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S.H@IGTのブログ

大阪府泉佐野市にある、ゲートタワーIGTクリニックの院長のブログ

私はハグが上手い。

理由は簡単で、スイスで働いていたときに、同僚の綺麗な女の人たちや近所の奥さん方と練習したからだ。

かの国では久しぶりに会ったときや一緒に飲みに行った帰り際、所かまわずハグをする。

時々は男同士もハグをする。

スイスではハグだけでなく、頬っぺたにキスをするのが正式(男同士は特殊な関係でなければ非正式)で、それも左右交互に3回キスをするのが決まりで、初めは戸惑うばかりであったが、半年もすれば何の違和感もない。

ハグは人間関係のバロメーターとしても極めて重要で判りやすい。

固く抱きしめられたりすると、『あっ、こいつ俺のこと嫌いじゃないんだ・・・』と判ったりする。

もちろん、その反対もいっぱいあった。

 

その頃日本では、街角でハグなんて映画の世界にもなかった気がする。

でも、今はもうそれほど珍しくはなく、抱き合ってじっと動かないのは問題だが、それほど恥ずかしいことはなさそうな気がする。

 

東京からの患者さんがいた。

私と気が合うのか、診察が終わるとハイタッチで挨拶する。

東京の病院に帰って自分の主治医にそのことを話すと、『俺もする』と言ってハイタッチをするようになったという。

何度かハイタッチを繰り返し、彼女は言う。

『せんせ、次はハグがいい』

私は、昔の練習のおかげで難なくハグをする。

『わたし、東京の先生に“大阪の先生はハグしてくれるよ”って言うよ』

でもその後、東京の先生は彼女にハグをするようになったか私は知らない。

 

子供の頃から知っている晴美ちゃん、卵巣がんに罹ってしまった。

大変な手術や抗がん剤の治療のあとでも底抜けに明るい晴美ちゃんだった。

 

彼女は教会のオルガニストでその道では名前が知れている。

晴美ちゃんは礼拝が終わり、私の姿を見つけると駆け寄ってきてハグをする。

いつも私はそれで晴美ちゃんが元気でいるか確認する。

 

数年して私の出番になり、私のクリニックに入院してきた。

晴美ちゃんの入院していたベッドには、あの限りなく明るい笑い声が今もしみ込んでいる。

晴美ちゃんは私の知り合いだし、若いし、綺麗し、ほかの患者さんの手前もあるし、いろいろ気を使うことがあって、クリニックでは「大丈夫か?」って聞く代わりにハイタッチはしていた、が、ついぞハグはしなかった。

 

1年以上も私のクリニックで治療を続けたが、とうとう自宅近くの病院に入院し、いろいろな処置を受けていた。

「元気だよ」というメールが途絶え、気になって様子を見に行った。

 

病棟の一番奥の病室で、家族に見守られながら晴美ちゃんはいた。

私はベッドの横で『晴美ちゃん、なかなか来れなくてごめんね』と声を掛ける。

浅い呼吸を苦しそうに繰り返し、痙攣が続く晴美ちゃん。

何も答えてくれず、瞳が宙を泳いでいる。

もう意識がないのだろうか。

私はもう何もしてあげれない、でもでも、私はなぜもっと早くここに来なかったのか、、、

 

看護師さんたちが何度も痙攣発作の処置や体の位置を変えに来る。

でも、私は何もしてあげられない。

 

晴美ちゃんの肩に手を置いて、『また来るね』と声を掛けた。

その時、晴美ちゃんの目から涙がツーっと流れ出るのを見た。

『晴美ちゃんの涙を拭くのは初めてだね』

私はベッドのそばにあったテッシュペーパーで涙を拭いた。

私ができたのはたったそれだけだった。

 

あくる朝、晴美ちゃんが天国に旅立ったと連絡があった。

 

悲しみとともにやるせない思いが湧き上がってくる。

どうして最後にハグしなかったのか?

どうして私の指で涙をぬぐってやらなかったのか?

私が彼女にできること、しなければならないことはそれだったのに、、、、

 

いま、アメリカ人の患者さんがいる。

もう長く日本に暮らし、旦那さんも日本人みたいだ。

彼女は診察室に入ってくるなり飛びつくように私に抱き付く。

 

診察が終わり、『再発はないよ』と彼女に伝える。

私も嬉しくて両手を広げハグをし、背中を軽く両手でポンポンとたたく。

私の視線の先には旦那が居て、嬉しくて嬉しくて両手の親指を立ててグーサインを私に送る。

先日、放射線科専門医会の雑誌に書いた小文です。

若い医者に言いたいことは?という特集でした。

業界内の話ですが、何かのご参考になればと思う次第です。

 

 

 

私は団塊の世代の最後につけている。

小学校の卒業式のあと、学年担当の教師から、『君らの世代ははこれから一生競争が続くと覚悟せよ、受験戦争を勝ち抜いても、うかうかしていると嫁さんももらえなくなる。』と脅かされ、『棺桶も予約しておいた方が良い。』と言われた。 

その後の展開は、まったくその通りになり、棺桶はともかくとしても、最期は焼き場も順番待ちが続くことになりそう、との予測もある。

 

団塊の世代は、負けたら終わりと人を押し退けながら走りに走って、資源を食い散らかし、問題を先送りしながら、後片付けもしないで最後は年金を食い尽くす、、、 少し後の世代の持つ印象はこんなところだろうか?

 

大迷惑の世代が次の世代に何を残したかはなはだ心許ないが、それなりの自負があるとしたら、自分の頭で考えてどうすれば生きる道が拓けるか模索し続けてきたことだろう。

今に生きる人たちは、何か判らないことがあるとすぐにスマホで検索し、たちどころに答えを得る。

さらに、私が検討会でしゃべりだすと、スマホで検索し裏をとり、先生間違っていますよとコメントをくれたりする。

誠に正確無比な気がしないでもないが、待てよ、それって自分の頭の中を通った情報?と問い返したくなる。

同時にネットに神様がいて、神託を受け自分が正しい思いこみながら生きているのでは?と気になることもある。

 

こと放射線科の仕事を鑑みれば、このことは今後のAIへの発達と絡んでいないかと考えたりする。

読影レポートを書き終えて、AIでチェックし安心して所見登録ボタンを押すことにならないか? 

さらにその後に来る世界は、AIで所見を書いてもらい、安心して承認のアイコンをクリックする仕事に代わってゆきはしないのか? 

でも、この道は誤診を避けて、患者に災いをもたらさないの最良の道でもあるかもしれない。

スマホで便利になったのは確かだが、人は幸せになったのだろうかという疑問はここでも生じる。

 

そんなこんなを考えるうちに、こんな夢を見る。

 

外来、病棟にはいくつもの診断説明室が並んでいる。

そこでは医者が読影所見を横に置き、患者と同じ画像モニターを見ながら、ワークステーションを駆使して患者自身に丁寧に判りやすく、どこに問題があるのか、何に注意すればいいのか、顔を見ながら説明し、患者の相談にも乗ったりする。

医者は今の説明はここにも書いてありますと、目の前で報告書にサインし、患者はありがとうと握手を求めてきたりする。

患者は自分の抱える健康問題を医者から直接聞いて安心し、この病院って信頼できるねと安堵する。

診断説明室から出てくる医者の白衣には刺繍のエンブレムがあり、そこには医者の名前とともに放射線科専門医とはっきり誇らしく書いてある。

 

医者に限らず仕事をする誰もが願うのは、それぞれの業が人の役に立ち、それに誇りを持って遂行することだろう。

この点だけはAI様がなしえないことであり、AIに負けじと争う必要はないのかなと思ったりしている。

私が堂々と自慢できるのは、チューリップの達人と呼ばれていることであろう。

 

母親の住んでいる家の隣が少しばかり空き地になっている。

家に囲まれた土地なのでいささか日当たりに問題があり、さらに砂地なので水はけが良すぎる。

肥料をどっさり入れて野菜作りを試したが、毎日の水やりを忘れるのでいかんともしがたい。

 

チューリップなら大丈夫と聞き、肥料をたっぷり入れて畝を作り、赤白黄色といろいろ買ってきて植えた。

これが意外にうまくゆき、球根を掘り上げ、次の年に植えたりするのが楽しみになった。

もちろん球根の管理に失敗したりしたが、数々の経験を積み、以下の方法を完成させた。

 

まず、花が終わり葉っぱが枯れだしたら、球根を掘り上げ土がついたまま、風通しの良い場所で2週間ばかり乾かす。

次に、土を落とし大小の球根をバラバラにして再び2週間ばかり乾かす。

そののち、大小を分けて、20個づつ新聞紙にくるみ、段ポール箱に入れて翌年秋まで保管する。

11月の初めころに肥料をたっぷり入れて畝をつくり、2週間ほど待って、球根を10㎝間隔くらいでぎっしり植える。

 

次の春、大球根は立派な花を咲かせる。

小球根は1枚だけ大きな葉っぱを出すが、花は咲かせず球根だけが大きくなる。

 

富山からの患者さんにこんな話をしたら、完璧なチューリップ栽培法だと言う。

そうだろう、球根の数はどんどん増えてゆく。

立派な大球根はホームセンターに並んでいるのと何ら遜色はない。

 

でも実は色分けが大変で、花が咲いているときに、この花何の色と区別をつけて置く。

花にもいろいろあり、色が違うだけでなく、咲き方や形が何となく品があるやつもいるし、まったくアカンやつもいる。

一番後に咲いて、一番早く散るやつもいる。

 

そんな訳で、育ての親ながらえこひいきがはなはだしい。

 

花の時期は毎朝、根元の葉っぱを2枚は残し、花束にしてクリニックに持ってゆく。

患者さんが、きれいねとコメントしたりすると、すかさず『私が育てました』と自慢をする。

 

花束を持ってエレベーターの中で看護師さんや職員さんに会ったとき、『これ君に!』と言いながら渡したとき、なんとリアクションするかを楽しみにしたりしている。

 

今年の6月、用事があってソルトレークに行った。

彼の地に高校の同級生がいる。

かなりの美人でアメリカ人に拉致され、幸福な家庭を築いている。

お土産を買う暇がなかったので、日本の新聞紙にくるんだ球根を20個ばかりプレゼントした。

とても喜んでくれ、私もとても嬉しかった。

私の選び抜いた球根が彼の地で芽をだし、彼女の庭で花を咲かせてくれれば、こんなロマンチックな話はない。

 

さて、今年は大問題がある。

春の連休、球根を掘り上げた畝に目を付けた近所の野菜作りセミプロの人がカボチャを植えた。

もうすっかり秋になったのに、畑はまだ一面カボチャの葉っぱで覆われている。

 

当分、球根は植えれそうにない。

カボチャに早く枯れろと祈るのは、さもしい限りであろう。

そんな訳で来年は無理かもと思い始めている。

 

今年は500個以上の球根が段ボール箱に眠っている。

 

クリニックのスタッフや知人のところに、嫁に出そうか、、、

うまく育ててくれるだろうか、少し心配している。

 

患者さんにあげたりして、『秋に植えると来年の春にはきっときれいなチューリップが咲くよ』と伝えれば、どんな薬より良く効くかも知れない。

ひょっとして、私のカテーテル治療より良く効くかも知れない。

それも少し心配だ。