奈良吉野の金峯山寺と修験道 | みどりの木のブログ

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 1月5日(日)に奈良の吉野にある「金峯山寺」(きんぷせんじ)
にお参りしました。
金峯山寺は修験道の元祖である役(えんの)行者で有名です。
 修験道とは命がけの修行をし、霊力、験力を開発する道で、
修験道開祖の役行者は「修行は難苦をもって第一とす。身の
苦によって心乱れざれば証果自ずから至る」と言っています。


上の写真は霊力があり前鬼・後鬼を従えているとされる役小角の像です。

 続日本紀によると役行者は634年に、大和(奈良)御所市茅原で生まれます。
氏は役で、役一族が葛城山周辺に住んでいたそうです。名は小角といいます。
幼少の頃より葛城山(今の金剛山)で難行や苦行の末、金峯山にて金剛蔵王
大権現を感得し、修験道の基礎を開きます。
 役行者は終生を在家のままで修業しました。なので修験道は開祖にならって
、在家の生活を守ったまま、修行して自らを高めるものです。

699年に弟子の韓国連広足か一言主神社から、邪悪な事をしているとの讒言
で、罪に問われて伊豆大島に流されます。701年に冤罪が証明されて都(飛鳥
時代なので、首都の近くの御所茅原にもどる)に戻りますが、罪人暮らしの疲れ
からか、この年に68歳で亡くなります。
 修行を重ね霊力で人を助けたりしたのに、最後は罪人扱いされて可哀想です。
(ノ_・。)
彼の霊力が有名になり過ぎて、ねたまれたためだと思います。


上の写真が金峯山寺の国宝蔵王堂(役行者が蔵王大権現を感得から)です。

蔵王堂から見た風景写真

この吉野金峯山寺の蔵王堂は下山蔵王堂と呼ばれ、大峯山寺の山上蔵王堂
とペアになっています。



修験道の道


役行者が蔵王権現を桜の木で造ったため、桜の木が保護されて
吉野山が桜の名所になります。


蔵王権現(釈迦の仮の姿をあらわしている。)の秘仏
「権」(ごん)とは仮のという意味です。



江戸時代から続く、大峰山への講(修行のサークル)の記念碑
修験道は在家なので一般人も参加できた。


写真に照明塔の影が写り込みました。(ノ_-。)

大峰山に続く吉野のメインストリートです。

南朝皇居跡(ここに実城寺があり、そこが後醍醐天皇の御座所になっていた。)
3重の塔は南朝の天皇を祭っています。