咲き誇る紅華桜。他の受験生たちは何故か誰一人としてそこへ近寄ろうとはしない。
花が綻びほろほろと零れる中、奈良っちは一人の少女と出会う。
桜の中から姿を現した少女は、「しなやかな獣のように長い手足」、「星をちりばめたかがやく瞳」、そして驚くほど高い背、全くブレない体幹を見せ、「渡辺さらさ」と名乗った。
「入学前に紅華桜の下に立つべからず」
「立った者は絶対にトップにはなれない」
というジンクスがあることを、この2人だけが知らない。
「東の東大、西の紅華」といわれる超難関の音楽学校。
受験生たちは、我こそはと明日のスターを夢見て、英才教育を受け、厳しいレッスンをこなしてきた、高い意識の持ち主ばかりだ。
そんな中にあって、際立つ美少女ぶり、元アイドルとしての知名度は抜群だが、一切の感情表現を無くし、他者との関りを避けようとする、いわばコミュ障の奈良っちと、178㎝と規格外の長身、遠くからでも一目でわかるふわふわのツインテール、天真爛漫かつ天然のさらさ。
この異端2人が無事合格し、紅華歌劇音楽学校100期生として歩み始めるところから物語は始まる。
これから予科生、本科生の2年の音楽学校生を経て、歌劇団入団、スター街道目指して共に切磋琢磨する長い付き合いが始まる40人の同期生たち。
なかなか個性派揃いの面々が揃った。
入試成績トップの委員長・杉本紗和。
実家がバレエスタジオを営み、数多のバレエコンクールに入賞。
その一方で大の紅華オタク。それゆえバレエ留学話を蹴って、紅華に入ったしっかり者の秀才で優等生。
祖母、母と三代続けて紅華入りしたサラブレッド・星野薫。
18歳という年齢制限ぎりぎりで入学を果たした彼女は、同期の中でもひと際プロ意識が高く、いずれも娘役だった祖母、母とは違い、身長が高いため男役志望。
寮で同室となった、同じく男役志望の委員長・紗和とは早くもライバルの火花を散らしている。
沢田千夏、千秋の双子姉妹。
前年の入試では姉の千夏だけが合格したが、姉妹一緒に入りたいと千夏は入学を辞退。今回晴れて姉妹同時入学を果たした。
紗和、薫と3人同室となった山田彩子。
いわゆる典型的な“普通の子”で、ベーカリーの娘。温厚でおっとりとした性格。
華やかで意識の高い同期生らに気後れを感じている。
彼女たち新入生は予科生と呼ばれ、1期上の99期生らが本科生として、マンツーマンで指導役にあたる。
委員長・竹井朋美、副委員長・野島聖、中山リサら一癖も二癖もある面々。
奈良っちの担当は聖先輩、さらさの担当はリサ先輩。
元JPXで入学前から何かと目立ち、注目される奈良っち担当は、希望者が殺到。ジャンケンの末、自身JPXの大ファンである聖先輩が勝ち取った。
一方、容姿のみならず、言動全てが規格外。入学ガイダンスで「オスカル様になります!」と将来の男役トップスター宣言をして、周囲を凍り付かせた、いわば“悪目立ち”のさらさの担当を希望する本科生は誰もおらず、渋々リサ先輩が引き受けることとなった。
他者との関りを避けたい奈良っちと、天然規格外少女・さらさが同室となることで、否応なく奈良っちはさらさの行動に振り回されることになる。
女性だけの歌劇団、ファンも大半が女性という世界へ、自らの居場所を求めて飛び込んだ奈良っちだったが、元JPXの動向を世間が放っておく筈もなく、ネットニュースが彼女の紅華入りを報じるところとなる。
はるばる神戸へ彼女を追って来た一人のファンの姿。
奈良っちが抱える心の闇が明らかになる。
映画女優を母に持つ裕福な家庭環境の一方で、父親が誰かすら明らかではない。男運の悪い母が新しい愛人を連れてきて、少女の愛(=奈良っち)と引き合わせ、同居することとなるが、既に抜群の美少女であった愛に、この男は性的虐待(=ディープキス)を加え、それが元で愛は男性恐怖症になり、不登校となった。
娘よりも女優業に熱心な母親は、娘からの救いを求める声に耳を傾けず、唯一の味方となってくれたのが母の弟である叔父の太一であった。
太一はゲイを認めており、愛にとって、自分に性欲の視線を向けないただ一人の男性だったといえる。
あの忌まわしい愛人はそのまま居座り続けたが、太一の助けもあり、愛はあの時以来、被害を受けることはなかった。しかし、あの事件は彼女の大きなトラウマとなり、彼女は自分を守るため、顔の表情をなくし、中学生時代のあだなは“能面”、女性だけのアイドルグループということで、JPXに入ったが、そこでも無表情を貫き、仲間内では“ロボ”と呼ばれた。
女性アイドルのファン層が男性ということに後で気づき、握手会は塩対応。
ある日、一人の男性ファンからの熱心な握手に、「はなして。キモチワルイ」と言ってしまい、それを他メン推しにネットに晒され炎上。遂には強制卒業に至った。
奈良っちを追っ掛けて神戸までやってきたのは、その時の男性ファン。
コミュ障で引きこもりニートのオタクだった彼は、他メンバーと違って無表情を貫く奈良っちに“孤高の女神”を感じ、奈良っち推しとなってライブや握手会に参加。推し仲間もでき、ファン活動のため、アルバイトに精だし、外界で活動できるようになった。
そのことを感謝したくて、あの握手会で何とか憧れの奈良っちに思いのたけを伝えたいと意気込んだのに、熱心に手を握り過ぎて、奈良っちがJPXを追われるという結果となってしまった。
華の道で彼から声をかけられた奈良っちは、“仕返しに来られた”と恐怖極まり、逃げ出す。代わりにさらさがお節介を買って出て、男性ファンの話を聞くことになる。
彼は無邪気なさらさによって、“ストーカーさん”から“キモオタさん”と呼ばれることになる。
そのキモオタさんは、奈良っちに一言謝りたかったと激白する。
もしかすると変質者かもしれないと陰で様子を窺っていた太一先生も話に加わり、キモオタさんが心配したような悪い人間ではないと判った。
一方、さらさを1人置いて寮に逃げ帰った奈良っちは、さらさのことが心配になり、勇気を振り絞って華の道に戻ってみると、そこにはヲタ芸合戦に勤しむキモオタとさらさの姿。いつしか叔父の太一も加わり、和気藹々楽しそう。
前から嫌でも自分に関わってくるさらさを疎ましく思っていた奈良っちは、すっかり腹を立て、さらさに「大嫌い」と絶交宣言をしてしまう。
すっかり嫌になってしまった奈良っちは、音楽学校を抜け出し、一人港で海をボーっと見ている。
人との関りを避けて生きてきた彼女は、サボり方さえわからないのだ。
元JPXの美少女はサボっていても目立つのか、チャラ男風の2人組が目敏く彼女を見つけ、絡もうとすると、男性恐怖症の奈良っちはパニックを起こし泣き出してしまった。
そこへキモオタ氏が登場。
彼は勇気を振り絞り、チャラ男2人に挑みかかる。
しかし、あっさりかわされ、自滅。
そこへさらさと太一先生がやってきて、さらさは大声を振り絞り、周囲に助けを求め、警官が来る。
実はさらさがキモオタ氏の連絡先を聞いており、奈良っちがいなくなったと連絡して、キモオタ氏が彼女の居所を懸命に探し当てたのだった。
チャラ男たちは逸早く逃げ去り、キモオタ氏が絡んでいた人物と目され交番へ引っ張られそうになるが、太一先生が事情を説明。さらさにも説明を求めようとしたその時、顔面を強打し、鼻血を出したキモオタ氏に、奈良っちがハンカチを差し出した。
面を上げハンカチに手を伸ばすキモオタ氏。
ところが彼がハンカチを手にする寸前、奈良っちが手を離し、ハンカチは空しく地面に落っこちる。
期待しかけただけにショックは大きい。
すっかり落ち込み、首を垂れるキモオタ氏の前に、ポタポタと涙の雫が落ちる。
「――違うの ごめんなさい ありがとう
これが今の私のせいいっぱいなの」
消え入りそうなか細い声で、しかししっかりと思いを伝えながら、大粒の涙の雫を落とす美少女。決して表情を見せない彼女が、哀しみの表情を湛える。
その姿は神々しくさえ見えた。
「大丈夫です 大丈夫ですよ
だから泣かないでください
僕は…僕達はいつだって奈良っちの笑顔を見たいと思ってるんです
こういう風に近くで会えるのはもう無いと思うので
このハンカチはもらってゆきますね
怖い思いもさせてしまってすみませんでした
次は紅華の舞台の上にいる奈良っちを観に来ます
その時にまた素敵な笑顔を見せて下さい
さようなら ありがとう また いつか」
最後まで“キモオタさん”として彼がその場を去った後、さらさが彼の本名を教えてくれた。
北大路幹也という大層立派な名前だった。
確かに見た目はキモオタそのものだったかもしれないが、彼の振り絞った勇気、潔い態度。去り際。
それは決して名前負けしない立派な紳士的態度だった。
風貌芳しからねども、その精神は、我が身の危険を顧みることなく愛する女性を守ろうと努め、叶わぬ永遠の愛を捧げる騎士―—―さながらシラノ・ド・ベルジュラックの如き崇高さすら感じさせたのである。
これこそ、宝塚が、そして紅華が、求めてやまぬ「男役」スピリットでなくて何であろう。
いつしか彼が“キモオタさん”ではなく、北大路さんとして、本当に奈良っちたち100期生の晴れ舞台を観に再登場してくれることを、私は願っている。
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長くなりそうなので、今回はここまで。
次回に続く。
以上、敬称略。
※掲載画像は一部を除き、TVアニメ『かげきしょうじょ!!』公式サイトより借用しました。


















