イケダムネオ人生学習帳 -15ページ目

イケダムネオ人生学習帳

「ことばは感情を変え、行動を変える。行動が変われば習慣が変わり、人格が変わる。人格が変われば、集まる人が変わり、ひとの運命が変わる。」  日々の気づきを言霊に託し、変えてみせます。私の運命。

今回で4度目のプノンペン、始めての空路でプノンペンに向かうも、30人ほどのプロペラ機、大丈夫かなあと思いつつ、40分で到着。ロスからオレンジカウテイの空港、東京から八丈島以来の3度のプロペラ機だったか、思いのほか揺れずに到着。

リバーサイドの定宿、Le Cubeに到着。室内も落ち着いたインテリアを揃えていて、うれしいのはスポーツバーが併設されていて、食事もそれなりに美味い。感じ入るのは店員の対応。食事の出し方、
食器を下げるにしても、ベトナムとは違って、すこし間をおいてくる。何か追い出すように食器を下げるベトナム人にはこの間の大切さがわかっていないのは、やはり同じ仏教国で、穏やかなクメール人だからかと、妙に納得してしまう。


今回は、例のお店の視察。あらためて現場に到着すると、予想外のお客様の多さに驚く。
事前調査した数字がどこまであてになるかはわからないが、11:30から17:00まで滞在した
間にそれなりの客数と、購買力、お店サイドによると平均購買単価3.5ドル、(一日の購入金額合計を購入客数で割り込む)と設定していたが、あるかにそれを上回る数字らしい。事前調査の数字と
照らし合わせとしても、客の熱は十分に感じられる。開店してほぼ一ケ月、新し物みたさについで購入していく客か?リピートするのか?3ケ月後、(業界定説はよくわからないが、開店後の客数リサーチである程度、その店舗が成功するか、否かがわかるのでないかとの仮説は成立しえるのか??)
にその数字は維持できているか?初めての試みであるので、推察さえできない。当然ながら仮説を検証できるプロセスが必要ではあるが、すべてについては行えない。

他の懸念もある。フランチャイズを導入する場合に、親が直接乗り込んでこないのか?、一号店との
お互いのビジネス競合は避けられるか?
この4週間、おぼろげに考えをめぐらせても、結論はです、堂々めぐり。えいやでスタートすることほど簡単なことはないが、99%失敗する。失敗しても生きながらえる方策があればよいがそれも
みえていない。つまりはプランbに発展しえるのか?
プランbになりえるには、主導権を握れるものがあり得るのか?リソースは常にはっきりしている
現地へ、大量にさばける販路口があるのみ。他はなにもない。ただビジネスは最初はなにもないところから、強者をコピーしながら、徐々に市場に密着しながら自分テリトリーを広げていき
その市場に立脚した強みとなっていく。。。。
自分で書きながら、まどろこしい。そのようざ戯言はどこでも書いてある。成功したそれぞれに
ストリーがあり、カヤノさんのような方がその話をみんなに広めて、インスパイアする。それでも成功するのはその一握り。そのような話を100聞いても、できないやつはできない。完全な耳年寄。それでは何をもって進むかの?
インファーナルアフェアのサムのように、香港の九竜の横丁で違法屋台をひきながら、仲間が警察につかりまり、同士が抗争で死んでしまっても、仏を拝みながら、突き進めるのは何か?





現在、気持ちいいくらいのスコールが来ている。アパートの前のお寺の屋根瓦より大量の雨が流れおちていくさまをみていると、少し気持ちが洗われてくる。
今年のホーチミンはスコールの回数が少ないように感じていたが、これくらい激しく降ってくれると
心地よい。

だれかの映画評論で読んだのかは忘れたが、黒沢明は雨を効果的に使っている。それは感情を激しく揺さぶれた主人公の心象風景をリセット、つまり雨を使って、その悲しみを洗い流し、視聴者にも
カタルシスを忘れさせるように雨を使うのだと。

さて、ワールドカップも残すところ、三決と決勝を残すのみ。当たり前といえば当たり前だが、
過去の優勝国とオランダが4強に残った。真剣にワールドカップ観戦を初めた1974年来、今回で11回目、44年間で決勝戦に進出したチームは7ケ国、ドイツ6回、アルゼンチン4回、ブラジルとオランダがそれぞれ3回、イタリアとフランスがそれぞれ2回、そしてスペイン1回。
今回も順当といえば順当で、競馬でいえば1番と2番人気が決勝に残ったことになる。
ドイツの頻度たるや、脅威的。80年代ではゲルマン魂と呼ばれて、逆転逆転、再度まであきらめないフィジカル優先のサッカーだったが、今回は見事なパスワークを駆使して圧倒的強さを見せつけている。だが、好きになれないのである。
前にも書いたが、遊びがないのである。コロンビアのロドリゲスのような見てわくわくするトラップやフェイントやキーパーをあざ笑うループ等々。。。

たぶんドイツが3-0で勝つだろうが、マスケラーノの鬼守備で85分まで我慢して、デマリアから
メッシへのパスで、ドリブル3人抜きで、メッシがミドルを決めて終わってほしい。

わが日本代表については、なぜ勝てないのか?戦術的失敗うんぬんの論調がこれでもかとネットをにぎわしているが、本当に個々人のプレイをじっくりと見ているのかといいたいものばかり。

きわめて当たり前ではあるが、個々人の技術(トラップ、パス精度、状況での選択の幅、ドリブルのうまさ)やスピード、走行距離のすべてにおいて劣っていて勝てるわけがない。特に
1対1になった際に横パスや後ろに戻し、ドリブルで突っかけて、局面を打開してパスを出す技量がないプレーばかりで相手をくずせるわけもなく、勝てないも当然の帰結である。

個々人のプレースタイルがあるので、何とも言えないが遠藤や山口のようにさばき上手だけで
代表になれるとこもまだまだ甘い。ドリブルで突っかけてくずせてパスを出せるか、逆にマスケラーノのように鬼の守備力があるかどっちかしかない。


やはり、個々のプレヤーが南米、欧州で日々しのぎをけずり精進した結果でしか、この舞台では
むずかしい。監督なんぞは2の次である。

日本人だけでなく、世界の観衆を納得、感動させるプレーが披瀝できる日を4年後に期待したい。

ワールドカップ観戦も一区切りついて、いろいろと激変する予感がする。

まずは日本の立ち位置。集団的自衛権の閣議決定により、今後の詳細のつめはあるが、同盟国や
関係の深い国への侵略行為があった場合には、自衛隊出動が可能になった。米国の要請があれば
まずは断れない。中国のベトナム南沙諸島の侵略行為をどうするのか?尖閣での中国海軍の
出動に対処するのか。。
平和憲法違反であるとの論拠で今回の決定に反対する輩とは一線を画したい。チベットに見られる少数民族を駆逐すべく行動する中国は極めて危険である。外交努力だけではどうにもなるまい。

一方では、アメリカの外交スタンスは中国とは正面切ってやることは100%ありえず、尖閣の問題はどうでもよいのである。米国への外交スタンスを図りながら、日本国のプレゼンスをアメリカに理解させつつ、軍事出動を辞さない姿勢を保て得るのか。難しい局面をむかえているのは
間違いない。

現在かかわっている仕事についても、いろいろ考えてはみたが潮時だと思いはじめている、
興味がなく、なんら進展がないことを日々の食い扶持だけを取るためにやることは、戦略的に
考えても意味はない。今後すくなくとも15年は経済活動ができる方向性に転換しなければならない。







いよいよワールドカップ2014が開幕する。極論すればこれだけが楽しみで暮らしているところもあるくらい、大切なイベントだ。最初に観たのは、1970年のメキシコ大会のブラジル対イタリアの決勝。当時11歳で、野球に明け暮れ悪がきが見たのはNHKでのトピック映像だったが,
芝生の上で、展開される美しいパス回しと観客の熱狂する様は、野球とは全然違う興奮を与えてくれた。ペレの巧みトラップでほんの数秒の時間をかせぐ合間に、右サイトより駆け上がったカルロスアルベルトが、地を這うシュートをたたきこみ、ジエンド。。この印象が強かったのか、あとは少年マガジンのカマモト(当時でもカワモトはワールドクラスで、ヨーロッパ一部のクラブからオファーがあったが、当時の日本ではとてもサッカーで飯が食えるとは思えなかったのかヤンマーから移籍することはなかった。)が、サッカーは世界中の人が好きなスポーツで、サッカーをやれば世界中を旅することができるとの記事を読み、それから40数年、いまだにその熱からは醒めていない。


サッカーはそのお国柄が反映されるといわれており、ブラジルであれば、華麗なパス回しと個人技で
圧倒するが、点を取れないといらだってきて、守備に破たんがでやすくなるとか、日本であれば
個々の役割を忠実に守り、90分間ハードワークするが、均衡した状態では、組織の力ではなく個人の力量で突破することに欠ける等々。


国をあげて応援するイベントで、サッカーに勝るスポーツはないし、応援に熱がはいるのは理解できるが、なぜがその国の生み出すものを象徴するスタイルになってくる。

日本の場合、役割を決めて正確に緻密にやることには長けているのか、短いパスをつなげて
陣形を作り出す反面、同じようなスペインやメキシコとは色が異なる。遊びがないのである。

サッカーというスポーツは、結果以上にプロセスが重視される。点を取るまでの美しいパス回しやドリブルのうまさが後世語り継がれて、そのイメージがサッカー少年の心に焼きつくのである。

1990年ワールドカップでの当時ユーゴスラビアのストイコビッチの対スペイン戦での
胸トラップから、ボールを地面につける前のキックフェイントでデイフェンダーとキーパーを逆にふってしまうプレーの美しさを見て、同じことができないかと日が暮れるまでサッカー小僧はボールを追いかける。

この種の語り口は、当時より現在でも日本のメジャーである野球とは趣が異なる。

セイバーメトリックスの技法を駆使し、各選手の実績データーを分析し、安い年棒でも結果を出せる選手を集めて、勝利する近代野球に比べて、確かにパス成功率やシュート成功率の数字をもとに選手を評価する動きはあるものの、勝利至上であって、勝てばすべてよしの考えが根底にある。米国で生まれたスポーツである野球、アメリカンフットボールもそうだが、機能をブレークダウンしていき、そのパーツパーツに最高のものを揃えて組み合わせればそれでよし、また
あらかじめ定められた手順通りに遂行していくことが重要視されるが、サッカーの瞬間はその対極にあって、ひとつのプレーのきらめきを見たいがために90分が用意されているのである。


日本人のサッカーはせわしくなく、人が走り回り、ハードワークするが、美しい瞬間が少ない。
ただ、なかなか負けはしないし、90分間機能すれば勝利に値することがある。

何か似ていないだろうか?従来の日本の車とモーターバイクである。まず壊れることはないし、
燃費をすこぶるよい。

だけど、イタリア車の美しさや豪華さに欠ける。

だが、この越南で日々ホンダ製のバイクに乗っていると、ホンダ車のすばらしさがよくわかる。
見た目は決して派手ではないが、無駄のない動きをし、エンジン音がしずかでスムーズに加速し、足回りもしっかりと決して固くもなく、快適に走る。通年4年以上乗っているが、エンジン系統、電気系統のトラブルは一度もない。

先日越南の友人に勧められた8年落ちの台湾SYMの150ccのオートマテック車を2週間試乗してみたが、エンジン音はうるさく、加速はスムーズではなく、足回りもカーブなどではふらつく
有様でとても同じ乗物とは思えない。それくらいの差がある。
派手ではないが、心地よい乗り心地を提供してくれるホンダ製バイク。

そのホンダがメインスポンサーの越南男子サッカー代表監督になられた三浦監督と一献の機会があり、ベトナム代表どうよとの忌憚なき質問をさせていただくと、まったくだめ、j3でも
通用するかしないかのレベルだとおっしゃっていた。プレーの連動性がないというか、まず走らないとのこと。
だからこそ、三浦監督がこの越南チームを日本仕様に仕立てることを期待されて、就任されたのであろうが、是非、メイドインジャパンのチームを作っていただきたい。

明日のコートジボアール戦、正直なところ、あまり勝敗にはこだわっていなく、ドロクバのプレーを堪能したい。