御霊神社(福島県伊達郡川俣町)
御霊神社(ごりょうじんじゃ)。

福島県伊達郡川俣町に鎮座。
御祭神は
高皇産霊神(タカミムスヒノカミ)
神皇産霊神(カミムスヒノカミ)
活魂霊神(イクミタマノカミ)
足魂霊神(タルミタマノカミ)
玉積結神(タマツミムスビノカミ)
大宮賣神(オオミヤメノカミ)
御気津神(ミケツノカミ)
事代主神(コトシロヌシノカミ)。
社格は村社に列格。
元禄二年(1689年)の御創建。
旧小綱木村の菅野八太郎兵衛が京都の御霊社から御分霊を戴き、字松ノ口の地に社殿を造営し勧請したのがはじまり。
その後、村人が篤く信仰したので村の鎮守として奉斎するに至った。
明治五年(1872年)に現在の社地である大作を造成、社殿を造営し、遷座。
現在の社殿はその時に造営されたもの……
……だったんだけど、実は平成28年1月から東日本大震災の影響による社殿損壊の工事中。
御朱印を頂いた時は境内社の稲荷社に御神体をお遷ししていたみたいです。
そんなわけで、こちらの記事の画像は工事に入る前の画像ですね。
ちなみにご由緒では京都の御霊社から勧請ということですが、上御霊社も下御霊神社も八所御霊を祀ってるんですよね。
崇道天皇(早良親王)、伊予親王、藤原吉子、藤原仲成、橘逸勢、文屋宮田麿……
錚々たる大怨霊の顔ぶれ。
ここに白峯神宮の崇徳院でも入ったものなら、そりゃあもうスゴイですよ。
そんなわけで、勧請元との御祭神の違いは何かあるのかなぁと気になるところです。
御霊社は延喜式内・出雲井於神社や出雲高野神社に比定されているという話もあるんでそちらの神様?とも思うんですが、御霊会って貞観のころからやってるわけで、勧請してきたという江戸時代には完全に八所御霊をお祀りしていると思うんですよね。
ただ……
京都の御霊社は八所御霊と呼ばれる八柱の御祭神……
そしてこちらの御霊神社の御祭神も、名前こそ違えど八柱……
この符合の意味するところは……
と意味深に書いてみましたが、私も詳しいことは分かりません。
どなたか詳しく教えてください(´・ω・`)
ちなみに祟り神さまというと、最近は諏訪の御社宮司神に興味があったりします。
↑と書いていたらコメント欄で教えて頂きました!
こちらの八柱の御祭神は宮中八神ということで、すごい神様=御霊ということだそうです。
教えて戴きましてありがとうございます!

【 一の鳥居 】
さて、話が横道に逸れはじめたのでさっそく境内へ。
石造りの明神鳥居です。
道路沿いに立っているので何気なく通りかかったとしても、結構目に止まるかと思います。

【 参道 】
石畳と石段で綺麗に整備された参道。
結構登っていく感じになります。

【 手水舎 】
参道中ほど、右手にある手水舎。
ちなみに手水舎の向かい側にあるお宅が宮司さんのご自宅兼社務所になります。
御朱印はそちらでお願いしました。


【 二の鳥居 】
参道を更に進んだところにある二の鳥居。
ちなみにこの鳥居周辺は駐車場になっていまして、お参りの際はこちらの駐車場を一時的にお借りしました。
初めて行く神社とかですと、「月極駐車場になってたらどうしよう・・・」とドキドキしてしまう小心者な私です。

【 境内社 】
参道右手にある境内社。
現在は社殿の修繕工事のため、この赤い鳥居の奥にある稲荷社に遷られているようです。


【 拝殿前の狛犬 】
で、こちらは拝殿前にあった狛犬。
目がクリクリしていてなんだか可愛らしいですよね。




【 拝殿 】
明治五年に造営されたという拝殿。
現在は東日本大震災の影響で15センチ傾いたとのことで修繕工事が行われています。
御神紋は上り藤。
ちなみに拝殿前に大きな鉄釜が見えるんですが、こちらは町内の旧酒造家から奉納されたものなんだとか。



【 本殿 】
覆屋の隙間から覗き込んで撮ってみた御本殿。
彫刻の装飾が素敵ですね。
さてさてさて。
無事お参りも済みまして、御朱印をお願いします。
といっても、実際に御朱印を頂いた時はお遷りになっている稲荷社の方をお参りしてから伺ったわけですが。

そして頂いた御朱印がこちら。
綺麗で素敵な御朱印ですね。
修繕工事は1月から始まったということですので、元通りに戻られたお宮にお参りできるようになるのもそう遠くはないのかな?と思います。
工事が終わられたらぜひまたお参りに行きたいですね。
◆神社への地図
◆神社の情報
御霊神社 ごりょうじんじゃ
御祭神 : 高皇産霊神・神皇産霊神・活魂霊神・足魂霊神
玉積結神・大宮賣神・御気津神・事代主神
社格等 : 村社
鎮座地 : 福島県伊達郡川俣町大作18

福島県伊達郡川俣町に鎮座。
御祭神は
高皇産霊神(タカミムスヒノカミ)
神皇産霊神(カミムスヒノカミ)
活魂霊神(イクミタマノカミ)
足魂霊神(タルミタマノカミ)
玉積結神(タマツミムスビノカミ)
大宮賣神(オオミヤメノカミ)
御気津神(ミケツノカミ)
事代主神(コトシロヌシノカミ)。
社格は村社に列格。
元禄二年(1689年)の御創建。
旧小綱木村の菅野八太郎兵衛が京都の御霊社から御分霊を戴き、字松ノ口の地に社殿を造営し勧請したのがはじまり。
その後、村人が篤く信仰したので村の鎮守として奉斎するに至った。
明治五年(1872年)に現在の社地である大作を造成、社殿を造営し、遷座。
現在の社殿はその時に造営されたもの……
……だったんだけど、実は平成28年1月から東日本大震災の影響による社殿損壊の工事中。
御朱印を頂いた時は境内社の稲荷社に御神体をお遷ししていたみたいです。
そんなわけで、こちらの記事の画像は工事に入る前の画像ですね。
ちなみにご由緒では京都の御霊社から勧請ということですが、上御霊社も下御霊神社も八所御霊を祀ってるんですよね。
崇道天皇(早良親王)、伊予親王、藤原吉子、藤原仲成、橘逸勢、文屋宮田麿……
錚々たる大怨霊の顔ぶれ。
ここに白峯神宮の崇徳院でも入ったものなら、そりゃあもうスゴイですよ。
そんなわけで、勧請元との御祭神の違いは何かあるのかなぁと気になるところです。
御霊社は延喜式内・出雲井於神社や出雲高野神社に比定されているという話もあるんでそちらの神様?とも思うんですが、御霊会って貞観のころからやってるわけで、勧請してきたという江戸時代には完全に八所御霊をお祀りしていると思うんですよね。
ただ……
京都の御霊社は八所御霊と呼ばれる八柱の御祭神……
そしてこちらの御霊神社の御祭神も、名前こそ違えど八柱……
この符合の意味するところは……
と意味深に書いてみましたが、私も詳しいことは分かりません。
どなたか詳しく教えてください(´・ω・`)
ちなみに祟り神さまというと、最近は諏訪の御社宮司神に興味があったりします。
↑と書いていたらコメント欄で教えて頂きました!
こちらの八柱の御祭神は宮中八神ということで、すごい神様=御霊ということだそうです。
教えて戴きましてありがとうございます!

【 一の鳥居 】
さて、話が横道に逸れはじめたのでさっそく境内へ。
石造りの明神鳥居です。
道路沿いに立っているので何気なく通りかかったとしても、結構目に止まるかと思います。

【 参道 】
石畳と石段で綺麗に整備された参道。
結構登っていく感じになります。

【 手水舎 】
参道中ほど、右手にある手水舎。
ちなみに手水舎の向かい側にあるお宅が宮司さんのご自宅兼社務所になります。
御朱印はそちらでお願いしました。


【 二の鳥居 】
参道を更に進んだところにある二の鳥居。
ちなみにこの鳥居周辺は駐車場になっていまして、お参りの際はこちらの駐車場を一時的にお借りしました。
初めて行く神社とかですと、「月極駐車場になってたらどうしよう・・・」とドキドキしてしまう小心者な私です。

【 境内社 】
参道右手にある境内社。
現在は社殿の修繕工事のため、この赤い鳥居の奥にある稲荷社に遷られているようです。


【 拝殿前の狛犬 】
で、こちらは拝殿前にあった狛犬。
目がクリクリしていてなんだか可愛らしいですよね。




【 拝殿 】
明治五年に造営されたという拝殿。
現在は東日本大震災の影響で15センチ傾いたとのことで修繕工事が行われています。
御神紋は上り藤。
ちなみに拝殿前に大きな鉄釜が見えるんですが、こちらは町内の旧酒造家から奉納されたものなんだとか。



【 本殿 】
覆屋の隙間から覗き込んで撮ってみた御本殿。
彫刻の装飾が素敵ですね。
さてさてさて。
無事お参りも済みまして、御朱印をお願いします。
といっても、実際に御朱印を頂いた時はお遷りになっている稲荷社の方をお参りしてから伺ったわけですが。

そして頂いた御朱印がこちら。
綺麗で素敵な御朱印ですね。
修繕工事は1月から始まったということですので、元通りに戻られたお宮にお参りできるようになるのもそう遠くはないのかな?と思います。
工事が終わられたらぜひまたお参りに行きたいですね。
◆神社への地図
◆神社の情報
御霊神社 ごりょうじんじゃ
御祭神 : 高皇産霊神・神皇産霊神・活魂霊神・足魂霊神
玉積結神・大宮賣神・御気津神・事代主神
社格等 : 村社
鎮座地 : 福島県伊達郡川俣町大作18