5年前の更新を追加しました。
前回の続きです。
今回は天守台と眺望です。
下図⑨付近にある三原城跡石碑です。
小早川隆景は毛利氏の広島築城と、
相前後して沼田川河口の小島をつな
いで、三原城を築きました。
隆景は1567年に三原城を築城して
います。(小早川家文書による)
この時期の石垣はまだ野図積です。
下図⑨付近です。
前方階段の方⑩付近に行くと
正保1645年頃の三原城です。
⑩付近から北側に
三原城跡の看板があります。
1957年に国史跡に指定され
ました。
見え難いので、手前にある
植木は撤去する方がいいで
すね。
江戸時代末の絵図です。
天守曲輪の中心に天守台
とあります。
下図⑩付近から⑬方向です。
⑨から⑪方向に行くと
⑨から⑪方向です。
⑪付近で記念撮影しました。
右側にある天遊園という石碑は、
説明が無くて、ネットで調べても
わからないので、三原市教育委員
会に問い合わせると、明治維新後
に城地が民間に売却されて、払い
下げてもらった方が、ここで料亭
を経営したそうで、その料亭の庭
の名前が「天遊園」だったそうで
す。
⑪付近から見た、前回第3回目の
移動場所で駅構内入口と出口です。
⑫付近に行くと
⑫から北東方向は
⑫から北東方向です。
右端を拡大すると
下図Aの石垣の角が見えます。
埋め立てられた堀跡が分かります。
上写真の大正末期頃の写真です。
Aは同じ石垣の角です。木橋が
あったようですね。
現在と江戸末期の重ね図です。
⑫付近から北西方向です。
石垣は改修されたので、隅櫓
の石垣の折れがありません。
対岸沿いは西国街道でした。
⑬付近に行くと
⑬付近から西方向です。
対岸は西国街道と武家屋敷跡
でした。武家屋敷の長屋門の
骨格が復元されています。
カメラを左に回すと
⑬付近からJR三原駅方向です。
⑬から南方向⑭付近に行くと
下図⑭付近から西方向です。
⑭付近から北方向です。
⑭付近から東方向です。
下り坂になっています。
本丸と天守曲輪の境目
でしょう。
ここを進むと⑨から駅
構内に行けます。
おしゃべりインコの動画を
お借りしました。(1分半)
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