伊達神社(福島県伊達市保原町)
伊達神社(だてじんじゃ)。

福島県伊達市保原町に鎮座。
御祭神は天照皇大神(アマテラスメオオミカミ)、伊奘諾命(イザナギノミコト)、伊奘冉命(イザナミノミコト)。
社格は村社に列格。
貞観年中(859~876年)に勧請されたと言われているが、記録等を正保年間に起きた火災により焼失しているため詳細については不明とのこと。
旧社号は『伊達明神』と称したらしい。
創建当時は現在の鎮座地の東、古明神跡と呼ばれる地だと言われている。
その後、宝暦二年(1753年)に社地を移すも、その地は葦が生い茂った湿地であり、たびたび浸水を起こしたため、嘉永三年(1850年)に再度遷座。
高台で浸水の心配の無い現在地に遷ったのだという。
社地を遷る間、社号は肖子明神、背子明神、拝子大明神などと称されてきたが、明治の時代に入り、旧社号の「伊達神社」に改めたのだそうだ。
さてさてさて。
前回までの南相馬方面とは変わって、伊達市の神社になります。
今回は保原町柱田の伊達神社さん。
宮司さんに伺ったところ、
「伊達神社?伊達政宗に関係する神社なの?」
……と思って参拝する人が近年増えているそうです。
戦国武将ブームの影響ですかね。
しかしこちらの伊達神社さんのご創建は上記のように貞観年中。
伊達政宗の祖先が伊達氏を名乗り始めるのは、
源頼朝が謀反人・源義経を討とうとした石那坂の戦い以後、常陸入道念西が伊達郡を拝領してからです。
なので、伊達神社・伊達郡がまず先にあって、それから伊達氏を名乗り始めた形なのですね。

【 鳥居 】
木像の両部鳥居。
この月日を経て深みを増した風合いが実に素敵。
こういった鳥居は大好物です。すばらしい。

【 手水舎 】
鳥居をくぐって左手にある手水舎。




【 拝殿 】
そしてこちらが拝殿。
こちらの拝殿は昭和四十七年に改築されたもの。
それまでの拝殿は天明八年(1788年)に起工し、翌寛政元年(1789年)に完成したものだったらしいが、傷みがひどくなり改築したらしい。
扁額の龍の装飾を見ると、伊達政宗とあまり関係がないと言っても奥州独眼竜を連想しちゃいますよねえ。

【 本殿 】
こちらが御本殿。
覆屋がかけられていて見れないものの、元禄四年(1691年)に造営されたものだとのこと。
宮司さんのお話によると、見た人の話しによればたいそう立派な造りらしい。
何かの機会があれば是非拝見してみたいものですね。
ただ、損傷から守るための覆屋があるので難しそうですが。

【 境内社 】
本殿左手にある境内社。


【 神輿殿 】
こちらは神輿殿。
蔵のサイドに『竪三つ引両』の紋が入ってます。
この竪三つ引両紋、実は伊達家の家紋の一つでして、伊達政宗散策で来られた人はこの蔵を見て「伊達氏ゆかりの神社だ!」と確信するらしい。
実際はこちらの宮司さんのお宅の家紋らしいですね。
ただ、もしかするとそれは伊達家から賜ったものだったりとか、そういう経緯は有るかもしれませんが。
ちなみに伊達家、戦国大名の中でも一、ニを争うほど家紋の数が多いんですね。
有名な『竹に雀』の紋のほか、この『竪三つ引両』など…全部あわせて8つか9つくらい種類があるそうです。

【 境内の石灯籠 】
こちらは拝殿前の石段前にあった石灯籠。
この苔の感じ……
ゴツゴツとした自然の風合いを活かした感じ……
たまりませんね。
こういう石灯籠大好きです。
さてさてさて。
そんなわけでお参りも無事済みまして、御朱印をお願いいたします。
御朱印は拝殿右手のご自宅兼社務所にてお願いしました。

で、頂いた御朱印がこちら。
宮司さんの話によると、天照皇大神さまとイザナギ・イザナミさまが祀られている神社は地域的に珍しいのだとか。
また、こちらの神社の御祭神は非常にやさしい神様で、境内で子どもたちが遊んでいるとお社を抜けだして一緒に遊ぶという伝承が地域に残っているそうです。
土地勘がないと場所がちょっと分かりづらいかもですが、
鳥居も石灯籠も素敵ですし、伊達政宗に興味のある人も無い人も是非お参りされてみてはいかがでしょうか。
【 おまけ 】


御朱印を書いて頂いてる間、玄関付近でくつろいでいた猫。
宮司さんのとこの猫ではなくご近所さんの猫だそうですが、可愛かったのでつい撮ってしまいました。
◆神社への地図
◆神社の情報
伊達神社 だてじんじゃ
御祭神 : 天照皇大神、伊奘諾命、伊奘冉命
社格等 : 村社
鎮座地 : 福島県伊達市保原町柱田字宮ノ内25

福島県伊達市保原町に鎮座。
御祭神は天照皇大神(アマテラスメオオミカミ)、伊奘諾命(イザナギノミコト)、伊奘冉命(イザナミノミコト)。
社格は村社に列格。
貞観年中(859~876年)に勧請されたと言われているが、記録等を正保年間に起きた火災により焼失しているため詳細については不明とのこと。
旧社号は『伊達明神』と称したらしい。
創建当時は現在の鎮座地の東、古明神跡と呼ばれる地だと言われている。
その後、宝暦二年(1753年)に社地を移すも、その地は葦が生い茂った湿地であり、たびたび浸水を起こしたため、嘉永三年(1850年)に再度遷座。
高台で浸水の心配の無い現在地に遷ったのだという。
社地を遷る間、社号は肖子明神、背子明神、拝子大明神などと称されてきたが、明治の時代に入り、旧社号の「伊達神社」に改めたのだそうだ。
さてさてさて。
前回までの南相馬方面とは変わって、伊達市の神社になります。
今回は保原町柱田の伊達神社さん。
宮司さんに伺ったところ、
「伊達神社?伊達政宗に関係する神社なの?」
……と思って参拝する人が近年増えているそうです。
戦国武将ブームの影響ですかね。
しかしこちらの伊達神社さんのご創建は上記のように貞観年中。
伊達政宗の祖先が伊達氏を名乗り始めるのは、
源頼朝が謀反人・源義経を討とうとした石那坂の戦い以後、常陸入道念西が伊達郡を拝領してからです。
なので、伊達神社・伊達郡がまず先にあって、それから伊達氏を名乗り始めた形なのですね。

【 鳥居 】
木像の両部鳥居。
この月日を経て深みを増した風合いが実に素敵。
こういった鳥居は大好物です。すばらしい。

【 手水舎 】
鳥居をくぐって左手にある手水舎。




【 拝殿 】
そしてこちらが拝殿。
こちらの拝殿は昭和四十七年に改築されたもの。
それまでの拝殿は天明八年(1788年)に起工し、翌寛政元年(1789年)に完成したものだったらしいが、傷みがひどくなり改築したらしい。
扁額の龍の装飾を見ると、伊達政宗とあまり関係がないと言っても奥州独眼竜を連想しちゃいますよねえ。

【 本殿 】
こちらが御本殿。
覆屋がかけられていて見れないものの、元禄四年(1691年)に造営されたものだとのこと。
宮司さんのお話によると、見た人の話しによればたいそう立派な造りらしい。
何かの機会があれば是非拝見してみたいものですね。
ただ、損傷から守るための覆屋があるので難しそうですが。

【 境内社 】
本殿左手にある境内社。


【 神輿殿 】
こちらは神輿殿。
蔵のサイドに『竪三つ引両』の紋が入ってます。
この竪三つ引両紋、実は伊達家の家紋の一つでして、伊達政宗散策で来られた人はこの蔵を見て「伊達氏ゆかりの神社だ!」と確信するらしい。
実際はこちらの宮司さんのお宅の家紋らしいですね。
ただ、もしかするとそれは伊達家から賜ったものだったりとか、そういう経緯は有るかもしれませんが。
ちなみに伊達家、戦国大名の中でも一、ニを争うほど家紋の数が多いんですね。
有名な『竹に雀』の紋のほか、この『竪三つ引両』など…全部あわせて8つか9つくらい種類があるそうです。

【 境内の石灯籠 】
こちらは拝殿前の石段前にあった石灯籠。
この苔の感じ……
ゴツゴツとした自然の風合いを活かした感じ……
たまりませんね。
こういう石灯籠大好きです。
さてさてさて。
そんなわけでお参りも無事済みまして、御朱印をお願いいたします。
御朱印は拝殿右手のご自宅兼社務所にてお願いしました。

で、頂いた御朱印がこちら。
宮司さんの話によると、天照皇大神さまとイザナギ・イザナミさまが祀られている神社は地域的に珍しいのだとか。
また、こちらの神社の御祭神は非常にやさしい神様で、境内で子どもたちが遊んでいるとお社を抜けだして一緒に遊ぶという伝承が地域に残っているそうです。
土地勘がないと場所がちょっと分かりづらいかもですが、
鳥居も石灯籠も素敵ですし、伊達政宗に興味のある人も無い人も是非お参りされてみてはいかがでしょうか。
【 おまけ 】


御朱印を書いて頂いてる間、玄関付近でくつろいでいた猫。
宮司さんのとこの猫ではなくご近所さんの猫だそうですが、可愛かったのでつい撮ってしまいました。
◆神社への地図
◆神社の情報
伊達神社 だてじんじゃ
御祭神 : 天照皇大神、伊奘諾命、伊奘冉命
社格等 : 村社
鎮座地 : 福島県伊達市保原町柱田字宮ノ内25