書籍紹介:『プラヴィエクとそのほかの時代』 | 奈良の石屋〜池渕石材のブログ

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本日は書籍紹介をいたします。

今回取り上げるのはこちら、

オルガ・トカルチュク『プラヴィエクとそのほかの時代』小椋彩訳、松籟社、2019年

 

 

 

 

2018年にノーベル文学賞を受賞したポーランドの作家オルガ・トカルチュクの、長編第3作目にあたる小説の邦訳です。

舞台はポーランドの架空の村プラヴィエクで、その村の住人であるニェヴェスキ家とボスキ家の人々を中心に、戦前から戦後に至る人々の群像劇が短い断章によって綴られていくという構成になっています。

 

ただ、作品の軸になるのは個別の人物というわけではなく、むしろプラヴィエクという村の存在、そのトポスこそが作品の神話的な中枢になり、同時に背景にもなっているという感じで、登場人物の生活や心理を克明に描くようないわゆる近代小説とは一線を画して、非常に象徴的で詩的な作品であるという印象を受けます。

彫琢されていながら平易な言葉で語られるストーリーは童話的、ないし絵本的、あるいは物語付きの絵葉書の連作でも読んでいるような感じを受けます。

 

ドイツとロシアという大国に挟まれて翻弄された近代ポーランドの歴史に通じている方ならば、重苦しさもある歴史文学を想像されるかもしれませんが、本書は世界史的な事象をあえて後景に退かせることによって、プラヴィエクという村に生きる普通の人々の生を浮き彫りにさせます。

といって単独の主人公に相当するような人物もおらず、断片化された断章群が示すように、個別の人生に密着するよりも、さまざまな人生が交錯し、関係を取り結ぶ、人と人との「間」をこそ描こうとしているようにも見受けられます。

だからこそ逆に、ポーランドという国やそこに生きる人々が背負った歴史のドラマというものも想像され、一見軽いタッチで描写される作品にえもいわれぬ奥行が与えられています。

 

とはいえ、トカルチュクという作家についてもまだまだ日本では馴染みがないでしょうし、とてもよくまとまった訳者解説から、本書をめぐる概説を少し引用します。

 

「オルガ・トカルチュクは、いまや世界でもっとも読まれ、訳され、愛されているポーランド語作家だ。1989年の民主化を経て、厳しい検閲も、西側の翻訳文学への制限もなくなり、あらゆる本があふれかえるポーランドの文学市場で、時代の空気を読み、それを独自のスタイルで表現しえた作家がトカルチュクだった。意識的に、「女性」の視点を取り入れ、意識的に、時事問題から距離を置く。難解でないのに、どこか哲学的な物語をつづる文体は、修辞的で華やかでありつつシンプルだ。そうした文学は、当時のポーランドできわめて新鮮に映った。1993年の文壇への本格デビュー以来、コンスタントに作品を発表、国内外の受賞は数知れない。『逃亡派』(2007)で国内最高の文学賞であるニケ賞を四度目の候補を経て受賞、『ヤクブの書』(2014)で再びのニケ賞受賞、さらには2018年、『逃亡派』の英訳がポーランド文学で初めてマン・ブッカー国際賞を受賞したことは記憶に新しい。

 本作『プラヴィエクとそのほかの時代』(Prawiek I inne czasy)は、そんなトカルチュクの長編三作目だ。ドルノ・シロンスクの国境の村タシュフ付近、ポーランド南西部に位置する架空の村プラヴィエクを舞台に、84の断章で描かれる、(おもに)人間の日常が、ポーランドの激動の20世紀を浮かび上がらせる。1996年に出版されると、コシチュルスキ財団賞や「ポリティカのパスポート」賞(文学部門)など数々の高い評価を受けて国内で多くの読者を獲得、国外でも20カ国語以上に翻訳され、芸術的にも商業的にも、彼女の作家としての地位を決定づけた。この地域の同時期、つまりヨーロッパの旧共産圏で、その大変革期に出版された小説のなかでも最重要な作品のうちに数えられ、中東欧の現代文学の、すでに「古典」とさえいってよい」

(360-361頁)

 

実際それだけの評価を受けて然るべき作品と思えますし、歴史的な事件に取材したという類の作品ではないにしても、ポーランドという国の歴史を背景にした時、この作品が内に秘めた多層性というのはすごいものがあり、各ページの襞に何が織り込まれているのかと、また読み返したくなります。

トカルチュクという作家の他の作品も読みたくなる、そんな読書でした。