CAFE SOCIETY
「CAFE SOCIETY」★★★☆☆
(USA, 2016/TheProjector)
ウディ・アレン最新作、主演はジェシー・アイゼンバーグ。
そして意外だったのがヒロイン役にクリステン・スチュワート。
これまでのウディの女性遍歴(?)では見られないタイプの女性だったので驚き。
彼女の妖艶さがどうウディの作品に溶け込むのか楽しみにしていたら、
彼女の独特の空気感・存在感はそのままで、すっぽりウディの作品に入り込んだ感じ。
ウディが彼女に引っ張られてる気さえしてくる。
最後なんてウディ作品らしからぬ悲壮感で締めくくり。
クリステン・スチュワートあっぱれ。
オーバー・フェンス
「オーバー・フェンス」★☆☆☆☆
(Japan, 2016/テアトル梅田)
人生に挫折し、将来の展望のないままに孤独で無気力な日々を送る主人公オダギリジョーが、キャバクラで働くヒロインや職業訓練校の仲間たちと織りなす不器用な交流を通して少しずつ変わっていく姿を描き出す。
多少は覚悟していたけど、想像通りの登場人物と想像通りの展開。
最近はこういう映画が苦手になった。
蒼井優が頻繁に演じるイタい女は直視できない。
気を取り直し何度も入り込もうと努力したけど無理だった。
もうこいうのは観られないのかな。
ASPHALTE / MACADAM STORIES
「アスファルト」★★★☆☆
(France, 2015/リーブル梅田)
フランス郊外の古い団地を舞台に、そこに暮らす不器用で孤独な男女が織りなすほろ苦くもユーモラスな人間模様をミニマルかつ軽妙に綴る群像コメディ。
出演は『眠れる美女 (2012)』のイザベル・ユペール。
決して交わることのない3組。
ただそれぞれの形でさまざまな愛を育む。
哀愁と幸福を織り交ぜた不思議な感情が生まれる。
LA LOI DU MARCHE / THE MEASURE OF A MAN
「ティエリー・トグルドーの憂鬱」★★★☆☆
(France, 2015/リーブル梅田)
『母の身終い (2012)』のステファヌ・ブリゼ監督と『君を想って海をゆく (2009)』のヴァンサン・ランドン主演。
まさしくこの映画は”ティエリー・トグルドーの憂鬱”。
職場を解雇され、不毛な職業訓練に憤りを覚え、家の売却、障害を持つ息子の進学に悩むティエリー。
なんとか再就職先が見つかるも、社内の問題に頭を悩ませる。
最後の最後に、憂鬱だったティエリーの心が少しだけ軽くなる。
ヴァンサン・ランドンらしい役柄で、大男の猫背が哀愁を倍増させる。
ここまで哀愁を体現する役者は他にいない。
Little Boy
「リトル・ボーイ 小さなボクと戦争」★★☆☆☆
(Mexico/USA, 2016/テアトル梅田)
舞台は第二次世界大戦下のアメリカの田舎町。
出征した父の帰還を願う少年と、町で敵対視されていた日系人男性ハシモトとの友情を描いた感動ドラマ。
徴兵された父を呼び戻すため、戦争を終わらせるべく、海の向こうの日本に向けて毎日念力を送る少年リトル・ボーイ。
するとある日”リトルボーイ(原爆)”が日本に投下された。
一度は自分の念力のおかげで、原爆投下され終戦し、父が帰ってくると喜んだが、
フィリピンで日本兵の捕虜となっている父の状況は、より悪化するかもしれないと母から言われる。
鑑賞前にさらっと目にしたトレーラーで、少年が「僕のせいで、たくさん人が死んだの?」という字幕付きのシーンがあった。
メキシコ、米国の共同製作で原爆投下を後悔していると思わせるこんなセリフはとても珍しいと、作品に興味がわいた。
実際、本編では前述の通り、少年は父親の身を案じて後悔したのである。
そして肝心のセリフは「it was stupid of me to believe」と。
もし父親が死んじゃったら、信じて念力を送り続けた僕のせいだ、と。
本編の字幕ははっきりとは覚えていないが、原文と違和感がなかったと思う。
ちなみに本編とトレーラーでは字幕翻訳者が異なる場合が多いので、トレーラーは戸田奈津子さんではないはず。
トレーラーは時間が限られているので補足として原文にない情報も字幕に入れることがある。
だからと言って本編にない情報を入れていいわけがない。
「僕のせいで、たくさん人が死んだの?」なんて脚色どころか歪曲もいいところ。
このようなただの客寄せ的な配給会社の宣伝手法は、作品にも観客にも製作者にも、とっても失礼。
作品自体はというと、ハシモトを擁護したため司祭までもぞんざいに扱われ、
ハシモトを昏睡状態まで暴行したサムはお咎めなし、と散々。
しかし時代背景を考慮すると、母親のエマは敬愛すべき人格者だとわかる。
エミリー・ワトソンに一本。
11 MINUTES
「イレブン・ミニッツ」★★★★☆
(Poland/Ireland, 2015/シネリーブル梅田)
様々な登場人物たちの午後5時から5時11分までの11分間をモザイク状に構成したイエジー・スコリモフスキ監督による群像サスペンス。
ラスト5時11分にある一つの結末に収斂する。
背景説明が一切なく、時間軸が交差する構成は、頭をフル回転にして観た『メメント(2000)』を思い出す。
街を歩く映像が人物寄りの画で全容が見えないあたりは『サウルの息子(2015)』同様に集中力と疲労感が増す。
11という数字と、飛行機が高層ビルの間を飛ぶシーンが多いため、9.11に繋がるのかと思いきやそうではなかった。
ラストの”ドタバタ劇”は少し拍子抜けし、笑ってしまったものの、
CGやスローモーションを駆使した魅せ方で、
最後まで緊張感が途切れない怒涛の81分だった。
多くの想像力を観客に託し、さあどうだ、自分で考えろ、ついてこれるか、と言わんばかりの巨匠スコリモフスキ監督、御年79歳。
こんなおじいちゃんは無二の存在。
LA TETE HAUTE / STANDING TALL
「太陽のめざめ」★★★★☆
(France, 2015/梅田テアトル)
カトリーヌ・ドヌーヴ演じる女性判事が非行少年の更生に尽力する社会派ドラマ。
感情のコントロールができず、すぐに暴れる少年マロニー。
陰湿で計算高い”非行”が蔓延る現代では、新鮮で、どことなく純朴とさえ感じる。
彼は何度も、何度も、同じ過ちを繰り返す。
その度周りの大人たちが根気よく寄り添う。
画面の端に見切れる同行警官ですら、彼に向ける視線からそれが伺える。
観客含め皆が、何度も匙を投げそうになり、また向き合い、そしてまた激励する。
結局マロニーが罪を悔い改めるきっかけになったのは、叱責でも刑罰でも職業訓練でもなかった。
判事や教育係や、少なからず母親からも受けてきた愛が少しずつ彼の中に蓄積され、
ようやく彼自身が他者に愛を与える番が来た時、見えるもの、見るべきものに変化が生まれた。
人と目を合わさず、帽子やフードを深くかぶっていたマロニーが
最後に真っ直ぐ前を向いて豪然と歩く姿がとても勇ましい。
初演技とは思えないほど惹きつけられたのはマロニー役のロッド・パラド。
怒り・不安・悲しみ・喜び、どのシーンでも感情が全身から溢れ出ていた。
セザール賞の有望男優賞をはじめ、リュミエール賞の有望若手男優賞も受賞。
THE VIOLIN TEACHER
「ストリート・オーケストラ」★★★☆☆
(Brazil, 2015/テアトル梅田)
ブラジル・サンパウロ最大のスラム街を舞台に、未来に希望を持てなかった子どもたちと挫折したヴァイオリン教師が交響楽団を誕生させるまでの実話。
端的に言うと有象無象のサクセスストーリー。
しかし是見よがしな感動の押し売り演出がないため、最後までひねくれずに観られた。
おそらく時期的にリオオリンンピックがあり、少なからずファベーラの知識があったからかと。
中盤、地元の少年が警察に射殺されたことから起こった暴動のシーンはとてもリアル。
プロダクションノートによると実際に起きた事件をもとに、エキストラも事件を経験した住人たちを採用。
そのためシーンが始まると彼らは撮影ということを忘れ本気で感情が高ぶり、激しく警官役の俳優に対抗するため、何度も撮影を中断せざるをえなかったと。
そして様々な苦悩を乗り越えたラストシーン、恩師のコンサートを見に来た生徒たち。
南米一と称えられるサンパウロ交響楽団の美しい音楽と、それに心酔する生徒の晴れやかな表情でエンディングを迎える。
しかしその最高のエンディグの少し前、チケット売り場のシーンで生徒がさらりと使っていたのは偽造クレジットカード。
そう、音楽への希望は見出せても、富裕層のカードを偽造する罪悪感はそう簡単に生まれない。
これが現実。
この美しくない部分も、しっかりと、正直に映す。
役者・監督が心からブラジル愛し、ブラジルを変えたいという思いがつぶさに伝わる。
ONCE IN A LIFETIME
「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」★★★☆☆
(France, 2014/テアトル梅田)
パリ郊外の公立高校で実際にあった奇跡の実話を基に描く感動ドラマ。
問題児クラスがアウシュビッツをテーマに歴史コンクールへの参加を通し成長していく。
歴史教師アンヌ役のアリアンヌ・アスカリッドの”無の境地”の態度がかっこいい。









