宇陀松山城(続100名城) 13 春日神社 | みどりの木のブログ

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昨日の続きです。

今回は春日神社です。

創建についてよく分かりませんが、

宇陀郡内には興福寺管領の春日

社領が多く存在し、当社も中世の

春日庄にあることから、奈良春日

社を勧進したもののようです。

 

登城道を降りたところにある

春日神社です。石段を上がると

 

 

石段を上がると

 

右端には水鉢があります。

 

鎌倉時代後期の正応四年 (1291年)

「大工井行元」の刻銘があります。

石工の井行元(いのゆきもと)は談山

神社十三重石塔も造っています。

この水鉢は井行元の五輪塔の地輪

か層塔の基礎を利用したもので後世

に水穴を穿ったものです。

 

2枚上の写真の左側にも水鉢があり

ます。

 

1695年に織田家が丹波柏原

に所替えとなる、2年前に寄進

された水鉢です。

寄進者も寄進して2年で、石高

減らされて、丹波に転勤なので

御利益が無かったですね。

 

左端に上の水鉢が少し見えます。

 

鳥居をくぐると

 

松山城の郭または支城とも

するために造られています。

神社を攻撃するのは武士で

も、神罰を恐れて躊躇する

ものです。

 

 

反対側は

 

 

石段を上がると

 

石段を上がった左側です。

左に阿弥陀堂があります。

神仏混交のお堂です。

左端石段の上は八幡社

です。武家のあった所に

は八幡社ありです。

 

この反対側に拝殿があります。

 

拝殿です。

平成10年の台風で被害を受け

ましたが、平成17年(2005年)

に再建されました。

なので社殿がきれいです。

 

賽銭箱から本殿を見たところです。

 

拝殿から見た社務所と鳥居です。

 

本殿の左側に一段低く

八幡社があります。

 

阿弥陀堂です。

極楽に行くには阿弥陀様を

拝まないとという、神仏混交

のお堂です。

 

今回はここまでで、明日に続く

 

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